第62話 エクストリーム帰宅部
「――さあ、始まりました! 第十七回、エクストリーム帰宅部、全国大会・決勝!!」
実況の声が、響いていた。
画面に映るのは、ダンジョン十層の、開けた広間。
そこに、三人の選手が、並んでいた。
実況「ルールは単純! この十層から、地上まで、いかに早く帰るか! それだけです!」
解説「単純ですが、これがまた難しい。戦っても構いませんが、時間を食う。避けても構いませんが、遠回りになる。……そのバランス感覚が問われる競技です」
実況「なお、選手同士の妨害行為は、一切禁止! 純粋な、自分とダンジョンとの勝負です!」
『来た、帰宅部』
『年二回の祭りだ』
『毎回とんでもない映像が出る競技』
『決勝は三人だけだからな 密度が違う』
『初見の人に説明すると、これ、探索者競技の中で一番人気があります』
『理由:見てて分かりやすいから』
『討伐競技は玄人向けだけど、これは「早く帰る」だけだからな』
『そもそも、なんで「帰宅部」なんだ?』
『起源が起源だからな』
『十年前、当時十六歳の男の子が、転移トラップで、当時未踏だった十層に飛ばされたんだよ』
『装備も仲間もなし、通信も届かない』
『それで、四時間かけて、自力で地上まで帰ってきた』
『四時間w』
『その映像が公開されて、誰かが「これ、競技になるだろ」って言い出した』
『で、その子、たまたま学校の帰宅部だったんだって』
『インタビューで「部活は帰宅部です」って答えたのがそのまま競技名になった』
『雑ww』
『でも定着したもん勝ちだよな』
『ちなみにその子、今は協会の理事やってるらしい』
『出世してるw』
『あと、現在の大会記録は五十三分です』
『進化しすぎだろ』
『十年で四時間が一時間切ってるの、競技の恐ろしさよ』
実況「決勝進出、三名の紹介です! ゼッケン一番、二連覇を狙うベテラン、ゴダイ選手!」
「……よろしく」
実況「ゼッケン二番、今大会最速タイムを叩き出した、シン選手!」
「予選のタイムは予選のタイムです。決勝は別物なので」
実況「そしてゼッケン三番、大会初出場、リク選手!」
「……あの、緊張してます。よろしくお願いします」
『三人とも顔が違うな』
『ゴダイは無表情、シンは冷静、リクは震えてる』
『初出場で決勝は緊張するだろ』
――そして、その広間の隅に。
白い人型が、立っていた。
腕を組んで、選手たちを、見ている。
『いた』
『大会に来てるw』
『こいつ、こういうのも見に来るのか』
『三人分の配信が回ってるからな』
『「配信中」の条件を満たしまくってる』
実況「……おっと! 各配信のコメント欄が、一斉にざわつき始めました! これは……」
解説「……ああ。あれですね」
実況「例の、白い存在です! 競技大会に、初出現!!」
『大会に初出現!!』
『これ、記録に残るぞ』
『いや、待て。競技に介入されたら、公平性は?』
『……あ』
『それ、まずくないか』
白い人型は、その空気を察したのか。
両手を、大きく、振った。
そして、自分を指差し、選手たちを指差し、腕で「×」を作る。
最後に、腕を組んで、その場に座り込んだ。
『「手を出さない」って言ってるw』
『観戦モードだ』
『わざわざ宣言したのか』
『空気読める怪異』
実況「……対象、不干渉を宣言した模様です! 大会本部より、競技続行の判断が出ました!」
解説「……そんな判断、前例にありませんけどね」
『前例を作っていくスタイル』
『協会、慣れてきたな』
選手たちが、スタートラインに、並んだ。
実況「――位置について」
三人が、腰を落とす。
実況「よーい……」
――そして。
白い人型が、すっ、と立ち上がった。
そして、三人の、少し後ろ。
スタートラインの、外側に。
同じように、腰を、落とした。
『……ん?』
『え?』
『おい』
『何してんだお前』
実況「――スタート!!」
三人が、駆け出した。
そして。
白い人型も、駆け出した。
『走ってるwwww』
『走ってるぞ!!』
『不干渉じゃなかったのか!?』
『いや、待て、確かに手は出してない』
『出してないけど走ってる!!』
『四人目!! ノーカンの四人目がいる!!』
実況「……あの、解説。……一人、多くありませんか」
解説「……多いですね」
実況「……大会本部、判断を!」
『本部も困惑してるだろw』
『「選手ではないが走っている存在」への裁定』
『ルールブックにないぞ』
――大会本部からの、裁定が、出た。
実況「大会本部より! 『当該存在は競技参加者ではないため、記録の対象外とする。ただし、進行の妨げにならない限り、排除もしない』とのことです!」
解説「……つまり、ノーカン扱いで走らせておく、と」
実況「そういうことです!」
『ノーカン確定ww』
『公式に「いないもの」として扱われることになった』
『でも走ってる』
『映像には映ってる』
『ノーカンの四人目、爆誕』
――競技は、序盤から、白熱した。
この競技の見どころは、選手たちの「ダンジョンの使い方」にある。
ゴダイ選手が、通路の傾斜を利用して、盾に乗って滑走を始めた。
実況「出ました! シールドライド! 定番戦術です!」
解説「摩擦の少ない床でのみ有効ですが、体力の温存になる」
そして、その隣を。
白い人型が、どこからか出した、木の板に乗って、同じように滑っていた。
しかも、ゴダイより、速かった。
『滑ってるww』
『板どこから出した』
『しかも速いww』
『ゴダイ選手より速いのが腹立つ』
『ノーカンだから記録には残らないけどな』
『それが余計に腹立つ』
ゴダイ「…………」
ゴダイ選手が、横目で、何もないはずの空間を、見た。
見えない。
だが、板が滑る音は、聞こえていた。
ゴダイ「……なんだ、この音」
『気にするな、ゴダイ選手』
『気にしたら負けだ』
シン選手は、壁の凹凸を蹴って、階段を三段飛ばしで駆け上がっていく。
実況「壁蹴り上昇! これは体力を使いますが、階段の時間短縮が大きい!」
そして、その真横を。
白い人型が、五段飛ばしで、駆け上がっていた。
『五段www』
『二段多いww』
『しかも余裕そう』
『シン選手、絶対何か感じてるだろ』
シン「……っ、なんだ? ……横で、何かが」
『気にするな、シン選手』
『集中しろ』
『でも気になるよなあ』
三番手のリク選手は――
やや遅れて、走っていた。
リク「……っ、はぁ、はぁ……。……遅れてる」
初出場の緊張が、動きを、硬くしていた。
そして、七層。
異変が、起きた。
実況「あっ! リク選手のルートで、落石! 通路が塞がりました!」
解説「ダンジョンは生き物ですからね。……これも競技の一部です」
リク「……っ、そんな!」
リクが、塞がれた通路の前で、立ち尽くした。
迂回すれば、五分は失う。
それは、決勝での、致命傷だった。
リク「……くそっ……」
――と。
その時。
リクの、すぐ横を。
白い人型が、走り抜けた。
そして、崩れた岩を、三歩で駆け上がり、天井近くの隙間に、身体をねじ込んで――
向こう側へ、抜けた。
……そして、抜けた先で。
振り返って。
リクの方を、じっと、見た。
『!』
『おい』
『それ、干渉じゃないか?』
『……いや、待て』
『あいつ、何も言ってない』
『触ってもいない』
『ただ、自分が通っただけだ』
リクは、その一部始終を――正確には、通れるはずのない場所を「何かが通った」という結果だけを、見ていた。
いや、リクにも、見えてはいない。
だが、聞こえていた。
岩を蹴る音。
隙間を抜ける、衣擦れのような音。
そして、向こう側に、着地する音。
リク「…………え」
リク「……通れる、のか? あそこ」
リクは、崩れた岩を、見上げた。
不安定だった。
登れば、崩れるかもしれない。
だが。
リク「…………行くしかない」
リクが、駆け出した。
岩を、三歩で駆け上がる。
天井近くの隙間に、身体を、ねじ込む。
――そして、抜けた。
実況「――リク選手、突破ァァ!! 落石を、直登で越えました!!」
解説「……無茶をしますね。……ですが、正しい判断です」
『抜けたww』
『白いやつ、教えたな今』
『いや、教えてない』
『「自分が通っただけ」だ』
『……でも、それが答えだったんだよな』
『干渉ではない、ギリギリの線』
『これが不干渉宣言の意味か』
『上手いことやりやがる』
白い人型は、リクが抜けてきたのを見ると。
満足げに、頷いて、また、走り出した。
『先導してるw』
『いや、してない 勝手に走ってるだけだ』
『たまたま同じ方向に』
『たまたまな』
――そして、五層。
トップ争いは、三人が、ほぼ横並びになっていた。
落石で遅れたはずのリクが、直登で、追いついていたのだ。
実況「三選手、ほぼ同時に五層到達! これは、記録更新ペース!」
そして、五層の広間には――
大型のモンスターが、二体、いた。
実況「大型二体! これは、避けられません!」
解説「……いや、選択肢はあります。倒すか、抜けるか」
ゴダイ「……抜ける。時間が惜しい」
シン「同じく」
リク「……っ、俺も!」
三人が、それぞれ、別方向から、突っ込んだ。
大型が、二体。
三人を、同時には、追えない。
三人は、そこを、突いた。
互いに、示し合わせたわけではない。
ただ、三人とも、同じ結論に、辿り着いていた。
実況「三選手、同時突入! 大型の判断を、割りに来ました!」
――だが。
その、混戦の、真ん中を。
白い人型が。
悠々と、歩いて、通り抜けていった。
大型二体の、真横を。
二体とも、白い人型に、気づかなかった。
『歩いてるwww』
『走れよ!!』
『いや、こいつ見えてないんだった』
『そうか、モンスターにも見えないんだった』
『じゃあ普通に通れるじゃん』
『ズルだろ!!』
『ノーカンだからセーフです』
『ノーカンの万能感よ』
三人が、必死に大型を掻い潜っている、その真ん中を。
白い人型が、鼻歌でも歌いそうな足取りで、通過していく。
そして、広間の出口で。
振り返って。
こちらへ――カメラへ、両手を広げて、肩をすくめてみせた。
『煽ってるwww』
『「僕は苦労してませんけど」って言ってる』
『腹立つww』
『でも仕様だからな』
『不可視というチート』
――そして、三層。
二層。
ゲートの光が、見えてきた。
実況「――見えました! ゲートです! 三選手、まだ横並び!!」
解説「これは、大会史上初の、三者同着もありえます!」
最後の直線。
三人が、全力で、駆けた。
その、隣を。
白い人型も、全力で、駆けていた。
……いや、明らかに、速度を、合わせていた。
抜かないように。
三人の、少し後ろを、キープして。
『合わせてるw』
『抜かないようにしてる』
『そりゃそうだ、抜いたら興が削がれる』
『分かってるじゃないか』
『でも走ってるんだよなあ』
『何してんだお前』
――そして。
実況「――ゴール!!!」
三人が、ほぼ同時に、ゲートを、駆け抜けた。
そして、その、一秒後。
白い人型も、ゲートを、抜けた。
実況「――記録、発表!!」
実況「ゴダイ選手、五十一分四十二秒!」
実況「シン選手、五十一分四十三秒!」
実況「リク選手、五十一分四十三秒!」
実況「――大会記録更新!! しかも、三名全員が、旧記録を突破ォォ!!」
『『『うおおおおおお!!!』』』
『記録更新!!』
『三人とも!!』
『しかも一秒差ww』
『シンとリク、同着かよ』
『いい決勝だった……』
三人が、ゲートの外で、へたり込んでいた。
息を、切らして。
ゴダイ「……はぁ、はぁ……。……くそ、危なかった」
シン「……同着ですか。……悔しいですね」
リク「……はぁ、はぁ……。……俺、三位……でも、記録は……」
そして、三人は、ふと、気づいた。
自分たちの、少し後ろ。
そこに、確かに、何かが、いる気配があることに。
ゴダイ「……なあ。……さっきから、ずっと、隣を走ってた奴、いなかったか」
シン「……いました。……絶対、いました」
リク「……落石のところで、先に登ったの、あの人ですよね」
『気づいてたw』
『三人とも気づいてた』
『そりゃ気づくわ、ずっと横で音がしてたんだから』
白い人型は、三人の前に、立った。
そして――
自分の腕時計を(どこから出したのか)、指差した。
そこには、時間が、表示されていた。
五十一分、四十四秒。
『自分のタイムも計ってたww』
『四位じゃんw』
『いや、ノーカンだから順位はつかない』
『でも本人は競ってたつもりなんだ』
『しかも一秒差で最下位』
『速度を合わせすぎた結果w』
白い人型は、その時計を見て。
しばらく、静止して。
そして、悔しそうに、地団駄を、踏んだ。
『悔しがってるwww』
『ノーカンなのに』
『いや、あいつの中では本気だったんだよ』
『本気で四位を悔しがる怪異』
『可愛いな』
実況「……えー、大会本部より、コメントが出ています」
実況「『本大会において、非参加者が同時に走行した事案について、記録上の扱いは以下とする』」
実況「『――ノーカウント。ただし、伴走の労をねぎらうものとする』」
『ねぎらったwww』
『協会、優しい』
『公式にねぎらわれる怪異』
『いい大会だった』
白い人型は、その裁定を(コメント欄で)読んで。
しばらく、動きを、止めた。
それから――協会本部の方向へ、深々と、頭を下げた。
そして、三人の選手に、サムズアップを一つ。
最後に、こちらへ、手を振って。
ゲートの中の暗がりへ、走り去っていった。
……最後まで、走って。
『走って帰ったw』
『まだ走るのかよ』
『今日一日でどれだけ走ったんだ』
『ちなみに、あいつのタイム、記録には残らないけど』
『ん?』
『五十一分四十四秒って、旧記録より一分以上速いからな』
『……あ』
『非公式記録がまた一つ増えた』
『非公式記録の保持数、そろそろ協会が管理し始めるんじゃないか』
『「非公式記録台帳」ってのが実在するらしいぞ』
『マジで?』
『職員が趣味でつけてるってインタビューで言ってた』
『趣味かよw』
リク「……あの。……俺、聞いていいですか」
リクが、ゲートの方を見ながら、言った。
リク「……あの人、なんで、走ってたんですか」
誰も、答えられなかった。
実況も、解説も、視聴者も。
しばらくして、コメント欄に、一つの答えが、流れた。
『……面白そうだったからだろ』
『それだ』
『それしかない』
『それで十分だ』
リク「…………ですよね」
リクは、笑って、立ち上がった。
リク「……次は、勝ちます。……あの人にも」
『ノーカンの相手に勝とうとするなw』
『でも、いい目標だ』
『次回大会、要注目だな』
『あいつ、また走りに来るぞ、絶対』




