第61話 不運
「……えー、どうも。『不運配信』のフミヤです」
画面に映るのは、疲れた顔の、青年だった。
フミヤ「本日も、生きてます。……とりあえず、それだけが報告事項です」
『来た、不運配信』
『この人の配信、見てると自分が幸運に思えてくる』
『失礼だぞ ……でも事実』
『先週は何があったんだっけ』
フミヤ「先週は、剣が折れました。買ったばかりのやつが。……製造不良じゃなくて、たまたま入った岩の隙間に挟まって、変な角度で力がかかって、折れました」
『いつもそれなんだよな』
『理不尽な理由で毎回何かが起きる』
『呪いか?』
フミヤ「呪いじゃないです。協会で調べてもらいました。……ただの、運です」
『ただの運が一番どうしようもないw』
フミヤの探索は、慎重だった。
いや、慎重にならざるを、得なかった。
二層の通路を進んで、五分。
天井から、小石が、落ちてきた。
フミヤの、頭に、当たった。
フミヤ「……いてっ」
『始まったw』
『開始五分で被弾』
『天井の小石が、なんでピンポイントで当たるんだ』
十分後。
足を置いた床石が、たまたま緩んでいて、フミヤは膝までぬかるみに沈んだ。
フミヤ「……あー、はい。……こういう日です」
『諦めが早い』
『慣れてるんだよ』
『可哀想になってきた』
――そして、そのフミヤの後ろに。
白い人型が、立っていた。
腕を組んで。
じっと、フミヤを、見ていた。
『いた』
『いつからいた?』
『多分、最初から』
『……あいつ、なんか、真剣な顔してないか』
『顔ないけどな』
『でも分かる 考え込んでる』
白い人型は、ぬかるみから足を抜こうともがくフミヤを見て。
そっと、手を貸した。
フミヤ「……あれ? ……足が、抜けた?」
『助けてくれたぞ』
『例の白いピクトグラムです』
フミヤ「……あ、そうですか。……ありがとうございます」
『反応が薄いw』
『いや、この人、驚く体力がないんだよ』
『毎日不運と戦ってるからな』
――そして、そこから。
白い人型の、挑戦が、始まった。
まず、白い人型は、フミヤの前を歩き、天井の緩んだ石を、片っ端から、叩き落とした。
安全な道を、作ったのだ。
だが。
フミヤ「……あ」
その、掃除された安全な通路の、真ん中で。
フミヤは、何もないところで、躓いて、転んだ。
『何もないところでww』
『安全な道を作ったのに!!』
『白いやつ、固まってるぞ』
白い人型は、フミヤが転んだ場所を、じっと、調べた。
平らだった。
何もなかった。
白い人型は、その場所を、自分でも、歩いてみた。
転ばなかった。
もう一度、フミヤに、歩かせた。
――転んだ。
『検証してるw』
『理不尽さを実験で確認するな』
『そして再現性があるのが怖い』
次に、白い人型は、フミヤの装備を、点検し始めた。
留め具を締め直し、緩みを直し、剣の刃を確かめる。
完璧に、整備した。
その、五分後。
フミヤの新しい剣が、モンスターの、たまたま硬い骨の節に、たまたま最悪の角度で当たって――
欠けた。
フミヤ「……あー」
『整備した直後にww』
『白いやつ、剣を見て頭抱えてる』
『これは強敵だ』
『相手が「運」だからな』
『物理で解決できない敵、初めてじゃないか?』
白い人型は、しばらく、その場に、しゃがみ込んでいた。
考え込む姿勢で。
そして、立ち上がると――今度は、フミヤの周囲を、ぐるぐると、回り始めた。
何かを、探すように。
『何やってんだ』
『不運の原因を探してる?』
『そんなもの見つかるのか』
白い人型は、フミヤの真上を、見た。
真下を、見た。
背後を、見た。
そして――首を、横に振った。
両手を、広げる。
お手上げ、の姿勢だった。
『諦めたw』
『あいつがお手上げって、相当だぞ』
『骸骨とも魔王軍とも渡り合った奴が』
『運には勝てない』
フミヤ「……あの。コメントによると、その、白い方が、いろいろ試してくれてるみたいですけど」
フミヤ「……いいんです。慣れてますから」
フミヤ「……俺、子供の頃からこうなんです。……くじ引きは外れるし、傘を持った日は晴れるし、持たない日は降る。……もう、そういう体質だって、割り切ってます」
『割り切ってるのが逆に辛い』
『二十年以上これなのか』
『重い』
――と、そこで。
視聴者の一人が、ふと、書き込んだ。
『……なあ、今さらなんだけど』
『どうした』
『この人の不運、二十六年分の履歴を見返してたんだが』
『うん』
『命に関わる不運が、一つもないんだよな』
『……え』
『剣が折れる、装備が壊れる、転ぶ、石が当たる、罠を踏む』
『でも、大怪我をしたことは一度もない』
『骨折すらない』
『……言われてみれば』
『三層で毎回帰ってたのも、「何か起きた」からで、「死にかけた」からじゃない』
『……これ、偶然か?』
『二十六年間、致命傷だけを避け続ける不運』
『……それ、もう不運じゃなくないか?』
白い人型が、その流れを、じっと、読んでいた。
そして――
ゆっくりと、顔を上げた。
何かを思いついたように、ぽん、と手を打った。
『!』
『何か閃いたぞ』
『嫌な予感がする』
『いや、いい予感かもしれん』
白い人型は、フミヤの前に立ち、フミヤを指差した。
次に、床の、何もない場所を、指差す。
そして――転ぶ仕草を、してみせた。
フミヤ「……え? ……転べ、ってことですか?」
白い人型が、頷いた。
そして、フミヤの背中を、ぽん、と押した。
軽く。
――そして、フミヤは。
何もない場所で、転んだ。
その転んだ先の、床石が。
かこん、と、沈んだ。
壁から、矢が、飛んだ。
――だが、その矢は。
転んで低くなっていたフミヤの、頭上を、通り過ぎた。
そして、通路の奥から迫っていた、モンスターの、眉間に、突き刺さった。
『……は?』
『え?』
『何が起きた』
『……もう一回、巻き戻すぞ』
『フミヤが転ぶ→罠が作動→矢が飛ぶ→転んでたから当たらない→奥のモンスターに命中』
『いや、そうはならんやろ!!』
『なっとるやろがい!!』
『映像に残ってるんだよ!!』
『偶然だろ、いくらなんでも』
『……いや、待て』
『白いやつ、あのモンスターの位置、知ってたよな』
『……知ってて、転ばせたのか?』
白い人型は、腰に手を当てて、胸を張っていた。
完全に、してやったり、の姿勢だった。
『やりやがったwww』
『不運を利用したww』
『逆転の発想だ』
『「不運が起きるなら、起きる場所を選べばいい」』
『天才か?』
『天才かもしれん』
フミヤ「……え。……え? ……今の、何が」
『フミヤさん、あなたの不運が、たった今、モンスターを倒しました』
フミヤ「…………は?」
そこからは、実験の連続だった。
白い人型は、フミヤを、次々と、「都合のいい場所」で、転ばせた。
崩れそうな岩棚の下で転ばせれば、岩がフミヤの真横に落ち、通路を塞いで、追ってきたモンスターを分断した。
水たまりで転ばせれば、跳ねた水が、火を吐こうとしたモンスターの口に、入った。
『全部利用してるwww』
『不運が武器になってる』
『いや、これ、正確には「不運を前提にした戦術」だろ』
『必ず何か起きるなら、起きた時に得する場所に立たせればいい』
『理屈が通ってるのが怖い』
『でも、実際に機能してるのがもっと怖い』
『……あと、さっきの話と繋がるんだよな』
『?』
『致命傷だけは絶対に来ない、って前提があるから、こんな博打が打てる』
『……あ』
『そうか、安全が保証されてるから、不運を素材にできるんだ』
『白いやつ、そこまで読んで転ばせてないか?』
『多分、読んでる』
フミヤ「……あの。……さっきから、俺、転びまくってるんですけど」
フミヤ「……でも、なんか。……全部、いい方向に、転がってません……?」
『転がってます』
『文字通り転がってます』
『あなたの不運は、今日、味方です』
――そして、四層。
フミヤが、これまで一度も到達したことのない階層に、二人は、いた。
フミヤ「……四層。……俺、初めてです。……いつも、三層で何か起きて、帰ってたので」
『今日は違うな』
『不運が全部有利に働いてるからな』
『白いやつの制御下だ』
その時。
通路の奥から、大型の影が、現れた。
体長三メートル。
四層の、主格の個体。
フミヤ「……っ、無理です! 俺の実力じゃ……!」
白い人型は、フミヤの肩を、掴んだ。
そして、通路の、ある一点を、指差した。
天井の、大きな鍾乳石。
その真下を。
そして――フミヤを、そこへ、押し出した。
フミヤ「え、ちょっ、待っ――」
フミヤが、たたらを踏んで、鍾乳石の真下に、立った。
大型が、突進してくる。
フミヤが、悲鳴を上げて、しゃがみ込んだ。
――その瞬間。
フミヤの防具の、肩の留め具が、外れた。
跳ね上がった肩当てが、天井の、鍾乳石の根元を、こつん、と打った。
――そして、鍾乳石が、落ちた。
突進してきた大型の、脳天へ。
三メートルの巨体が、そのまま、崩れ落ちた。
静寂。
フミヤ「…………」
『……』
『……いや』
『いや、そうはならんやろ!!!』
『なっとるやろがい!!!』
『留め具が外れて鍾乳石が落ちるか!? 普通!!』
『落ちたんだよ!! 目の前で!!』
『物理的におかしいだろ!!』
『そもそも肩当てがそんな高さまで跳ねるか!?』
『跳ねたんだよ!! 映像見ろ!!』
『……見た』
『……跳ねてた』
『……不運だなあ』
『不運で片付けるなww』
『いや、これ以外に説明がつかん』
『不運だけで大型を倒した』
『本人、何もしてない』
『しゃがんだだけ』
白い人型が、ゆっくりと、拍手した。
そして、フミヤに向かって、サムズアップ。
フミヤ「…………あの」
フミヤは、しゃがんだまま、震える声で、言った。
フミヤ「……俺、今、大型を、倒しました……?」
『倒しました』
『あなたの不運が、です』
フミヤ「……不運が」
『そう』
『あなたは今日、初めて、不運に助けられました』
フミヤ「…………」
フミヤは、しばらく、動かなかった。
そして、ゆっくりと、立ち上がった。
外れた肩当てを、拾って。
フミヤ「…………二十六年」
その声は、震えていた。
フミヤ「……二十六年、こいつのせいで、何もかも失敗してきたんです。……受験も、就職も、恋愛も。……全部、あと一歩のところで、何かが起きて」
フミヤ「……ずっと、憎かったんです。……自分の運が」
フミヤは、肩当てを、握りしめた。
フミヤ「……でも、今日。……初めて、こいつが、俺の味方でした」
『……』
『よかったな、フミヤさん』
『使い方があったんだよ』
『不運は、消せない でも、向きは変えられる』
『……なあ、みんな』
『ん?』
『今日の一連、あれだよな』
『何が』
『白いやつ、「不運の生かし方」のお手本を、体験させてたんだよな』
『……あ』
『教えるんじゃなくて、体験させてる』
『言葉が使えないからな、あいつ』
『だから、実演して、成功体験を積ませた』
『……あいつ、教えるのが本当に上手いな』
『けん玉の時もそうだった』
『理屈じゃなくて、身体で覚えさせる』
白い人型は、フミヤの前に、立った。
そして、フミヤを指差し、次に、床を指差し、転ぶ仕草をした。
それから、両手を大きく広げて、「×」ではなく、「◯」を、作った。
『「転ぶことは、悪くない」だ』
『……訳しすぎか?』
『いや、そういう意味だろ』
『「どうせ転ぶなら、どこで転ぶかを選べ」って教えたんだ』
『実用的すぎる人生訓』
フミヤ「…………はい」
フミヤは、涙を拭って、頷いた。
フミヤ「……俺、練習します。……転ぶ場所を、選ぶ練習」
『変な特訓だなw』
『でも、この人にしかできない戦い方だ』
『唯一無二の探索者になれるぞ』
『「不運を戦術に組み込む探索者」 前例がない』
――そして、帰り道。
白い人型は、フミヤの隣を、歩いていた。
そして、時々。
わざと、フミヤの背中を、ちょん、と押した。
フミヤが、転ぶ。
その転んだ先に、必ず、何かがあった。
落ちていた素材だったり、見落としていた採取ポイントだったり、隠れていた小さな宝箱だったり。
フミヤ「……あの。……もしかして、わざと」
『わざとです』
『転んだ先に何かあるように、押してます』
『不運のコントロールが上手すぎる』
『いや、待て』
『こいつ、フミヤの不運を利用して、宝探ししてないか?』
『……あ』
『効率的な探索方法として使ってる』
『発想が商売人』
やがて、ゲートが、見えてきた。
白い人型は、足を止め、フミヤに向き直った。
そして、しばらく考えてから――
どこからか、小さな、四つ葉のクローバーを、取り出した。
(砂漠の緑化活動で植えた苗の、どれかだったのかもしれない)
それを、フミヤに、差し出す。
フミヤ「……え。……四つ葉の、クローバー?」
白い人型は、頷いた。
そして、それを、フミヤの胸ポケットに、差し込んだ。
それから――両手で、「×」を作り。
次に、フミヤ自身を、指差して、力こぶのポーズ。
『……訳すぞ』
『「幸運のお守りだけど、頼るなよ」だ』
『いや、それは分かるけど』
『……あ、違う』
『多分、逆だ』
『?』
『「幸運は、こんな葉っぱ一枚分でいい。あとはお前の使い方次第だ」だろ』
『……深いな』
『深いかどうかは知らんが、そう受け取れる』
フミヤ「……はい。……大事にします。……でも、頼りません」
白い人型は、満足げに、サムズアップをした。
そして、通路の暗がりへ、歩き出す。
――去り際。
振り返って。
自分で、その場で、わざとらしく、転んでみせた。
そして、転んだまま、こちらに向かって、手を振った。
『最後に転んで帰ったww』
『真似すな』
『でも、なんか、励ましてる感じがする』
『「転んだって、こんなもんだ」ってことか』
『……いい奴すぎるだろ』
フミヤ「……ふふっ。……はい。……分かりました」
白い姿が、消えた。
フミヤ「……えー。本日の配信、まとめます」
フミヤが、カメラに向き直った。
その顔は、いつもより、明るかった。
フミヤ「……本日の転倒回数、十四回。……装備の破損、三箇所。……被弾、六回」
『いつもより多いw』
フミヤ「……そして。……四層に、初到達しました。……大型を、一体、倒しました」
フミヤ「……全部、俺の不運の、おかげです」
『いい配信だった』
『不運配信、今日から路線変更か?』
フミヤ「……はい。……チャンネル名、変えようと思います」
『何にするんだ?』
フミヤ「…………『転んで進む配信』で」
『いいじゃん』
『それだ』
『応援するわ』
『……ところで、登録者見た?』
フミヤ「……え。……三万……? ……嘘でしょ、昨日まで四百人だったのに」
『不運が味方になる瞬間、みんな見たかったんだよ』
『あと、単純に転び方が面白かった』
『そこは褒めるな』
『褒めてるんだよ、これでも』
『……あと、一個だけ言わせてくれ』
フミヤ「はい?」
『二十六年間、致命傷が一度も来てないってのは、覚えといた方がいい』
フミヤ「……え?」
『いや、深い意味はない』
『ただ、あんたの不運は、あんたを殺さない不運だ』
『それだけは、確かだ』
フミヤ「…………」
フミヤは、しばらく、黙ってから。
小さく、笑った。
フミヤ「……そう、ですね。……気づきませんでした」
フミヤ「……二十六年、生きてます。……それが、答えかもしれません」




