第60話 最低年齢
「――本日、十六歳になりました!! 探索者、登録しました!! 配信、始めます!!」
画面に映るのは、まだ幼さの残る、少年だった。
真新しい防具。真新しい剣。真新しい、探索者証。
ハヤト「『ハヤト、十六歳、今日から探索者』チャンネルです! 登録者ゼロからのスタートです!」
『誕生日おめでとう!』
『十六歳ってことは、最低年齢制限の当日か』
『登録できる最短の日に来たのか』
『気合入ってるな』
――日本のダンジョン探索者資格は、十六歳から。
その日を、指折り数えて待っていた少年が、ここにいた。
ハヤト「……あの、皆さん。俺、二年前から、ずっと決めてたことがあるんです」
ハヤト「……俺の憧れは、ライガさんです」
『!』
『ライガか』
『二十六層の狂人』
『三十三層到達の男』
ハヤト「……二年前、たまたま配信を見て。……あの人、笑いながら戦うんです。楽しそうに。……俺、それが、かっこよくて」
ハヤト「だから、俺も。……いつか、あの人みたいに、なりたくて」
『いい憧れだ』
『でも相手が相手だぞ』
『ライガの真似したら死ぬからな、普通は』
『そこは分かってるといいんだけど』
ハヤト「……だから、今日は、一層で、基礎からやります」
『分かってたw』
『いい子だ』
『憧れと現実を分けられてる』
『十六歳にしては冷静だな』
ハヤト「ライガさんも、配信で言ってました。『準備不足で死ぬ奴が一番つまらねえ』って。……だから、俺、ちゃんと積み上げます」
『ライガの発言、ちゃんと聞いてるw』
『あの人、たまにいいこと言うからな』
『妹に管理されてる人の言葉とは思えん』
ハヤトが、ゲートをくぐった。
同時視聴者、十一人。
そして――その十秒後。
視聴者が、それを、見つけた。
『……おい』
『後ろ』
『いる』
『いるぞ!!』
『登録初日の配信に来たのか!?』
少年の後ろを、白い人型が、歩いていた。
いつもの、白い姿で。
『初日に来るとかw』
『こいつ、新人に甘すぎる』
『デビュー戦の四人組の時もそうだった』
『新人発掘センサーでもついてるのか』
ハヤト「……え? コメント、なんか騒がしい……。……『後ろに白いピクトグラムがいる』?」
ハヤトの動きが、止まった。
ハヤト「…………え?」
少年は、ゆっくりと、振り返った。
もちろん、何も見えない。
ハヤト「……い、いや、でも。……俺、登録者ゼロですよ? 初配信ですよ? ……そんな、有名な人が」
『だから来たんだろ』
『あいつ、そういうところに来るんだよ』
『信じろ』
ハヤト「…………」
少年は、しばらく、無言だった。
そして。
深々と、頭を下げた。
ハヤト「……っ、あの! 初めまして! ハヤトです! 今日から探索者です! よろしくお願いします!!」
白い人型は、少し驚いたように静止して――
それから、サムズアップを返した。
『律儀w』
『挨拶からいく新人、好感度高い』
『いい子だ、本当に』
そこからの探索は、丁寧だった。
ハヤトは、教本通りに、慎重に進んだ。
角の手前で止まり、足元を確認し、退路を確保する。
白い人型は、その後ろを、黙って、ついて歩いていた。
『手順が完璧だな』
『予習してきてる』
『二年分の座学だ』
最初の小型モンスターが、現れた。
ハヤト「……っ、来た。……よし」
少年が、剣を構える。
その構えは――正しかった。
だが、身体が、まだ、追いついていなかった。
一撃目、空振り。
二撃目、浅い。
三撃目で、ようやく、仕留めた。
ハヤト「……はぁ、はぁ……。……倒した」
『初討伐おめでとう!』
『泥臭かったけど、逃げなかったのは偉い』
『構えは正しかったぞ』
――と。
白い人型が、動いた。
ハヤトの、剣を持つ手に、そっと、触れた。
ハヤト「……っ!? え、手が」
『触られてる』
『指導が入るぞ』
白い人型は、ハヤトの手首の角度を、わずかに、直した。
それから、肘の位置を、少し、下げさせた。
最後に、両足の幅を、爪先で、広げさせる。
構えが――変わった。
ハヤト「……あ。……あれ? ……なんか、力が、入りやすい……?」
『フォーム修正だ』
『さすが、教えるのは上手いんだよなあ』
『各分野の達人から吸収してるからな』
『釣り部の時もやってた』
次のモンスターで、ハヤトは、二撃で仕留めた。
その次は、一撃だった。
ハヤト「……っ、すごい。……本当に、変わりました……!」
『成長が早い』
『素質はあるんだよ、この子』
『二年分の座学があるからな 知識に身体が追いつき始めてる』
『いい先生に当たったな』
――そして、探索が、三時間ほど過ぎた頃。
ハヤトが、ふと、足を止めた。
目の前の、通路の先。
そこに、中型のモンスターが、いた。
一層にいるはずのない、体長二メートルの、四足獣。
ハヤト「……っ、徘徊個体……!」
『まずい』
『初日の少年に中型は無理だ』
『逃げろ、ハヤト!』
だが。
ハヤトは、逃げなかった。
剣を、構えた。
ハヤト「…………やります」
『え』
『おい待て』
『無茶だぞ!!』
ハヤト「……大丈夫です。……逃げ道は、確保してあります。……三合、打ち合って、駄目だったら、下がります」
少年の声は、震えていた。
だが、その目は、まっすぐだった。
ハヤト「……ライガさんが、言ってたんです。……『一度も本気の相手とやらねえ奴は、いつまでも本気になれねえ』って」
ハヤト「……だから、俺。……一回だけ、やってみたいんです」
『……』
『……ライガ、余計なこと言いやがって』
『いや、その通りではあるんだけど』
『十六歳の初日に言うことじゃない』
白い人型は、少年の言葉を、聞いていた。
そして――ハヤトの、前に、出た。
止める、のかと思われた。
だが、違った。
白い人型は、ハヤトの隣に、並んだ。
そして、中型を指差し、次に、ハヤトを指差した。
最後に、指を三本、立てた。
『「三合、やってみろ」だ』
『許可したw』
『いいのか?』
『いや、見ろ あいつの立ち位置』
『……あ』
『少年と中型の、真横だ』
『いつでも割って入れる位置じゃないか』
『安全は確保した上で、挑戦させる気だ』
『……いい判断だな』
ハヤト「……っ、行きます!!」
少年が、踏み込んだ。
一合目。
剣が、爪を、受け流す。
――修正されたフォームが、機能した。
ハヤト「……っ!」
二合目。
カウンターの、一撃。
浅いが、入った。
三合目。
中型の前脚が、大きく、振り上げられた。
――そこで、ハヤトは。
下がった。
自分で決めた、三合目で。
ハヤト「……っ、退きます!!」
少年が、後ろへ、跳んだ。
その入れ替わりに、白い人型が、前に出て――
中型の首を、片手で掴んで、地面に叩きつけた。
一撃だった。
『……止まった』
『自分で決めた三合で、ちゃんと下がった』
『それができる十六歳、なかなかいないぞ』
『すごいな、この子』
『ライガの真似だけしてたら、突っ込んでたはずだ』
白い人型は、倒れた中型を、通路の脇へ、どけた。
そして、ハヤトの方を、振り返った。
しばらく、少年を、見ていた。
そして――
ゆっくりと、拍手を、した。
音のない拍手を、長く、長く。
ハヤト「…………え」
『褒めてるw』
『引き際を褒めてる』
『倒したことじゃなくて、下がったことをな』
『それが一番、教えたいことだったんだろ』
ハヤト「……っ、あ、ありがとうございます……!」
少年が、深々と、頭を下げた。
そして、顔を上げた時。
その頬は、涙で、濡れていた。
ハヤト「……すみません。……なんか、その。……嬉しくて」
ハヤト「……俺、ずっと、一人で練習してて。……誰も、見てくれてなくて」
ハヤト「……今日、初めて、褒められました」
『……』
『泣かせにくるな』
『十六歳の初日に、これは反則だろ』
『よかったな、ハヤト』
『見てるからな、俺たちも』
――そして、探索を終え、ゲートの手前。
白い人型は、足を止めた。
そして、ハヤトの方を向き、しばらく、考えるような姿勢を、とった。
やがて、ぽん、と手を打って――
どこからか、一本の、小さな棒を取り出した。
いや、棒ではない。
――赤い、けん玉だった。
『けん玉ww』
『また出た』
『前にアキラさんに渡したやつと同じだ』
『量産してるのか?』
『いや、いつも持ってるんだろ』
『所持品にけん玉が常備されてる怪異』
白い人型は、それを、ハヤトに、差し出した。
ハヤト「……え? ……けん玉、ですか?」
白い人型は、頷いた。
そして、けん玉を持つ手首を、しなやかに返す動きを、繰り返し示した。
それから、ハヤトの剣を指差し、同じ手首の動きを、もう一度。
ハヤト「……手首……。……剣と、同じ……?」
白い人型が、深く、頷いた。
『そういうことか』
『前回と同じ教えだ』
『手首と重心の制御、それがけん玉と剣の共通点』
『冗談みたいな道具で、真面目な基礎を教える』
『あいつの教え方、一貫してるんだよな』
ハヤト「……分かりました。……毎日、やります」
少年は、けん玉を、両手で、受け取った。
そして、その場で、一度、玉を、乗せてみた。
――外した。
ハヤト「……あ」
白い人型が、肩を震わせた。
笑っていた。
ハヤト「……む。……次は、乗せます!」
二回目。
――外した。
三回目。
――乗った。
ハヤト「……っ、乗った!!」
白い人型が、拍手した。
『可愛いw』
『微笑ましい』
『これが十六歳の初日の光景』
『いい配信だ』
『……あ、そういえば』
『ん?』
『登録者、確認してみ』
ハヤト「……あ、そうだ。……えっと、登録者……」
少年が、画面を、確認した。
ハヤト「…………八千?」
『増えたな』
『初日で八千は上出来だ』
『白いやつ効果もあるけど、お前自身が良かったからだぞ』
『特に、三合目で下がったところ』
『あそこで評価が跳ねた』
ハヤト「……っ、ありがとうございます!!」
――と。
その時。
コメント欄に、一つ、毛色の違う書き込みが、流れた。
『いい引き際だったな、小僧』
『!?』
『え』
『このID』
『……嘘だろ』
『ライガだ』
『本人だ!!』
ハヤト「…………え」
少年が、画面を、二度見した。
三度見した。
ハヤト「……ら、ライガ、さん……? ……本物、ですか……?」
『本物だ』
『妹に「この子見なよ」って言われて見に来た』
『あいつ、新人発掘が趣味でな』
『妹さんww』
『ミナちゃん、まさかの功労者』
『兄を引っ張り出したのか』
ハヤト「……っ、……あの!! 俺!! 俺、ライガさんに憧れて、探索者に……!!」
『知ってる』
『さっき配信で言ってたろ』
『言っとくが、俺の真似はするな』
『俺は運が良かっただけだ』
『お前は、お前のやり方でやれ』
『……で、一つだけ言っとく』
ハヤト「……はい!!」
『三合で下がったの、正解だ』
『あそこで突っ込む奴は、二年後にはいない』
『下がれる奴だけが、二年後も潜ってる』
『……お前、二年後も潜ってろよ』
『そしたら、俺が相手してやる』
ハヤト「…………っ」
少年は、しばらく、声が出せなかった。
そして。
ハヤト「……はいっ!!! 絶対、二年後も、潜ってます!!!」
『『『うおおおおおおお!!!』』』
『いい話すぎる』
『憧れの人からの直接の言葉』
『初日でこれは、幸運すぎる』
『しかも隣に白いやつがいるという』
『二重の幸運』
――そして。
白い人型は、その一部始終を、傍らで、見ていた。
そして、コメント欄の流れを、しばらく、眺めてから。
ハヤトの肩を、ぽん、と叩いた。
そして、ゲートを指差し、手を振った。
帰れ、というように。
ハヤト「……あ、はい! 今日は、帰ります! ……ありがとうございました!!」
白い人型は、サムズアップを一つ残して、通路の暗がりへ、歩いていった。
肩を揺らす、いつもの歩き方で。
――そして、去り際。
振り返って。
こちらへ――カメラへ向かって、手ぶらのまま、けん玉の、あの動きを、してみせた。
玉を、けん先に、乗せる動き。
『エアけん玉w』
『「練習しろよ」ってことか』
『しつこいw』
『でも、それが一番の教えなんだろうな』
ハヤト「……えー。本日の配信、まとめます」
少年が、けん玉を握りしめたまま、カメラに向き直った。
ハヤト「……十六歳になりました。探索者になりました。……初討伐、しました」
ハヤト「……そして、白いピクトグラムさんに、教わりました。……ライガさんにも、言葉をもらいました」
ハヤト「……人生で、一番の日です」
『おめでとう』
『いいスタートだ』
『次の配信も見るからな』
『けん玉の練習報告、忘れるなよ』
ハヤト「……はい! 毎日、やります! ……あの、それと」
少年は、少しだけ、はにかんだ。
ハヤト「……目標、言ってもいいですか」
『どうぞ』
ハヤト「……二年後、ライガさんと、戦います」
ハヤト「……そして、いつか。……あの白い人と、並んで戦えるように、なります」
『でかい目標だな』
『でも、いい目標だ』
『二年後、覚えてるからな』
『俺たちも、見届けるぞ』
『ハヤトくん、頑張れよ』
『……ところで、登録者、また見てみ』
ハヤト「……え? ……に、二万五千……!?」
『ライガのコメントで爆発したな』
『あの人、フォロワー多いから』
『初日で二万五千、記録じゃないか?』
ハヤト「…………明日から、責任重大です」
『大丈夫だ』
『みんな、お前の成長を見に来てるだけだからな』




