第59話 タコパ
西日本、海底洞窟型ダンジョン、六層。
その大空洞に、百人を超える探索者が、集まっていた。
「――目視確認、来ます! 第一波、約八十!」
「弓班、構え! 前衛、盾を上げろ!」
迎え撃つ、その先。
水路から、次々と、這い上がってくる影があった。
体長二メートル。
ぬめる、赤黒い体表。
八本の、太い腕。
タコだった。
中型モンスター「ディープクラーケン」の、異常発生である。
『始まったw』
『タコの大群』
『絵面が地獄すぎる』
『百人規模の駆除作戦だぞ、これ』
『放置すると地上の漁場まで出てくるらしい』
『生態系の話になるとマジで深刻なんだよな』
指揮を執るのは、あの苦労人の指揮官――ではなく、地元の探索者組合の、若い担当官だった。
担当官「駆除目標、推定五百体! 各班、持ち場を死守してください!」
『五百ww』
『多すぎる』
『でも一匹一匹は中型だからな』
『物量戦だ』
そして、当然のように。
水路の脇に、白い人型が、立っていた。
その手には、既にチェンソー。
『いるw』
『開始前からスタンバイしてる』
『百人規模の依頼、こいつが来ないわけない』
『しかも今回、たこ焼きになる素材だからな』
『え?』
『ディープクラーケン、食えるぞ』
『マジで?』
『協会の食用素材リストに入ってる 味は普通のタコと同じらしい』
戦闘が、始まった。
百人と一体の、駆除作戦。
白い人型は、最前列で、圧倒的な速度で、タコを処理していった。
チェンソーが唸り、腕が飛び、胴が裂ける。
一分に、五体。
『速い』
『処理速度がおかしい』
『百人分の三割くらい一人で片付けてないか』
『いつものことだ』
三十分。
『駆除数、推定二百』
『順調だな』
『白いやつのおかげで前線が崩れてない』
一時間。
『四百体突破』
『あと少しだ』
『……ん?』
――そこで、視聴者が、気づいた。
白い人型の、チェンソーの動きが。
わずかに、鈍っていた。
いや、鈍っているのではない。
――雑に、なっていた。
『あれ?』
『動きが……』
『適当になってる』
『一撃で仕留めてたのが、二撃かかってるぞ』
『疲れた?』
『いや、違う』
『……あいつ、今、首を傾げた』
白い人型は、タコを一体、両断した後。
その場で、しばらく、動かなくなった。
そして、チェンソーを、地面に、置いた。
『置いたw』
『え、何』
『まさか』
『……飽きたな?』
『飽きたわこれ』
『四百体も同じ作業したら、そりゃ飽きる』
『いや、五百体の駆除依頼だぞ!?』
『責任感どこいった』
白い人型は、周囲を見回した。
残るタコは、百体ほど。
百人の探索者が、既に押し切りつつあった。
白い人型は、それを確認すると――
こく、と頷いて。
戦線を、離脱した。
『離脱したwww』
『「もう大丈夫そうだな」って判断だ』
『判断としては正しい』
『でも飽きたのが理由だろ』
『両方だろうな』
白い人型は、大空洞の隅へ、歩いていった。
そして、画面の外へ、消えた。
『着替えか?』
『次は何になるんだ』
――五分後。
白い人型は、戻ってきた。
ただし、一人ではなかった。
いや、正確には、一人だが。
――何かを、引きずってきていた。
車輪のついた、木製の、大きな箱。
その上に、屋根。
側面には、暖簾。
『……屋台?』
『屋台だ!!』
『どこから持ってきたwww』
『何それ!!』
白い人型は、屋台を、大空洞の隅に、据えた。
そして、手際よく、支度を始めた。
鉄板を、設置する。
半球形の窪みが並んだ、あの鉄板を。
火を、入れる。
油を、引く。
『たこ焼き器だwwww』
『たこ焼き器!!』
『そういうことかよ!!』
『素材が目の前に五百体分あるからな!!』
『発想が完全に関西人』
『いや、たこ焼きは日本の心だ』
白い人型は、頭に手拭いを巻き、腰に前掛けを締めた。
屋台の、店主の姿だった。
『衣装まで完璧w』
『屋台のおっちゃんのピクトグラム』
『そんな図柄あるのか』
『祭りの案内看板とかにありそう』
そして、白い人型は。
倒したばかりのディープクラーケンの腕を、一本、手際よく処理し始めた。
皮を剥ぎ、下茹でし、賽の目に、切っていく。
その手つきは、明らかに、素人のものではなかった。
『手際がプロw』
『ケンゾーさんの弟子だからな』
『解体の技術がこんなところで』
『あの人の教育、変な方向に活きてる』
やがて、生地が、鉄板に、流し込まれた。
じゅう、と音がして。
匂いが、立ち上った。
出汁と、小麦と、油の、匂いが。
――その匂いは、戦闘中の大空洞に、広がっていった。
「…………ん?」
「……おい、何か、いい匂いしないか?」
「……気のせいだろ。集中しろ」
「……いや、するって。……なんか、祭りみたいな匂いが」
『気づき始めたw』
『戦闘中に飯テロすな』
『いや、集中が切れたら危ないだろ!!』
白い人型は、そんなことは気にせず、たこ焼きを、焼き続けた。
竹串で、くるり、くるりと、返していく。
完璧な、球形に。
『返し方が上手すぎる』
『どこで覚えたんだよ』
『いつもの謎』
『けん玉、釣り、たこ焼き 特技の傾向が分からん』
――そして、駆除作戦が、終了した。
担当官「……駆除完了! 推定五百三体! 負傷者、軽傷六名! ……作戦、成功です!」
百人から、歓声が、上がった。
――が、その歓声は、すぐに、ざわめきに、変わった。
「……おい、あれ」
「……屋台?」
「……なんで、屋台があるんだ?」
大空洞の隅に。
湯気を上げる、屋台が、一つ。
その暖簾には、簡素な字で、こう書かれていた。
『たこ焼き』
『暖簾に字が書いてあるww』
『どこで用意したんだよ』
『「たこ焼き」の四文字だけなのがまた』
『シンプルイズベスト』
担当官「……あの、これは……」
『例の白いピクトグラムです』
『四百体目で飽きて、屋台を始めました』
担当官「…………飽きて」
『飽きて、です』
担当官「…………」
担当官は、しばらく、絶句していた。
そして。
担当官「……いや、いいです。……駆除は完了しましたし。……というか」
担当官は、鼻を、ひくつかせた。
担当官「…………めちゃくちゃ、いい匂いがします」
『陥落したw』
『匂いには勝てない』
『一時間半戦った後だからな』
『腹減ってるに決まってる』
白い人型は、焼き上がったたこ焼きを、舟皿に盛り、青海苔と鰹節を振りかけて――
担当官に、差し出した。
そして、手招きを、一つ。
――どうぞ。
担当官「……え、いいんですか? ……あの、お代は」
白い人型は、首を横に振った。
そして、周囲の百人を、ぐるりと指差し。
両手で、大きく、輪を作った。
『「全員分ある」だ』
『百人分!?』
『そりゃそうだ、素材が五百体ある』
『一番でかいタコの材料費ゼロだしな、他の材料はどこから出したのかはしらん』
『臨時のたこ焼き屋、開店です』
――そして、行列が、できた。
戦い終えたばかりの、百人の探索者が。
装備を担いだまま、屋台の前に、並んだ。
「……なあ、これ、夢じゃないよな」
「夢だったら、俺、覚めたくない」
「腹減りすぎて、匂いだけで泣きそう」
『行列ができてるw』
『ダンジョン六層に屋台の行列』
『世界初の光景だろ』
『映像に残ってるのが信じられん』
白い人型は、猛烈な速度で、焼き続けた。
六台の鉄板を、同時に、回す。
生地を流し、タコを落とし、返し、盛り、渡す。
その動きに、無駄が、一切なかった。
『店主の手際ww』
『何年やってるんだよ』
『初日だぞ、多分』
『初日でこの手際はおかしい』
そして――たこ焼きを口にした探索者たちに、異変が、起きた。
「……っ、うまっ!!」
「熱っ、熱いけど、うま……!!」
「……あれ? ……なんか、身体が」
「……疲れが、抜けてく……?」
『!?』
『バフだ!!』
『たこ焼きにバフ効果がある!?』
『ディープクラーケンの素材、栄養価が高いって聞いたことあるぞ』
『いや、そういうレベルじゃないだろ』
『指揮のバフと同じやつじゃないか?』
『あいつが作ったものだから……ってこと?』
「腕の痺れが、消えた!」
「俺、さっき捻挫したんだけど……歩ける!」
「……なんだこのたこ焼き」
『治療効果まであるのかww』
『医者のピクトグラムでもないのに』
『たこ焼きで治すな』
『バフ盛り盛りのたこ焼き』
『レシピを公開してくれ』
『できるわけないだろ、材料が五百体のタコだぞ』
担当官「……あの。……このたこ焼き、成分分析をさせていただいても」
白い人型は、担当官を見て――
舟皿を、もう一つ、差し出した。
そして、両手で「食え」の仕草。
担当官「……いや、そうじゃなくて、分析を」
白い人型は、また、舟皿を、押し付けた。
担当官「…………いただきます」
『分析より実食を勧められたw』
『理屈より味だ』
『それはそう』
二時間後。
大空洞は、すっかり、宴会場になっていた。
百人の探索者が、車座になって、たこ焼きを頬張っていた。
誰かが、水筒を回した。
誰かが、笑い声を上げた。
誰かが、戦闘の武勇伝を語り始めた。
『完全にタコパwww』
『タコパーティーだ』
『駆除作戦の打ち上げが現地で始まってる』
『百人規模のタコパ、初めて見た』
『材料が敵なのがまた』
白い人型は、屋台の中で、焼き続けていた。
途中、一度だけ、手を止めて。
自分でも、一つ、口にした。
そして。
こく、と、満足げに、頷いた。
『自分でも食べたw』
『味見だ』
『合格らしい』
『そりゃそうだろ、あれだけ美味そうなんだから』
――やがて、たこ焼きの生地が、尽きた。
白い人型は、鉄板を、丁寧に、拭いた。
そして、火を落とし、道具を片付け、屋台を、畳んだ。
「……あ、終わりか」
「もっと食いたかったな」
「いや、十分食っただろ。俺、三舟いった」
『名残惜しいw』
『閉店です』
『次の開店はいつになるやら』
白い人型は、手拭いを外し、前掛けを畳んだ。
そして、百人に向かって、深く、頭を下げた。
店主の、閉店の挨拶だった。
百人が、一斉に、拍手した。
「ごちそうさまでした!!」
「うまかった!!」
「また来てくれ!!」
白い人型は、その拍手に、手を振って応え。
屋台を引きながら、大空洞の出口へ、歩き出した。
――と。
そこで、担当官が、慌てて、駆け寄った。
担当官「あ、あの! 待ってください! ……その、報告書に、なんと書けばいいか」
白い人型が、振り返る。
担当官「……駆除作戦の協力者として、記載したいんです。……ですが」
担当官は、手元の書類を、見た。
担当官「……『協力者、途中で戦線離脱。屋台を開業』……とは、書けなくて」
『書けないww』
『そりゃ書けない』
『でも事実なんだよなあ』
白い人型は、しばらく、考えるように、静止していた。
それから――畳んだ屋台から、竹串を、一本、取り出した。
そして、地面に、何かを、描いた。
丸に、点を三つ。
たこ焼きの、絵だった。
その隣に、丸い頭と棒の手足――自分の、絵。
そして、二つを、線で、結んだ。
担当官「…………これは」
『「たこ焼き屋として参加した」ってことだろ』
『開き直ったww』
『そのまま報告書に貼れw』
担当官「…………分かりました。……添付資料として、写真を撮ります」
『撮るのかよww』
『協会の公式書類に落書きが添付される』
『「不明存在関与事案報告書 別紙:現場に描かれた図」』
『怪文書がまた進化した』
白い人型は、満足げに頷くと、屋台を引いて、通路の暗がりへ、消えていった。
からから、と、車輪の音が、遠ざかっていく。
やがて、それも、聞こえなくなった。
担当官「……えー。本日の駆除作戦、結果報告です」
担当官が、カメラに向き直った。
担当官「駆除数、五百三体。負傷者、軽傷六名。……全員、その場で回復しました」
担当官「……たこ焼きで」
『まとめが意味不明w』
『でも事実』
『たこ焼きで治る負傷者たち』
『医学が崩壊する』
担当官「……そして、討伐素材の一部が、その場で消費されました。……用途は、たこ焼きです」
『会計処理が地獄だ』
『「素材消費 用途:調理」』
『経理が泣くぞ』
担当官「……最後に、一つだけ、個人的な感想を、述べさせてください」
担当官は、少しだけ、笑った。
担当官「…………めちゃくちゃ、うまかったです」
『『『それだ』』』
『それが全てだ』
『五百体のタコと、百人の腹が、満たされた』
『いい作戦だった』
『いや、途中で飽きて屋台やってたけどな』
『それも含めて、いい作戦だった』
『次のタコの異常発生、みんな楽しみにしてるぞ』
『それは駄目だろw』
『生態系のためには発生しない方がいい』
『……でも、また食べたい』
『分かる』
『分かるんだよなあ』




