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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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第58話 いじめ

「……おら、早く歩けよ。荷物持ちが遅れんな」


 二層。


 五人組の探索者パーティが、通路を進んでいた。


 正確には――四人が歩き、一人が、その全員分の荷物を背負って、よろよろと後に続いていた。


コウ「……す、すみません」


 最後尾の少年が、頭を下げる。


 背中の荷物は、明らかに、彼の体格に合っていなかった。


「配信、回ってんだからさ、もうちょい愛想よくしろよ。……あ、そうそう視聴者の皆さん、こいつ新人のコウね。荷物持ち担当でーす」


『……』


『これ、なんか嫌な感じだな』


『新人いびりか?』


『初見だけど、この配信、いつもこうなの?』


『いつもこう』


『三人が回して、一人が黙認、一人が耐えてる構図』


『通報したいけど、法的にはグレーなんだよな』


『「新人教育」って言われたら終わりだ』


 リーダー格の男――ケイが、振り返って、笑った。


ケイ「なあコウ、水」


コウ「……はい」


ケイ「あー、ぬるい。誰がぬるい水持ってこいっつった?」


コウ「……すみません」


ケイ「はは、まあいいけどな。……お前、そういうとこだよ」


『いちいち嫌な絡み方するな』


『見てるだけで胃が痛い』


『コウくん、辞めた方がいいって』


『でもこの界隈、パーティ抜けると次がないんだよ』


『新人はどこも人手不足なパーティに拾われるしかない』


 ――と、その時。


 視聴者が、それに、気づいた。


『……おい』


『後ろ』


『いる』


『白いやつだ』


 コウの、さらに後ろ。


 白い人型が、荷物を背負ったコウの真横を、同じ速度で、歩いていた。


 そして、コウの背中の荷物を、じっ、と見ていた。


 それから――ケイたちの背中を、見た。


 長く。


 じっと。


『……あ』


『これは』


『空気が変わったぞ』


『怒ってる』


『あいつ、こういうの一番許さないからな』


『チャラ男の非常口発言の時と同じ気配だ』


『いや、あの時より重い』


 白い人型は、しばらく、その場に立っていた。


 そして、腕を組んで、考え込むような姿勢を、とった。


『考えてる』


『何を考えてるんだ』


『成敗じゃないのか?』


『いや……なんか違うぞ』


 やがて、白い人型は、ぽん、と手を打った。


 そして、通路の奥へ、走っていった。


『どこ行った』


『何する気だ』


『嫌な予感がする』


 ――五分後。


 通路の奥から、地響きが、聞こえてきた。


ケイ「……お、おい。何の音だ」


「モンスター……にしては、でかくないか?」


 現れたのは、体長四メートルの、岩甲羅の巨獣。


 明らかに、二層の個体ではなかった。


『!?』


『でかい!!』


『二層にいるサイズじゃない』


『……いや、待て』


『あいつ、今、通路の奥から走ってきたよな』


『……まさか』


『連れてきたのか?』


『けしかけたのかよ!!』


 白い人型は、巨獣の後ろに立って、腕を組んでいた。


 そして、五人と、巨獣を、交互に指差す。


 最後に、両手で、輪を作った。


『……訳すぞ』


『「みんなで戦え」だ』


『は?』


『危機を一緒に乗り越えれば、仲良くなれる、って発想じゃないか?』


『いや、無茶苦茶だろ!!』


『……でも、分からんでもない』


『共通の敵がいれば結束する、って考え方な』


『少年漫画の理屈じゃん』


『あいつ、そういうの好きそうだもんな』


ケイ「な、なんだこいつ!? 二層にいるサイズじゃねえぞ!!」


「ケイ、どうする!?」


ケイ「どうするって……」


 巨獣が、咆哮した。


 五人が、じりじりと、後退する。


 コウは、重い荷物を背負ったまま、それでも、前に出ようとしていた。


コウ「……ケ、ケイさん! 俺、荷物下ろします! 戦います!」


ケイ「…………」


 そして。


ケイ「――逃げるぞ!!」


 ケイが、走り出した。


 他の三人も、続いた。


 コウを、置いて。


『……は?』


『逃げた』


『真っ先に逃げた』


『荷物持ちを置いて』


『……最悪だ』


コウ「……え。……ケイ、さん……?」


 コウは、重い荷物を背負ったまま、取り残された。


 巨獣が、その少年に、向き直る。


『やばい!!』


『コウくん逃げて!!』


『いや、荷物が重すぎて走れない!!』


『白いやつ!! 何やってんだ!! 早く!!』


 ――だが。


 白い人型は、既に、動いていた。


 巨獣の頭を、後ろから、片手で掴んで、止めていた。


 巨獣が、動けない。


 白い人型は、巨獣の首元を、ぽんぽん、と叩くと――


 その巨体を、来た道の方へ、押し戻した。


 巨獣は、しばらく抵抗したが、やがて、諦めたように、のしのしと、通路の奥へ、帰っていった。


『……あ』


『最初から制御下だったのか』


『そりゃそうだ、あいつが本当に危険な目に遭わせるわけない』


『「試した」だけなんだ』


『……そして、結果が出た』


コウ「……え? ……モンスターが、帰って……?」


 コウは、荷物を背負ったまま、その場に、へたり込んだ。


コウ「……ケイさん……みんな……」


 通路の先には、誰もいなかった。


『……』


『ひどいな』


『いくらなんでも』


『……で、白いやつはどうする』


 白い人型は、通路の先――ケイたちが逃げていった方向を、見ていた。


 長く。


 じっと。


 そして、ゆっくりと、首を、横に振った。


 両手で、大きく、×印を作る。


『……あー』


『「こいつらはダメだ」って言ってる』


『試して、答えが出たんだ』


『危機を共有すれば仲良くなれる、って考えは』


『ダメな相手には、通用しなかった』


『性根が腐ってる、ってことか』


 白い人型は、しばらく、その場に立っていた。


 そして――


 肩を、こきり、と鳴らした。


 両手を、握って、開いた。


 準備運動の、姿勢だった。


『あ』


『これは』


『始まるぞ』


『遠慮がなくなった時のやつだ』


『ダテの時と同じ空気だ』


 白い人型は、へたり込んだコウの前に、しゃがんだ。


 そして、コウの背中の荷物を、ひょい、と、軽々と持ち上げて、地面に下ろした。


コウ「……え!? 荷物が!?」


『下ろしてくれたぞ』


『重かったろ、それ』


『よく背負って歩いてたな』


コウ「……あの。……コメント。……これ、もしかして」


 コウは、震える手で、端末を、確認した。


 そして、しばらく、画面を、見つめた。


コウ「…………白い、ピクトグラム? ……あの、有名な?」


『そうです』


『さっきから、ずっと君の隣を歩いてました』


『そして、君を置いて逃げたあいつらを、見てました』


コウ「……っ」


 コウの目から、涙が、こぼれた。


コウ「……見て、くれてたんですか。……俺のこと」


 白い人型は、コウの頭を、ぽんぽん、と撫でた。


 それから、立ち上がって――


 通路の先を、びし、と指差した。


 そして、コウを指差し、手招きをする。


『「ついて来い」だ』


『何する気だ』


『いや、分かるだろ』


『……分かるな』


『エンタメの時間だ』


コウ「……え。……ついて来い、って」


『行け、コウくん』


『多分、今日のことは忘れられない一日になる』


『いい意味でな』


 ――そして、追跡が、始まった。


 白い人型は、通路を、迷いなく進んだ。


 その後を、コウが、荷物を置いて身軽になって、小走りで、続く。


 やがて、前方に、ケイたち四人の姿が見えてきた。


 息を切らして、歩いている。


ケイ「……はぁ、はぁ……。……くそ、なんだったんだよ、あのデカいの」


「……あの、ケイさん。……コウは?」


ケイ「あ? 知らねえよ。……勝手についてくるだろ。荷物持ちなんだから」


『最低だな』


『心配すらしてない』


『白いやつ、拳握ってるぞ』


『いや、握ってない あれは……』


『……バナナの皮を出してる』


 白い人型は、ケイの前方の床に、バナナの皮を、そっと、置いた。


 滑る側を、下にして。


ケイ「……とりあえず、休憩す――どわっ!?」


 派手に、転んだ。


「ケイさん!?」


ケイ「いてえ! なんだよ、こんなとこにバナナの皮が! 誰だよ捨てたの!」


『お前が三十分前に捨てたやつだよ』


『拾って持ってきたのか』


『因果応報の再演』


『ダテの時と同じ手口だ』


 そこからは、地獄だった。


 ケイが歩けば、足元の石が、絶妙な位置に転がってくる。


 水を飲もうとすれば、水筒の蓋が、固く閉まって開かない。


 装備を確認しようとすれば、留め具が、いつの間にか結び目になっている。


 そして、そのたびに、コウは。


 少し離れた場所から、それを、見ていた。


コウ「…………」


 最初は、戸惑っていた。


 だが。


ケイ「うわっ!? また転んだ!! なんなんだよ今日は!!」


コウ「…………ぶっ」


 思わず、噴き出した。


 そして、慌てて、口を押さえた。


コウ「……す、すみません、笑うつもりは」


『笑っていいんだぞ』


『むしろ笑うために連れてこられたんだ』


『これ、君のための公演だから』


コウ「……公演」


『そう』


『最高のエンタメが始まるぜ、ってやつだ』


 白い人型は、コウの方を振り返って、サムズアップをした。


 それから、次の悪戯へ。


 ケイのリュックの中身を、こっそり、全部、逆さまに詰め直した。


 三人の靴紐を、まとめて、結んだ。


 休憩しようと座った岩を、直前に、ずらした。


ケイ「うおっ!? 岩が! 岩が消えた!?」


「ケイさん、俺の靴紐が三人分繋がってるんですけど!?」


「リュックの中身が全部逆さまなんだけど!?」


コウ「……くっ、ふふっ……」


『笑ってるw』


『コウくん、めっちゃ笑ってる』


『いい笑顔だ』


『今日初めて笑ったんじゃないか、この子』


 やがて、悪戯は、大詰めを迎えた。


 ケイたちが、狭い通路に、差し掛かった、その時。


 通路の両側から――ずるずると、大量の、粘着質な糸が、垂れてきた。


 (白い人型が、どこかから採取してきた、大蜘蛛の糸だった)


ケイ「うわっ!? なんだこれ! ベタベタする!!」


「取れない!! 髪に絡まった!!」


「くっつく! くっつくって!!」


 四人が、糸まみれになって、もがいた。


『糸まみれwww』


『ベタベタ地獄』


『あれ、水で洗わないと取れないやつだ』


『帰るまで取れないぞ』


『地上でその姿を晒すことになる』


『社会的制裁だ』


コウ「……あははっ! ……あははははっ!!」


 コウが、腹を抱えて、笑った。


 その笑い声が、通路に、響いた。


ケイ「……っ、コウ!? お前、いつからそこに!?」


コウ「……あ」


 コウが、慌てて、口を押さえた。


 だが。


 その肩に、白い人型が、そっと、手を置いた。


 そして、首を、横に振った。


 ――隠さなくていい。


『そうだぞコウくん』


『笑っていい』


『言いたいことも言っていい』


『今日は、君が主役だ』


コウ「…………」


 コウは、しばらく、俯いていた。


 そして、顔を上げた。


コウ「……ケイさん」


ケイ「な、なんだよ」


コウ「……俺、辞めます。このパーティ」


ケイ「は? ……おい、待てよ。お前、他に行くとこあんのか? 新人が一人で――」


コウ「……ないかもしれません。……でも」


 コウは、糸まみれの四人を、まっすぐ、見た。


コウ「……さっき、俺を置いて、逃げましたよね」


 四人が、黙った。


コウ「……荷物、俺が全部背負ってて、走れないって、知ってて。……それでも、逃げましたよね」


コウ「……もう、いいです。……お世話に、なりました」


 コウは、深く、頭を下げて。


 そして、背を向けた。


『言えた』


『言えたな、コウくん』


『よくやった』


『白いやつ、後ろでガッツポーズしてるぞ』


『自分のことみたいに喜んでる』


 ――そして、コウが歩き出そうとした、その時。


 白い人型が、コウの前に回り込んだ。


 そして、指を一本立てて、待て、の合図。


 それから、通路の奥を指差し、手招きをした。


コウ「……え? まだ、何か……」


 白い人型は、コウを連れて、通路の奥へ、歩き出した。


 そして――行き止まりの、岩陰。


 そこに、古びた宝箱が、あった。


コウ「……宝箱!?」


『またかw』


『あいつ、宝箱の場所を全部把握してるだろ』


『ダンジョンの地図がインストールされてる』


 白い人型は、宝箱を、コウの前に、押し出した。


 そして、コウを指差し、両手で「どうぞ」の仕草。


コウ「……いいんですか? ……俺、何も」


 白い人型は、首を横に振った。


 そして――コウの、荷物を背負っていた、赤くなった肩を、指差した。


 それから、力こぶのポーズ。


 最後に、深く、頷いた。


『「よく耐えた」だ』


『そういうことだよな』


『半年間、荷物持ちで耐えてきた分の、報酬だ』


コウ「…………っ」


 コウが、震える手で、蓋を開けた。


 中には、上質な装備一式と、少なくない額の金貨が、入っていた。


コウ「…………これ、あれば。……俺、一人でも、始められる」


『始めろ』


『一人からでいい』


『デビュー戦の四人組だって、最初はそうだった』


『応援するぞ』


『登録者、既に増え始めてる』


 ――そして、その頃。


 通路の向こうから、糸まみれの四人が、よろよろと、歩いてきた。


ケイ「……お、おい、コウ……」


 だが、その足が、途中で、止まった。


 四人の目の前で。


 宝箱が、ひとりでに、閉じ。


 ふわり、と浮き上がり。


 コウの傍らに、そっと、置かれたからだ。


「……っ、な、なんだ今の!?」


「箱が浮いた!?」


ケイ「……コウ。……お前、何を……」


コウ「…………さあ」


 コウは、宝箱を抱えて、少しだけ、笑った。


コウ「……俺にも、見えないので」


『かっこいいw』


『言うようになったな』


『成長したぞコウくん』


『一日で人が変わった』


 白い人型は、コウの隣に立ち、糸まみれの四人に向かって――


 最後に、一つ。


 バナナの皮を、投げた。


 ケイの、足元へ。


ケイ「うわああああ!?」


 四人が、まとめて、転んだ。


 糸で繋がっていたので、全員、まとめて。


コウ「……あははっ!」


『最後にもう一発ww』


『しつこいww』


『でも今日ばかりは、もっとやれ』


『いや、もう十分だ』


『十分だな』


 白い人型は、コウの背中を、ぽん、と押した。


 行こう、というように。


 二人(一人と一体)は、ゲートに向かって、歩き出した。


 糸まみれの四人を、置いて。


コウ「……あの」


 道中、コウが、ぽつりと言った。


コウ「……なんで、俺なんかのために、ここまで」


 白い人型は、少し考えてから――


 コウを指差し、次に、自分を指差した。


 それから、両手で、大きく、×印を作り。


 最後に、ゲートの方向を、指差した。


『……訳すぞ』


『「君が悪いんじゃない。だから、前を向いて行け」だ』


『……いや、それ訳しすぎじゃないか?』


『いいんだよ、そういう意味だったんだから』


コウ「…………はい」


 コウは、涙を拭って、頷いた。


コウ「……行きます。……一人でも」


 白い人型は、サムズアップをした。


 そして、ゲートの手前で、足を止め――


 コウに向かって、最後に。


 両手で、輪を作ってみせた。


『……あれ、何だ?』


『「仲間を見つけろ」じゃないか』


『……ああ』


『今日、あいつが最初にやろうとしてたことだもんな』


『危機を共に乗り越えて、仲良くなる』


『あのパーティでは失敗したけど』


『次は、うまくいくといい』


コウ「……はい。……いつか、ちゃんとした仲間、見つけます」


 白い姿が、通路の暗がりへ、消えていった。


コウ「……えー。本日の配信、まとめます」


 コウが、カメラに向き直った。


 その顔は、腫れぼったかったが、晴れやかだった。


コウ「……俺、今日、パーティを、辞めました」


コウ「……そして、笑いました。……久しぶりに」


『いい配信だった』


『コウくん、頑張れよ』


『新チャンネル作ったら教えてくれ』


『登録するから』


『……で、あの四人はどうなるんだ?』


『糸まみれで地上に出てくるだろ』


『映像が全部残ってるからな』


『「荷物持ちを置いて逃げたパーティ」として、名前が残る』


『社会的制裁は、こっちがやるさ』


『それが視聴者の仕事だ』


『あと、コウくん』


コウ「はい?」


『登録者、今、二万人な』


コウ「……え?」


『一人じゃないぞ、もう』

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