第57話 尋問
「――え。……え? なんで、こんなとこに」
三層。
薬草採取に来ていた、若手四人組の足が、止まった。
通路の先。
そこに立っていたのは、明らかに、この階層の生き物ではなかった。
黒い甲冑。二本の角。背中に、小さな翼。
人型の、悪魔だった。
『は?』
『三層に魔族!?』
『これ、セントラルの映像で見たやつじゃん』
『魔王軍か!?』
『いや待て、序列持ちにしてはサイズが小さい』
『二メートルくらいか? バルガスは四メートルあったぞ』
「……ちっ。人間か。運が悪い」
悪魔が、舌打ちした。
「見られたからには、生かしては帰せん。……我は魔王軍が兵、ゾルド。序列は……ない。だが、貴様ら人間の若造など、片手で十分だ」
ソウタ「……魔王軍……!?」
――ソウタだった。
あのデビュー戦の四人組。今や中堅に届きかけた、その四人。
ヒナ「ソウタくん、下がって! この人、私たちが今まで戦ってきた相手と、格が違う……!」
カイ「でも、逃げ道が塞がれてるっす……!」
ツムギ「……こいつ、私たちを逃がす気がない」
『まずい』
『序列なしって言っても、魔族だぞ』
『三層に来る強さじゃない』
『通報した!!』
『間に合うか……!?』
ゾルドが、腕を振り上げた。
黒い爪が、伸びる。
「――死ね」
その爪が、振り下ろされる、直前。
――ぱしん。
軽い音がして、ゾルドの腕が、止まった。
いや、掴まれていた。
「……は?」
『来たあああ!!』
『いた!! 白いやつだ!!』
『いつの間に!?』
『速すぎて見えなかった』
白い人型が、ゾルドの手首を、片手で、掴んでいた。
いつもの、白い姿。
武器は、何も持っていない。
「な……なんだ、これは! 腕が、動かん……!? 見えぬ、何かが……!」
『見えてないぞ』
『序列なしだと看破できないのか』
『骸骨、リッチ、バルガスは見えてた』
『格の差がはっきり出たな』
白い人型は、掴んだ腕を、そのまま、ひねった。
「ぐあっ!?」
ゾルドの巨体が、いとも簡単に、地面へ、叩きつけられた。
白い人型は、その背に膝を乗せ、両腕を後ろ手に極め――
どこからか取り出した、あの網で、ぐるぐる巻きにした。
十秒だった。
『はやww』
『十秒で終わったw』
『序列なし、弱すぎない?』
『いや、若手四人には十分脅威だったんだよ』
『格が違いすぎるだけだ』
『簀巻き完成』
ソウタ「……え? ……魔族が、勝手に転んで、網に……?」
ヒナ「コメント……あ! 例の、白いピクトグラムです!!」
カイ「助かったっす……!」
ツムギ「……早すぎる」
白い人型は、簀巻きのゾルドの上に、腰を下ろした。
椅子のように。
「ぐえっ」
『座ったww』
『椅子扱いww』
『魔王軍の兵、座布団に』
そして、四人に向かって、サムズアップ。
それから、ゾルドを指差し、口をぱくぱくと動かす仕草をした。
『……ん?』
『何のジェスチャーだ』
『口を動かす……喋らせる?』
『あっ』
『尋問だ』
『情報を吐かせる気だ』
『そうか、魔王軍の内情、今まさに世界中が知りたがってる情報だもんな』
『バルガスの証言と繋がるかもしれん』
「……ふん。何をする気か知らんが、我は魔王軍の兵だ。……人間などに、何一つ語ることはない」
ゾルドが、簀巻きのまま、吐き捨てた。
「殺すなら殺せ。……拷問でもなんでもするがいい。我は屈さん」
『威勢がいいな』
『覚悟決まってるじゃん』
『でも相手が悪いぞ』
『あいつ、拷問なんてしないけどな』
『……いや、待て』
『何かする気だ』
白い人型は、ゾルドの上から降りると、すたすたと、画面の外へ歩いていった。
『消えた』
『着替えか?』
『尋問用の衣装って何だ』
『検事とか?』
『警官とか?』
戻ってきた白い人型は――
その手に、大きな、白い羽根を、握っていた。
鳥の、風切り羽。
どこかで見たことのある、大きさと形の。
『羽根wwww』
『どこから持ってきた』
『いや、待て、その羽根』
『……あの五羽のどれかのやつじゃないか?』
『抜いてきたのかw』
『抜け落ちたやつを拾っといたんだろ、多分』
『用途がおかしい』
「……何だ、その気配は。……何をする気か、姿を見せ――」
白い人型が、羽根の先を。
ゾルドの、脇腹に、そっと、当てた。
――すす、すす。
「――ひぎゃっ!?」
ゾルドの巨体が、跳ねた。
『くすぐりだwwww』
『尋問がくすぐりwww』
『拷問の予告に対する回答がこれかよ』
『外道相手に遠慮はいらないらしい』
『いや、遠慮しかないだろこれ』
『羽根一本で魔王軍を落とす気だ』
「や、やめっ……何をするか貴様ぁ!! ふ、ふはっ、ははは!! やめ、やめろ!!」
『笑ってるww』
『魔王軍の兵、笑ってるww』
『威厳が三秒で崩壊した』
『「我は屈さん」って言ってた奴が』
白い人型は、羽根を、止めた。
そして、ゾルドの顔の前に、羽根を一本、立てた。
――質問。
次に、遠くを指差し、それから、王冠を頭に乗せる仕草をした。
『「魔王について話せ」だ』
『ジェスチャーが分かりやすい』
『尋問官として優秀すぎる』
『羽根を持った尋問官』
「……はぁ、はぁ……。……語ると、思うか。……我は、誇り高き魔王軍の――」
――すすすすす。
「ぶひゃっ!? あははははっ!! やめっ、やめてぇ!! ひぃ、ひぃ!!」
『二回目www』
『喋りかけたら即再開』
『「魔王軍の」まで言ったところで潰された』
『情け容赦がない』
『でも痛くはないんだよな』
『それが逆に怖いんだよ』
三回目。
四回目。
五回目。
白い人型は、羽根の当て方を、変えていた。
脇腹。首筋。足の裏。
弱点を、的確に、探り当てていく。
『研究してるww』
『反応の大きい場所を記録してるだろこいつ』
『尋問技術として正しい』
『用いる道具が羽根一本なのを除けば』
「あはは、ははは!! もう、もうやめ、やめ……っ、く、苦しい……!」
『そろそろ限界だろ』
『落ちるぞ』
『情報が出る……!』
白い人型が、羽根を、止めた。
ゾルドが、荒い息を、繰り返す。
「……はぁっ、はぁっ……。……わ、分かった。……分かった、話す。……話すから、それだけは……」
『落ちたw』
『くすぐりで陥落する魔王軍』
『来るぞ、重要情報が』
『みんな、録画してるな?』
『してる』
『協会も見てるはずだ』
ゾルドが、口を開いた。
「……最近、魔王城には、妙な連中が――」
――すすすすすすす。
「ぶはあああああ!? あははははは!!」
『!?』
『!?!?』
『おい!!』
『なんで再開したんだよ!!!』
『喋ろうとしてたぞ今!!』
白い人型は、上機嫌に、羽根を動かし続けていた。
完全に、リズムに乗っていた。
――そして、しばらくして、羽根を止めた時。
ゾルドは、白目を剥いて、動かなくなっていた。
気絶していた。
『……』
『……あ』
『やっちゃった』
『喋る前にヤっちゃったwwww』
『尋問失敗www』
『一番大事なところで!!』
『世界が待ってた情報が!!』
白い人型は、しばらく、動かなかった。
気絶したゾルドを、見る。
手にした羽根を、見る。
もう一度、ゾルドを、見る。
そして――両手で、顔を、覆った。
羽根が、ひらり、と床に落ちた。
『気づいたwww』
『やらかした自覚がある』
『「あっ」って顔してる』
『顔ないけどな』
『一生の不覚だ』
『羽根を落とすのが芸細かい』
白い人型は、ゾルドの肩を、揺すった。
起きない。
頬を、軽く叩いた。
起きない。
水をかけた(どこからか出した)。
起きない。
『必死ww』
『起こそうとしてるww』
『無理だろ、笑い疲れて気絶したんだから』
『笑い死にしてないだけマシ』
白い人型は、しばらく格闘した後、諦めたように、立ち上がった。
そして、こちらを――カメラを、見た。
肩を、すくめた。
それから、簀巻きのゾルドを指差し、手のひらをひらひらと振る。
『「まあ、下っ端だし、いいか」って言ってるww』
『開き直ったwww』
『よくない!! 全然よくない!!』
『いや、確かに序列なしの兵だけどさ』
『それでも情報は情報だろ!!』
『しかも尋問しようって決めたのお前だぞ!!』
――と。
そこで、白い人型は、四人の方を、振り返った。
ソウタ、ヒナ、カイ、ツムギ。
四人は。
全員が、一歩、後ずさっていた。
その顔には、明確な、感情が浮かんでいた。
――怯えだった。
『……あ』
『引いてるww』
『四人とも引いてるwww』
『そりゃそうだ』
『いや、待て、四人には見えてないんだぞ』
『見えてないからこそだろ』
ソウタが、震える声で、言った。
ソウタ「……あの。……今、何が、起きてたんですか」
『……えーと』
『説明が難しい』
ヒナ「……魔族の人が、急に転んで、網に巻かれて。……その後、ずっと、笑ってて」
カイ「……ずっと笑ってたっす。……十分くらい」
ツムギ「……そして、笑いながら、気絶した」
『……』
『……あー』
『言われてみれば』
『現地視点だと、ホラーだこれ』
『見えない何かに拘束されて、笑い続けて、気絶する魔族』
『映像がないと理解不能』
ソウタ「……その、コメントの皆さん。……あの人、何を、したんですか」
『……羽根で、くすぐってました』
ソウタ「…………羽根」
『羽根です』
『尋問のつもりでした』
『そして、情報を聞き出す前に、やりすぎて気絶させました』
ソウタ「…………」
四人が、顔を、見合わせた。
そして。
ヒナ「……あの。……私、あの方に、ずっと感謝してたんです。デビュー戦の時に、助けてもらって」
ヒナ「……でも、その。……ちょっと、怖くなりました」
『言われてるぞww』
『恩人が怖くなった瞬間』
『分かる、分かるよヒナちゃん』
『でも悪気はないんだ、悪気は』
白い人型は、四人の反応を見て、慌てて、両手を振った。
それから、ゾルドを指差し、自分を指差し、腕で「×」を作る。
『「悪気はなかった」って言ってる』
『信じてやってくれ』
『いや、信じられるか……?』
白い人型は、しばらくおろおろしていたが、やがて、簀巻きのゾルドの前に、しゃがみ込んだ。
そして、その網の端を、掴んだ。
『……ん?』
『何する気だ』
白い人型は、簀巻きのゾルドを、ずるずると、引きずり始めた。
通路の、奥へ。
ゲートとは、逆の方向へ。
ソウタ「……あの。……魔族が、勝手に、動いてます」
ツムギ「……引きずられてる。……奥に向かって」
『拉致しようとしてるwww』
『持って帰る気だ!!』
『どこに!?』
『あいつの家じゃないか?』
『鶏五羽と、プロテイン鳥と、簀巻きの魔族が同居する家』
『住人の内訳がおかしすぎる』
『いや、待て。多分そうじゃない』
『?』
『目が覚めるまで、尋問を続ける気だ』
『……あー』
『そういうことか』
『失敗を取り返す気なんだ』
『諦めが悪いw』
白い人型は、引きずる途中で、一度、振り返った。
そして、四人に向かって、羽根を(拾い直したらしい)、ひらひらと振ってみせた。
それから、自分と、簀巻きのゾルドを、交互に指差し。
最後に、口をぱくぱくと動かす仕草を、もう一度。
『「今度こそ喋らせる」だ』
『再挑戦宣言ww』
『協会に引き渡さないのか?』
『引き渡したら、情報は協会が独占するからな』
『……こいつ、そこまで考えてるのか?』
『いや、多分、単純に、途中で終わったのが悔しいだけだ』
『それはそれで怖いんだよなあ』
ソウタ「……あの! その人、どこに連れて行くんですか!?」
白い人型は、答えなかった。
(答えられなかった)
代わりに、サムズアップを一つ残して。
簀巻きの魔族を引きずったまま、通路の暗がりへと、消えていった。
ずる、ずる、と、床を擦る音だけが、しばらく響いていた。
やがて、それも、聞こえなくなった。
『……行った』
『魔王軍の兵、行方不明』
『協会にどう報告するんだよこれ』
『「確保後、不明存在により連れ去られました」』
『怪文書がまた一つ』
――そして、その数分後。
通報を受けた協会の職員たちが、駆けつけてきた。
「魔族の目撃通報を受けて……あれ? ……いない?」
ソウタ「……あの。……いました。いたんですけど」
「いた、けど?」
ソウタ「……網で簀巻きにされて、笑わされて、気絶して、……その、引きずられて、連れて行かれました」
「…………誰に」
四人が、揃って、誰もいない通路の奥を、指差した。
「…………ああ」
「……例の、あれですか」
「……報告書、また、あの書式ですね」
『協会、慣れてきてるw』
『「例のあれ」で通じるようになってる』
『いい加減、専用の書式作ればいいのに』
『作ってるらしいぞ』
『マジで?』
『「不明存在関与事案報告書」ってのがあるって、職員のインタビューで出てた』
『実在するのかよw』
『今回はさらに「対象持ち去り」の欄が必要になるな』
『欄がないなら作るしかない』
『協会の書式が年々増えていく』
ソウタ「……えー。本日の配信、まとめます」
ソウタが、疲れ切った顔で、カメラに向き直った。
ソウタ「……三層で、魔王軍の兵に、襲われました。……そして、例の白いピクトグラムに、助けられました」
ヒナ「……そして、その魔族の方は、羽根でくすぐられて、気絶しました」
カイ「……十分間、笑い続けてたっす」
ツムギ「……重要な情報は、何一つ、聞き出せませんでした。……そして、どこかに、連れて行かれました」
『まとめが完璧すぎる』
『でも全部事実なんだよなあ』
『世界中の研究機関が泣いてるぞ』
『あと一言、あと一言だったのに』
『「最近、魔王城には妙な連中が」まで言ったんだよ』
『そこで再開するな!!』
『楽しくなっちゃったんだろうな』
『分かるけど、分かるけども』
『でも、持って帰ったってことは』
『……次があるってことか』
『次の配信で、続報が出るかもしれん』
『「尋問、二日目」とかやるのか?』
『見たいような、見たくないような』
ソウタ「……最後に。……あの人、いい人だと思います。……思いますけど」
ソウタは、少しだけ、遠い目をした。
ソウタ「……敵には、絶対、なりたくないです」
『それはそう』
『今日一番の名言』
『ゾルドくん、目が覚めたら何を思うんだろうな』
『知らない天井を見ることになる』
『そして隣に羽根を持った何かがいる』
『地獄すぎる』
『そして周りに鶏が五羽』
『情報量で二度目の気絶をしそう』




