第54話 記録
「よお、白いの。今日は勝つぞ」
二十六層。
大剣を担いだライガが、通路の先に向かって、そう言った。
誰もいない、通路の先に。
『ライガ、いきなり喋りかけてるw』
『まだ来てないぞ』
『いや、待て』
『いる』
通路の角。
白い人型が、腕を組んで、壁に寄りかかっていた。
ライガの声が届いた瞬間、こちらを見て――こく、と頷いた。
『いたww』
『ライガの勘、当たってる』
『分かるもんなのか』
『分かるんだろ 二回目だからな』
ライガ「いるんだろ? コメント、どうだ」
『います』
『壁に寄りかかって待ってました』
ライガ「ははっ。やっぱりな。……で、今日の勝負だが」
ライガは、大剣を、地面に、突き立てた。
ライガ「六時間、討伐数勝負。多く狩った方が勝ちだ。……ただし、一つだけ足す」
ライガは、足元――地面の、その下を、指差した。
ライガ「止まって狩るのは、なしだ。前に進みながら狩る。行き止まりに当たったら、下りる。……立ち止まった奴の負けだ」
『前進しながらの討伐数勝負w』
『ルールが物騒すぎる』
『それ、階層下りながら狩るってことか?』
『そういうことになるな』
『二十六層から下って、大丈夫なのか?』
ライガ「終了は、きっかり六時間だ。時間が来たら、その場で武器を下ろす。……延長は、なしだ」
ライガは、腕に巻いた、大ぶりの時計を、叩いてみせた。
ライガ「妹に持たされてる。アラームが鳴る」
『妹さんの管理w』
『二十六層の狂人、妹の時計で管理されてる』
『いい話なのか、締まらない話なのか』
白い人型が、壁から離れ、こちらへ歩いてきた。
そして、素早く画面の外へ消え――チェンソーを担いで、戻ってきた。
準備完了、というように、両手を広げる。
『受けて立つ気だw』
『こいつも大概だな』
『カウントは?』
ライガ「お前らに任せる。……いいな?」
『了解』
『審判、承りました』
『カウント班、総出でやるぞ』
『映像に残るから、後で検証もできる』
ライガ「よし。……じゃあ、始めるか」
ライガが、大剣を、引き抜いた。
ライガ「――ヨーイ、ドン!!」
二つの影が、同時に、通路の奥へ、駆け出した。
そこからは、蹂躙だった。
通路に現れた三体の中型を、ライガが走りながら一薙ぎで両断する。
その横を、白い人型が走り抜け、さらに奥にいた四体を、チェンソーで縦に裂いていく。
『はやい』
『速度がおかしい』
『二人とも止まらん』
『ルール通り、前進しながら狩ってる』
『【累計】ライガ:3 白:4』
『既に接戦』
二人は、階層を、駆け抜けた。
止まらない。
立ち止まらない。
敵を見つけたら、その勢いのまま、轢き殺していく。
そして、通路の突き当たりに、下り階段があれば――
迷わず、下りた。
ライガ「そこだアアア!!」
大剣が、大型の脚を刈り、返す刃で、首を落とす。
白い人型は、跳躍からの落下と共に、別の大型の脳天へ、チェンソーを叩き込んだ。
『轢き殺すって表現が正しい』
『止まって戦ってない 通りすがりに殺してる』
『【累計】ライガ:12 白:13』
『まだ僅差』
『……あれ、今、階段下りなかったか?』
『下りたな 一回目』
『前進が条件だから、行き止まりなら下るしかないんだ』
一時間が、経過した。
『一時間経過』
『【累計】ライガ:41 白:39』
『逆転したぞ』
『ライガの持久力が凄い』
『白いやつ、疲れないんじゃなかったのか』
『疲れてはいないだろうけど、ライガの狩りが上手すぎる』
『二十六層に通い続けた男の経験値だ』
『階段、二回目と三回目、下りたぞ』
ライガ「はっ! 白いの! まだ抜かせねえぞ!!」
白い人型も、負けじと、チェンソーの回転を上げる。
二時間。
『二時間経過』
『【累計】ライガ:88 白:91』
『また抜かれた』
『こいつら、休憩しないのか』
『しないんだろうな』
『敵の質、上がってきてないか?』
『気のせいじゃないと思う』
『階段、四回目』
三時間目。
開けた広間で、二人は、大型の群れに、遭遇した。
十二体。
ライガ「――半分ずつだ!! 抜け駆けすんなよ!!」
白い人型が、頷き。
――そして、二人は、同時に、突っ込んだ。
右から、ライガ。
左から、白い人型。
大剣とチェンソーが、群れを、中央で、噛み合わせるように、削り取っていく。
十二体が、二分と、もたなかった。
『速すぎる』
『この群れ、六体ずつで分けたぞ』
『ぴったり半分 律儀か』
『いや、あれ狙ってやってるだろ』
『取り合いにならないように分けたのか』
『前回で学んだんだな、二人とも』
『【累計】ライガ:130 白:133』
ライガ「……はぁっ、はぁっ……。おい、白いの」
ライガが、荒い息のまま、笑った。
ライガ「……楽しいな、これ」
白い人型も、チェンソーを担いだまま、力強く、頷いた。
そして、広間の奥を、指差す。
下り階段が、あった。
ライガ「……行くか」
『階段、五回目』
『いい光景だ』
『二人とも笑ってる』
『顔ないけど笑ってるのが分かる』
『好敵手ってこういうことなんだな』
『……あの、ちょっといいか』
『どうした』
『さっきから気になってたんだが』
『何が』
『今、何層だ?』
――コメント欄が、一瞬、止まった。
『……数えてなかった』
『俺も』
『討伐数ばかり数えてた』
『検証班、頼む』
『……映像を巻き戻して数えてる』
四時間。
『四時間経過』
『【累計】ライガ:156 白:159』
『三体差 ずっと僅差だな』
『階段、六回目』
五時間。
『五時間経過』
『【累計】ライガ:178 白:181』
『残り一時間』
『どっちも二百超えるぞ、これ』
『階段、七回目』
『……あの、検証班から報告があります』
『どうした』
『階段の通過回数、確定しました』
『……七回、下ってます』
『……七回?』
『開始が二十六層』
『……つまり』
『……三十三層』
コメント欄が、爆発した。
『はあああああ!?』
『三十三層!?』
『嘘だろ、いつの間に!?』
『いや、待て、落ち着け』
『国内の到達記録、確認する』
『リョウマ隊:四十一層』
『サロン・ド・アビス:三十層』
『それ以外は二十九層が数組』
『……つまり、今、ライガは』
『単独で、国内二位相当の深度にいる』
『しかも、狩りながら』
『しかも、本人はまったく気づいてない』
当のライガは、そんなことを、気にしていなかった。
ライガ「――ラストスパートだアアア!!!」
大剣が、唸る。
チェンソーが、吠える。
二つの影が、群れの中を、駆け抜けていく。
『気づいてないww』
『目の前の一体しか見てない』
『協会の職員が今頃泡吹いてるぞ』
『配信のリアルタイム視聴者、五十万超えてる』
『「二十六層の狂人が国内二位の深度に到達」ってニュース速報出てるらしい』
『本人だけが知らない』
そして。
――ピピピピ、ピピピピ。
ライガの腕で、電子音が、鳴った。
妹に持たされた、時計のアラーム。
ライガ「――終了ォォォ!!!」
六時間。
二人が、同時に、武器を、下ろした。
振り上げかけたライガの大剣が、敵に届く手前で、止まる。
白い人型のチェンソーも、回転を、切っていた。
目の前にいた中型が、二体、きょとん、と立ち尽くしている。
ライガ「……悪いな。時間だ。……失せろ」
中型は、しばらく戸惑ってから、そそくさと、通路の奥へ逃げていった。
『終了w』
『時間切れで見逃されるモンスター』
『命拾いしたな、あいつら』
『でも二人とも、きっちり止めたのが偉い』
『「延長なし」って自分で言ってたからな』
ライガ「……はぁ、はぁ……。……で、どうだ。カウントは」
『集計中』
『ちょっと待ってくれ』
『検証班、総出でやってる』
『……出た』
コメント欄が、一瞬、止まった。
そして。
『【最終】ライガ:211体』
『【最終】白いやつ:213体』
『……白いやつの勝ち。二体差』
ライガ「…………ちっ」
ライガが、大剣を、地面に突き立てて、その場に、座り込んだ。
ライガ「……二体か。……くそ。……悔しいな、これは」
白い人型も、その隣に、腰を下ろした。
そして、指を二本立てて、ライガに見せてから――少しだけ、首を、傾げた。
僅差だった、と言うように。
ライガ「慰めんな。負けは負けだ」
白い人型が、肩をすくめた。
『いい勝負だった』
『二体差って、六時間戦ってほぼ同着じゃないか』
『最後の一体が入ってたら引き分けだったな』
『時間で切ったから、そこも含めて勝負だ』
『……で、そろそろ言っていいか?』
『何を』
『ライガ、ここ何層だと思う?』
ライガ「あ? ……二十八くらいだろ。何回か下りたからな」
『三十三層です』
ライガ「…………は?」
『三十三層です』
『七回下りてます』
『国内到達深度、リョウマ隊に次ぐ二位相当です』
ライガは、しばらく、無言だった。
それから、周囲を、見回した。
言われてみれば、通路の広さも、天井の高さも、空気の重さも、いつもの二十六層とは、まるで違った。
ライガ「…………ああ、道理で」
『それだけ!?』
『反応が薄すぎるww』
『日本記録級だぞ!!』
『もっと喜べよ!!』
ライガ「いや、そんなもん、どうでもいいだろ。……俺は、そこの白いのに、負けたんだ。それが全部だ」
『価値観がぶれないw』
『記録より目の前の勝負』
『こいつ、本当に戦闘狂なんだな』
『でも、ちょっとかっこいい』
『あと、白いやつの213体と三十三層到達は記録に載らないんだよな』
『そりゃそうだ 登録してないし、そもそも人かどうかも不明だし』
『非公式記録一位が実在するの、こういう競技の宿命だな』
ライガ「……つーか、それより問題なのは」
ライガが、天井を、仰いだ。
ライガ「……ここから、歩いて帰るってことだよな」
『あ』
『そうか』
『三十三層から地上まで』
『下りは狩りながらだから早かったけど』
『帰りは……』
ライガ「……六時間コースだな。……くそ、勝負より疲れる」
白い人型が、立ち上がり、ライガの肩を、ぽんぽん、と叩いた。
それから、階段の方を指差し、歩き出す。
付き合う、という意思表示だった。
『送ってくれるのかw』
『いい奴だな』
『まあ、あいつが放置するわけないよな』
――そして、長い帰り道。
二人は、並んで、階層を、登り続けた。
道中の会話は、ほとんどなかった。
ただ、時々、ライガが、ぽつりと言った。
ライガ「……三十三、か」
『気になるか?』
ライガ「別に。……ただ、あの野郎の背中が、少し近く見えただけだ」
『あの野郎=リョウマな』
『ライバル視してたのか』
『同じ日本の探索者だからな』
『でも、あっちは四人パーティ こっちはソロ+怪異一体』
『条件が違いすぎる』
ライガ「……次は、四十行く」
『無茶言うな』
『でも言いそうだと思った』
――そして、六時間後。
地上へ続く、最後の階段の前。
白い人型が、足を止めた。
ここまで、というように。
ライガ「……おう。ここまでか。……助かった」
白い人型が、片手を上げる。
そして、背を向けて、歩き出そうとした――その時。
ライガ「……あ。……待て」
ライガが、思い出したように、声を上げた。
ライガ「……そういえば、頼まれてたんだったわ」
ライガは、荷物袋を漁って、くしゃくしゃになった色紙と、ペンを、取り出した。
ライガ「……妹がな。『いつか会えたら、サインもらってきて』って、二ヶ月前から、これ、持たされてんだよ。……重いから毎回置いてこうとして、毎回、怒られる」
『妹さん、用意周到すぎるw』
『二ヶ月間、色紙が荷物に入ってたのか』
『ライガの荷物、大剣と回復薬と色紙』
『物騒と可愛いが同居してる』
ライガ「……あー、その。……名前は、ミナだ。十四だ。……お前の、ファンらしい。待ち受けにしてるとかで」
白い人型は、しばらく、静止していた。
それから、色紙と、ペンを、そっと、受け取った。
だが――そこで、動きが、止まった。
ペンを持ったまま、色紙を、見つめている。
『……あ』
『そうか』
『名前がないんだ』
『サインが書けない』
『……気づいてしまった』
白い人型は、しばらく、動かなかった。
ペン先が、色紙の上で、宙を彷徨っている。
ライガ「……あん? どうした。書けねえのか」
『名前がないんだよ』
『十九スレ消費しても、こっちも決められてないやつだ』
ライガ「……ああ。そういや、そうか」
白い人型は、それでも、しばらく考えて――
やがて、ペンを、握り直した。
そして、描いた。
丸い頭。
単純な胴体。
棒のような、手足。
自分の、姿を。
その隣に、力こぶを作る、小さな絵を、添えて。
最後に、少し考えてから――
もう一つ、小さな絵を、描き足した。
女の子の、ピクトグラム。
その隣に、自分の絵と並べて、手を、繋いだ形で。
『……』
『……おい』
『何それ』
『自画像と、女の子の絵が、手を繋いでる』
『ミナちゃんと、あいつだ』
『名前が書けないから、絵で「会いに行くよ」って描いたのか』
『……泣かせにくるじゃん』
白い人型は、色紙を、ライガに、差し出した。
ライガは、それを受け取って、しばらく、見ていた。
ライガ「……お前、絵、上手いんだな」
白い人型は、照れたように、頭を掻く仕草をした。
ライガ「……ミナ、喜ぶわ。……ありがとうな」
白い人型が、サムズアップをした。
それから、今度こそ、背を向けて、暗がりへ歩いていく。
去り際、一度だけ振り返り、指を四本、立ててみせた。
ライガ「……四十、な。……覚えてろよ」
白い姿が、消えた。
――そして、コメント欄が、爆発した。
『……なあ』
『どうした』
『今、とんでもないプレミアム品が生まれなかったか』
『……あ』
『非公式記録保持者の、直筆サイン(自画像)』
『しかも、世界初』
『今まで一枚も存在しなかったはずだぞ』
『協会も、企業も、海外の研究機関も、誰一人手に入れてないやつだ』
『それが、十四歳の女の子の手元に行く』
『値段つかないだろ、これ』
『いや、つくとしたら億単位だ』
『非公式グッズがあれだけ高騰してるのに、本人直筆なんて』
『ライガ、絶対売るなよ』
『売るわけないだろ、妹の宝物だぞ』
ライガ「……売るか。妹に殺される」
『それはそう』
『でも、大事にしまっとけよ』
『いや、待て。ライガ、その色紙、今どこにある』
ライガ「あ? ……荷物袋だけど」
『大剣と一緒に入れるな!!』
『折れる!! 絶対に折れる!!』
『クリアファイル!! 誰かクリアファイルを!!』
ライガ「……うるせえな。……ちゃんと、挟んで持って帰るわ」
『頼むぞ』
『世界に一枚しかない色紙なんだからな』
『……そういえば、あいつ、最後に何か描き足してたよな』
『手を繋いでる絵な』
『あれ、どういう意味だと思う?』
『……「会いに行く」だろ』
『……マジか』
『ミナちゃん、次の配信、来るんじゃないか』
『妹さん、覚悟しとけよ』
『いや、あいつが家に行く可能性もあるぞ』
『それは……それはそれで、いいな』
『いい話だ』
『でも冷静に振り返ると、今日、日本の探索史が更新されてるんだよな』
『三十三層到達、公式記録として申請されるらしいぞ』
『協会が大慌てらしい』
『「六時間の討伐数勝負をしていたら、いつの間にか三十三層でした」って報告書』
『また怪文書が生まれる』
『いつものことだ』
『いつものことだな』




