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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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55/75

第55話 筋肉外交

 セントラル、四十二層。


 到達記録の、さらに一つ下。


「――だから、なんで毎回、話しかけてくるんだよこいつら!!」


 リョウマの剣が、弾かれた。


 広間の中央に立っていたのは、身の丈四メートルの、巨躯だった。


 褐色の肌。


 異様に発達した、全身の筋肉。


 背には小さな翼、頭には二本の角。


 だが、それらの特徴が霞むほどに――筋肉が、主張していた。


『我は魔王が配下、序列第三。剛腕のバルガス』


 地鳴りのような声だった。


『第七、第五が討たれたと聞いた。……見せてもらおう、貴様らの力を』


『また来たw』


『序列第三!? 上がってきたぞ』


『魔王軍、律儀に上から派遣してくるな』


『いや、下から順に上げてきてるだろこれ』


『人事評価か何かか』


ゴウキ「盾で受けたが、腕が痺れる……! 純粋な膂力だ!」


カナデ「魔法の気配がありません! この人、素手で戦うタイプです!」


リョウマ「純粋な力比べかよ! 俺たちが一番苦手なやつ!!」


『物理特化のパーティに、さらに上の物理が来た』


『相性というか、単純な出力負け』


『まずいぞこれ』


 バルガスが、腕を組んだ。


 その動作だけで、上腕二頭筋が、盛り上がる。


『……ふん。期待外れか。この程度の膂力で、我が前に立つとはな』


リョウマ「うるせえ! 筋肉自慢しに来たのかお前は!!」


『我が筋肉は魔王軍随一。……これを自慢と呼ばずして、何と呼ぶ』


『自覚あったw』


『魔王軍随一の筋肉、自称』


『いや、見た目からして本物だろ』


『四メートルの筋肉、実在するんだな』


 ――と、その時。


 広間の入口の方から。


 どすん、どすん、と、重い足音が、聞こえてきた。


『!?』


『何か来るぞ』


『足音が……鳥?』


『まさか』


 現れたのは、焦茶色の、丸々とした巨体。


 プロテイン鳥だった。


 そして、その隣に、焦茶色の人型が、並んで、歩いてきた。


 太い腕。厚い胸板。


 バルクアップ仕様の、あの姿だった。


『来たあああ!!』


『焦茶モードだ!!』


『しかもプロテイン鳥同伴!!』


『……いや、待て』


『こいつら、なんで今日に限って筋肉仕様なんだ』


『……あ』


『まさか、相手が筋肉だから?』


『事前に知ってたのか?』


『いや、そんなはずは……』


『でも、あまりにも噛み合いすぎてる』


リョウマ「……あ! 来た! あんた、来てくれたのか!!」


カナデ「コメントによると……焦茶色の、筋肉質な姿だそうです。……鳥も、一緒に」


ゴウキ「鳥……?」


 焦茶の人型と、プロテイン鳥は、リョウマたちの横を、素通りした。


 そして、バルガスの、真正面に、立った。


 バルガスの、赤い瞳が、細められた。


『……ほう』


 バルガスの声が、変わった。


『視える。……そして、その体躯。……人ではないな。だが』


 バルガスは、焦茶の人型の、腕を、見た。


『……鍛えているな。それも、相当に』


『看破持ちだw』


『序列第三、見えてる』


『しかも第一声が筋肉の評価』


『こいつ、そういう奴なんだな』


 焦茶の人型は、バルガスの言葉に――


 返事の代わりに、腕を、上げた。


 そして。


 ダブルバイセップスを、決めた。


 美しい、完璧な、フォームで。


『始まったwwww』


『いきなりポーズww』


『これが挨拶なのか』


『マッスル坊主'zの教育の成果』


 バルガスの巨体が、微かに、震えた。


『――貴様。……我に、それを見せるか』


 バルガスも、腕を、上げた。


 そして、同じポーズを、返した。


 四メートルの巨躯が作る力こぶは、山のようだった。


『返したwww』


『魔王軍序列第三がポージングしてるww』


『これ、戦闘なのか?』


『分からん』


『でも空気は完全に張り詰めてる』


リョウマ「……おい。……なんだこれ。何が起きてる」


『ポージング勝負が始まりました』


リョウマ「……は?」


 焦茶の人型が、次のポーズへ移った。


 サイドチェスト。


 バルガスが、応える。


 サイドチェスト。


 ラットスプレッド。


 ラットスプレッド。


 モストマスキュラー。


 モストマスキュラー。


『応酬が止まらんww』


『四十二層で何やってんだお前ら』


『しかも二人ともフォームが完璧なのが腹立つ』


『……あ』


『鳥が』


 プロテイン鳥が、二人の間に、割って入った。


 そして、翼を、ぐわり、と、広げた。


 鳥なりの、ラットスプレッド。


『鳥も参戦したwww』


『三者によるポージング大会』


『魔王軍幹部、怪異、モンスターの三つ巴』


『ジャンルが分からん』


 バルガスの、赤い瞳が、見開かれた。


『……その鳥。……その胸筋。……素晴らしい』


 バルガスは、膝をついて、プロテイン鳥の目線まで、身をかがめた。


『……我が魔王軍にも、これほどの胸筋を持つ者はおらぬ。……見事だ』


 プロテイン鳥は、褒められて、翼を、さらに、大きく広げた。


 ――クルルル♪


『鳥、めっちゃ喜んでるw』


『褒められて伸びるタイプ』


『魔王軍幹部に胸筋を評価される鳥』


『経歴がすごいことになってる』


リョウマ「…………なあ、カナデ」


カナデ「……はい」


リョウマ「……戦闘、どうなった」


カナデ「……止まってます。完全に」


『戦闘停止ww』


『筋肉で場が和んだ』


『これが外交か』


『筋肉外交』


 バルガスは、立ち上がると、焦茶の人型に向き直った。


『……名も知らぬ者よ。一つ、聞かせよ』


 焦茶の人型が、首を傾げる。


『貴様、日々、何を食う。……その体躯を維持するには、相応の摂取が要るはずだ』


『食事の話ww』


『真面目に聞いてるぞこいつ』


『ビルダー同士の会話だ』


 焦茶の人型は、少し考えて――


 腰のあたりから、袋を、取り出した。


 マッスル坊主'zから定期的に届けられている、あのプロテインの袋だった。


 それを、バルガスに、差し出す。


『……これは』


 バルガスは、袋を受け取り、中身を、指ですくって、舐めた。


 しばらく、動かなかった。


 そして。


『…………うまい』


『wwwwww』


『魔王軍序列第三がプロテインを気に入ったww』


『何を見せられてるんだ俺たちは』


『四十二層で試食会が始まってる』


『坊主'zの選んだホエイ、魔界基準でも高評価』


『輸出できるぞこれ』


『貿易が始まる』


『魔王軍と日本のサプリメント業界が繋がる未来』


『やめろ、想像したら面白すぎる』


バルガス『……我が軍の食事は、質は良いが、単調でな。……これほど効率よく組成されたものは、初めてだ』


 焦茶の人型は、袋を、もう一つ、取り出して、バルガスに、渡した。


 それから、両手で「どうぞ」の仕草。


バルガス『……くれるのか』


 焦茶の人型が、頷いた。


 そして――親指を、立てた。


 同志へ向ける、サムズアップだった。


『あげちゃったww』


『敵にプロテインを譲渡するな』


『いや、もう敵じゃないんじゃないか、これ』


『和解が成立してる』


バルガス『…………ふ。……ふはは。……はっはっはっは!!』


 バルガスが、腹を抱えて、笑い出した。


 広間が、震える。


バルガス『いいだろう!! この戦い、預ける!! ……我が魔王軍随一の筋肉を持つ者として、同じ道を行く者と拳を交えるは、本意ではない!!』


リョウマ「……え。え? なんか、笑ってるけど。……終わったのか?」


カナデ「……和解、したみたいです」


ゴウキ「……プロテインで?」


カナデ「……プロテインで、です」


『和解成立www』


『筋肉とプロテインで戦争が回避された』


『史上最も筋肉的な平和条約』


『国際政治学者が卒倒するぞ』


 バルガスは、二つのプロテインの袋を、大事そうに抱えると、ふと、遠くを見るように、天井を仰いだ。


バルガス『……しかし、な』


 その声から、笑いが、消えた。


バルガス『……最近の魔王様は、どこか、おかしい』


『……ん?』


『急に不穏なこと言い出したぞ』


『魔王の話だ』


バルガス『……以前の魔王様なら、こうも軽々と幹部を消耗させはしなかった。……なのに、第七、第五と、立て続けに送り出された』


バルガス『……いや。あの二人が幹部であったこと自体が、そもそも、おかしいのだ』


『!?』


『どういうことだ』


『序列第七と第五が、おかしい?』


バルガス『……あの者らは、いつの間にか、我らの中に、いた』


 バルガスの声が、低くなる。


バルガス『……ヴォルギスも、ドゥルガも。……気づけば序列に名を連ね、気づけば魔王様の側におった。……我ら古参の誰一人、あの者らがどこから来たのかを、知らぬ』


バルガス『そして、そういう者たちが……ここ数十年で、幾人も、増えた』


『……おい』


『これ、かなり重要な情報じゃないか』


『第七と第五は、元からの幹部じゃなかった』


『どこかから来た、素性不明の連中の一部』


『……そして、そういうのが「幾人も」いる』


『魔王軍、内部から何かに侵食されてるのか?』


リョウマ「……おい、こいつ、何か喋ってるぞ。……ヤバい話じゃないか?」


カナデ「録音してます。……全部、記録に残します」


バルガス『……そして、あの者らが送り出されるようになってから、魔王様は、我ら古参と、口をきかなくなられた』


バルガス『……ゆえに、我は、思うのだ。……この派遣も、果たして、魔王様の御意思なのか、と』


『重すぎる』


『幹部が、自分への命令の出所を疑ってる』


『これ、内乱の前振りだろ』


『いや、乗っ取りかもしれん』


『「変な部下」が魔王を囲ってる図が浮かぶ』


バルガス『……ふ。詮無きことよ。我は、命に従うのみ。……従うのみ、だが』


 バルガスは、プロテインの袋を、掲げた。


バルガス『……今日は、腹が満ちた。腹が満ちた日は、働かぬ主義でな』


『働かないのかよww』


『職務放棄宣言』


『魔王軍のコンプライアンス、大丈夫か』


『いや、これ多分、消極的な抗議だぞ』


『命令に納得してないから、サボるのか』


『古参の意地だな』


リョウマ「……えっと。……つまり、帰るってことか?」


バルガス『そういうことだ、人の子。……ああ、そうだ』


 バルガスは、思い出したように、リョウマたちを、見た。


バルガス『貴様ら、鍛え方が足りん。特に、そこの剣士』


リョウマ「は!? 俺!?」


バルガス『体幹が甘い。剣に振り回されておるわ。……スクワットからやり直せ』


リョウマ「余計なお世話だ!!」


『指導が入ったww』


『魔王軍幹部からのトレーニング指導』


『敵からのアドバイスは素直に聞いた方がいい』


『四メートルの筋肉が言うと説得力が違う』


 バルガスは、笑いながら、広間の奥へ、歩き出した。


 そして、去り際に、焦茶の人型の方を、振り返った。


バルガス『……名も知らぬ同志よ。……次に会う時は、敵かもしれぬ。……その時は、遠慮はせぬ』


 焦茶の人型は、頷いた。


 そして、拳を、突き出した。


 バルガスも、拳を、突き出す。


 四メートルの拳と、小さな焦茶の拳が、こつん、と、触れ合った。


『グータッチww』


『魔王軍幹部とグータッチ』


『これ、外交記録に残るぞ』


『残せる形式が存在しないけどな』


 バルガスの巨体が、広間の奥の闇に、消えていった。


 残されたのは、呆然とした勇者一行と、焦茶の一体と一羽だった。


リョウマ「…………なあ」


ゴウキ「……なんだ」


リョウマ「……今日、俺たち、何もしてないよな」


カナデ「……三回連続ですね」


ゴウキ「……盾で一発受けただけだ」


『三回連続で何もしてないw』


『日本最強パーティ、出番なし』


『いや、今回は特殊すぎるだろ』


『筋肉で解決するとは思わんかった』


リョウマ「……なあ、白いの」


 リョウマが、焦茶の人型に、向き直った。


リョウマ「……あんた、なんで今日、その格好だったんだ。……相手が筋肉だって、知ってたのか?」


 焦茶の人型は、少し考えてから――


 首を、横に振った。


 そして、自分と、プロテイン鳥を、交互に指差し。


 それから、両手で、飲む仕草をした。


 最後に、天井――地上の方向を、指差す。


『……訳すぞ』


『「たまたま、この子とプロテイン飲んでたところだった」だ』


『偶然かよww』


『増量期の休憩中に呼ばれた説』


『いや、呼ばれてないだろ 勝手に来たんだよ』


『たまたま筋肉仕様の日に、たまたま筋肉の敵が出た』


『偶然が仕事をしすぎている』


リョウマ「……偶然かよ」


 リョウマは、脱力して、その場に座り込んだ。


リョウマ「……いいや、もう。助かったのは事実だ。……ありがとうな」


 焦茶の人型は、サムズアップを返した。


 そして――


 プロテイン鳥の背に、ひょい、と跨った。


『!?』


『乗ったぞ』


『どこ行く気だ』


 焦茶の人型は、天井(地上)を指差し。


 それから、両手を大きく広げて、伸びをする仕草をした。


 最後に、寝転がるジェスチャー。


『……ん?』


『何それ』


『伸びして、寝転がって……』


『……休むってことか?』


『まさか』


『サボりだwww』


『「今日はもう働かない」宣言だww』


『バルガスと同じこと言ってるw』


『腹が満ちた日は働かない主義、感染してる』


リョウマ「……おい。……あんた、まさか、これで帰るのか? まだ四十二層だぞ? 俺たち、この先も進むんだが」


 焦茶の人型は、リョウマを見て――


 肩を、すくめた。


 それから、自分を指差し、大きく×印。


 次に、リョウマたちを指差し、力こぶのポーズ。


『「今日は僕は休み。あとは君たちで頑張れ」だ』


『放り投げたww』


『自由すぎるだろ』


『でも今日、仕事はしたからな』


『筋肉で戦争を止めた 十分な功績だ』


リョウマ「……はぁ。……分かったよ。……好きにしろ」


 焦茶の人型は、満足げに頷いて、プロテイン鳥の首を、ぽんぽん、と叩いた。


 プロテイン鳥が、太い脚で、地を蹴る。


 一体と一羽が、来た道を、駆け戻っていった。


 その後ろ姿は、どこか、浮かれていた。


『バケーションに向かう背中だ』


『あいつ、これからどこ行くんだろうな』


『鶏五羽が待ってる家じゃないか』


『プロテイン飲んで昼寝するんだろ』


『健康的すぎる』


『魔王軍幹部と拳を交わした直後の予定が「昼寝」』


『日常と非日常の距離が近すぎる』


リョウマ「……よし。行くぞ、二人とも。……四十三層だ」


ゴウキ「……ああ」


カナデ「……あの、リョウマ」


リョウマ「なんだ」


カナデ「……さっきの、バルガスさんの話。……第七と第五が、元からの幹部じゃなかった、っていう」


リョウマ「……ああ」


カナデ「……あの二人、私たちが倒したんですよね。……でも、もし、あの二人が、魔王軍にとっても『よそ者』だったなら」


ゴウキ「……我々は、誰の駒を、削ったことになる」


リョウマ「…………」


 三人が、しばらく、黙り込んだ。


リョウマ「……考えても仕方ねえ。……行くぞ」


 三人が、次の階段へ、歩き出す。


『不穏な情報を残していったな、バルガス』


『第七と第五が「外から来た」って情報、重すぎる』


『じゃあ、あの二人は誰に送られてきたんだ?』


『魔王か、それとも「変な部下」たちか』


『考察スレが爆発してるぞ』


『でも一番不穏なのは』


『?』


『あの筋肉、また出てくる気満々だったろ』


『「次は敵かもしれぬ」って言ってたな』


『でもプロテイン渡したら、また和解しそう』


『魔王軍、プロテインで買収可能説』


『予算次第で世界が救われる』


『坊主'zに感謝しないとな』


『いや、あいつらは何も知らずに定期便を送ってるだけだ』


『世界を救ってる自覚のない三人組』


『いつものことだ』

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