第53話 ホラー
「……あー、えー、こんばんは。『心霊探索チャンネル』のジュンです」
画面は、暗かった。
ライトの届く範囲だけが、かろうじて見える。
石造りの通路。両脇には、無数の、石棺。
ジュン「今日は、墓所型ダンジョンの三層に来てます。……アンデッド系のモンスターしか出ない、珍しいダンジョンです」
『来た、心霊系』
『この人、いつもビビり倒すのが面白いんだよな』
『心霊スポット巡りの延長でダンジョンに来た男』
『そして毎回泣きそうになってる』
ジュン「……正直に言います。俺、こういうの、めちゃくちゃ苦手です。……なんで来たかって言うと、企画会議で、こう、断れない空気になりまして……」
『会社員の悲哀』
『一人で来てるのがまた可哀想』
『同行者いないの?』
ジュン「……いません。予算が」
『泣ける』
ジュンは、震える手で、ライトを構えながら、じりじりと、進んだ。
石棺の一つが、かたり、と鳴った。
ジュン「ひっ!?」
『ビビりすぎw』
『まだ何も出てないぞ』
『風だろ、それ』
ジュン「風って、ダンジョンに風なんて……」
『あるよ』
『あるのかよ』
――そして、その時。
通路の奥から。
高い、機械の稼働音が、響いてきた。
――ヴィイイイイイイン。
ジュン「」
『あ』
『来た』
『来たけど』
『……この状況で、それは』
『ジュンさん、多分あなたが思ってるのと違うから』
ジュン「……い、今の。……今の、音。……チェーンソー、ですよね」
『そうです』
ジュン「……墓場で。……チェーンソーの音が。……近づいてくるんですけど」
『そうですね』
ジュン「…………それ、映画で一番やばいやつじゃないですか!!!」
『wwwwww』
『気づいたww』
『いや、違うんだって』
『そいつ、いい奴なんだって』
『ジュンさん、コメント読んで!!』
だが、ジュンは、コメントを読む余裕を、失っていた。
稼働音が、近づく。
通路の角。
ライトの光の、その先。
――ぬっ、と。
白い人型が、チェーンソーを構えて、姿を現した。
ジュン「うわあああああああ!!!!」
ジュンが、脱兎のごとく、逃げ出した。
『逃げたwwww』
『そりゃ逃げるわ』
『墓場でチェーンソー持った白い何かが出てきたら誰でも逃げる』
『いや、見えてないはずだろ!?』
『……あ』
『そうか、音だけが追いかけてきてるのか』
『それはそれで怖い』
『むしろ怖い』
白い人型は、チェーンソーの回転を止めない。
むしろ、上げた。
そして――走り出した。
ジュンを、追いかけて。
『追ってるwwww』
『追いかけるなwww』
『やめろww それはやっちゃいけないやつだ!!』
『でも待て、こいつの気持ちも分かる』
『分かるのかよ』
『チェーンソー持って墓場に来たら、やらなきゃいけないことがあるだろ』
『……あるな』
『あるかもしれん』
ジュン「うわああああ! 来る! 来てる!! 音が!! 音が近づいてくる!!」
『そりゃ追いかけてるからな』
『ジュンさん、大丈夫だから』
『そいつ、絶対に君を傷つけないから』
『でも今は追いかけるのが楽しいらしいから』
『諦めて走れ』
墓所の通路を、一人と一体の、追いかけっこが、繰り広げられた。
ジュンが右に曲がれば、稼働音も右に曲がる。
ジュンが石棺の陰に隠れれば、稼働音が、そのすぐ裏で、ヴィイン、と鳴る。
ジュン「ひいいいい!! なんで分かるんですか!!」
『分かるだろ、そりゃ』
『こっちには全部見えてるからな』
『あいつ、石棺の反対側でしゃがんで待ち構えてるぞ』
『完全に遊んでる』
――と、その時。
通路の奥から、骨の擦れる音がした。
現れたのは、五体の、スケルトンだった。
錆びた剣を握り、ジュンへ、迫る。
ジュン「うわああ!! 今度は骨!! 骨が出た!!」
『前門の骨、後門のチェーンソー』
『地獄だな』
『でも安心しろ』
白い人型が、追いかけっこを、一瞬、中断した。
スケルトンの方を、見る。
そして――一秒で、片付けた。
振り抜かれたチェーンソーが、五体の骨を、まとめて、砕いた。
骨が、床に散らばる。
白い人型は、それを一瞥もせず、すぐに、ジュンの方へ、向き直った。
そして、また、追いかけ始めた。
『秒で処理したwww』
『邪魔だから片付けただけww』
『優先順位が「ジュンをからかう」>「戦闘」』
『骸骨、あまりに扱いが雑』
『果たし合いした相手と同じ骨とは思えない扱い』
『向こうは浪人だったからな 格が違う』
ジュン「今、何か砕ける音が!! え、骨が!? 骨が消えた!?」
『処理されました』
『そして追跡が再開されました』
ジュン「なんでですかああああ!!!」
追いかけっこは、続いた。
道中、ゾンビの群れが、行く手を塞いだ。
白い人型は、走りながら、片手でチェーンソーを振り、進路上のゾンビだけを、綺麗に薙ぎ払った。
速度を、一切、落とさずに。
『走りながら処理してるww』
『ながら作業』
『ジュンを追う速度を優先してるのが酷い』
『ゾンビ、ついでに斬られてる』
さらに。
通路の奥から、蹄の音を響かせて、アンデッドホースが、突進してきた。
骨だけの馬。
その巨体が、ジュンに、迫る。
ジュン「馬あああああ!?」
白い人型は、追いかけっこの途中で、ひょい、と跳んだ。
アンデッドホースの、背に。
乗った。
そして――そのまま、手綱代わりに首の骨を掴み、進路を、変えさせた。
ジュンの、追跡のために。
『乗り換えたwwww』
『敵を乗り物にするな』
『追跡速度が上がったぞ』
『理不尽すぎる』
『鶏で慣れてるからな、騎乗が』
『応用が利きすぎる』
ジュン「今度は蹄の音がしてる!! 馬に乗った何かが追ってきてる!! もう嫌だ!! 帰りたい!!」
『泣いてるw』
『可哀想になってきた』
『でも面白いから許す』
『さすがにそろそろ止めてやれ』
『いや、待て。ジュンさん、走るのだけは速いな』
『心霊スポット巡りで鍛えられた逃げ足』
『そこだけは一流』
やがて、ジュンは、行き止まりの、広間に、追い詰められた。
背後には、壁。
目の前には――蹄の音と、稼働音。
ジュン「……っ、ここまでか……。……母さん、ごめん……」
『諦めるなw』
『いや、大丈夫だから』
『そいつ、何もしないから』
白い人型は、アンデッドホースから、ひらりと降りた。
そして、その骨の馬を――ぽん、と、叩いた。
馬は、なぜか、そのまま大人しく、通路の奥へ、去っていった。
『馬、逃したw』
『いつものリリース』
『骨も生き物のうちなんだろうか』
『生きてはいないだろ』
そして、白い人型は、チェーンソーの、電源を、切った。
稼働音が、止む。
静寂。
ジュン「…………え?」
ジュンが、恐る恐る、顔を上げた。
ジュン「……音が、止まった?」
白い人型は、チェーンソーを、地面に、そっと、置いた。
それから、両手を上げて――
降参、というような、ポーズをとった。
『降参のポーズw』
『ごめんごめん、って言ってる』
『遊びすぎたことに気づいたか』
『気づくの遅いんだよw』
ジュン「……コメント。……教えてください。……何が、起きてるんですか」
ジュンが、震える手で、端末を、確認した。
そして、十秒後。
ジュン「…………は? ……例の、白いピクトグラム? ……あの、有名な?」
『そうです』
『墓場でチェーンソー持ってたから、テンションが上がったんだと思います』
『あなたを追いかけ回してましたが、道中の骸骨とゾンビと馬は、全部処理されてます』
『実質、護衛でした』
ジュン「……護衛」
『ホラー映画ごっこをする護衛です』
ジュン「…………趣味が悪すぎませんか」
『それはそう』
『全面的に同意する』
白い人型は、頭を掻く仕草をした。
それから、ジュンに向かって、深々と、頭を下げた。
謝罪、だった。
ジュン「……あ、謝ってる、んですか? ……いや、あの、はい。……許します。……許しますけど、心臓、止まるかと思いました」
『素直に謝るのがまた憎めない』
『毎回そうなんだよな、こいつ』
『やる時はやる、謝る時は謝る』
『やらなきゃいいのに』
白い人型は、しばらく考えるように、その場に立っていた。
それから、ぽん、と手を打って――
広間の、隅の方へ、歩いていった。
石棺が、積み重なった、その裏側。
しゃがみ込んで、何かを、動かす。
ごとり、と重い音がして。
白い人型は、それを、引きずってきた。
ジュン「……え。……箱?」
古びた、鉄枠の宝箱だった。
『宝箱w』
『どこから出したんだよ』
『いや、あそこに元からあったんだ 石棺の裏に隠れてた』
『知ってたのか』
『多分、この墓所を歩き回ってたから知ってたんだろ』
『それをお詫びに持ってくるのか』
『詫び宝箱』
白い人型は、宝箱を、ジュンの前に置き、指差した。
開けろ、というように。
ジュン「……いいんですか? ……罠とか」
白い人型は、首を横に振り、自分で、蓋を、開けてみせた。
中から、光が漏れた。
積み重なった、金貨。
そして、その上に置かれた、青白く光る、宝石。
ジュン「……っ、な、なんですかこれ!?」
『でかい』
『墓所型の埋蔵金だ』
『青いのは、多分「霊珠」 アンデッド系の素材で最上位の』
『それ一つで家が建つぞ』
ジュン「い、家……」
白い人型は、宝箱を、ジュンの方へ、押した。
それから、自分を指差し、走る仕草をして、ジュンを指差し、追いかける真似をした。
最後に、両手を合わせて、もう一度、頭を下げる。
『「さっき追いかけ回したお詫び」だ』
『詫びの規模がおかしい』
『心臓の代金としては妥当かもしれん』
『十分すぎる』
ジュン「…………」
ジュンは、しばらく、宝箱と、何もない空間を、交互に、見ていた。
そして。
ジュン「…………追いかけられて、よかったです」
『言ったwww』
『手のひら返しが早い』
『いや、そりゃそうなるわ』
『家が建つ 俺だって許す』
白い人型は、満足げに頷いた。
それから、チェーンソーを担ぎ直し、背を向けて――
歩き出す、その直前。
振り返って。
チェーンソーの、スターターを、一瞬だけ、引いた。
――ヴィン。
ジュン「ひいっ!?」
白い人型は、肩を震わせて(笑って)、通路の暗がりへ、消えていった。
『最後にもう一回脅かしていったwww』
『性格が悪いww』
『家一軒分の詫びをした直後にこれだよ』
『帳消しになってないか?』
『いや、まだプラスだろ 家は建つ』
ジュン「…………えー。本日の配信、まとめます」
ジュンは、宝箱を抱えたまま、へたり込んでいた。
ジュン「……墓所型ダンジョン、三層。……アンデッドには、一体も襲われませんでした」
『実質そうだな』
『全部処理されてたからな』
ジュン「……代わりに、チェーンソーの音に、四十分、追いかけ回されました」
『そこは正直に言うのな』
ジュン「……そして、宝箱を、いただきました。……お詫び、だそうです」
『いい話だ』
『いい話か?』
『いい話にしとこう』
ジュン「……あの、最後に、一つだけ」
ジュンは、通路の奥を、見た。
ジュン「……次は、もっと穏やかな形で、来ていただけると、助かります。……心臓が、もたないので」
『無理だろうな』
『墓場でチェーンソー持ったら、あいつはああなる』
『やらなきゃいけないことがあるらしいからな』
『次回、心霊探索チャンネル、続編に乞うご期待』
『ジュンさん、次はもっと悲惨な目に遭うと思うぞ』
『でも宝箱がもらえるなら……』
『そういう問題じゃないだろ』
『そういう問題なんだよ、この界隈は』




