第50話 カルナヴァル
「オラー!! ミナサン!! コンニチワ!!!」
画面に映るのは、褐色の肌の、大柄な男だった。
サングラス。派手なシャツ。そして、首から下げた、小さな銀色の機械。
「私、ブラジルから来ました! カルロスです!! ……あ、日本語、これで喋ってます」
カルロスが、首元の機械を、指差した。
『……ん?』
『ブラジル!?』
『まさか、あの……三ヶ月サンバ流してた人か!?』
『日本語ペラペラだけど大丈夫?』
『いや待て、その首の機械』
『見覚えがあるぞ』
『万能翻訳機だ!!』
『日本円で一億するやつじゃねえか!!』
カルロス「ハハハ! そうです! これ、高いです! とても高い! ……家を、売りました」
『家売ったwwww』
『正気か!?』
『翻訳機のために家を売る男』
『情熱の国、恐るべし』
カルロス「妻に、言いました。『日本に行く。彼に会いに行く』。……妻は言いました。『じゃあ家はいらないわね』。……理解のある妻です」
『理解がありすぎる』
『いや、それ理解じゃなくて諦めでは』
『でも一緒に来てるのか?』
カルロス「妻は、来ています。今、後ろで、太鼓を叩く準備をしています」
カメラが、後ろへ振られた。
そこには――大小さまざまな打楽器を担いだ、十数人の、陽気な集団がいた。
全員、色鮮やかな衣装。
手には、タンボリン、スルド、アゴゴ、シェケレ。
『!?』
『何人いるんだよ!!』
『打楽器隊!?』
『バテリアだ!! サンバの打楽器隊!!』
『本気で連れてきたのかよ!!』
カルロス「私の街の、サンバチームです。……三ヶ月、私が一人でスピーカーを鳴らしていました。彼らは笑いました。『カルロスは頭がおかしくなった』と」
カルロス「でも、私が家を売った時、彼らは言いました。『そこまでするなら、本物を持っていけ』と」
『……』
『いい話じゃん』
『笑ってた仲間が、最後は本物を差し出した』
『泣かせにくるな』
『ブラジル、あったけえ』
『あと、この団体のダンジョン入場申請、どうやって通したんだ』
『協会に「文化交流」で申請したらしいぞ、さっき概要欄に書いてあった』
『通す方も通す方だろ』
『日本の協会、もう何でも通すようになってきてないか』
カルロス「では、行きます。……日本の、ダンジョンへ」
ゲートを、十数人の楽団が、くぐった。
その光景を見た、周囲の探索者たちが、一斉に、二度見した。
「……え? 何、あれ」
「サンバ……? ダンジョンで?」
「装備は……あ、防具は着てる。着てるけど、上から衣装が」
『現地の探索者、困惑ww』
『そりゃそうだ』
『装備の上から羽根飾りつけてるの、意味が分からん』
『でも防具はちゃんと着てるのが真面目』
一層。
カルロスが、片手を、上げた。
そして、振り下ろす。
――ドン。
スルドの、重い一打が、ダンジョンに、響いた。
続いて、タンボリンの、細かい連打。
アゴゴの、金属音。
シェケレの、ざらついたリズム。
そして、全員の声が、重なった。
サンバが、始まった。
『『『うおおおおおおおお!!!』』』
『音が本物だ!!』
『生バテリアの音圧、やばいって!!』
『ダンジョンの反響が最高すぎる』
『これは……来る』
『来るしかないだろ、これは』
一行が、演奏しながら、通路を、練り歩き始めた。
行進しながらの、演奏。
通りかかった探索者たちが、道の脇に避けて、呆然と見送る。
「……何なんだ、これは」
「聞いてないぞ、こんなの」
「いや、待て。……悪くないな」
「……悪くない、か?」
『そこのけそこのけ、サンバが通る』
『ダンジョン内でパレードするな』
『モンスターも寄ってこないんじゃないか、この音量だと』
『実際、逃げてってるぞ』
『音響兵器としても優秀』
三層。
演奏は、続いていた。
カルロスの額から、汗が、滴っている。
カルロス「……まだ、来ません。……でも、いい。私は、鳴らします。彼が、聞いているかもしれない。それだけで、いい」
『カルロス……』
『三ヶ月+今日、鳴らし続けてるんだよな』
『来てくれ』
『頼む、来てやってくれ』
――と、コメントが流れた、その時。
演奏の中に、異物が、混ざった。
――シャン。
タンバリンの音だった。
だが、それは、バテリアの誰の手からも、鳴っていなかった。
『!!』
『今の』
『タンバリン!!』
『音楽隊からもらったやつだ!!』
『いる!! どこかにいる!!』
カルロスの妻が、演奏しながら、目を見開いた。
彼女には、聞こえていた。
自分たちのリズムに、完璧に噛み合う、四つ目の拍が。
『来てるぞカルロス!!』
『後ろ!! 列の最後尾!!』
カメラが、後ろへ、振られた。
バテリアの列の、最後尾。
白い人型が、タンバリンを片手に、行進に、加わっていた。
その姿は――いつもの白では、なかった。
頭には、大きな、羽根飾り。
身体には、色とりどりの飾りをまとった、カーニバルの、衣装。
サンバの、踊り手の、ピクトグラムだった。
『『『きたあああああああああ!!!!』』』
『衣装wwwww』
『羽根飾りつけてるwww』
『完全にカーニバル仕様』
『TPOに合わせすぎだろ!!』
『三ヶ月分の祈りが届いた瞬間』
カルロスの動きが、止まった。
演奏が、乱れる。
彼は、震える手で、配信画面を、見た。
そこに、映っていた。
羽根飾りをつけた、白い人型が。
自分たちのリズムに合わせて、タンバリンを叩き、腰を揺らして、踊っている姿が。
カルロス「…………」
カルロスは、何も、言わなかった。
言えなかった。
代わりに、隣にいた妻が、彼の背を、どん、と叩いた。
「カルロス! 手が止まってる! 演奏よ!!」
カルロス「……っ、そうだ。……そうだ!! 演奏だ!!!」
カルロスが、吠えた。
カルロス「バテリア!! 全力だ!! 全力で鳴らせ!! 彼が、踊っている!! 彼が!! 私たちのサンバで!! 踊っている!!!」
演奏が、爆発した。
打楽器の乱打が、ダンジョンの壁を、震わせる。
そして、白い人型が――踊った。
列の最後尾から、中央へ。
腰を落とし、細かいステップを刻み、羽根飾りを揺らして。
サンバの、ステップを。
バテリアの真ん中で。
『踊ってるwwww』
『上手いwww』
『なんでそんなに上手いんだよ!!』
『ステップが本場のそれなんだが』
『いつ習ったんだ』
『三ヶ月間、聞いてたんじゃないか?』
『……』
『え』
『いや、待て』
『あいつ、コメント欄で世界の話を把握してるって説あったよな』
『三ヶ月、ブラジルの誰かがサンバを流し続けてるって話も……』
『知ってたのか?』
『知ってて、練習してたのか?』
『やめろ』
『泣くだろ』
一行は、踊りながら、通路を進んだ。
演奏は、止まらない。
白い人型は、時にカルロスの前で踊り、時に妻の隣でタンバリンを合わせ、時に列の周りをぐるぐると回った。
行き交う探索者たちが、足を止め、目を丸くし――やがて、手拍子を、始めた。
「……なんだこれ」
「分からん。分からんが、いいものを見てる気がする」
「あの羽根の白いの、映像で見たやつだよな」
「祭りだな、これは」
『ダンジョン内で祭りが発生してる』
『通行人が巻き込まれていくw』
『手拍子の輪が広がってる』
『五層まで音が届いてるらしいぞ、他の配信者が言ってる』
『「なんか下からサンバが聞こえる」って実況されてる』
やがて、一行は、開けた広間に、辿り着いた。
そこで、演奏が、クライマックスを迎える。
白い人型が、広間の中央に、進み出た。
そして、全員に向かって、両手を、広げた。
――囲め、という合図だった。
バテリアが、円を作る。
そして、円の中央で。
白い人型が、ソロを、踊った。
羽根飾りが、跳ねる。
タンバリンが、鳴る。
誰も見たことのない、ピクトグラムのカーニバルが、日本のダンジョンの、地下三層で、行われていた。
『これ、歴史的映像だろ』
『総視聴者、今、百二十万』
『ブラジル本国でも中継されてるらしいぞ』
『向こうの掲示板、爆発してる』
『「カルロスがやった」って書き込みで埋まってる』
『三ヶ月間笑われてた男の勝利だ』
最後の一打が、鳴り響いた。
――ドン!!
演奏が、終わる。
静寂。
そして、周囲の探索者たちから、拍手が、湧いた。
白い人型は、羽根飾りを揺らして、深々と、お辞儀をした。
それから、カルロスの前に、歩いてきた。
カルロス「…………」
カルロスは、両手で、顔を覆っていた。
肩が、震えている。
カルロス「……三ヶ月。……私は、三ヶ月、一人で、鳴らしていました。……皆に、笑われました。……妻にも、呆れられました」
カルロス「……でも。……届いたんですね」
白い人型は、頷いた。
そして、タンバリンを、シャン、と一つ鳴らして――
カルロスの、胸を、とん、と指差した。
次に、自分の胸を、とん、と指差す。
最後に、両手で、大きく、円を作った。
『「君の音楽と、僕は、繋がっていた」だ』
『訳しすぎか? いや、そういう意味だろ、あれは』
『三ヶ月の答え合わせだ』
カルロス「……っ、はは。……ははは……!! アリガトウ!! アリガトウゴザイマス!!!」
カルロスは、翻訳機を使わずに、覚えたての日本語で、叫んだ。
白い人型は、サムズアップを返した。
そして――カルロスの首から下がる、銀色の翻訳機を、しばらく、見た。
それから、両手で、家の形を作り、それを、ぱたん、と倒す仕草をした。
最後に、カルロスを指差して、腕で「×」。
『「家を売るな」って怒ってるwww』
『そこは怒るんだww』
『心配されてるぞカルロス』
『翻訳機の値段まで把握してるのかよ』
カルロス「ハハハ! 大丈夫です! 妻が、もう新しい家を探しています! ……ブラジルは、家より、祭りが大事な国です!!」
白い人型は、額に手を当てて、深いため息の姿勢をとった。
それから、諦めたように、肩をすくめて――
もう一度、タンバリンを、鳴らした。
シャン。
――アンコール、の合図だった。
『アンコールしてるww』
『結局ノリノリ』
『説教した直後に「もう一曲」だ』
カルロス「……バテリア!! もう一曲だ!!!」
再び、サンバが、鳴り始める。
一行と、白い人型と、いつの間にか集まっていた探索者たちの、行列が。
ダンジョンの通路を、練り歩いていく。
『祭りが再開したw』
『行列が増えてるぞ』
『通りすがりの探索者が三十人くらい混ざってる』
『何の配信だこれ』
『ダンジョン攻略配信です(建前)』
『協会の申請通り「文化交流」なんだよなあ』
『申請、正しかった』
――そして、その夜。
ブラジルの、とある街の広場で。
カルロスの街の人々が、大型スクリーンの前に集まり、その映像を見て、泣き、笑い、そして――自分たちも、太鼓を叩き始めたという。
海を越えた、二つの祭りが、同じリズムで、鳴っていた。
『向こうの映像も回ってきてるぞ』
『広場、人で埋まってる』
『カルロスの街、完全に祭りになってる』
『三ヶ月間、頭がおかしいと言われた男が、街に祭りを持ち帰った』
『いい話すぎるだろ』
『……なあ』
『ん?』
『海外掲示板の連中、今頃どうしてるだろうな』
『阿鼻叫喚だろ』
『「なぜブラジルだけ」ってスレが立ってるに決まってる』
『いや、多分違うぞ』
『?』
『あいつら、今頃、全員で「次は俺たちの番だ」って言ってる』
『……ああ』
『そうかもな』
『そうであってほしいな』




