第46話 ポイ捨て禁止
「はい、というわけで五層到着っす。今日も楽勝でしたね」
配信画面に映るのは、二十代前半の男。
チャンネル名は『効率厨タクミの最速攻略』。
登録者、四万。
タクミ「俺の攻略スタイルは、とにかく効率重視。無駄なことは一切しない。……たとえば、ほら」
タクミは、探索中に飲み干した栄養ドリンクの瓶を、無造作に、通路の脇へ、放り投げた。
からん、と音を立てて、瓶が転がる。
タクミ「ゴミは持ち帰らない。ダンジョンが勝手に吸収してくれるんで。荷物が軽い方が、動きが速い。これが効率ってやつっす」
『出た、ポイ捨て』
『この人、毎回やるんだよな』
『吸収されるっていっても、数時間かかるんだぞ』
『その間に誰かが踏んだらどうするんだ』
『瓶とか特に危ないだろ』
タクミ「あー、コメントでうるさいのがいますけど。じゃあ聞きますけど、ダンジョン内のゴミ持ち帰りって、法律で決まってます? 決まってないっすよね。ルールがないなら、やっていいんですよ。効率が全て」
『屁理屈w』
『協会のガイドラインには「持ち帰り推奨」って書いてあるが』
『推奨だから強制じゃない、って言うんだろ』
『こういうのが一番タチ悪い』
タクミは、鼻歌まじりに、探索を続けた。
そして、道中、また一つ。
携行食の包装フィルムを、ぽい、と捨てた。
さらに、少し進んで。
使い終わった回復薬の、ガラスの小瓶を、ぽい。
『三つ目』
『瓶が二本目だぞ』
『ガラスは本気で危ない』
『後ろから来た人が転んで手をついたら、大怪我だ』
『誰か注意してやれ』
『注意しても屁理屈で返してくるからな』
――と、視聴者が呆れた、その時。
画面の端に、それは、現れた。
白い人型。
その頭には、キャップ。
身体には、蛍光色のベストの輪郭。
そして、片手に、火バサミ。
もう片手に、大きな、ゴミ袋。
清掃員の、ピクトグラムだった。
『!!!』
『来たwww』
『清掃員wwww』
『TPOに合いすぎてる』
『火バサミとゴミ袋の完全装備』
『ボランティア清掃の格好で草』
清掃員姿の白い人型は、タクミの捨てたガラス瓶の前に、しゃがみ込んだ。
火バサミを、伸ばす。
――が、拾わなかった。
瓶の手前で、手を、止めた。
そして、しばらく、瓶を見つめてから。
ゆっくりと、タクミの背中を、見た。
『……あれ?』
『拾わないのか?』
『火バサミ出したのに引っ込めたぞ』
『何か考えてる』
『……あっ』
『まさか』
『残す気だ』
『何のために?』
『……本人に、踏ませるために』
清掃員姿の白い人型は、火バサミを腰に差し、ゴミ袋を地面に置いた。
両手が、空く。
そして、瓶を、そっと、指先で、転がした。
通路の中央へ。
タクミが、必ず通る、その位置へ。
『配置してるww』
『凶器の設置』
『さっきまでの慈善活動の気配が完全に消えた』
『始まるぞ』
タクミ「さーて、六層行きますか。今日は最速記録更新狙って、走りま――」
――かこん。
小走りに踏み出した足が、ガラス瓶を、踏んだ。
瓶が、転がる。
足が、流れる。
タクミ「うおおおっ!?」
派手に、身体が、宙で水平になった。
そして、そこへ。
落下してくるタクミの、腹に。
白い人型の、渾身の、肘鉄が、突き刺さった。
「ごぷっ……!!」
『肘鉄wwww』
『滑らせてから空中でカウンター!!』
『コンボが決まってる』
『プロレス技の応用だ』
『喰らえ、回復薬の瓶! 喰らえ、倒れた所に肘鉄!』
タクミが、床に落ちて、悶絶した。
タクミ「い、いだだだ……! なんだ、今の!? なんか踏んで……瓶!? なんでこんなとこに瓶が……」
『お前が捨てたんだよ』
『十分前に』
『そこに転がしといたのは別の誰かだけどな』
『親切に、お前の通り道に』
タクミ「……は? 俺が……? いや、待って、じゃあ今の腹の衝撃は……」
タクミは、腹を押さえながら、起き上がろうとした。
その視界の先で。
もう一本の瓶――最初に捨てた、栄養ドリンクの瓶が、ころころ、と転がってきて、彼の手のすぐ横で、止まった。
誰かが、転がした軌道で。
タクミ「……っ、な、なんだよ! 誰かいるのか!?」
立ち上がろうと、手をついた。
その手が、瓶の上に、乗った。
――ずるっ。
タクミ「うわっ!?」
再び、転倒。
そして、再び、肘鉄。
「ごふぅっ!!」
『二回目www』
『今度は手で滑らせた』
『「後ろから来た人が手をついたら大怪我」ってさっきコメントで言ったやつ、そのまんまだ』
『実演してくれてる』
『教育的指導、開始です』
タクミ「や、やめ……やめてください……! 誰か知らないけど……!」
『コメント読め、タクミ』
『例の白いピクトグラムだ』
『清掃員の格好で来てる』
『そして、お前が捨てたゴミを、お前に踏ませてる』
タクミ「……っ、白い……あの、噂の……!? じゃ、じゃあ、拾ってくれてるんじゃ……」
『拾ってない』
『わざと残してる』
『拾ったら、お前が学べないからだろ』
タクミは、腹を押さえたまま、床の上の瓶を、見た。
自分が、捨てたものを。
タクミ「…………」
そして、三本目の凶器が、視界の隅に、現れた。
包装フィルム。
それは、滑らせるためではなく――ふわり、と、タクミの顔の上に、そっと、置かれた。
タクミ「わっ!? ……フィルム?」
『滑らせなかったな』
『そりゃそうだ、フィルムじゃ滑らん』
『代わりに顔にかけたw』
『視界を塞ぐのは危険だ、って言いたいのか?』
『いや、多分あれは……ただの、嫌がらせだ』
『こまごました軽いゴミは、こういう使い方しかできないもんな』
『それはそれで腹立つやつ』
タクミは、フィルムを顔から剥がし、そのまま、しばらく、動かなかった。
それから、ゆっくりと、身体を起こした。
腹を押さえて、うずくまりながら。
タクミ「…………なるほど。……分かりましたよ」
声は、まだ苦しげだった。
タクミ「……瓶で滑って、転んで、腹に一発もらって。……ああ、こういうことか、って。……もし、これを踏んだのが、俺じゃなくて」
タクミは、通路の先を、見た。
誰かが、いずれ通るであろう、その先を。
タクミ「……初心者の子とか、疲れて帰る途中の人だったら。……手を、ついた先が、割れた瓶だったら。……俺、ずっと、そういうものを、置いてきたんですよね」
『……』
『気づいたか』
『二回転ばないと分からないのは駄目だけどな』
『でも、ちゃんと自分の頭で辿り着いたのは偉い』
『さっきの屁理屈と全然違う』
タクミ「……吸収されるから、いいと思ってた。……誰も見てないから、いいと思ってた。……でも、見てましたよね。……あなたも、コメントの皆さんも」
タクミは、床に散らばった瓶とフィルムを、一つずつ、拾い集めた。
自分の手で。
そして、少し離れた場所に置かれていた、大きなゴミ袋の前まで歩いていき――
その口に、自分で、入れた。
タクミ「……この袋、もらってもいいですか。……全部、持って帰ります」
白い人型は、しばらく、その様子を、見ていた。
そして、ゴミ袋の口を、きゅ、と結んで、タクミの手に、持たせた。
タクミ「……重い」
『そりゃそうだ』
『それが、お前が今まで置いてきたものの重さだよ』
『名言出たな』
『視聴者が名言を言い出したぞ』
白い人型は、腰から火バサミを抜き、タクミに向かって、びし、と突きつけた。
それから、腕で、大きく×印。
『「二度とやるな」だ』
『誅殺完了』
『判決:滑って二回、肘鉄二発、顔面フィルム一枚』
『量刑としては妥当』
タクミ「……はい。もう、やりません。……ありがとうございました」
タクミが、頭を下げた。
白い人型は、頷いた。
そして、キャップのつばに手を当てて、背を向けた。
立ち去る、その足元。
通路の隅に、他の誰かが捨てたらしい、小さな包み紙が、落ちていた。
白い人型は、それを、火バサミで、そっと拾い上げた。
そして、腰に下げていた小さな袋に入れて、歩き去っていった。
『最後は普通に拾ったw』
『他人のゴミは拾うんだな』
『そりゃそうだ 捨てた本人がいないなら、教える相手もいない』
『拾うか、置いておくか、ちゃんと使い分けてるんだよ』
『清掃員が本業で、誅殺は副業だったわけだ』
『副業の方が本気だったけどな』
タクミ「……えー。本日の配信、まとめます。……俺は、ゴミをポイ捨てして、成敗されました」
『素直でよろしい』
『腹、大丈夫か?』
タクミ「痛いっす。めちゃくちゃ痛いっす。……でも、この痛みは、覚えときます」
『いい心がけだ』
『次の配信も見るからな』
『ちゃんと持ち帰れよ』
タクミ「持ち帰ります。……あと、一つ、お願いがあるんですけど」
『なんだ』
タクミ「……この配信、切り抜いて、拡散してもらえませんか。……俺と同じことしてる奴、他にもいるんで。……こうなるぞ、って、教えてやりたいんです」
『……』
『いい奴になったな』
『了解した』
『拡散しとくわ』
『タイトルは「ポイ捨て禁止」でいいか』
タクミ「……はい。それで、お願いします」
『あと、サムネは肘鉄の瞬間で』
タクミ「そこは、もうちょっと、俺の名誉を……」
『ないぞ、名誉は』
『あるのは腹の痛みだけだ』




