第45話 大人の事情
「――止まらねえ!! こいつ、止まらねえぞ!!」
十二層の大空洞に、四人組の悲鳴が響いていた。
相手は、全長二十メートル。
岩と鉄が融合したような、多脚の巨獣。
この階層に本来いるはずのない、上位の徘徊個体だった。
ケイスケ「盾が保たない!! カズ、後衛下げろ!!」
「無理です! 退路も塞がれてます!!」
『やばいやばいやばい』
『十二層でこのサイズは反則だろ』
『徘徊個体、また出たのか』
『通報済み でも救助は間に合わない』
『四人じゃ削り切れない』
『頼む……来てくれ』
巨獣の脚が、地を割った。
四人が、吹き飛ばされる。
その、瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
空気が、震えた。
地面の小石が、ふわり、と浮き上がる。
『!?』
『何だ今の』
『地鳴り? いや、違う』
『気が……気が高まってる?』
『いや待て、それって』
大空洞の入口に、それは、立っていた。
白い人型。
ただし。
その頭部の輪郭は、上へ向かって、鋭く逆立っていた。
そして、その身は、道着。
帯を締め、袖を破いたような、修行者の装いだった。
『『『wwwwwwww』』』
『その髪型!!』
『その道着!!』
『知っているのか!!』
『知ってるに決まってんだろ!!』
『平成初期どころか令和まで世界中の少年(と少年の心を持った大人)を魅了し続けた、あの伝説!!』
『言うな!! 馬鹿野郎、名前は言うな!!』
『著作権!! 著作権だ!!』
『分かってる!! 分かってるけど分かるだろ!!』
『分かる』
『分かりすぎる』
『輪郭だけで完璧に伝わるの、逆に技術力が高い』
白い人型は、ゆっくりと、腰を落とした。
両手を、腰の横で、椀のように、重ねる。
その掌の間に――何かが、集束していく気配。
『!!!!』
『その構え!!!』
『まさか!!』
『まさか使うのか!? あの伝説の!!』
『あの、青白い、光の!!』
『ピーピー波!!!』
『それも言い換えとしてどうなんだww』
『ピー波としか言えねえんだよ!!』
『いけええええ!!!』
巨獣が、四人へ、とどめの一撃を振り上げる。
白い人型の掌の間で、気が、練り上げられる。
両手が、前へ、突き出された。
――かめ。
――はめ。
――は。
(発声は、ない)
――………………。
何も、出なかった。
『え』
『あれ?』
『不発!?』
『出てない!! 何も出てない!!』
『どうしたwww』
『気まずい沈黙が流れてるぞ!!』
白い人型は、両手を突き出した姿勢のまま、静止していた。
しばらくして。
自分の掌を、まじまじと、見た。
それから、もう一度、構え直す。
――かめ。
――はめ。
――は。
――………………。
やはり、何も、出ない。
『二回目も不発wwww』
『やめたげてww』
『掌見つめてるのが切ないww』
『なんでだ!? あいつなら出せそうなのに!!』
『……あっ』
『どうした』
『分かった。分かったぞ』
『何が!? 何が分かったんだ!?』
『著作権だ』
『は?』
『著作権だよ!! あいつは、著作権に関わる技は、使用できないんだ!!』
『なんだってええええ!?』
『言われてみれば!!』
『チェンソー、刀、ロケラン、けん玉、錫杖、指揮棒……全部、権利者のいない一般名詞の道具だ!!』
『固有の必殺技だけは、使えない!!』
『そんなルールがあってたまるかwww』
『あるんだよ この世界にはあるんだよ』
『大人の事情が物理法則に組み込まれてる』
『物理法則より強い、それが著作権』
巨獣の一撃が、迫る。
白い人型は、慌てて、掌を引っ込めた。
そして、思い切り、地面を蹴って――四人と巨獣の間に、割り込み。
その一撃を、両腕で、真正面から、受け止めた。
地面が、陥没する。
だが、白い人型は、止めた。
『素手で止めたww』
『技は出ないのにフィジカルは伝説級』
『そっちは著作権に引っかからないんだな』
『「腕力で受け止める」に権利者はいないからな』
『理屈が通ってるのが余計に腹立つ』
ケイスケ「……巨獣の腕が、止まった!?」
「何かに受け止められてます!! 例の、白いやつです!!」
『そうだ!! 助けに来てくれてる!!』
『ただし技は出ない』
『技だけが出ない』
白い人型は、巨獣の腕を押し返すと、素早く後退した。
そして――もう一度だけ、構えた。
諦めきれない、というように。
――かめ。
――はめ。
――は。
――………………。
『三回目wwww』
『まだやるのかww』
『諦めろww』
『健気すぎて泣ける』
『こいつ、出せると思ってやったんだよな、多分』
『初挑戦だったんだ』
『初挑戦が公開処刑になってしまった』
『本人も知らなかったパターンかよ!!』
三度目の不発の後。
白い人型は、しばらく、その場に、立ち尽くしていた。
両手を、だらん、と下げて。
肩が、目に見えて、落ちた。
『しょんぼりしてるww』
『分かる、その気持ちは痛いほど分かる』
『誰しも一度は憧れるからな、あの技には』
『しかも本気で出せると思ってた顔してる』
『顔はないけどな』
『気を落とすな!! お前は十分強い!!』
白い人型は、こちらを――カメラを、ちらり、と見た。
そして。
両手で、顔を、覆った。
次の瞬間、脱兎のごとく、画面の外へ、走り去った。
『逃げたwwwww』
『恥ずかしがってるww』
『顔覆って走り去るなww』
『可愛いwww』
『いや、戻ってこい!! まだ巨獣がいるんだぞ!!』
――が、五秒後。
白い人型は、戻ってきた。
髪の逆立った輪郭も、道着も、消えていた。
いつもの、白い姿。
そして、その肩には。
あの、見覚えのある、長い筒。
ロケットランチャーが、担がれていた。
『『『誤魔化したああああwwww』』』
『ロケランで誤魔化すなwww』
『さっきの三十秒をなかったことにする気だ』
『無理だぞ、全部録画されてる』
『しかも急いで着替えてきたの、必死さが伝わる』
『恥ずかしさを火力で上書きしようとしてる』
『分かる、その気持ちも分かる』
白い人型は、こちらを一切見ないまま、巨獣に、照準を合わせた。
発射。
着弾。
爆炎。
巨獣の頭部が、吹き飛んだ。
二十メートルの巨体が、ゆっくりと、傾いて、崩れ落ちる。
……あっけない、幕切れだった。
『一発www』
『さっきまでの苦戦は何だったんだ』
『火力で解決した』
『恥ずかしさを八つ当たりされた巨獣、可哀想』
『いや、四人を襲ってたから自業自得だ』
ケイスケ「……た、倒れた!?」
「何が起きたんですか!? 爆発音が!!」
『例の白いやつが、ロケランで倒しました』
『その前に伝説の必殺技に挑戦して不発しました』
ケイスケ「……すみません、後半の情報が理解できません」
『こっちも理解できてない』
『アーカイブ見てくれ』
『名場面だから』
白い人型は、ロケットランチャーを下ろすと、四人の元へ歩いてきた。
負傷者に、白衣で手を当て、治療していく。
その間、一度も、カメラの方を、見なかった。
『目を合わせないw』
『まだ恥ずかしがってる』
『照れ隠しの無言治療』
『いいんだぞ、誰も笑ってないぞ』
『いや、めちゃくちゃ笑ってるが』
『笑ってるけど、悪意はないからな!!』
治療を終えた白い人型は、四人にサムズアップをして、そそくさと、背を向けた。
ケイスケ「あ、待ってください! ありがとうございました!!」
白い人型は、片手だけを上げて、応えた。
そして――去り際に、一度だけ、立ち止まった。
振り返らないまま。
両手を、腰の横で、椀のように、重ねる。
そして、そっと、構えを解いた。
諦めきれない、けれど、諦めた。
そういう、背中だった。
『……』
『泣かせにくるじゃん』
『最後にもう一回だけ構えたのが切ない』
『あいつ、本当にあの技に憧れてたんだな』
『分かるよ 俺も子供の頃、毎日やってた』
『俺もやってた』
『全人類がやってた』
『そして全人類が出せなかった』
『……あいつも、俺たちと同じだったんだな』
『やめろ、いい話にするな』
『いい話じゃないか』
白い姿が、暗がりへ消えた。
ケイスケ「……えー。本日の配信、まとめます。徘徊個体に遭遇し、全滅寸前のところを、例の白いピクトグラムに助けられました」
「コメント欄によると、その前に、何か伝説の技に挑戦して、失敗したそうです」
ケイスケ「……アーカイブ、確認します」
『確認しろ』
『そして笑ってくれ』
『でも切り抜きタイトルには絶対にあの技の名前を書くなよ』
『分かってる』
『「大人の事情」でいこう』
『それだ』
『サムネは、掌を見つめる後ろ姿で』
『やめろ、切なすぎる』
『……なあ、一つ気になってるんだが』
『ん?』
『あいつ、来週どうすると思う?』
『……また挑戦するに決まってるだろ』
『だよな』
『諦めない男だからな』
『次は出るといいな』
『出ないよ 著作権だから』
『そこは夢を見せろよ!!』




