第43話 砂漠
「……水、残り、一人あたり、コップ一杯」
乾いた声だった。
画面には、地平線まで続く、砂だけが映っていた。
ハヤト「西部砂漠型ダンジョン、二層。……我々、『縦断チャレンジ隊』、遭難しました」
サエ「正確には、遭難というか……この階層、広すぎるんです。マップに載ってた『次の階段』が、砂嵐で埋まったみたいで」
ゴロウ「歩いて六時間。……全部、同じ景色だ」
『やばいやばい』
『砂漠型は生存難易度が別格なんだよ』
『モンスターより脱水で死ぬ』
『通報は?』
『した でも救助隊も広すぎて場所を特定できないって』
『GPSは? ……ダンジョン内じゃ使えないんだったな』
ハヤト「配信は続けます。……もし、誰か、この階層の情報を知ってる人がいたら、コメントを」
『調べてるけど、二層の地図データが古いっぽい』
『砂嵐で地形が変わるダンジョンだから、地図が意味をなさない』
『……くそ、何もできない』
三人が、砂の斜面を、よろよろと登る。
その、斜面の向こう側で。
視聴者は、それを、見た。
『……ん?』
『え?』
『何あれ』
砂の上に。
小さな、緑の芽が、点々と、植えられていた。
等間隔に。
几帳面に。
そして、その列の先端で。
麦わら帽子を被り、首にタオルを掛け、腰に小さなスコップを差した白い人型が――
砂に、穴を掘って、苗を、植えていた。
『緑化活動してるwwww』
『何やってんだお前www』
『砂漠に木を植えるな』
『いや、植えるのはいいけど、なぜ今』
『三人が死にかけてる横で農業すな』
『しかも本気の顔で植えてる(顔はない)』
白い人型は、苗を一本植え終えると、ぽんぽん、と砂を固め、隣に移動して、また穴を掘り始めた。
黙々と。
地道に。
『真剣ww』
『農林水産省のピクトグラムか?』
『砂漠緑化のポスターにありそうな図柄ではある』
『でもさ』
『ん?』
『多分それ、無駄だと思うよ』
『ダンジョンの砂漠だぞ』
『砂嵐で全部埋まるって、さっき配信者が言ってた』
『……あいつ、知らないんだろうな』
『純粋な善意が空回りしてる図、なんか切ないな』
サエ「……ハヤトさん。コメント、なんか、盛り上がってません?」
ハヤト「……見る余裕、ないんだが……いや、待て。『白いピクトグラムがいる』?」
ゴロウ「……本当か!? あの、噂の!?」
三人が、斜面を、登り切った。
その先に広がる、点々とした、緑の列。
ハヤト「……なんだ、これ。……植物? 砂漠に?」
サエ「……植えたばっかりみたいです。土が、新しい」
『あいつがやりました』
『さっきからずっと植えてる』
『あなたたちの三十メートル先で、今も植えてます』
ハヤト「……なんで……いや、なんでもいい。いるなら、頼む」
ハヤトが、膝をついた。
ハヤト「……水を。水を、分けてくれないか。……仲間が、もたない」
白い人型の動きが、止まった。
振り返る。
三人の状態を、しばらく、見た。
そして、スコップを砂に突き刺し、すたすたと画面の端へ歩いていき――消えて、すぐに、戻ってきた。
その手には、大きな、緑色のジョウロが、あった。
『ジョウロwww』
『着替えの結果がジョウロww』
『水やりのピクトグラムか!!』
『いや、それ、飲めるのか?』
『植物用の水じゃないだろうな』
白い人型は、三人の前に立ち、ジョウロを、傾けた。
ちょろちょろと、水が、出てくる。
澄んだ、透明な水が。
サエ「……水!! 本物の水です!!」
ゴロウ「飲めるのか!? これ!?」
ハヤト「……飲むしかないだろう」
三人が、水筒を差し出す。
白い人型は、丁寧に、一つずつ、満たしていった。
ジョウロの水は、尽きなかった。
三本の水筒を満たし、それでもまだ、余った。
『尽きないw』
『どんな容量してんだそのジョウロ』
『物理法則、本日も休業』
『三人分の命が、園芸用具から供給されてる』
三人が、水を飲んだ。
むせながら。
こぼしながら。
ハヤト「……っ、はぁ……はぁ……。……生き返った……」
サエ「……美味しい……ただの水が、こんなに……」
ゴロウ「……助かった。本当に、助かった」
『よかった……』
『間に合った』
『園芸してた甲斐があったな(無関係)』
白い人型は、余った水を、植えたばかりの苗に、ちょろちょろと、かけて回った。
最後の一本まで、丁寧に。
『そっちが本来の用途w』
『ついでで人命を救ったの、順番おかしいだろ』
『いや、あいつの中では優先順位ちゃんとしてるはずだ』
『多分、人が先、苗が後』
『どっちも大事なんだろうな』
ハヤト「……あの。もう一つ、頼みがある」
ハヤトが、立ち上がった。
ハヤト「……この階層から、出たい。次の階段が、どこにあるか分からないんだ。……砂嵐で、埋まったらしくて」
白い人型は、ジョウロを置いて、周囲を、ぐるりと見渡した。
地平線まで、砂。
そして、首を、傾げた。
『あいつも知らないっぽいw』
『初めて来た感あるな』
『そりゃそうか、緑化しに来ただけだもんな』
『目的が観光ですらない』
だが、白い人型は、少しの間、腕を組んで考え込み――
ぽん、と手を打った。
そして、両手を口元に当てて、大きく息を吸う仕草をした。
音は、聞こえない。
だが。
――遠く、砂の彼方から。
――「「「「「コケコッコオオオオオオオオォォォォ!!!」」」」」
『!!!』
『来たwwww』
『砂漠にまで来るのかよ!!』
『呼んだら来るのか、あいつら』
『どこにいたんだ』
『家(所在不明)からだろ』
砂煙を上げて、五羽の巨大ニワトリが、疾走してきた。
そして、三人の前で、ずざざ、と急停止。
整列する。
ハヤト「……で、でかい鳥が、五羽……!?」
サエ「これ、あの、有名な……はねどりライダーの……!?」
ゴロウ「本物か!!」
『鶏タクシー、到着です』
『ご乗車ありがとうございます』
『三名様、ご案内〜』
白い人型が、一号機の背に飛び乗り、三人に向かって、他の鶏を指し示した。
乗れ、の合図だった。
ハヤト「の、乗っていいのか!? ……でも、行き先は」
白い人型は、地平線を、びし、と指差した。
方角は――適当に見えた。
『行き先、決まってないww』
『「知らん、とにかく進め」だww』
『目的地不明のタクシー』
『いや、でも歩くよりは確実に速い』
『広い場所を高速で走り回れば、そのうち階段に当たる』
『力技すぎる』
『力技が通用するのが、あいつの強さなんだよなあ』
ハヤト「……分かった。乗る! みんな、乗るぞ!!」
三人が、それぞれの鶏の背に、よじ登った。
白い人型が、片手を、高く上げる。
そして――振り下ろした。
――コケエエエエエェ!!
五羽が、一斉に、砂を蹴った。
「「「うおおおおおおおお!?!?」」」
爆速だった。
砂煙が、竜巻のように舞い上がる。
五羽が横一列に並び、砂丘を跳び、谷を駆け下り、平原を疾走する。
ハヤト「はっ、速い!! 速い速い速い!!」
サエ「振り落とされる!! しがみついて!!」
ゴロウ「うおおおお楽しいいいい!!」
『一人だけ楽しんでるw』
『ゴロウさんの適応力よ』
『砂漠を爆走する鶏の編隊、絵面が最高』
『これ、映画のワンシーンだろ』
『マッドマックスかよ』
十分後。
砂丘の頂上で、五羽が、急停止した。
その眼下に。
半ば砂に埋もれた、石造りの、階段の入口が、あった。
ハヤト「…………あった」
サエ「……見つけた! 階段です!!」
ゴロウ「もう見つかったのか!? 早すぎだろ!!」
『適当に走って十分で見つかったww』
『行き当たりばったりの勝利』
『歩いて六時間の男たちの立場』
『機動力の差、残酷すぎる』
三人が、鶏の背から降り、砂を掘って、階段の入口を露出させた。
ハヤト「……助かった。何度目か分からないけど、助かった。……本当に、ありがとう」
サエ「水も、道案内も……全部、あなたのおかげです」
ゴロウ「鳥さんたちも、ありがとな! 乗り心地は最悪だったけど!!」
――コケッ。
五羽が、まとめて、返事をした。
『「乗り心地は最悪」に鶏が返事してるw』
『抗議かもしれん』
白い人型は、一号機の背から降り、三人にサムズアップをした。
それから、来た道を――自分の植えた苗の方向を、しばらく、見た。
そして、こくり、と頷き、また鶏に跨る。
『帰るのか』
『苗の様子を見に行くのかもな』
『……なあ』
『ん?』
『あの苗、教えなくていいのか?』
『何を』
『砂嵐で、多分、全部埋まるって』
『……』
『言えないだろ、そんなこと』
『言わなくていいだろ』
『あいつが植えたかったから植えた それだけでいいじゃないか』
『それに』
『ん?』
『ジョウロの水、尽きなかったろ』
『……あっ』
『あいつが毎日水をやりに来たら、案外、育つかもしれん』
『育つといいな』
『育ってほしいな』
五羽の編隊が、砂煙を上げて、地平線の彼方へ、駆けていく。
その背中を見送りながら、ハヤトが、ぽつりと言った。
ハヤト「……なあ。あの緑、俺たちが植えたことにして、報告書に書いてもいいかな」
サエ「え?」
ハヤト「協会に、砂漠緑化の実験区画として、申請するんだ。……そうすれば、定期的に人が来る。水も、運ばれる」
ゴロウ「……お前、たまにいいこと言うな」
ハヤト「……借りを、返したいだけだ」
『!』
『ハヤトさん……』
『それ、最高の恩返しじゃないか』
『あいつの善意が、無駄にならない方法』
『申請通るといいな』
『通してくれ、協会』
『日本の砂漠ダンジョンに、緑化実験区画が誕生する日も近い』
『発案者:不明の白い何か』
『申請者:遭難しかけた三人組』
『協会職員の困惑が目に浮かぶ』
『でもさ、書類にどう書くんだ?』
『「既に植樹済み。植樹者不明」』
『怪文書ww』
『いつものことだ』
『いつものことだな』




