第41話 探検隊
「見えてきました。ここが、南方樹海型ダンジョン……通称『緑獄』です」
画面を埋め尽くすのは、緑だった。
巨大なシダ。絡み合う蔓。天蓋のように空を覆う樹冠。
地面すら、苔と落ち葉に覆われて見えない。
タツヤ「『探検隊チャンネル』隊長のタツヤです。今日は隊員四名で、この緑獄の三層を目指します」
ノリコ「記録係のノリコです。……言っておきますが、この階層、討伐難易度で言えば大したことないんです。ただし」
タツヤ「死亡率が、他ダンジョンの同層比で、五倍」
『出た、緑獄』
『モンスターが弱いのに死亡率が高い異常ダンジョン』
『理由は単純 毒だよ毒』
『植物も虫も蛇も全部毒持ち』
『戦闘力じゃなくて生存力が問われる場所』
ノリコ「毒蛇、毒蜘蛛、毒花、毒キノコ、毒霧。……この階層で人を殺すのは、モンスターじゃなくて、環境です」
タツヤ「だから我々は、戦いに来たのではない。……観測に来た。以上」
『この人たち、探索者というより探検家なんだよな』
『装備がサバイバル寄り』
『毎回、生物図鑑作りみたいなことしてる』
『地味だけど好きな配信』
四人が、樹海に、踏み入った。
――そして、視聴者は、五分後に、それを見つけた。
『……おい』
『上』
『樹の上』
『蔓に、白いのがぶら下がってないか』
『いるwwww』
『来たのかよこんな場所に!!』
頭上、十数メートル。
太い蔓を片手で掴んだ白い人型が、ぶらんぶらん、と揺れていた。
その姿は、いつもの白ではなく――上半身が裸で、腰に、毛皮のような一枚布を巻いた輪郭に、なっていた。
『ターザンwwww』
『格好が完全にターザンww』
『郷に入れば郷に従うにも程がある』
『樹海に来たらターザンになる怪異』
『適応力が高すぎる』
そして、白い人型は、蔓を掴んだまま、大きく、振り子のように、揺れ――
――あーあぁ〜。
という、声にならない雄叫びの姿勢(胸を反らして口を大きく開ける仕草)で、次の蔓へ、飛び移った。
『やってるwwww』
『ターザンごっこ全力でやってる』
『声は聞こえないけど、絶対あの叫びやってる』
『動きだけで伝わってくるの何なんだ』
『探検隊の頭上でひたすら遊んでる』
タツヤ「……ん? コメントが騒がしいな。……『上に例のピクトグラムがいる』?」
ノリコ「ターザンの格好……? ここ、樹海ですけど……あ、そういうことですか」
『そういうことです』
『環境に合わせた衣装です』
『合わせなくていいんだよなあ』
探検隊が進む。
その頭上を、白い人型が、蔓から蔓へ、飛び移りながら、ついてくる。
完全に、遊んでいた。
――だが。
最初の危機は、静かに、訪れた。
先頭を歩く隊員の、足元。
落ち葉の中で、細長い何かが、鎌首をもたげた。
鮮やかな赤と黒の縞。
緑獄の名物、猛毒の蛇だった。
『!!』
『蛇!! 足元!!』
『気づいてない!!』
『あれ噛まれたら十分で死ぬやつだぞ!!』
蛇が、跳ねた。
――その瞬間、頭上から、蔓が、鞭のように振り下ろされた。
蔓の先端が蛇を叩き落とし、そのまま巻き取って、遠くの茂みへ、ぽーん、と投げ捨てる。
「うわっ!? な、何かが今、足元で……!」
タツヤ「止まれ! 全員、その場で停止!」
ノリコ「……蛇です。今、何かが蛇を弾き飛ばしました」
『助けたw』
『蔓で蛇を釣り上げて投げたぞ』
『遊んでるようで見てるんだよなあ』
『ターザンの技能、そういう使い方するのか』
『しかも殺してない 投げただけ』
白い人型は、蔓にぶら下がったまま、探検隊に向かって、手を振った。
それから、投げ捨てた方向を指差し、両手で「×」を作る。
『「あっちには行くな」ってさ』
『蛇の巣があるのかもしれん』
タツヤ「……なるほど。案内人がついたわけだ。……ノリコ、記録に追加。『同行者、一名(推定)』」
ノリコ「推定、ですか」
タツヤ「見えないからな」
『記録が律儀w』
『「推定」がじわじわくる』
探検は、続いた。
そして、緑獄の危険は、次々と、襲いかかってきた。
――巨大な毒蜘蛛が、天蓋から糸を垂らして降下してくれば。
白い人型が、蔓で振り子のように加速し、蹴りで蜘蛛を弾き飛ばした。
――一面に咲く、甘い香りの毒花畑に、隊員が踏み込みそうになれば。
上から落ちてきた木の実が、隊員の頭にコツンと当たって、足を止めさせた。
「いてっ! ……あれ? なんだ、木の実が……」
ノリコ「隊長、この先の花。図鑑にあります。……『眠り花』。香りを吸うと、二度と起きられません」
タツヤ「……止められたわけか。迂回する」
『木の実で警告w』
『ぶつけ方が的確』
『痛くない程度の力加減なのがまた』
――毒霧の吹き溜まりに差し掛かれば。
白い人型が先回りして、太い枝を掴み、思い切り、揺すった。
風が起き、霧が、散った。
『扇いだww』
『枝で霧を払うな……いや、正解なんだけど』
『樹海の知識どこで得たんだよ』
『ターザンだからだろ』
『理由になってねえw』
ノリコ「……記録。『同行者、有能』」
タツヤ「有能どころじゃないだろう。……我々の観測が、成立しているのは、あの存在のおかげだ」
やがて、探検隊は、開けた場所に、出た。
巨大な倒木が横たわる、日の差す一角。
そして――そこに、いた。
黒い、しなやかな巨躯。
肩高一メートル半。
黄金の瞳。
ジャガーによく似た、しかし明らかにそれより大きい、樹海の頂点捕食者。
『でかい』
『緑獄の主だ』
『こいつ、毒は持ってないけど純粋に強い』
『音もなく忍び寄って首を狙うタイプ』
『四人じゃきついぞ』
タツヤ「……全員、動くな。目を逸らすな。ゆっくり、後退」
黒い獣が、低く、身を沈めた。
――跳ぶ。
その一瞬。
頭上から、白い人型が、蔓と共に、突っ込んできた。
振り子の勢いのまま、黒い獣の横腹に、両足で、蹴りを叩き込む。
巨躯が、横っ飛びに、吹き飛んだ。
『割り込んだ!!』
『ターザンキックww』
『蔓の加速つきの飛び蹴り、威力えぐいだろ』
『樹海の主を蹴り飛ばすターザン』
着地した白い人型と、体勢を立て直した黒い獣が、向かい合った。
獣が、唸る。
白い人型は――胸を、どんどん、と両手で、叩いた。
威嚇の、ドラミングだった。
(ターザンというより、別の類人猿の仕草だったが、細かいことは無しである)
『胸叩いたwwww』
『ドラミング!!』
『ターザンの守備範囲、広すぎない?』
『樹海の流儀に完全に染まってる』
黒い獣は、その威嚇に、応えた。
牙を剥き、再び、跳躍。
そこからは、樹上戦だった。
白い人型が蔓を掴んで跳べば、獣は樹を駆け上がって追う。
枝から枝へ。蔓から蔓へ。
緑の天蓋の中を、白い影と黒い影が、絡み合いながら、跳び回る。
タツヤ「……上だ。上で、何かが、戦っている。……枝が、揺れている」
ノリコ「私たちには、片方しか見えませんけど……あの黒いのが、明らかに、何かに追われてます」
『樹上戦、映像が最高すぎる』
『緑の中を白と黒が跳び回ってる』
『映画かよ』
『樹海の王者vsターザン、まさかの実現』
決着は、唐突についた。
白い人型が、一本の太い蔓を手繰り寄せ――
獣の跳躍の着地点に、輪を、作って、待ち構えた。
罠だった。
着地した獣の後ろ足が、輪に、かかる。
白い人型が、蔓を、引いた。
黒い巨躯が、逆さまに、宙吊りにされた。
『罠wwww』
『足首縛って吊るしたww』
『原始的だけど完璧な罠』
『樹海で覚えたてのはずなのに手際が良すぎる』
『猟師の技術』
宙吊りになった黒い獣は、しばらく暴れていたが、やがて、諦めたように、力を抜いた。
白い人型は、その前に降り立ち、しばらく、獣を見ていた。
それから――蔓を、解いた。
獣は、地面に落ち、四つ足で着地し――白い人型を、じっ、と見た。
二秒。
そして、身を翻して、樹海の奥へ、消えていった。
『逃した』
『殺さなかったな』
『いつものリリース精神』
『「この場所の主はお前だ」ってことか』
『縄張り争いに勝って、でも命は取らない』
『樹海の流儀、そのものだな』
タツヤ「……黒いのが、走り去りました。……我々を、襲うことなく」
ノリコ「記録。『同行者、樹海の頂点捕食者を撃退。ただし殺傷せず』」
タツヤ「……観測記録としては、あまりに異常だな」
ノリコ「この配信、いつもそうです」
『それなw』
その後の探検は、平穏だった。
白い人型は、探検隊の先を、蔓で飛びながら進み、危険な区域を、指差しで教え続けた。
毒キノコの群生地。
落とし穴のような窪み。
樹上の蜂の巣。
四人は、一度も、危険に触れることなく、三層の観測目標地点に、到達した。
タツヤ「……到着。目標地点、樹齢不明の大樹。……ノリコ、記録を」
ノリコ「はい。……写真、計測、標本採取、完了。……隊長」
タツヤ「なんだ」
ノリコ「……今回の探検、負傷者ゼロです。緑獄で、初めてです」
四人が、顔を見合わせた。
そして、タツヤは、樹上の――どこにいるかは分からない――同行者に向かって、帽子を、取った。
タツヤ「……感謝する。あなたのおかげで、我々は、生きて記録を持ち帰れる」
樹上から、蔓が一本、するすると降りてきた。
その先に、大きな果実が、括り付けられていた。
四つ。
『お土産w』
『果実くれたぞ』
『しかも人数分ある』
ノリコ「……食べられる種類ですね。図鑑にあります。緑獄の甘果。……美味しいらしいですけど、樹の上にしかならないので、採取例が少ない」
タツヤ「……ありがたく、いただこう」
四人が、果実を受け取る。
樹上では、白い人型が、五つ目の果実を、自分でかじっていた。
『自分の分も採ってるw』
『ちゃっかりしてる』
『ターザン、完全に樹海に馴染んでる』
『食生活まで適応するな』
帰り道。
白い人型は、蔓から蔓へ、探検隊を先導し続けた。
そして、ゲートが近づいた頃。
最後の蔓を掴み、大きく、大きく、振り子のように揺れて――
――あーあぁ〜。
の姿勢を、これまでで一番、大きく、決めた。
そして、その勢いのまま、樹海の奥へ、飛び去っていった。
『最後にキメて帰ったwww』
『ターザン、樹海に還る』
『声は聞こえないのに、絶対あの叫びしてた』
『こっちの脳内で完全再生されてる』
タツヤ「……行った、か」
ノリコ「記録、最後の一文。……『同行者、樹海へ帰還。所属不明』」
タツヤ「……いい記録だ。以上、本日の探検を終了する」
『お疲れ様でした』
『今日の緑獄回、良かったな』
『毒と危険だらけの場所が、あいつがいると冒険譚になる』
『しかし衣装のバリエーション、どこまであるんだ』
『医者、工事、忍者、審判、僧侶、指揮者、ターザン……』
『節操がない』
『節操がないから面白いんだよ』
『wikiの衣装欄、更新しといたぞ』
『「ターザン(緑獄仕様)」で登録した』
『仕様って何だよw』




