第35話 かくれんぼ
「ハーイ! ミナサン! コンニチハー!!」
画面いっぱいに、金髪の大男の顔が映った。
「アメリカから来ました! マイクです!! 今日は! ついに! 日本のダンジョンに、潜入しまーす!!」
ゲート前で、大男が、力強くガッツポーズを決めた。
その配信画面の隅には、見慣れない表示があった。
【自動翻訳:ON】
『来たか、海外勢』
『噂の突撃系配信者マイクだ』
『自国で登録者50万の大手だぞ』
『Hi Mike!! ついに日本か!』
『翻訳機能便利だな 海外コメントも読める』
『we've been waiting for this day(この日を待ってた)』
マイク「ワタシの目的は、ただ一つ!! ……PICT!! 白いピクトグラムに、会うことです!!!」
『言うと思ったw』
『やっぱり目的それか』
『GOOD LUCK 確率は低いぞ』
『マイク、残念だが、あいつは大手には出ないんだ』
『そうそう 出現条件は「弱小・中堅」って言われてる』
マイク「知ってます!! PICTは、大きいチャンネルには出ない!! 研究しました!! だから、ワタシ、考えました!!」
マイクは、どや顔で、カメラに指を突きつけた。
マイク「今日のために!! 新しいチャンネル、作りました!! 登録者、ゼロ!! 今の視聴者……オゥ、38人!! 完璧に弱小です!!!」
『wwwwww』
『抜け道を見つけたつもりでいるw』
『サブ垢戦法ww』
『その発想はなかった』
『smart!! いや、smartなのか?』
『条件を満たすために自ら底辺になる大手、初めて見た』
『でもそれ、通用するのか? あいつ、そういうの見抜きそうだけど』
マイクが、意気揚々とゲートをくぐった。
マイク「サア!! PICT!! 出てきてください!! ワタシ、アメリカから、あなたに会うためだけに、来ました!! 飛行機で13時間!!!」
『直球すぎる呼び込みw』
『出待ちの声出しすな』
『そういうとこだぞマイク』
『shhh!! 大声出したらモンスター来るぞ』
――そして、視聴者は、気づいてしまった。
マイクの、はるか後方。
通路の角から、白い人型が、ひょこ、と顔を半分だけ出して、こちらを窺っていたのだ。
『!!!!』
『いる』
『いるぞ!!!』
『OMG!! HE'S HERE!!(いた!!)』
『まさかの登場!! サブ垢戦法、通用したのか!?』
『いや、待て、様子がおかしい』
『顔半分だけ出して……あれ、警戒してないか?』
白い人型は、マイクが「PICT!! 出てきてください!!」と叫ぶたび、びくり、として、顔を引っ込めた。
少しすると、また、ひょこ、と顔を出す。
マイクが叫ぶ。
引っ込む。
『隠れてるwwww』
『警戒されてるww』
『そりゃそうだ 自分の名前を絶叫してる大男がいたら誰でも隠れる』
『出待ちのファンが激しすぎて楽屋から出られないアイドルの図』
『マイク、静かにしろ!! もういるんだ!!』
『behind you!!(後ろだ!!)』
マイク「ん? コメント、荒ぶってますネ? ……『後ろにいる』?」
マイクが、勢いよく振り返った。
白い人型は、光の速さで、角の向こうに引っ込んだ。
マイク「……誰もいませーん? オゥ、ジャパニーズジョーク? ワタシをからかってます?」
『ジョークじゃないんだよ!!』
『0.1秒前までいたんだよ!!』
『反応速度で負けてるw』
『it's real!! trust the chat!!(本当だ!! コメントを信じろ!!)』
『これ、あれだ』
『ん?』
『あいつ、遊んでるわ』
『かくれんぼが始まってる』
そこからは、攻防だった。
マイクが前を向けば、白い人型は、岩陰から岩陰へ、するすると移動して、距離を詰める。
マイクが振り返れば、瞬時に、隠れる。
だるまさんがころんだの、完璧な実演だった。
『だるまさんがころんだwwww』
『振り返るたびに近づいてきてる』
『今、5メートル差』
『今3メートル』
『マイクの真後ろ1メートルまで来たww』
『こっちは全部見えてるのが最高に面白い』
『the suspense is killing me(ハラハラして死にそう)』
マイク「……ムムム。コメントのミナサン、『後ろ後ろ』ばかり言いますネ。……分かりました。作戦を変えます」
マイクは、リュックから、何かを取り出した。
缶コーヒーだった。
マイク「研究の成果です!! PICTは、コーヒーが好き!! これは、日本の高級コーヒー!! 一本800円!!」
『調べてきてるw』
『ゲンさん回の予習、完璧かよ』
『800円のコーヒー、本気度が伝わる』
『the bait is set(餌は仕掛けられた)』
マイクは、通路の真ん中に、缶コーヒーを、恭しく置いた。
そして、少し離れた岩の陰に、隠れた。
……二メートル級の大男の巨体は、岩から、思いっきり、はみ出していた。
『隠れられてないwwww』
『肩と尻がはみ出てるぞマイク』
『隠れ方が下手すぎる』
『デカすぎるんよ』
『かくれんぼ、攻守交代です』
白い人型は、マイクのはみ出した巨体を、少し離れた場所から、じっ、と見ていた。
腰に手を当てて。
呆れているのが、全身から伝わってきた。
それから、白い人型は、そーっと、忍び足で、缶コーヒーに近づき――
持ち上げて。
マイクの隠れる岩の、真上に、乗った。
そこで、プルタブを、ぷしゅ、と開けた。
『真上wwwww』
『マイクの頭上でコーヒー飲み始めたww』
『音、聞こえてるだろこれ』
『挑発ですw』
『he's literally right above you(文字通り真上にいるぞ)』
マイク「……! 音!! プルタブの音、しました!! どこ!? どこですか!?」
マイクが、岩陰から飛び出し、きょろきょろと辺りを見回した。
真上は、見なかった。
頭上で、コーヒーが、ゆっくりと飲まれていく。
『上www上www』
『なんで上だけ見ないんだw』
『LOOK UP!!(上を見ろ!!)』
『灯台下暗しならぬ、脳天真上暗し』
マイク「消えました……コーヒーごと……オゥ、ノー……。ワタシの800円……」
マイクが、がっくりと、肩を落とした。
その落ち込んだ頭の上に――空になった缶が、そっ、と置かれた。
マイク「……ん? 頭に、何か……」
マイクが、頭の上の缶を、手に取った。
空だった。
マイク「……カラ。飲んでます。……飲んでますネ!? いつの間に!? っていうか、今、頭に置きました!? 真上!? 真上にいました!?!?」
『やっと気づいたwwww』
『ずっと真上にいました』
『空き缶はゴミ箱じゃなくて頭に返却するスタイル』
『律儀なのか失礼なのか分からんw』
『both(両方だ)』
マイクは、頭上を見上げた。
もちろん、何も見えない。
だが、マイクの顔に浮かんだのは、悔しさではなく――満面の、笑みだった。
マイク「……ハッ、ハハハ!! ハッハッハッハ!!! やられました!! 完敗です!! ワタシ、13時間飛行機に乗って、からかわれに来ました!! ……最高です!!! これが!! これが見たかったんです!!!」
『喜んでるw』
『からかわれて喜ぶファンの鑑』
『被害届は出ませんでした』
『that's the spirit!!(その意気だ!!)』
マイクは、リュックから、もう一つ、何かを取り出した。
小さな、包みだった。
マイク「PICT!! 聞こえてますか!! これ、お土産です!! アメリカから持ってきました!! ……テキサスの、ローストコーヒー豆!! ワタシのおばあちゃんの農園の豆です!! 世界一美味しいです!!」
マイクは、包みを、地面にそっと置いて、大きく後ろに下がった。
今度は、隠れなかった。
その場に、堂々と立って、待った。
マイク「隠れるの、やめました。……会えなくても、いいです。姿、見えなくても、いいです。ただ、受け取ってくれたら、ワタシ、それで、大満足です」
『マイク……』
『急にいい奴ムーブ』
『最初からそうしとけばよかったんだよw』
『おばあちゃんの豆、由来が良すぎる』
しばしの、静寂。
やがて――包みが、ふわり、と浮いた。
マイクの、見ている前で。
包みは、丁寧に持ち上げられ、開かれ、中の豆の香りを確かめるように、掲げられた。
それから、包み直されて、大事そうに、胸元へしまわれる仕草と共に、宙で止まった。
マイク「……!! 浮きました!! 受け取りました!! 受け取ってくれました!!! オーマイガー!!! ミナサン見ましたか!! ワタシの豆が!! おばあちゃん!! 届きましたよ!!!」
『受け取ったw』
『香りを確かめてから受け取るの、豆への敬意がある』
『ゲンさんの豆と飲み比べるのかな』
『grandma's beans made it to Japan's greatest mystery(おばあちゃんの豆が日本最大のミステリーに届いた)』
そして、マイクの目の前で、宙に――サムズアップの、気配。
マイクには見えない。
だが、コメントが、叫んだ。
『マイク!! サムズアップしてる!!』
『目の前!! だいたい胸の高さ!!』
『返せ!! サムズアップを返すんだ!!』
マイク「……ここ、ですか!!」
マイクが、渾身の、サムズアップを突き出した。
位置は、少しずれていた。
白い人型が、すす、と自分から移動して、マイクの親指の正面に、自分の親指を合わせた。
『合わせに行ったw』
『相互サムズアップ、成立』
『国際親善である』
『日米首脳会談(親指)』
白い人型は、それから、くるりと背を向け、肩を揺らすいつもの歩き方で、通路の奥へと歩き出した。
去り際、一度だけ振り返って――だるまさんがころんだの、あの止まるポーズを、一瞬だけ、やってみせた。
『最後にネタを回収していったw』
『「またかくれんぼしようぜ」ってことか?』
『遊び相手認定されたな、マイク』
白い姿が、消えた。
マイク「……行っちゃいました。……ハァー……。ミナサン。ワタシ、今日、人生で一番、楽しかったです」
マイクは、空き缶を、大事そうに、リュックにしまった。
マイク「この缶、持って帰ります。家宝にします。……あと、ミナサンに、言わなければいけないこと、あります」
マイクは、神妙な顔で、カメラを見た。
マイク「……ワタシのメインチャンネルの視聴者のミナサン、ゴメンナサイ。このサブチャンネル、今、視聴者……」
画面の数字は、47,000人になっていた。
マイク「……よんまんななせん。……もう、弱小じゃ、ないです。……次、会うために、また、新しいチャンネル、作らないと、いけません」
『wwwwww』
『気づいてしまったかw』
『会うたびにチャンネルが増える男』
『サブ垢が無限に生えるシステム』
『the infinite alt account strategy(無限サブ垢戦略)』
『次はサブサブ垢だな』
『あいつ、多分チャンネル関係なくお前のこと覚えたと思うぞ』
『それな 豆もらった相手は忘れんだろ』
マイク「……オゥ。それもそうですネ。……なら、次は、メインチャンネルで叫びます!! 『PICT!! 豆、美味しかったですか!!』って!!」
『それでいいw』
『正面突破が一番だ』
『日本のダンジョン、いつでも歓迎するぞマイク』
『come back soon!!(また来いよ!!)』




