第34話 道化
「……はは。映ってる映ってる。よーし、じゃあ、始めますか。……『人生崖っぷちおじさんのダンジョンで一発逆転配信』、第一回ぃ……」
拍手の音は、ない。
中年の男が一人、安物の防具を着込んで、ゲートの前に立っていた。
同時視聴者、7人。
トモヒコ「どうも。トモヒコ、四十二歳。……先月まで、しがない営業マンやってました。二十年勤めた会社にね、まー、キレちゃいまして。辞表叩きつけて、辞めてやりました」
『おう』
『思い切ったな』
『四十二で脱サラは勇気いるぞ』
トモヒコ「で、気づいたら、職なし! 貯金、退職金入れてスズメの涙! 嫁も子供も、元からなし! ……はっはっは! 笑ってくれよ、この情けなさ!!」
『笑えん』
『笑えんのよ』
『自虐が重いんよおじさん』
『でも嫌いじゃないぞ、その勢い』
トモヒコ「そんで、考えたわけですよ。この歳で再就職? 厳しい厳しい。なら、いっそ……ダンジョンだ! って。探索者は学歴不問! 年齢不問! 実力主義! ……素人がイキがるなって? 知ってますよ! でもね、もう、ヤケクソなんです、こっちは!!」
『ヤケクソ宣言w』
『正直なおじさん』
『装備、ちゃんと初心者向けの揃えてるのは偉い』
『調べてはいるんだな』
トモヒコ「というわけで、行ってきまーす。……あ、コメント? っての? が、あるらしいんですけど、俺、機械オンチでして。表示のさせ方、分かんないです。はっはっは。まあ、誰も見てないでしょうし、いいでしょ、別に」
『見てるぞw』
『7人おるぞ』
『コメント読めないのかよw』
『設定画面の右上だ! ……って言っても届かないのか』
『一方通行の配信、始まる』
トモヒコが、ゲートをくぐった。
一層。
その歩みは、案の定、危なっかしかった。
だが、事前に勉強したのだろう、初心者向けの手順は、愚直なほど丁寧に守っていた。
トモヒコ「えー、教本によると、角の手前では一時停止……っと。……よし、敵なし。進みまーす」
『愚直で草』
『教本通りすぎる』
『でもそれが一番死なないやり方なんだよな』
『営業二十年の「マニュアル遵守力」が活きてる』
最初の小型モンスターとの戦闘は、泥臭かった。
腰の引けた一撃、二撃、三撃。
五撃目で、ようやく仕留めた。
トモヒコ「……はぁっ、はぁっ……や、やった! 初討伐!! 見たか!! 俺だってやれるんだ!! ……誰も見てないけど!! はっはっは!!」
『見てるってばw』
『初討伐おめでとう!!』
『泥臭かったけど、逃げなかったのは立派だぞ』
『届かない祝福、むなしいなあ』
――その様子を。
通路の岩の上に腰掛けて、じっ、と眺めている、白い人型がいた。
『!』
『いた』
『いつからいた』
『初討伐のあたりからずっといたぞ』
『観客席(岩)から観戦してる』
白い人型は、トモヒコの泥臭い戦闘を見て――ぱちぱちぱち、と音のない拍手をした。
『拍手してるw』
『初討伐への祝福だ』
『でも本人には見えないし、コメントも読めない』
『……あっ』
『そうか、この人、コメント読めないんだった』
『つまり、あいつの存在を教える手段が、ない』
『完全に気づかれないまま進行するのか、今日』
トモヒコは、鼻歌まじりに先へ進んだ。
トモヒコ「いやー、しかし、あれですね。会社辞めてから、初めてですよ。何かを『やった!』って思えたの。営業成績なんて、いくら上げても、上が持ってっちゃいますからね。……はは。愚痴っぽいな、俺。すんません」
『いいぞ、愚痴れ愚痴れ』
『聞いてるからな、こっちは』
『届かないけど聞いてるからな』
その後ろを、白い人型が、ついて歩き始めた。
そして――始まった。
トモヒコが真剣な顔で角を確認すれば、その真後ろで、同じポーズを大袈裟にやってみせる。
トモヒコが「よし!」と拳を握れば、後ろで両拳を突き上げて、無音の大喝采。
トモヒコが転びかければ、後ろで大袈裟にずっこけてみせる。
完全に、サーカスの、道化師の動きだった。
『始まったwwww』
『パントマイム芸ww』
『後ろで一人サーカスやってる』
『本人が気づかないのをいいことに、やりたい放題』
『観客は俺たち7人だけの贅沢な公演』
トモヒコ「……ん? なんか、後ろから視線を感じるような……いやいや、気のせいか。はっはっは」
『気のせいじゃないんだよなあ』
『真後ろ50センチで道化が踊ってます』
『教えたい 教える手段がない』
『もどかしいww』
二層。
トモヒコは、中型モンスターと、遭遇した。
初心者には、荷が重い相手だった。
トモヒコ「……で、でかい。……に、逃げ……いや! 逃げてたまるか!! 俺はもう、逃げるのは、やめたんだ!! 会社からは逃げたけど!! これからは逃げないって決めたんだ!!」
『気持ちは買う』
『気持ちは買うが相手が悪い!!』
『逃げていいんだぞおじさん!!』
『届かない忠告、その3』
トモヒコが、震える剣を構えて、突っ込んだ。
中型の爪が、振るわれる。
直撃コース。
――だが、当たらなかった。
爪はトモヒコの鼻先五センチを、なぜか、逸れていった。
視聴者には、見えていた。
白い人型が、横から、モンスターの肘のあたりを、ちょん、と押して、軌道を逸らしたのを。
『補正入ったw』
『さりげないアシスト』
『五センチの奇跡(人為)』
トモヒコ「うおおお!! 当たらなければどうということはない!!」
トモヒコの剣が、モンスターの脇腹を捉えた。
浅い。
だが、モンスターがよろめいた――正確には、白い人型が、後ろから足を、こっそり払った。
よろめいた巨体へ、トモヒコの二撃目、三撃目。
そして、渾身の突きが、急所へ、届いた。
中型モンスターが、倒れた。
トモヒコ「……………………か、勝った」
トモヒコは、剣を杖に、へたり込んだ。
トモヒコ「勝った!! 勝ったぞ!! 中型に!! 初日で!! ……俺、才能あるんじゃないか!? なあ!? 誰か見ててくれよ、今の!! はっはっは!!!」
『見てたぞ!!』
『見てたけども!!』
『才能……才能かなあ!?』
『三割くらいは本人の実力だった』
『七割はアシストです』
『後ろでアシストした本人が、両手を広げて「ジャジャーン」のポーズしてる』
『手柄を主張する道化w』
『でも本人に伝わらないから、主張が虚空に消えてる』
『哀れなのはどっちなんだこれ』
トモヒコは、水筒の水を、うまそうに飲んだ。
トモヒコ「……ふう。……なんかさ。楽しいなあ、って。今、思っちゃいました。四十二年生きてきて、こんなに『今日』が楽しいの、いつぶりだろうって」
白い人型が、道化の動きを、止めた。
岩に腰掛けて、静かに、聞く姿勢になる。
トモヒコ「会社にいた頃はさ、毎日、明日のこと考えて、胃が痛くて。日曜の夜が、一番嫌いで。……でも今日は、明日ダンジョンのどこ行こうかって考えるだけで、ちょっと、わくわくしてる。……変ですかね。無職なのに。崖っぷちなのに」
『変じゃないよ』
『それでいいんだよ、おじさん』
『届け、この気持ち』
『届かないんだよなあ……』
休憩を終え、トモヒコは、帰路についた。
その途中の、開けた場所で。
トモヒコの足が、ふと、止まった。
トモヒコ「……ん? なんだ、あれ」
通路の脇の、小さな岩棚の上。
そこに、キラリと光る何かが、置いてあった。
拾い上げる。
小さいが、明らかに質の良い、魔石だった。
トモヒコ「……魔石? しかも、これ、教本で見たやつより、ずっと綺麗な……。え、こんなの、二層で拾えるの?」
『!』
『おい、今の見たか』
『見た 白いやつが、さっき先回りして置いてった』
『どこかから持ってきて、わざわざあの岩棚に』
『拾いやすい高さに、キラリと光る角度で』
『置き土産だ』
『初日の頑張りへのボーナスだ』
トモヒコ「……はは。……ツイてるなあ、俺。……これ、いくらになるんだろ。……今晩は、ちょっといい飯、食おうかな。牛丼の、特盛りとか」
『ささやかw』
『特盛りでいいのかよ』
『いや、その魔石なら焼肉いけるぞ多分』
『金銭感覚が庶民のままなの、応援したくなるんよ』
ゲートの光が、見えてきた。
トモヒコは、出口の手前で、立ち止まり、ダンジョンを、振り返った。
トモヒコ「……今日は、ありがとうございました。っと。誰に言ってんだか。はっはっは。……でもさ、なんか、今日、一人じゃなかった気がするんだよな。ずっと、誰かに、見守られてたような。……気のせいだろうけど」
その真後ろで、白い人型が、静かに、頷いていた。
『気のせいじゃないぞ』
『ずっといたぞ』
『俺たちも、ずっといたぞ』
『届かない返事、本日何度目だ』
トモヒコ「……よし。じゃ、皆さん……見てる人が、もしいたら、ですけど。また明日。『崖っぷちおじさん』、明日も潜ります。……生きてりゃ、きっと、いいことあるよなあ!! はっはっは!!」
トモヒコが、ゲートをくぐって、消えた。
白い人型は、その背中を見送ってから、カメラに向き直った。
そして、深々と、劇の終わりの、道化のお辞儀をした。
片手を胸に、片手を広げて。
『お辞儀したw』
『一人サーカス、閉幕』
『本日の観客、7名でした』
『いい公演だった』
『……なあ』
『ん?』
『あのおじさん、明日も来るって言ってたよな』
『言ってた』
『誰か、明日までにコメントの表示方法、伝える手段ないか』
『配信の概要欄に書けたら……いや、あの人、概要欄も書いてなかったな』
『機械オンチ、鉄壁すぎる』
『じゃあ俺たちにできることは一つだ』
『明日も見に来る』
『それな』
『届かなくても、見てる』
『7人が8人になり、いつか百人になるまで、見届けようじゃないか』
『崖っぷちおじさん応援団、結成である』
『白いやつも多分また来るしな』
『観客と道化が揃ってるんだ あとは主役が育つのを待つだけよ』




