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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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33/75

第33話 レッドカード

「……ねえ、ソラ。さっきから、誰かに見られてる気がしない?」


「気のせいだろ、ハル。……って言いたいけど、実は俺も、さっきから」


 双子の兄弟配信者、ソラとハル。


 四層の通路を進む二人の声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。


『二人とも気づいてるのか』


『実は俺たちも気づいてる』


『さっきから画面の端に、チラチラ映ってる奴がいる』


『通路の角、岩の陰 ずっと二人と同じ速度でついてきてる』


『モンスターじゃない 人だ』


『動きが、まともじゃない』


 視聴者には、見えていた。


 二人の後方、付かず離れずの距離を保つ、男の影。


 その手に、細長い刃物が握られていることも。


『通報した』


『俺も』


『でも間に合うか……?』


『二人とも、走って!! 後ろの男から離れて!!』


ソラ「……コメントが、なんか変だ。ハル、『後ろの男』って」


 二人が、振り返った。


 その瞬間、男は、隠れるのをやめた。


 通路の陰から、ゆらり、と姿を現す。


 整った身なり。穏やかな笑み。


 その笑みと、手の刃物が、まるで噛み合っていなかった。


「……ああ、バレちゃった。残念。もう少し、追いかけっこを楽しみたかったんだけどな」


ハル「……っ、あんた、何……」


「何って。見て分からない? 狩りだよ。ダンジョンっていいよねえ。ここで人が消えても、みんな『モンスターにやられた』で片付けてくれる。……もう三人、そうやって片付いてる」


『!?』


『こいつ、まさか』


『例の行方不明事件……!?』


『四層で最近続いてた失踪、こいつか!!』


『最悪だ 本物のサイコパスだ』


『警察!! 映像残ってる!! 自白も録れてる!!』


「配信中ってのは知ってるよ。むしろ好都合だ。カメラは僕を『映せない』位置から狩れば、映像には『モンスターに襲われた双子』しか残らない。……今までも、そうしてきた」


 男が、刃物を、構えた。


 二人が、後ずさる。


 背後は、行き止まりだった。


「さあ……どっちから、いこうかな」


 男が、地を蹴った。


 刃が、ソラへ、まっすぐに伸びる。


 その、瞬間。


 ――ピイイイイイッッ!!!


 甲高い笛の音が、通路に、鳴り響いた。


 男の刃が――何かに、がっしりと受け止められて、止まっていた。


「……は?」


『!!!』


『笛!?』


『止まった!! 刃が空中で止まってる!!』


『来た!!! 来たぞ!!!』


『画面見ろ!! 二人と男の間!!』


 配信画面には、映っていた。


 黒白の縦縞のユニフォーム。


 胸には笛。


 片手には、オレンジ色の旗。


 審判の姿をした、白い人型が、男の手首を、片手で掴んで止めていた。


 そして、掴んでいない方の手で、旗を、びし、と高く掲げた。


『旗上げたwww』


『オフサイドの判定だ!!』


『いや、オフサイドではない……何のオフサイドだ?』


『分からんが、とにかく反則を取られたのは確かだ』


『「今の攻撃は無効」ってことだろ』


『判定基準は不明だが異議は認められません』


「な、なんだ!? 腕が……動かない!? 誰もいないのに、掴まれてる!?」


 男が、必死に腕を引く。


 審判の人型は、あっさりと手を離した。


 男が、たたらを踏んで、下がる。


 そして――どこからか、勇壮なファンファーレが、鳴り始めた。


 サッカーの国際試合の中継で流れていそうな、あの手の、血が騒ぐ系の行進曲だった。


『BGM来たwwww』


『開幕のファンファーレ』


『キックオフのお時間です』


『今日の選曲もTPO(?)に合ってる』


『合ってるか?』


『成敗のTPOには合ってる』


 審判の人型は、胸の笛を、ぴっ、と短く吹いた。


 それから、男に向かって、黄色い何かを、掲げた。


 イエローカードだった。


『警告が出たw』


『まずイエローから 手順を踏むんだ』


『殺人未遂にイエローは甘くないか?』


『大丈夫だ、累積ですぐレッドになる』


「……っ、ふざけるな!! 何なんだお前は!!」


 男が、見えない相手に向かって、滅茶苦茶に刃を振り回した。


 審判の人型は、最小のステップで、その全てを躱す。


 そして、画面の外へ、一瞬消え――戻ってきた時、その足元には、サッカーボールが、あった。


『ボールwwww』


『どこから持ってきた』


『審判の服のままだけどいいのか?』


『細かいことは無しだ』


『プレイヤー兼任審判、開始』


 審判の人型は、ボールを、軽く、蹴り上げた。


 リフティング。


 二回、三回。


 そして、四回目――全力の、ボレーシュートだった。


 ボールは、弾丸のような速度で、男の鳩尾に、突き刺さった。


「ごふっ……!?」


 男が、くの字に折れる。


 ボールは、壁に跳ね返って、正確に、審判の人型の足元へ戻った。


『的当て開始wwww』


『鳩尾に一発』


『壁の跳ね返りまで計算してるだろ今の』


『ボールコントロールが完璧すぎる』


 そこからは、一方的だった。


 右足のシュートが、男の膝を撃ち、刃物を取り落とさせる。


 左足のシュートが、拾おうと伸ばした手の甲を、弾く。


 浮かせたボールのヘディング(頭はないが)が、男の側頭部を、かすめて威嚇する。


 男は、転がるように逃げ回った。


「や、やめろ!! 来るな!! 化け物!!」


『三人殺した奴が言うことか』


『被害者もこう言いたかっただろうな』


『的当て、命中率100%』


『急所は外してるな あくまで制圧が目的だ』


『追い詰め方が丁寧なんよ』


 やがて、男は、壁際に、追い詰められた。


 膝をつき、荒い息を吐き、それでも、落ちた刃物へ、最後の力で、手を伸ばす。


 その、伸ばした指の先。


 ちょうどいい高さに、男の頭が、下がった。


 審判の人型が、助走を、つけた。


 ファンファーレが、最高潮に達する。


 振り抜かれた、渾身の、サッカーキック。


 つま先が、男の側頭部を、正確に、捉えた。


 男の身体が、ごろごろと転がり――壁に当たって、止まった。


 白目を剥いて、完全に、沈黙している。


 ――ピイイイイイイイッッ!!!


 長い、長い、笛の音が、鳴った。


 試合終了の、笛だった。


『『『ゴオオオオオル!!!』』』


『決まったああああ!!』


『あの世にゴールwwww』


『いや生きてる 息はしてる 完全KOなだけだ』


『比喩としてのあの世行き』


『トドメのキック、フォームが美しすぎた』


『教科書に載せたいインステップだった』


 審判の人型は、倒れた男を見下ろした。


 それから、転がったボールを拾い上げ、胸に抱えて、首を、ゆっくりと横に振った。


 男を指差し、ボールを掲げ、また首を横に振る。


『ん? 何のジェスチャーだ』


『ボールと男を比べてる……?』


『あっ、分かった』


『「ボールは友達。でもお前はボールじゃない。だから友達じゃない」だ』


『名言の引用と拒絶を同時にやるなww』


『ボール、大事そうに抱えてるのがまた』


『友達(ボール)への愛と、外道への拒絶』


 そして、審判の人型は、男の傍らに、しゃがんだ。


 男の鼻から流れた血を、指先で、すっ、と掬う。


 どこからか取り出した、白いカードに、その赤を、丁寧に、塗り広げていった。


 白いカードが――赤い、カードになった。


 審判の人型は、立ち上がり、気絶した男の顔の前に、その手製のレッドカードを、びし、と突きつけた。


『レッドカードwwww』


『手作りww』


『本人の血で作るな』


『でもこれ以上ないほど「相応しい」カードではある』


『退場処分、確定』


『この社会からのレッドカードだ 受け取れ』


『累積じゃなくて一発レッドで良かったんだよ最初から』


『手順を踏むのがあいつの流儀なんだ』


 その後の手際は、いつも通りだった。


 審判の人型は、画面の外から大きな網を持ってきて、男を、ぐるぐる巻きの簀巻きにした。


 証拠品の刃物は、男のポケットのハンカチで丁寧に包んで、網の上に、添えた。


『網、常備してるのかもしれん』


『証拠品の扱いが丁寧w』


『指紋を残す配慮まである』


『現場保全の意識が高い怪異』


ソラ「……あ、あの……」


 壁際で、ずっと固まっていた双子が、ようやく、声を出した。


ソラ「……助かった、んですよね。俺たち」


ハル「コメントによると……審判の格好した、例の白いピクトグラムが……」


『そうだ』


『君らは助かった』


『そしてそこの簀巻きは、連続失踪事件の犯人だ 自白も全部録画に残ってる』


『警察がゲートに向かってる もう安心していい』


 審判の人型は、双子に向き直った。


 そして、二人に向かって――イエローカードでもレッドカードでもなく、両手で、大きな丸を、作ってみせた。


『丸だ』


『「君たちは無事、問題なし」の判定』


『二人にはOK判定が出ました』


『判定が優しい』


ハル「……っ、ありがとう、ございました!!」


ソラ「ありがとうございました!!」


 双子が、深々と、頭を下げた。


 審判の人型は、笛を、ぴっ、と短く一つ吹いて応えると、簀巻きの網を掴み、ずるずると引きずって、ゲートの方向へ歩き出した。


 双子も、その後に続く。


 ファンファーレが、行進曲となって、奇妙な一行を、送り出した。


『試合終了、選手退場(物理)』


『引きずられていく殺人犯、完全に敗戦処理』


『ゲートに警察が待ってるから、今日も置き配だな』


『お届け物:連続失踪事件の犯人(自白録画付き)』


『警察からしたら事件が丸ごと解決して届く宅配便』


 ゲートの光が見え、警察官たちの姿が確認できたところで。


 審判の人型は、網から手を離し、双子の背中を、そっと押した。


 そして自分は、くるり、と踵を返す。


 去り際、カメラに向かって、最後にもう一度、笛を、高らかに吹いた。


 ――ピイイイイッ!!


 ファンファーレと共に、縦縞の背中が、ダンジョンの暗がりへと、消えていった。


『完全試合だった……』


『本日のMVP、文句なしです』


『切り抜きタイトル決めようぜ』


『「レッドカード」一択だろ』


『判定:異議なし』


『しかしあいつ、審判とプレイヤーと処刑人を一人でやってたな』


『ルールブックもあいつの中にしかないしな』


『でもまあ、今日の判定に不服のある奴、この世に一人もいないだろ』


『簀巻きの中に一人いるかもしれんぞ』


『あいつに異議申し立ての権利はない 一発レッドだからな』

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