第32話 珍走団
「……えー、あー。テスト、テスト。……映っとるんか、これ」
画面が、ぐらぐらと揺れた。
浮遊カメラの設定に手間取っているらしい、日焼けした若い男の顔が、アップになったり遠くなったりを繰り返す。
シュウヘイ「……よし、多分映っとる。えー、初めまして。シュウヘイいいます。今日から配信、始めます」
同時視聴者、5人。
シュウヘイ「地元は山しかない田舎でして。近所に小さいダンジョンがあるもんで、ガキの頃から潜っとりました。今日は、その、都会のもんはこういうの見るんやろ思うて……あの、見とる人、おりますか」
『おるで』
『初配信見に来た』
『新人発掘が趣味なんや、わし』
『初配信タグから来ました』
『5人おるな 物好きが揃っとる』
シュウヘイ「5人も! ありがとうございます! 今日はよろしくお願いします!」
探索が始まった。
そして、視聴者5名は、すぐに気づいた。
この男、動きが、おかしい。
通路に現れた中型モンスターを、シュウヘイは、鉈一本で、こともなげに処理した。
三体まとめて、無駄のない動きで。
シュウヘイ「……ほい、と。すんません、地味で。うちの山のダンジョン、こういうのばっかり出るんで、慣れとるんです」
『いや待って』
『今の動き、慣れてるってレベルじゃないぞ』
『中型三体を鉈で……?』
『ド田舎の実力者ってやつか』
『初配信タグ、たまにこういう逸材おるから止められんのよ』
シュウヘイ「コメントありがとうございます。いやいや、うちの爺ちゃんの方がずっと強いですわ。儂なんぞまだまだで」
『爺ちゃん何者だよ』
順調な探索は、七層で、終わった。
シュウヘイの足元の床石が、かこん、と沈み――足元一面に、光の紋様が広がった。
シュウヘイ「……あ。これ、あかんやつや」
光が、弾けた。
次の瞬間、シュウヘイの立っていた場所には、誰もいなかった。
『!?』
『消えた!?』
『転移トラップだ!!』
『どこ飛ばされた!?』
『カメラ! カメラは追尾……ついてった! 映像生きてる!!』
浮遊カメラは、転移の光に巻き込まれる形で、主と共に飛ばされていた。
映像が、回復する。
そこは、広大な、円形の空間だった。
そして、その空間には――びっしりと、モンスターがいた。
床に。壁に。天井に。
大小さまざまな影が、蠢いている。
その数、百は下らない。
シュウヘイ「…………」
シュウヘイは、鉈を構えたまま、ゆっくりと周囲を見渡した。
シュウヘイ「……えー、視聴者さんら。これ、あれですかね。いわゆる、モンスター部屋、いうやつですかね」
『モンスター部屋だ』
『転移トラップの飛ばし先の最悪パターン』
『多い、多すぎる』
『百体はいるぞ』
『まずいまずいまずい 通報……いや、位置が分からん! 転移先の座標なんて誰も知らん!』
『協会に連絡だけ入れた 転移トラップの報告として』
『俺たち5人しか見てないのに、何ができるんだ』
『とにかく声かけ続けるぞ 一人にさせるな』
シュウヘイ「……まあ、なるようになるですわ。爺ちゃんが言うとりました。『囲まれたら、囲みの薄いとこから順に薄うしていけ』と」
シュウヘイは、鉈を握り直した。
モンスターたちが、一斉に、こちらを向いた。
包囲が、縮まり始める。
シュウヘイ「……ほんなら、始めますか」
その、時だった。
遠くから、地響きが、聞こえてきた。
どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ――
複数の、重い足音。
それに混じって。
――「「「「「コケコッコオオオオオオォォォ!!!」」」」」
シュウヘイ「…………は?」
『!?』
『この鳴き声は!!』
『嘘だろ!? こんな場所に!?』
『来た!! 来たぞ!!!』
『5人しか見てない配信に来てくれた!!』
モンスター部屋の入口――百体のモンスターがなだれ込んできたであろう大穴から、それは、突っ込んできた。
巨大なニワトリが、五羽。
編隊を組んで。
先頭の一羽の背には、白い人型。
そして、しんがりには、焦茶色の、丸々としたプロテイン鳥が一羽、太い脚で地を蹴って続いていた。
『総員出撃だああああ!!』
『五羽+一羽のフルメンバー!!』
『プロテイン鳥まで参戦してる!!』
『新入りの初陣だ!!』
『珍走団の御成りだ!!!』
シュウヘイ「……で、でっかい鶏? 鶏の、群れ……? なんや、あれ。なんやあれ!?」
シュウヘイの疑問に、答える者はいなかった。
答える代わりに、宴が、始まった。
一号機が、包囲の一角に頭から突っ込み、機関銃のごとき速度で、ついばみ始めた。
一突きごとに、小型モンスターが一体、消えていく。
二号機と三号機は、左右に展開し、鉤爪の薙ぎ払いで、中型を弾き飛ばしていく。
四号機は、天井に張り付いたモンスターへ跳びかかり、引きずり下ろしては、ついばんだ。
五号機は、逃げ出そうとする獲物を、丁寧に、回収して回った。
そして、焦茶のプロテイン鳥は――丸々とした巨体で、モンスターの群れに、体当たりを、かました。
保齢球の球のように、影が、まとめて吹き飛んでいく。
『ディナー会場と化したモンスター部屋』
『ついばむ速度が今日も音速』
『プロテイン鳥、戦い方が体当たり一辺倒なの草』
『脳筋の飼い主(坊主'z)の影響か?』
『違う、あれが種族の戦法なんだ、多分』
『どっちにしろ筋肉で解決してる』
白い人型は、一号機の背の上から、戦場全体を指揮していた。
右を指せば二号機が右の群れへ。
左を指せば三号機が左へ。
そして、シュウヘイに迫っていた一団を指せば――五羽が、進路を、そちらへ揃えた。
シュウヘイ「う、うわっ!? こっち来た!? 鶏が!?」
シュウヘイに群がっていたモンスターたちが、五方向からの鶏の襲撃に、蹴散らされていく。
気づけば、シュウヘイの周囲だけ、ぽっかりと、安全地帯ができていた。
シュウヘイ「……た、助けて、くれとる……ん、か? この鶏ら……」
『助けてくれとるんや!!』
『その鶏たちは味方だ!!』
『先頭の鶏の背中に、見えない乗り手がいる!! 日本一有名な怪異だ!!』
『説明が追いつかんが、とにかく信じろ!!』
シュウヘイ「見えない、乗り手……? ……いや、視聴者さんら、なんぼなんでも、そんな話……」
その時、シュウヘイの目の前に、一号機が、ずん、と降り立った。
二メートル半の巨体が、シュウヘイを見下ろす。
そして、背中を、低くした。
――乗れ。
と、言わんばかりに。
シュウヘイ「…………乗れ、いうことですか。これ」
『乗れ!!』
『乗るんだ!!』
『はねどりタクシーだ!! 脱出便だぞ!!』
『安全は保証されてる!! 過去に実績多数!!』
シュウヘイ「……えぇい、ままよ!!」
シュウヘイが、羽毛を掴んで、背によじ登った。
その前――首元の定位置には、白い人型が座っている。
シュウヘイには、見えていない。
だが、彼の掴んだ羽毛のすぐ先で、白い人型が、前方を、びし、と指差した。
――コケッ!!
一号機が、駆け出した。
残る四羽と一羽が、最後の獲物を平らげ、あるいは弾き飛ばしながら、後に続く。
モンスター部屋の大穴を抜け、通路を、疾走する。
シュウヘイ「はっ……速っ!! 速い速い速い!! うわ、うわああああ!!」
『時速どれくらい出とるんやこれ』
『カメラの追尾が限界ギリギリ』
『五羽と一羽の編隊走行、圧巻すぎる』
『珍走団(善良)』
通路を駆け、階段を三段飛ばしで登り、時に壁を蹴って角を曲がり。
編隊は、地上への道を、まっすぐに駆け上がっていった。
そして――入口の光が、見えた。
一号機は、ゲートの手前で、緩やかに減速し、止まった。
背中を、低くする。
――到着。降りて。
シュウヘイ「……つ、着いた……? 地上……?」
シュウヘイは、ふらふらと、鶏の背から降りた。
腰が、抜けかけていた。
五羽のニワトリと、一羽のプロテイン鳥は、降りたシュウヘイの前に、ずらりと、整列した。
先頭の一号機の背の上で、白い人型が、サムズアップをした。
シュウヘイには、六羽が並んで自分を見ている、としか分からない。
シュウヘイ「……あ、あの。……助けて、もろたんですよね。儂。あんたらに」
六羽が、こくり、と頷いた(ように見えた)。
シュウヘイ「……なんが、なんやら、さっぱり分からんのですけど。……ありがとう、ございました」
シュウヘイは、深々と、頭を下げた。
顔を上げた時には、六羽は、もう背を向けていた。
――「「「「「コケコッコオオオオォォ!!」」」」」
――クルアアアァ!!
五重奏と、一声の鳴き声を残して。
編隊は、ダンジョンの暗がりへと、駆け去っていった。
シュウヘイは、茫然自失のまま、その背を、いつまでも見送っていた。
シュウヘイ「…………視聴者さんら。……儂、今日、何に助けられたんでしょうか」
『説明すると長くなるんやが』
『まず、日本のダンジョンには白い怪異がおってな』
『そいつが討伐推奨個体の鶏を五羽飼っとって』
『最近、色違いのプロテイン鳥が六羽目に加わったんや』
シュウヘイ「…………すんません。一個も分からんです」
『やろな』
『wikiのURL貼るから、家帰ってゆっくり読み』
『それ読んでも多分分からんけどな』
シュウヘイ「……はあ。……あの、それより視聴者さんら。最初からずっと見ててくれて、通報とかも考えてくれて……ありがとうございました。あんたらがおらんかったら、儂、あの鶏に乗る決心、つかんかったです」
『気にすんな』
『こっちこそ、ええもん見せてもろたわ』
『……あ、そや。一応言うとくけど』
シュウヘイ「はい?」
『あんたの配信、今、アーカイブ化される前から切り抜かれとる』
『「珍走団、新人配信者を救出」ってタイトルでな』
『同時視聴者、5人やったのが、今リアルタイムで8,000人おるで』
シュウヘイ「……は?」
シュウヘイが、画面を確認した。
同時視聴者:8,412人。
数字は、今も増え続けていた。
シュウヘイ「…………爺ちゃん。都会は、ようわからんとこですわ」
『ド田舎も大概やったけどな(中型三体を鉈)』
『それな お前さんの実力も普通にバズる要素やぞ』
『初配信で転移トラップとモンスター部屋と珍走団、全部引く男』
『持っとるわ、こいつ』
『登録者、今3,000超えた』
『最初の視聴者5名、古参ヅラしてええぞ』
『初日から見とるからな 誰よりも古参や』
『5人で見守った夜のことは忘れんわ』




