第29話 取り合い
二十六層。
ゲンの通う二十四層より、さらに下。
その階層の通路を、大剣を担いだ大柄な男が、鼻歌まじりに歩いていた。
ライガ「ふんふん、ふ〜ん……お、いたいた」
通路の先に、大型モンスターが三体。
男――ライガの口の端が、にい、と吊り上がった。
ライガ「今日の一皿目だなぁ!!」
男は、駆け出した。
その頭上を、浮遊カメラ――エアリアルアイが、自動追尾で追いかけていく。
『始まったw』
『今日も飛ばしてるな』
『初見に説明:この人は二十六層にソロで通う戦闘狂です』
『「一皿目」って言った?』
『モンスターを料理扱いするのが通常運転』
『視聴者は少ないが濃いファンがつくタイプの配信』
戦闘は、一方的だった。
大剣が唸り、一体目が両断される。
返す刃で二体目を薙ぎ、三体目は蹴り一発で壁にめり込ませてから、止めの一突き。
三十秒。
ライガ「ごちそうさん! ……ってほどでもねえな。前菜前菜」
『はっや』
『二十六層の大型が前菜』
『ゲンさんと同格って言われるのも分かる』
『ゲンさんが静の達人なら、こっちは動の狂人』
ライガ「あー、そうだ。一応言っとくけどな、この配信、俺の意思じゃねえからな。妹が『兄ちゃん一人で潜るなら配信つけて! 何かあった時に分かるように!』って、無理やりこのカメラ持たされてんだよ」
『知ってるw』
『毎回言うのな、それ』
『妹ちゃんに感謝しかない』
『妹がいなかったら俺たちこの配信見れてないからな』
ライガ「別に見せもんじゃねえんだよ、俺の狩りは。……まあ、カメラ壊すと妹が泣くから、つけてるけどよ」
『妹に弱いのバレバレなんよ』
『二十六層の狂人、妹の涙には勝てない』
『ギャップで人気出てるの、本人だけ知らない』
その時だった。
通路の先から、別の大型モンスターの咆哮が聞こえた。
続いて――聞き覚えのある、機械の稼働音。
ライガ「……あ?」
『!!』
『この音は!!』
『チェンソー!!』
『いる!! この階層にいる!!』
ライガが角を曲がると、そこは開けた広間だった。
大型モンスターが、五体。
そして、その中央で、一体を今まさに両断し終えた、白い人型がいた。
『いたああああ!!』
『まさかの遭遇!!』
『戦闘狂と白いやつ、初接触だ!!』
ライガは、足を止めた。
目の前で、大型モンスターが、見えない何かに斬り伏せられていく。
二体目が、倒れた。
ライガ「……おい。おいおいおい。待て待て待て」
ライガの声が、低くなった。
ライガ「……俺の獲物が、勝手に減ってんぞ」
『あ』
『まずい』
『この人、獲物へのこだわり凄いんだよな』
『白いやつ、狩場かぶってるぞ』
ライガは、コメント欄を、ちらりと見た。
ライガ「……あん? 『白いピクトグラムがいる』? ……ああ、妹が言ってたやつか。配信に出る、見えねえ何かだろ。妹のスマホの待ち受けになってるぞ、そいつ」
『妹ちゃんファンなのかよw』
『待ち受けww』
『非公式グッズも持ってそう』
ライガ「妹の推しだろうが何だろうが、関係ねえなぁ!!」
ライガは、大剣を担ぎ直し、吠えた。
ライガ「おい、白いの!! 聞こえてんだろ!! ここは俺の狩場だ!! その皿の上の残り三体……俺の獲物を、取るんじゃねえ!!!」
白い人型の動きが、ぴたり、と止まった。
ゆっくりと、ライガの方を向く。
そして、残る三体のモンスターを指差し、次に自分の胸を、とん、と叩いた。
最後に、ライガへ向かって、腕で大きく×印。
『言い返してるwwww』
『「先に見つけたのはこっちだ」って言ってるぞあれ』
『お前こそ取るな、の×印だ』
『譲る気ゼロ』
『まさかの縄張り争い勃発』
ライガ「……はっ。ははっ。生意気言うじゃねえか、見えねえくせによぉ!! なら、こうしようぜ!!」
ライガは、大剣の切っ先で、残る三体を指した。
ライガ「早い者勝ちだ!!! 多く喰った方が勝ち!!!」
白い人型が、チェンソーを構え直した。
構えたまま、顎をくい、と上げる。
『受けて立つ構えだ』
『「望むところ」って顔してる』
『顔はないけどな』
『開戦です』
三体のモンスターにとって、そこからの数十秒は、理不尽の極みだった。
ライガが一体目に斬りかかれば、横から白い人型が同じ獲物に刃を入れる。
ライガ「あーーー!! てめえ!! それ俺が先に斬りかかってただろうが!!」
白い人型が二体目を追い詰めれば、ライガが割り込んで蹴り飛ばし、自分の間合いに引きずり込む。
白い人型が、その場で、だんだん、と地団駄を踏んだ。
両手を振り上げ、ライガを指差し、蹴り飛ばされたモンスターを指差し、また地団駄。
『取り合いwwww』
『モンスターの奪い合いすなww』
『地団駄踏んでるww あいつが地団駄踏むの初めて見た』
『「今のは僕のだった」って全身で言ってる』
『料理の取り合いする兄弟かよ』
『モンスター側、どっちに殺されるかの取り合いをされてる地獄』
最後の一体を、二人は同時に仕留めた。
右半身にライガの大剣、左半身に白い人型のチェンソー。
綺麗に、同時だった。
ライガ「……俺のだ」
白い人型が、首を横に振り、自分の胸を、とん、と叩いた。
ライガ「俺の方が深く入ってた!!」
白い人型は、倒れたモンスターの断面にしゃがみ込み、自分の刃が入った側を指でなぞってみせた。
それから立ち上がり、手刀を素早く振って、自分の入射の速さを再現する。
『検証が始まったw』
『「速度はこっちが上だった」って実演してる』
『不毛な争いww』
『判定不能です』
『引き分けでいいだろ』
『現在のスコア:ライガ2、白いやつ2、係争中1』
ライガ「……ちっ。まあいい、引き分けだ引き分け! 次で決める!! この階層、まだ奥があんだろ!!」
二人(一人と一体)は、競うように奥へ進んだ。
歩く速度が、互いに、少しずつ上がっていく。
抜きつ抜かれつ。
最後にはほぼ駆け足になっていた。
『歩くのまで競うなw』
『先に獲物を見つけたいだけの早歩き』
『小学生か』
『二十六層で繰り広げられる小学生の争い』
そして――最奥の大空洞で、二人は、同時に足を止めた。
空洞の中央に、それは、いた。
体長十メートルの、三つ首の獣。
左右の首が周囲を警戒し、中央の首が、侵入者二つを、静かに見下ろした。
三対の目が――白い人型を、正確に捉えていた。
『……でかい』
『三つ首って、報告例あるか?』
『ない 二十六層の未確認個体だ』
『目線……白いやつを見てるぞ』
『看破持ちだ また視えるやつが出た』
『骸骨、リッチに続いて三体目』
『強敵の証だ』
三つ首が、三重の咆哮を上げた。
空洞の空気が、びりびりと震える。
並の探索者なら、それだけで膝をつく重圧。
だが。
ライガ「…………ひゅう」
ライガは、口笛を吹いた。
その顔に浮かんでいたのは、恐怖ではなく――今日一番の、笑みだった。
ライガ「……こいつは。こいつはよぉ!! 今日一番の、メインディッシュじゃねえか!!!」
隣の白い人型も、チェンソーの回転数を、最大まで上げていた。
稼働音が、咆哮に応えるように、高く鳴る。
『二人ともやる気w』
『恐怖という概念がない』
『普通は逃げる場面なんだよなあ』
『メインディッシュを前にした顔だ、どっちも』
ライガ「おい、白いの。言っとくがな……連携なんざ、期待すんじゃねえぞ」
白い人型が、こくり、と頷いた。
そして、三つ首を指差し、両手を三本の指の形にして――そのうち一本ずつを、自分とライガに、割り振ってみせた。
残った一本の指を、宙で、くい、と揺らす。
『配分の提案してるw』
『「一つずつ、余りは早い者勝ち」ってことか』
『連携じゃなくて競争のルール決めだ』
『どこまでも取り合いなんよ』
ライガ「……はっ!! 話が早えぇ!!! 首は三つ!! 二人で割るにゃ、一つ余る!!! 余りは早い者勝ちだあああ!!!」
二人が、同時に、駆けた。
ライガは右の首へ。
白い人型は左の首へ。
三つ首の巨獣は、初めて、二正面の対応を強いられた。
右の首が吐いた炎の息を、ライガは真正面から掻い潜り、顎の下へ大剣を叩き込む。
左の首が振るった牙を、白い人型はチェンソーで受け流し、首筋に回転刃を食い込ませる。
中央の首が、どちらを狙うか、迷った。
その迷いが、命取りだった。
ライガ「余りの首はぁぁ!!」
右の首を斬り飛ばしたライガが、跳んだ。
左の首を落とした白い人型も、跳んだ。
中央の首を挟んで、左右から。
ライガ「俺のだあああ!!!」
大剣と、チェンソーが。
中央の首の、右側と左側に、同時に、叩き込まれた。
巨獣の最後の首が、綺麗に両断され――巨体が、大地を揺らして、沈んだ。
静寂。
そして。
ライガ「…………おい」
ライガが、肩で息をしながら、言った。
ライガ「……中央の首。今の、俺の方が早かったよなぁ?」
白い人型が、激しく首を横に振った。
断面の自分の側を指差し、それからライガに向かって、腕で×印。
ライガ「あぁ!? 寝言は寝て言え!! 俺の刃の方が深く……」
『まだやってるwwww』
『討伐直後に判定争いすな』
『白いやつも一歩も引かないw』
『最終スコア:ライガ1.5、白いやつ1.5です』
『首0.5ずつってなんだよw』
『中央の首は共有財産ということで』
ライガは、コメント欄を見て、舌打ちした。
ライガ「……ちっ。引き分けかよ。……つまんねえ、決着つかねえのが一番つまんねえ」
だが、その口元は、笑っていた。
ライガ「……なあ、白いの。てめえ、いつもこの辺うろついてんのか」
白い人型は、首を傾げてから、曖昧に、手をひらひらさせた。
『「気が向いたら」だってさ』
『気分屋なのは知ってた』
『縄張りは決まってないらしい』
ライガ「そうかよ。……なら、また会うこともあんだろ。次こそ白黒つけるぞ。覚えとけ」
白い人型は、腰に手を当て、胸を反らした。
それから、拳を、すっと突き出した。
ライガは、一瞬固まってから、鼻を鳴らして、その見えない拳の位置に、自分の拳を、ごつん、と合わせた。
『グータッチw』
『喧嘩するほど仲がいいってやつ』
『ライバル関係が成立した瞬間である』
『wikiの交友関係欄:好敵手(New!)』
『増える一方だなその欄』
白い人型が、チェンソーを担いで、空洞の出口へ歩いていく。
去り際、振り返って、指を三本、立てた。
それから、その三本指ごと、自分の胸に、とん、と当てた。
ライガ「……あん? コメント、今の何だって?」
『「次は三つとも僕が獲る」だそうです』
ライガ「はっ!! 言ってろ!!!」
白い姿が、消えた。
ライガは、大の字に寝転がって、天井を見上げた。
ライガ「……あー、くそ。……面白かったなぁ、今日」
『いい顔してる』
『満足そうで何より』
『今日の配信、過去最高に生き生きしてたぞ』
ライガ「……ん、コメントか。……あー、そうだ。妹の奴、これ見てんだろうな……」
ライガは、気まずそうに、頭を掻いた。
ライガ「……おい、妹よ。兄ちゃんは無事だ。危ないこともしてねえ。……いや、してたけど、その、あれだ。お前の推しと、仲良くなったぞ。だから怒んなよ」
『妹への言い訳が始まったw』
『「仲良くなった」でごまかすな』
『獲物の取り合いと殺し合いレベルの狩りをしてました』
『チクるなお前らw』
配信のコメント欄に、一件、明らかに毛色の違う書き込みが流れた。
『お兄ちゃん、あとで電話』
ライガ「」
『本人きたwwwww』
『妹ちゃん見てたww』
『「あとで電話」の圧よ』
『二十六層の狂人、絶体絶命』
『三つ首より怖い敵が最後に出てきたな』
ライガ「……今日の配信、ここまで!! じゃあな!!!」
『逃げたw』
『配信切っても電話からは逃げられないぞ』




