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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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第26話 オウム返し

「よお、クソども。『無法者ダテ』の配信始めるぜ」


 入場ゲートを、態度の悪い男がくぐった。


 登録者八万。


 その数字のほとんどは、悪評で集まったものだった。


ダテ「今日の企画はな、『ダンジョンで通行料を徴収してみた』だ。ここの通路、狭いとこ多いだろ? 先に陣取って、通りたきゃ金置いてけって寸法よ。天才だろ?」


『またろくでもない企画を』


『やめとけって』


『こいつ先週も採取ポイント荒らして炎上したろ』


『通報案件では』


『こういうのが視聴者いるのが一番腹立つんだよな』


『炎上目当てで見に来てるアンチも数字にカウントされてるから』


ダテ「うるせえコメントは無視だ無視。ほら、いいポイント見つけたぜ」


 二層の、狭い一本道。


 ダテはその中央に、どっかりと座り込んだ。


ダテ「ここなら誰も避けて通れねえ。カモが来るのを待つとするか」


 十分後。


 若い二人組の探索者が、通路の先から歩いてきた。


ダテ「よーし来た来た。……おい、そこのお前ら! ここは俺の道だ! 通りたきゃ一人五千……」


 言い終わる前に、ダテの座っていた地面が――ずるん、と滑った。


ダテ「うおっ!?」


 まるで氷の上のように、ダテの身体が通路の脇へ、つつつ、と滑っていく。


 道の真ん中から、綺麗に、どけられた。


 二人組は、怪訝な顔をしながらも、空いた道を通り過ぎていった。


「……なんか言いかけてなかった? 今の人」


「関わらない方がいいって。座って滑ってる人だぞ」


ダテ「は? は!? おい待て!! 金!! ……くそ、なんだ今の!? 地面が滑った!?」


『wwwwww』


『滑ったwww』


『来てるじゃねえか!!』


『画面の端!! いるぞ!!』


『スリップ注意のピクトグラムだ!!』


『懐かしの図柄ww チャラ男の回のやつ』


 通路の脇。


 黄色の菱形の中で人が転ぶ図柄――スリップ注意のピクトグラムが、腰に手を当てて立っていた。


『成敗が始まる』


『今日は正義の執行回だ』


『ダテ、逃げるなら今のうちだぞ』


『いや、逃がさないだろ、あいつは』


 ダテは何も知らず、立ち上がって尻を払った。


ダテ「ちっ……場所が悪かったか。次だ次」


 三層。採取エリア。


 初心者らしき配信者が、一人で薬草を摘んでいた。


ダテ「お、いたいた。おい、そこのお前! ここは俺が先に目をつけてた場所だ! 摘んだ分、全部置いて……」


 ダテの足元の薬草の茂みから、突如、大量の土が、ぶわっと巻き上がった。


 ダテの顔面に、命中。


ダテ「ぶっ!? ぺっ、ぺっ!! 土!! 口に土が!!」


 初心者は、悲鳴を上げて走り去っていった。


 土まみれのダテだけが、残された。


『土食ったwwww』


『初心者は無事に逃げました』


『白いやつ、茂みの陰で土を投げる構えのまま静止してる』


『投げたの隠す気ゼロで草』


『いや、ダテには見えてないから隠す必要もないんだけどな』


ダテ「ぺっ……くそが!! なんなんだ今日は!! ツイてねえ!!」


 ダテは知らない。


 ツキの問題ではないことを。


 四層への階段。


 ダテは、下から登ってくる中年の探索者を見つけ、にやりと笑った。


ダテ「階段の上から驚かすやつ、やるか。バズるんだよなあ、他人のビビり顔は」


 ダテが、階段の上の物陰に隠れ、探索者が近づくのを待つ。


 そして、飛び出そうとした、その瞬間。


 ――ダテの真後ろで、ぱんっ!! と破裂音が鳴った。


ダテ「ひぎゃあああああ!!!」


 ダテは文字通り飛び上がり、階段を三段踏み外し、尻から落ちた。


 中年の探索者は、階段の途中で悲鳴の主を見上げ、首を傾げて、通り過ぎていった。


「……大丈夫かい、あんた」


ダテ「だ、大丈夫じゃ……いや、大丈夫です……」


『ぱんっwwww』


『驚かす前に驚かされてやんのww』


『白いやつ、膨らませた袋を割った音だあれ』


『どこから袋持ってきたんだよ』


『オウム返しが始まってる』


『気づいてるか? 全部ダテがやろうとしたことをやり返されてるんだぞ』


『通せんぼ→どかされる』


『カツアゲ→顔面に土を支払われる』


『驚かし→驚かされる』


『完璧な鏡だ』


 ダテは、尻をさすりながら立ち上がった。


 その顔から、余裕が消え始めていた。


ダテ「……おかしい。今日、絶対おかしいぞ。……ん? コメント欄、なんか盛り上がってんな。……『白いピクトグラムがいる』?」


 ダテの動きが、止まった。


ダテ「……あー、はいはい。例の有名なやつな。俺の配信に来てくれたわけ? 人気者じゃん、俺」


『喜ぶところじゃないんだよなあ』


『そいつ、お前を成敗しに来てるんだぞ』


『今までの全部そいつの仕業です』


ダテ「はっ、成敗? 笑わせんな。俺は炎上で飯食ってんだ。むしろ美味しいわ。『迷惑系VS怪異』、再生数取れるだろ」


 ダテは、カメラに向かって、中指を立てた。


ダテ「おら、白いの! 見てんだろ! やれるもんならやってみろや! 俺は懲りねえぞ!!」


『言っちゃった』


『宣戦布告しちゃった』


『あーあ』


『白いやつ、ダテの真横で腕組んで聞いてた』


『今、ゆっくり頷いたぞ』


『「言ったな?」の頷きだ』


 そこからは、地獄だった。


 ダテが歩けば、足元の小石が絶妙な位置に転がり、三歩ごとにつまずいた。


 水を飲もうとすれば、水筒が手の中でくるりと回り、中身が全部顔にかかった。


 座って休もうとすれば、座る直前に地面が滑り、必ず尻もちをついた。


 カメラに向かって喋れば、その真後ろで、白い人型がダテの口の動きを大袈裟に真似て、視聴者の笑いだけを稼いだ。


ダテ「――だからな、俺は悪くねえんだよ、世の中が……おい!! なんでコメント笑ってんだ!!」


『後ろ後ろwww』


『口パクの完コピ』


『「俺は悪くねえんだよ」のところの顔真似が秀逸』


『顔はないんだけどな』


『ないのに伝わってくるのが芸』


『馬鹿にする素振りがキレッキレなんよ』


 二時間後。


 ダテは、ぼろぼろだった。


 服は土まみれ、髪は水浸し、尻もちの回数は二桁を超えた。


ダテ「はぁ……はぁ……ふざけやがって……もういい、今日は帰る!! 帰って作戦練り直しだ!!」


 ダテが、出口へ向かって歩き出した。


 その道が――塞がれた。


 通路の分岐で、ダテが選ぼうとした道の前に、小石が、ささっと一列に並べられたのだ。


 通せんぼ、だった。


ダテ「……は? なんだよ、石。どけて通れば……うおっ!?」


 石をまたごうとした足が、滑る。


 ダテは、反対側の道へ、つつつ、と滑らされた。


ダテ「ちょ、待て!! そっちは帰り道じゃ……!!」


『通せんぼされてるw』


『「通りたきゃ金置いてけ」って言ってた男の末路』


『どこに誘導する気だ?』


『……おい、その先って』


『五層方面じゃないか?』


『ダテの実力じゃ五層はきついだろ』


『まさか』


 滑らされ、追い立てられ、道を塞がれ。


 ダテは、じりじりと、ダンジョンの奥へ、奥へと誘導されていった。


ダテ「や、やめろ!! こっちは無理だって!! 俺、三層までしか潜ったことねえんだよ!!」


 そして、五層の、開けた空間。


 ダテの目の前に――体高三メートルの、大型モンスターが、いた。


 熊に似た巨躯。長い爪。


 ダテを見下ろす、赤い目。


ダテ「――――ひっ」


『大型の前に連れてこられた』


『おいおいおい、これは流石にやりすぎじゃ』


『いや、待て 白いやつ、ダテと熊の間に立ってる』


『いつでも割って入れる位置だ』


『……ギリギリを見せる気か』


 熊型が、咆哮した。


 ダテの腰が、抜けた。


ダテ「あ……あ、あ……」


 尻もちをついたまま、後ずさる。


 熊型が、一歩、近づく。


 その巨体の前で、ダテは、生まれて初めて、本物の死を見た。


ダテ「た、助け……誰か……誰かあああ!!! 助けてくれえええ!!!」


『ダテ……』


『これは、流石に』


『白いやつ、まだ動かない』


『何を待ってる?』


 熊型の爪が、振り上げられた。


 ダテは、目を、固くつぶった。


ダテ「ごめんなさい!!!!」


 叫んでいた。


ダテ「ごめんなさいごめんなさい!! 俺が悪かった!! 全部悪かった!! 通せんぼも、カツアゲも、驚かしも、全部!! された側は、こんなに怖かったんだな!! 道塞がれて、追い詰められて、逃げられなくて……こんなに、怖かったんだな!!! もうしません!! 二度としませんから!! だから、誰か……!!」


 振り下ろされた爪は――届かなかった。


 鈍い音。


 ダテの目の前で、熊型の巨体が、真横に吹き飛んでいた。


 見えない何かの、強烈な一撃によって。


 熊型は、壁に叩きつけられ、二、三度頭を振ると、怯えたように、通路の奥へ逃げ去っていった。


 静寂。


 ダテは、腰を抜かしたまま、荒い呼吸を繰り返していた。


『助けた』


『ちゃんと、最後は助けた』


『反省の言葉が出た瞬間に動いたな』


『「された側の怖さ」を言えたのが合格ラインだったんだ』


『成敗、完了』


 ダテの目の前に、白い人型が、しゃがみ込んだ。


 もちろん、ダテには見えない。


 だが、震えるダテの肩に、ぽん、と手が置かれた。


ダテ「……ひっ……な、なに……」


『ダテ、それは白いやつの手だ』


『お前を助けたのも、今日一日お前を懲らしめたのも、全部そいつだ』


『肩に手を置いてるのは、多分「分かればよろしい」ってことだ』


 ダテは、コメントを読み、それから、何もない空間を、見た。


 長い、沈黙。


ダテ「……あんたが、やったのか。全部。……俺を、滑らせて、土食わせて、驚かせて、追い込んで……最後に、助けたのか」


 肩の手が、ぽん、ぽん、と二度、叩いた。


ダテ「…………ははっ。……徹底してんな。俺がやってきたこと、そっくりそのまま、返しやがった。……効いたよ。めちゃくちゃ、効いた」


 ダテは、地面に手をついて、深く、頭を下げた。


ダテ「……悪かった。今まで迷惑かけた奴ら、全員に……悪かった。配信で、ちゃんと謝る。企画も、全部やめる。……だから、その、あんたも……助けてくれて、ありがとうございました」


『……』


『土下座した』


『あの無法者ダテが』


『信じられんもん見てる』


『白いやつ、立ち上がって満足げに頷いてる』


 白い人型は、ダテの前に、すっと手を差し出した。


 ダテには見えない。


 だが、コメントに導かれ、ダテはおそるおそる手を伸ばし――見えない手に引かれて、立ち上がった。


 そして白い人型は、出口の方向を指差し、歩き出した。


 今度は、通せんぼではなく、先導だった。


 罠を避け、モンスターを避け、最短の安全なルートで、ダテを入口まで送り届ける。


『帰りはガイドしてくれるのかよ』


『飴と鞭の使い分けよ』


『鞭が九割だったけどな』


『妥当な配分です』


 ゲートの光が見えたところで、白い人型は足を止めた。


 ダテに向かって、人差し指を、びしっと突きつける。


 それから、腕で大きく×印。


 ――二度と、するなよ。


ダテ「……ああ。しねえよ。約束する」


 白い人型は、頷いた。


 そして最後に、ダテの歩き方――肩をいからせた、あの態度の悪い歩き方を、大袈裟に真似てみせてから、くるりと背を向け、通路の暗がりへ消えていった。


『最後まで馬鹿にしていったwww』


『モノマネはサービスです』


『反省したのに最後にからかうの、あいつらしいわ』


『これで許した、ってことなんだろうな』


 ダテは、しばらくゲートの前に立ち尽くしてから、カメラに向き直った。


ダテ「……えー。本日の配信、まとめます。企画『通行料徴収』は、中止。理由は……俺が、通行料を全額、身体で払わされたからです」


『上手いこと言うな』


『反省してるなら良し』


『次の配信、謝罪配信な』


ダテ「やるよ。逃げも隠れもしねえ。……あと、最後に一つだけ言わせてくれ」


 ダテは、ダンジョンの奥を、振り返った。


ダテ「……あの白いの、敵に回すな。マジで。あいつは……懲りるまで、絶対に、止めてくれねえぞ」


『説得力が違う』


『被害者(自業自得)の生の声』


『切り抜きタイトル「君が懲りるまで」で確定です』


『教育的指導、完了』

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