第25話 お忍び
「うぇーい! どうも~、リュウとショウのガチ攻略ちゃんねるでーす!」
「ガチでーす!」
「そして今日はスペシャルゲスト! 俺の姉ちゃんでーす!!」
カメラの前に、金髪を巻いた派手な女性が、ピースを決めて割り込んできた。
マイ「はいは~い! リュウの姉のマイでーす! 弟がお世話になってま~す! てか、ダンジョンって初めて来たんだけど、映えなくない? 岩ばっかじゃん」
『チャラ男回だ』
『姉までいるのかよ』
『姉弟揃ってこれかw』
『騒々しさが1.5倍になってる』
『映え基準でダンジョンを評価するな』
リュウ「姉ちゃん、今日はマジで頼むぜ? 俺ら、例の白いやつに嫌がらせされた実績あるから」
マイ「あ~、聞いた聞いた。あんたらが転ばされたってやつ? ウケる~」
ショウ「ウケることじゃねーんだよなあ。リュックの中身ぶちまけられたんだぞ」
『因果応報だっただろあれは』
『非常口発言、忘れてないからな』
『今日は煽るなよ、絶対煽るなよ』
三人がゲートをくぐる。
その少し後――通路の物陰から物陰へ、すっ、すっ、と移動する影があった。
白い人型。
ただし、いつもの姿ではない。
頭には頭巾。
口元は覆面。
背には小刀。
忍者の、ピクトグラムだった。
壁に張り付き、岩陰に潜み、気配を消して、三人を尾行している。
『wwwwww』
『忍者wwww』
『新衣装きたww』
『お忍びモードだ』
『「今日はバレずに観察するぞ」という強い意志を感じる』
『壁への張り付き方が本格的で草』
『でもカメラには全部映ってるんだよなあ』
『そこはどうにもならんのよ』
忍者の人型は、岩陰から顔半分を出して、三人を監視していた。
完璧な、隠密行動――カメラ以外には。
『これ、あれだろ』
『前の検証チャンネルの時みたいに「黙ってろ」ってことだろ』
『よし、今回も協力するぞ』
『言うな触れるな騒ぐな』
『把握』
『りょ』
マイ「ね~、そういえばさあ。その白いやつって、今日もいたりすんの?」
リュウ「どうかな。コメント欄、今日どう? いる?」
『いないよ』
『今日は来てないな~』
『残念でした』
『平和な配信です』
『(岩陰から覗いてるけど)』
『おいw』
『括弧で言うな括弧で』
リュウ「『いない』ってさ。ま、そういう日もあるよな」
マイ「なーんだ。あたし、ちょっと見てみたかったのに~」
その時、新しい視聴者が入ってきた。
『初見です! あっ!! 忍者の格好したピクトグラムが岩陰にいますよ!!! 映ってます!!!』
『』
『』
『あ』
『初見ニキいいいいい!!!』
『言っちゃったよ!!』
『空気!! 空気を読んで!!』
『過去ログ!! 読んで!!』
リュウ「……ん? 『忍者の格好したピクトグラムが岩陰に』?」
ショウ「は? いんの!?」
マイ「え、どこどこ!?」
三人が、一斉に振り返った。
岩陰の忍者は――固まっていた。
顔半分を出した姿勢のまま、微動だにしない。
石になれば見えない、とでも言うように。
『固まってるwwww』
『「動かなければバレない」の構え』
『いや最初から見えてないんだけどな』
『バレたのはコメント欄経由なんよ』
『初見ニキ、罪深い』
『すまん、俺たちの連携ミスだ』
『事前に「初見に周知する係」を決めておくべきだった』
『反省会は後だ』
忍者の人型は、ゆっくりと岩陰から出てきた。
そして、カメラに向かって、両手を広げ、首を横に振り、それから額に手を当てた。
――やれやれ。
全身から、深いため息が聞こえてきそうな仕草だった。
『やれやれポーズいただきましたww』
『視聴者の連携ミスに呆れる忍者』
『すみませんでしたww』
『お忍び、開始十五分で終了』
『過去最短のお忍び記録』
リュウ「マジでいるのかよ! どこ!? え、忍者なの!? 今日忍者なの!?」
『いる』
『君らの右前方』
『頭巾に覆面に背中に小刀のフル装備です』
『今、額に手を当てて呆れてる』
マイ「え~、忍者ぁ? なにそれウケる! てか隠れてたってこと? 隠れる意味なくない? どうせあたしらに見えないんっしょ?」
『あ』
『おい』
『姉ちゃんそれ以上は』
マイ「てゆーかさ、忍者って地味じゃない? どうせなら映えるカッコしてよ~。ほら、王子様とか? あ、でもピクトグラムって棒人間だもんね。何着ても一緒か! あははは!!」
『言った』
『言っちゃった』
『「何着ても一緒」は言っちゃいけないやつ』
『あいつ、衣装に誇り持ってるんだぞ多分』
『非常口発言の再来だ』
『リュウ、ショウ、姉を止めろ』
リュウ「姉ちゃん!! やめろって!! それ系の発言、マジでやばいんだって!!」
ショウ「俺らそれで転ばされたんだから!!」
マイ「え~? だって見えないし~。見えない相手に何言っても……きゃっ!?」
マイの巻き髪が、ふわり、と持ち上がった。
誰も触っていないのに、毛先が、ちょいちょい、と引っ張られる。
マイ「ちょ、髪!! 髪触られてる!! え、なに!? なに!?」
『スイッチ入りましたww』
『髪いじりから開始』
『忍者、音もなく背後に回ってた』
『さすが忍者、接近が見えなかった』
『いや全部映ってたけどな』
そこから始まったのは、忍者の本領発揮だった。
マイが歩けば、目の前に小石が、とん、と積まれる。
避ければ、また積まれる。
マイ「なんか道に石積まれるんだけど!? 通せんぼ!?」
ショウが水筒を飲もうとすれば、蓋が、固く、固く、閉められている。
ショウ「開かねえ!! 俺の水筒が開かねえ!!」
リュウがキメ顔でカメラに語り出せば、背後で忍者が、リュウの動きを大袈裟に真似て、視聴者の笑いだけを掻っ攫っていく。
リュウ「――ってわけで俺の攻略理論はさ……おい、コメ欄なんで俺の真面目な話で笑ってんだよ!!」
『後ろ後ろwww』
『影武者(劣化なし)がいるんよ』
『リュウの決めポーズ、完コピされてる』
『本家より様になってるのが酷い』
マイ「ちょっと~!! あんたの仕業なんでしょ!? 忍者!! 出てきなさいよ!!」
マイが叫ぶと、忍者は、マイの真後ろで、両手で狐の形を作り、印を結ぶ仕草をした。
直後、マイのリュックのファスナーが、するすると開き――中から、こっそり持ち込んでいたお菓子の袋が、ひょい、と抜き取られた。
お菓子は、宙を漂い、マイの目の前で、ゆらゆらと揺れる。
マイ「あーーー!! あたしのグミ!! 返して!! それ限定味なんだから!!」
マイが掴みかかる。
グミは、ひょい、と上に逃げる。
跳ぶ。
逃げる。
跳ぶ。
逃げる。
『グミで釣られるギャルwww』
『完全に猫じゃらし』
『忍者、楽しそうだなおい』
『マイちゃんのジャンプ力が地味に上がってきてる』
『トレーニングか?』
ひとしきりマイを跳ばせた後、グミは、ぽん、とマイの頭の上に置かれた。
マイ「……あ、頭の上にあった。……はっ!? 最初から頭に置けたってこと!? 遊ばれた!? あたし遊ばれたの!?」
『遊ばれてました』
『十二回跳んでました』
『いい運動になったな』
ぷりぷりと怒るマイ。
だが、その先の通路で、小型モンスターが三体、姿を現した。
マイ「……え、ちょっと待って、なにあれ、モンスター!? 初めて見た!! こわ!! こわいこわいこわい!!」
リュウ「姉ちゃん下がってろ! 俺らが……」
リュウとショウが武器を構えるより、早かった。
忍者が、地を滑るように駆けた。
一体目の背後に、音もなく回り込み、首筋に手刀。
二体目には、小石を指で弾いて眉間に当て、怯んだ隙に足払い。
三体目が振り返った時には、もう懐にいて、投げ飛ばした。
三秒。
三体が、地に伏していた。
『はっや』
『忍者ムーブが完璧すぎる』
『手刀と足払いと投げ 全部音がしなかった』
『遊んでる時とのギャップよ』
『守る時はガチなんだよな、いつも』
マイ「……え。モンスター、勝手に倒れたんだけど。……あんたが、やったの?」
マイは、何もない空間に向かって、おそるおそる聞いた。
『やったよ』
『君らを守ったんだよ』
『さっきまでグミで遊んでた奴と同一人物です』
マイ「…………ふーん」
マイは、しばらく黙って、それから、ぼそっと言った。
マイ「……ちょっとだけ、カッコいいじゃん。……ちょっとだけね!! 髪引っ張ったのは許してないから!!」
『ツンデレw』
『素直じゃないな~』
『忍者、腕組んでうんうん頷いてる』
『「素直でよろしい」みたいな態度やめろw』
その後の探索は、賑やかに進んだ。
忍者は、三人の少し前を歩き、罠のある床を小石で示し、行き止まりの道では×印を作り、良い採取ポイントでは手裏剣を投げる仕草で方向を教えた。
リュウ「……なあ、これさ。めちゃくちゃ探索が捗ってないか?」
ショウ「今日、俺ら一回も転んでないし、迷ってもいない」
マイ「ガイドさんじゃん、もう」
『有能ガイドと化した忍者』
『最初の嫌がらせは何だったのか』
『あれは挨拶だぞ』
『挨拶で髪引っ張るな』
帰り道。
ゲートが見えたところで、忍者は足を止めた。
三人に向かって、印を結ぶ仕草を、一つ。
それから、両手を広げ――ぼん、と煙が出る演出のつもりなのか、その場でくるりと回って、通路の物陰に、すっ、と消えた。
『忍術で消えた風の退場ww』
『煙は出てないけどな』
『雰囲気だけドロンした』
『芸達者すぎる』
マイ「……行っちゃった?」
『行った』
『最後、忍者っぽく消えていった(自称)』
マイ「……ふーん。……ね、リュウ。あたし、また来ていい? ここ」
リュウ「は? 姉ちゃん、ダンジョン怖いんじゃなかったのかよ」
マイ「怖いけど! なんか、悔しいじゃん! グミで十二回も跳ばされたの、リベンジしないと気が済まない!!」
ショウ「リベンジの方向性が分かんねえよ」
『リピーター獲得w』
『あいつ、ファン増やす天才だな』
『次回、ギャルの逆襲(できるとは言ってない)』
『無理だろ、相手は忍者だぞ』
『しかも本人には見えないんだぞ』
『勝ち筋ゼロで草』
マイ「あと! 次までに、あいつのグッズ買っとくから! ぬいぐるみあるんでしょ!? カバンにつけて見せつけてやる!!」
『それはもう好きになってるのでは?』
『ツンデレの敗北が確定しました』
『非公式ぬいぐるみ、また売り切れるぞ』




