第24話 黄金カナブン
「はい、どうも! 『インセクトハンターマモル』の時間です!!」
緑に覆われた通路を、捕虫網を担いだ男が歩いていた。
南方の森林型ダンジョン、五層。
マモル「本日の獲物は、ずばり! 幻の黄金カナブン!!」
『来た、恒例企画』
『黄金カナブン捜索、今回で七回目』
『六連敗中の男』
『このダンジョン、虫系レアの宝庫なんだよな』
マモル「解説しますとね、このダンジョンの深めの層には、金属光沢の虫たちが生息してるんです。通称・黄金シリーズ。黄金蝶、黄金バッタ、黄金ゼミ……そして頂点が、黄金カナブン! 捕獲例、過去に二件だけ! 標本価格、家が建ちます!!」
『家が建つカナブン』
『虫で家を建てようとする男』
『でも六回連続で影も見てないんだよな』
『今日こそ頼むぞ』
マモルの装備は、捕虫網と、虫かごと、最低限の剣が一本。
だが、その足取りと索敵は、明らかに手練れのそれだった。
マモル「五層のこのエリア、蔓性のモンスターが天井にいるので、頭上警戒しつつ……お、早速いました。黄金蝶です」
前方の花の周りを、金色にきらめく蝶が舞っていた。
マモルが、忍び足で近づく。
網を、構える。
振った。
蝶は、ひらりと網を躱し、悠々と天井の彼方へ消えていった。
マモル「…………逃げられました」
『wwww』
『いつもの』
『黄金シリーズ、動きが良すぎるんだよな』
『普通の虫網で獲れる相手じゃない』
その時。
画面の端に、白い人型が、ひょっこりと現れた。
『あ』
『来たw』
『今日は虫取りに合流か』
『平和な回に来たな』
マモル「お、コメントによると例の方が! いらっしゃい! 一緒に幻を追いましょう!!」
白い人型は、マモルの網と、逃げた蝶の方向を、交互に見た。
それから、すたすたと歩いて、画面の外へ消えた。
『消えた』
『着替えか?』
『虫取りに何のピクトグラムで来るんだ』
戻ってきた白い人型は――麦わら帽子に、捕虫網を担いでいた。
昆虫採集の少年の、ピクトグラムだった。
『wwwwww』
『虫取り少年www』
『完全装備で草』
『夏休みの絵日記の一ページみたいな見た目しやがって』
『そんな図柄どこにあるんだよ』
『昆虫館の看板とかにありそう』
虫取り少年(の姿の何か)は、天井の方をしばらく見上げた。
そして、跳んだ。
五メートルの跳躍。
空中で網が一閃し、着地。
網の中には、金色の蝶が、おとなしく収まっていた。
『!?』
『獲ったwwww』
『一発www』
『五メートル跳ぶ虫取り少年がいるか』
『マモルが六回逃したやつを三秒で』
白い人型は、網から蝶を丁寧に取り出すと、マモルの前に差し出した。
マモル「え? え? なんか、目の前に……金色の……蝶!? 黄金蝶!? 浮いてる!! え、くれるんですか!?」
『くれるってさ』
『受け取れ』
『献上品第一号』
マモルは、震える手で蝶を受け取り、専用ケースに収めた。
マモル「や、やった……黄金蝶、初捕獲……! ありがとうございます!! でも、あの、俺が狙ってるのはカナブンで……いや、蝶も嬉しいです! 嬉しいですけど!!」
『贅沢言うなw』
『蝶だけで車が買えるぞ』
探索は続いた。
六層。
草むらの陰から、金色の巨大なバッタが跳ねた。
マモルが網を構えるより早く、白い人型が地を蹴った。
バッタの跳躍軌道を先読みし、空中で待ち構え、網で受け止める。
着地。捕獲完了。
マモルへ、献上。
マモル「黄金バッタ!! あ、ありがとうございます……!!」
『二匹目w』
『狩りの効率が違いすぎる』
『マモルの網、ただの飾りになってきたな』
七層。
樹上で、金色に輝くセミが鳴いていた。
白い人型は木を垂直に駆け登り、鳴き止む隙も与えず捕獲。
降りてきて、献上。
マモル「黄金ゼミまで!! す、すごい、黄金シリーズが三種類も……! もうこれ、標本協会がひっくり返りますよ!!」
『三冠達成』
『献上ラッシュ』
『マモル、もはや受け取り係』
『あいつ、虫取りの才能まであるのかよ』
『才能っていうか身体能力で殴ってるだけな気もする』
マモル「……でも! でもですね! 肝心の、カナブンが! 黄金カナブンだけが、いないんですよ!!」
白い人型も、腕を組んで、こくこくと頷いた。
それから、周囲の茂みを指差し、首を傾げる。
――確かに、いない。
『あいつも探してるのに見つからないのか』
『五メートル跳ぶ索敵網に引っかからないカナブン、何なんだ』
『さすが幻』
『七回目も駄目なのか……?』
二人(一人と一体)は、八層まで足を延ばした。
巨木の根が絡み合う、薄暗いエリア。
その奥で――何かが、光った。
マモル「……! 待ってください。今、奥で、金色の光が」
マモルが、息を潜めて近づく。
白い人型も、忍び足で続く。
巨木の幹に、それは、いた。
金色の甲殻。
丸っこい、ずんぐりとしたフォルム。
大きさは――五十センチ。
マモル「……い、いた。いました……! 黄金カナブン……で、でかい!! 図鑑だと五センチのはずなのに、でかい個体だ!! 幻の中の幻、特大個体……!!」
『いた!!!』
『ついに!!! 七回目にして!!』
『でっっっか』
『五十センチのカナブン、もう小型犬だろ』
『standby……ん?』
『どうした』
『いや、あのサイズ、おかしくないか』
『特大個体ってレベルじゃなくない?』
マモルは、興奮で赤くなった顔で、そーっと網を構えた。
マモル「大きさ的に網じゃ無理か……手掴みでいきます。カナブンは掴んでも大丈夫な虫なので……よし……」
マモルが、じり、と踏み出した。
その肩を、白い人型が、掴んだ。
ぐい、と後ろへ引き戻す。
マモル「わっ!? な、なんですか、急に引っ張られ……」
『白いやつが止めた』
『首を横に振ってる』
『めちゃくちゃ首を振ってる』
『「駄目だ」って全力で言ってる』
マモル「え、なんで!? 目の前に! 幻が!! 目の前にいるんですよ!?」
白い人型は、マモルを掴んだまま、金色の甲殻を指差した。
それから、両手を大きく広げ、牙のジェスチャーをして、自分の首を横に切る仕草をした。
――あれは虫じゃない。モンスターだ。危険だ。
『違うって言ってる』
『「虫じゃない」ってジェスチャーしてるぞ』
『え?』
『黄金だけど、カナブンじゃない……?』
その時、金色の甲殻が――ぶるり、と震えた。
甲殻の下から、六本の脚が伸びる。
太い。虫の脚ではない。獣の脚だった。
そして、丸っこい甲殻の前部が、ぱかりと割れて――
牙の並んだ、大きな口が、開いた。
――ギチギチギチギチ!!
マモル「」
『モンスターだったああああ!!』
『擬態!! 擬態モンスターだ!!』
『カナブンの形した何かwww』
『口の開き方が完全にホラー』
『マモル逃げろ!!』
金色の何かが、幹を蹴って、マモルへ飛びかかった。
マモルの反応は、間に合わない。
だが、白い人型の網は、間に合った。
麦わら帽子の虫取り少年が、飛びかかる五十センチの顎を――捕虫網で、真正面から、受け止めた。
網が、みしみしと軋む。
『網で受けたwwww』
『捕虫網で防ぐな!!』
『いや待て、網が耐えてる』
『どういう強度だその網』
白い人型は、網ごと金色の何かを、地面に押さえつけた。
暴れる六本脚。
噛み砕こうとする顎。
それを網の柄一本で制圧しながら、白い人型は、空いた手でマモルに向かって、シッシッと払う仕草をした。
――下がってろ。
マモル「は、はい!!」
白い人型は、網を、くるり、と手首で返した。
金色の何かが、網の中で、ころんと裏返る。
そのまま、網の口を、きゅっと絞った。
捕獲、完了である。
網の中で、金色の何かが、ギチギチと不満そうに暴れていた。
『捕獲したwwww』
『モンスターを虫扱いで獲るな』
『虫取りの技術で獲れるのかあれ』
『あいつにとっては大きい虫なんだろ、多分』
マモル「……つ、捕まえて、くれたんですか。……あの、それ、どうします? モンスターなら、討伐……」
白い人型は、首を横に振った。
網を担いで、少し離れた巨木の洞まで歩いていき――網の口を開けて、金色の何かを、ぽい、と洞の中へ逃がした。
金色の何かは、ギチ、と一声鳴いて、洞の奥へ消えていった。
『逃したw』
『リリースするんだ』
『襲ってきたのに?』
『まあ、あっちは巣の近くで警戒しただけかもしれんし』
『キャッチアンドリリースの精神』
『虫取りのマナーは守るタイプ』
マモル「……逃しちゃうんですね。……はは。優しいなあ、あなたは」
マモルは、地面に座り込んで、大きく息を吐いた。
マモル「……危なかった。俺、素手で掴もうとしてましたからね、あれを。……止めてくれて、ありがとうございました。指の二、三本じゃ済まなかったかも」
『マジで危なかったよ』
『あの顎、腕ごといってた』
『擬態モンスター、報告例あるのかな』
『検索したけど出てこない 新種かもしれん』
『マモル、新種発見の報告はしとけよ』
マモル「……新種、報告します。討伐じゃなくて、目撃報告で。……名前どうしよう。発見者が命名できるんですよ、確か」
『「黄金カナブンモドキ」』
『そのまますぎるw』
『「ゴールデントラップ」』
『「マモルビックリ」』
『個人名やめろw』
白い人型は、その間、周囲の茂みを、ずっと見回していた。
何かを、まだ探すように。
そして――動きを、止めた。
ゆっくりと、一つの葉の裏を、指差す。
マモルが、そっと覗き込んだ。
葉の裏に。
五センチの、小さな、金色の甲虫が、ちょこんと、とまっていた。
丸っこいフォルム。
鈍く輝く、金属光沢。
脚は六本、細く、正しく、虫の脚だった。
マモル「――――――」
『!!!!』
『いる』
『本物だ』
『本物の黄金カナブンだ!!!』
『サイズも図鑑通り!!』
『こんな最後の最後で!!』
マモルは、声も出せないまま、震える手を、ゆっくり、ゆっくりと伸ばした。
人差し指と親指が、そっと、金色の背を挟む。
カナブンは、逃げなかった。
マモルの手の中に、七回の探索の果ての、幻が、収まった。
マモル「…………獲った」
声が、震えていた。
マモル「獲った……獲りました!! 黄金カナブン、捕獲!!! 本物!! 本物です!!!」
『『『おめでとおおおおお!!!』』』
『七回目にして悲願達成!!』
『泣いていいぞ』
『もう泣いてるだろ』
『家が建つぞマモル!!』
マモルは、カナブンを専用ケースに収めると、その場で土下座の勢いで、白い人型の方へ頭を下げた。
マモル「ありがとうございました!! 蝶も、バッタも、セミも、命も、そしてカナブンまで!! 今日の成果、九割九分あなたのおかげです!!!」
『九割九分は謙遜がなさすぎるw』
『でも事実』
『マモルの成果:受け取り、以上』
『言うな、本人が一番分かってる』
白い人型は、麦わら帽子のつばを、ちょい、と持ち上げる仕草をした。
夏の少年の、快活な仕草だった。
それから、捕虫網を肩に担ぎ、森の奥へ歩き出す。
数歩行って、振り返り、葉の裏を指差す動きを、もう一度だけ、やってみせた。
――よく見ることだ。幻は、案外、足元にいる。
『いいこと言った(ジェスチャーで)』
『虫取りの心得を説く怪異』
『麦わら帽子が言うと説得力が違う』
白い姿が、緑の奥に消えていく。
マモル「……あの人……人? に、御礼、何がいいですかね。虫、好きそうでしたけど」
『コーヒーが定番』
『蜜も飲んでたな』
『そうだ、次の探索の時、いい虫がいたら教えてあげたら?』
『情報の恩返し』
マモル「……それだ。虫仲間として、付き合っていきます」
『虫仲間w』
『新しい枠が生まれた』
『wikiの交友関係欄:師匠、弟子、料理の師、筋肉仲間(坊主'z)、虫仲間(New!)』
『交友関係が広すぎる』
『陽キャ怪異』




