第21話 食材を求めて
「どうも、『ダンジョン食堂ソロ活』のケンゾーです。本日も食材を求めて潜っていきます」
九層。
中堅どころか、そこそこの上位層でも慎重になる階層を、男は一人、軽装で歩いていた。
ケンゾー「今日の狙いは三つ。前菜、メイン、デザートです。……ダンジョンでフルコースを組む、これがうちのチャンネルのコンセプトなので」
『いつもの』
『料理チャンネルなのに潜ってる階層が上位勢』
『ソロで九層を「食材調達」って言い切る男』
『料理の腕も戦闘の腕もガチなんだよなこの人』
『登録者2万、伸び悩んでる理由は後で分かる』
通路の先に、モンスターが現れた。
二足歩行の、蜥蜴型。
ケンゾーの動きは、滑らかだった。
初撃をかわし、懐に入り、急所へ一突き。
三秒で終わった。
ケンゾー「……ふむ」
ケンゾーは倒した蜥蜴を検分し、首を横に振った。
ケンゾー「筋張ってますね。個体が老けてる。今日のメインには使えません。次を探します」
『解体前に肉質見抜くの何なんだよ』
『目利きがプロ』
『蜥蜴、倒され損』
その様子を、少し離れた岩の上から、見ている影があった。
白い人型である。
いつからいたのか、岩に腰掛け、頬杖のような姿勢で、ケンゾーを観察していた。
『いた』
『いつからいたw』
『今日は観戦モードか』
『ソロで九層歩ける奴に助けはいらんもんな』
『純粋に見に来たパターンだ』
ケンゾー「お、コメント欄によると例の方が来てるらしいですね。どうも。ゆっくりしてってください。今日はいいのが獲れる予定なので」
『気づいても動じないのすごい』
『「ゆっくりしてって」って言える配信者、初めてじゃないか』
『肝が据わってる』
三十分後。
ケンゾーは、目当ての一体目を見つけた。
天井から垂れ下がる、半透明の――巨大なナメクジだった。
体長二メートル。粘液に覆われ、てらてらと光っている。
ケンゾー「いました。前菜です」
『……ん?』
『前菜?』
『どれが?』
『まさかそのナメクジじゃないよな?』
ケンゾー「グランドスラッグ。こいつの外套膜、湯引きすると最高なんですよ」
『それだったわ』
『嘘だろ』
『ナメクジ食うのかよ!!』
ケンゾーは手際よくナメクジを仕留めると、その場で解体を始めた。
粘液を丁寧に拭い、半透明の身を切り出していく。
ぬらり、と光る断面。
ケンゾー「ほら、見てくださいこの透明度。鮮度抜群です。塩で粘りを揉み出して、さっと湯にくぐらせると、こう、ぷりっぷりの……」
『やめろ』
『説明が上手いのが逆に嫌だ』
『ぷりっぷり(ナメクジ)』
『飯テロならぬ飯テロル』
岩の上の白い人型が、心なしか、のけぞっていた。
『あ』
『白いやつ、のけぞってる』
『引いてるwwww』
『骸骨と斬り合った奴が、ナメクジの解体で引いてる』
『分かるよ 俺も引いてる』
ケンゾーは切り出した身を保存容器に収め、意気揚々と先へ進んだ。
ケンゾー「次、メインです。この階層の水場に、いいのがいるんですよ」
地底湖のほとり。
ケンゾーは水際にしゃがみ、静かに待った。
やがて、水面が盛り上がり――巨大な、灰色の塊が姿を現した。
球状の胴体から、無数の触腕。
その中心に、ぎょろりとした一つ目。
『うわ』
『でっか』
『タコ? イカ? 目玉?』
『少なくとも飯には見えない』
ケンゾー「アイボールクラーケン。九層の主的なやつです。……こいつの触腕がね、また」
『また食う気だ』
『目玉付きの飯』
『主を食材扱いするな』
戦闘は、五分に及んだ。
触腕の乱打を紙一重で見切り、一本ずつ、付け根から断っていく。
最後は怯んだ本体の、目玉のすぐ下へ、深々と一刀。
巨体が、湖面に沈黙した。
白い人型は、いつの間にか岩から降り、戦闘をかなり近くで観戦していた。
触腕を断つ太刀筋のたびに、こくこくと頷いている。
『白いやつ、めっちゃ見てる』
『太刀筋の勉強してるw』
『骸骨戦の経験と照らし合わせてそう』
『あいつ、強い奴の動きは必ず観察するよな』
『向上心のある怪異』
そして、解体が始まった。
ケンゾーは触腕を切り分け――そして、慣れた手つきで、眼球を、くり抜いた。
直径五十センチの目玉が、ごろん、と岩場に置かれる。
ケンゾー「はい、本日の一番の目玉。文字通り目玉です。この硝子体がね、冷やすと絶品の……まあ、例えるならとろっとろの水饅頭みたいな」
『『『やめろおおおお』』』
『目玉!! 目玉置くな!!』
『水饅頭の風評被害』
『画面に映すな!!』
『こっちを見てる(死んでるけど)』
白い人型は――固まっていた。
置かれた目玉と、ケンゾーを、交互に見て。
それから、両手で自分の顔を覆った。
『顔覆ったwwww』
『ドン引きジェスチャーいただきました』
『白いやつが目を覆うの初めて見た』
『ロケラン撃つ奴の限界がナメクジと目玉』
『意外と常識人なんだよな、あいつ』
ケンゾー「ん? コメントによると、例の方が引いてる? ……おかしいなあ。うまいんですよ、本当に」
『うまさの問題じゃないんだ』
『絵面の問題なんだ』
『登録者が伸び悩む理由、これです』
『腕は超一流、映像は閲覧注意』
ケンゾーは目玉を専用の保冷容器に収めた。
ケンゾー「さて、デザートですが……この先の洞窟に、蜜を溜める虫がいるんですよ。ハニーワームっていう」
『虫』
『デザートも虫』
『前菜ナメクジ、メイン目玉、デザート虫』
『フルコース(地獄)』
洞窟の奥。
壁一面に、こぶし大の白い芋虫が、びっしりと張り付いていた。
その腹部は、琥珀色に透けて、たぷたぷと揺れている。
ケンゾー「いましたいました。腹の中が蜜袋になってるんです。これがもう、上品な甘さで」
白い人型は、洞窟の入口で、立ち止まっていた。
中に入ろうとして、壁一面の芋虫を見て、一歩、後ずさった。
『入口で止まったw』
『足が進まないらしい』
『気持ちは分かる』
『百戦錬磨の怪異の足を止める芋虫の壁』
ケンゾーは慣れた様子で数匹を採取し、その場で一匹、腹の蜜袋だけを器用に切り開いた。
琥珀色の蜜が、とろりと小瓶に落ちていく。
ケンゾー「……この作業中の香りがまた、いいんですよねえ。花の蜜を濃縮したような」
そして、ケンゾーは、小瓶とは別に、蜜を掬った小さな器を――そっと、洞窟の入口の方に、置いた。
ケンゾー「……味見、どうぞ。見た目はあれですけど、蜜は本当に、ただの上等な蜜なので」
『!』
『差し入れだ』
『気を利かせた』
『でも出どころが芋虫なんだよなあ』
『さあどうする白いやつ』
白い人型は、置かれた器の前で、長いこと、立ち尽くしていた。
器を見る。
壁の芋虫を見る。
器を見る。
葛藤が、全身から滲み出ていた。
『葛藤wwww』
『めちゃくちゃ悩んでる』
『気持ちは痛いほど分かる』
『コーヒーは即飲んだのに』
『そりゃコーヒーは豆だからな』
やがて、白い人型は、意を決したように器を持ち上げた。
ゆっくりと、傾ける。
蜜が、減った。
一瞬の静止。
それから――白い人型の全身が、ぱあっ、と明るくなったように見えた。
器を掲げ、ケンゾーに向かって、力強くサムズアップ。
『うまかったらしいwww』
『全身で「うまい」って言ってる』
『手のひら返しが早い』
『芋虫への偏見に勝利した瞬間』
『食わず嫌い克服おめでとう』
ケンゾー「お、お気に召したようで。でしょう? 見た目で損してるんですよ、ダンジョン食材は。……うちのチャンネルと同じで」
『自覚あったんかい』
『自虐やめろw』
帰路。
白い人型は、ケンゾーの隣を歩いていた。
ケンゾーが食材の入った容器を担ぎ直すと、白い人型がすっと手を伸ばし、一番大きな容器――目玉入り――を、持った。
ケンゾー「ん? あ、持ってくれるんですか。どうも。……重いでしょ、それ」
『荷物持ちしてるw』
『目玉はもう平気になったのか』
『容器越しならセーフらしい』
『中身が見えなきゃいける理論』
道中、小型モンスターが二度、襲ってきた。
一度目は、ケンゾーが三秒で処理した。
二度目。
白い人型が、容器を丁寧に地面に置いてから、前に出た。
そして――ケンゾーの太刀筋を、真似た。
初撃をかわし、懐に入り、急所へ一突き。
ケンゾーの動きの、完全なコピーだった。
三秒で、終わった。
『!!』
『今の見たか!?』
『ケンゾーの動きだ!!』
『さっき観察してたやつ、もう実戦投入してる』
『学習が早すぎる』
『見て盗むタイプの弟子』
ケンゾー「……今、モンスターが勝手に倒れたように見えたんですが、コメント欄、何がありました?」
『あなたの太刀筋で一体倒されました』
『弟子入りされてますよ』
ケンゾー「……俺の? はは、そりゃ光栄だ」
ケンゾーは、まんざらでもなさそうに笑った。
ケンゾー「なら、次までに新しい技、仕込んでおきますよ。見て盗めるもんなら、盗んでみてください」
白い人型が、容器を拾い上げ、サムズアップで応えた。
『師弟関係成立』
『次回、新技公開が確定しました』
『戦闘技術は盗んでいいけど食材の趣味は盗むなよ』
『それは同意』
『ナメクジ捌く白いやつは見たくない』
入口が近づく。
白い人型は容器をケンゾーに返し、いつものように片手を上げた。
ケンゾー「はい、お疲れ様でした。……あ、そうだ」
ケンゾーは荷物から、蜜の小瓶を一つ取り出し、差し出した。
ケンゾー「今日の味見のお礼と、荷物持ちのお駄賃です。持ってってください。……原材料のことは、忘れて味わうのがコツです」
白い人型は、小瓶を両手で受け取った。
少し見つめてから、胸のあたりに、大事そうにしまう仕草。
『もらったw』
『所持品がまた増えた』
『wikiの所持品欄:刀、本、プロテイン、ニワトリ×5、蜜』
『生活感の暴力』
『「原材料のことは忘れて」が今日一番の名言』
白い姿が、通路の暗がりへ消えていく。
ケンゾー「……さて、皆さん。帰ったら調理配信です。本日のフルコース、ナメクジの湯引き、目玉のカルパッチョ、芋虫蜜のジェラート。……お楽しみに」
『楽しめるか!!』
『調理配信は音だけ聞きます』
『でも毎回、完成品はうまそうなんだよな……』
『それが一番腹立つ』
『登録者、今日で2万から4万な』
ケンゾー「え、倍!?」
『白いやつ効果です』
『新規の皆さん、この人の料理、見た目以外は本物です』
『見た目以外は、な』




