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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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第16話 チルタイム

「……今日の講座は、休むことについてだ」


 ランプの灯りが、岩壁を橙色に照らしていた。


 二十四層。


 ゲンは開けた岩棚に腰を下ろし、携帯コンロに火を入れた。


ゲン「若い連中は、潜ることばかり覚えて、休むことを覚えん。深層で生き残るのは、強い奴じゃない。休める奴だ」


『ゲンさんの講座、今日は座学か』


『二十四層で休憩講座やるな』


『休める場所じゃないんだよなあ二十四層は』


『この人にとってはリビングみたいなもんだから』


ゲン「今日はいい豆を持ってきた。この前の宝箱の……ほれ、案内料をもらった件があったろう。あの素材が思ったより値がついたんでな。礼をせにゃならん相手がいる」


 ゲンは荷物から、小さな袋を取り出した。


ゲン「専門店で聞いて選んだ。深煎りだ。……来るかどうかは知らんが、約束したからな。二人分」


『来た、二人分』


『律儀すぎる』


『お礼のグレードが上がってる』


『前:インスタント 今:専門店の深煎り』


『出世コーヒー』


 湯が沸く。


 ゲンは豆を挽き、丁寧にドリップした。


 香りが立つ――映像越しには伝わらないはずの香りが、伝わる気がするほど、丁寧に。


 カップを二つ。


 一つを自分の手元に。


 もう一つを、隣の岩の上に。


ゲン「……さて」


 置いて、三十秒も経たなかった。


 画面の端から、白い人型が、すっと歩いてきた。


『来たwww』


『早いww』


『香りで来ただろ絶対』


『出前より早い』


『専門店の豆、正解だったな』


 白い人型は、迷わず隣の岩に腰を下ろした。


 定位置、というように。


ゲン「……ん。来たか」


『来ました』


『いつもの右隣です』


ゲン「そうか。冷めんうちに飲め」


 カップが持ち上がる。


 中身が、ゆっくりと減っていく。


 一気にではない。少しずつ。味わうように。


『飲み方が前と違う』


『前は割とすぐ飲み干してたのに』


『味の違いが分かるんだ……』


『専門店の豆への敬意を感じる』


『舌どこにあるんだよ(定期)』


ゲン「うまいか」


 カップが、こくり、と上下に揺れた。


 頷きの代わりに。


ゲン「そうか。なら選んだ甲斐があった」


 しばらく、二人は黙ってコーヒーを飲んだ。


 ランプの火が、時々ぱちりと鳴った。


『……なんだこの時間』


『尊い』


『会話がないのに成立してる』


『熟年夫婦の縁側かよ』


『二十四層の縁側』


 ゲンが、荷物から古びた携帯スピーカーを取り出した。


ゲン「……たまには音があってもいい。BGMはサービスだ」


 流れ出したのは、静かなジャズだった。


 ピアノと、ブラシの効いたドラムと、低く歩くベース。


『ジャズw』


『ゲンさんの私物スピーカー』


『二十四層バーの開店です』


『マスター、いつもの』


『チャージ料は命がけの入店』


 白い人型が、曲に合わせて、ゆっくり首を揺らし始めた。


『ノってる』


『サンバの時よりゆったりした揺れ方』


『曲に合わせて揺れ方を変える怪異』


『音楽の趣味が幅広い』


ゲン「……この曲はな、俺が駆け出しの頃、よく通った店で流れてた。もう潰れちまったが」


 ゲンは、誰に聞かせるでもなく話した。


ゲン「当時の相棒と、探索の後に寄るんだ。汗と土まみれのまま入るもんだから、いつも店主に嫌な顔をされてな。それでも追い出されはしなかった。……いい店だった」


 白い人型は、揺れるのをやめて、聞いていた。


『昔話だ』


『ゲンさんの過去、初めて聞くかも』


『当時の相棒って人、今は……』


『聞くな 野暮だ』


『あいつもちゃんと聞く姿勢になってる』


 その時。


 通路の奥で、砂利を踏む音がした。


 重い、大きな何かの足音。


『!』


『モンスターだ』


『二十四層のやつが来た』


『チルタイム終了か……』


 ゲンは、慌てなかった。


 コーヒーを一口飲み、カップを置き、荷物の脇から、古びた長物を引き寄せた。


 猟銃だった。


ゲン「……安心しな。近寄ってきたら、この相棒が黙ってねえ」


『銃!?』


『ゲンさん銃持ってたの!?』


『いや待て』


『待て待て、ダンジョン内のモンスターに銃火器は効かないだろ』


『そう、それ公式設定 弾丸系は表皮で威力が死ぬって探索者協会が発表してる』


『だから探索者はみんな近接武器と特殊武器なんだよ』


『ゲンさん、それは……』


 足音が近づく。


 通路の暗がりから、大型の四足獣が姿を現した。


 ゲンは座ったまま、銃を構え、撃った。


 乾いた銃声が一発。


 四足獣は、額を撃ち抜かれて、その場に崩れ落ちた。


『……』


『え?』


『倒れたが?』


『一発で?』


『銃、効かないんじゃなかったっけ??』


『協会の発表と違うんだが??』


ゲン「……ん。仕留めた」


 ゲンは何事もなかったかのように銃を置き、コーヒーに戻った。


『おかしいおかしいおかしい』


『今の何!?』


『ゲンさん、それ普通の銃ですよね!?』


『特殊武器なの?』


 ゲンはコメントを一瞥した。


ゲン「ああ、効かんという話か。……そうだな、普通は効かん」


『普通は』


『普通は、ってことは』


『何か秘密があるんですか』


ゲン「まあ、深いことは気にしなさんな」


『気になるが!?』


『流された!!』


『二十四層に一人で通えてる時点でこの人も大概謎なんだよな』


『考えてみたらゲンさんの戦闘、剣も二振りで終わるし』


『この配信、白いやつと同じくらい謎の男が映ってる』


 白い人型が、倒れた四足獣と、ゲンの銃を、交互に見ていた。


 それから、ゲンに向かって、両手で「?」を描くようなジェスチャーをした。


『あいつも気になってるww』


『怪異側からの質問w』


『お前が聞くのかよ』


『謎が謎に質問する図』


ゲン「……ん? なんだ、お前さんも気になるのか」


『気になるそうです』


『ジェスチャーで聞いてます』


ゲン「はっ。……お前さんにだけは言われたくないだろうよ、『正体は何だ』とはな」


 ゲンが、珍しく声を出して笑った。


 白い人型は、少し考えてから、肩をすくめる仕草をした。


 ――それもそうか。


『「それもそうか」って肩すくめたw』


『納得したw』


『お互い様の精神』


『詮索しない大人の関係』


『この二人、波長合いすぎだろ』


 ゲンは、荷物からもう一つ、何かを取り出した。


 文庫本だった。


 二冊。


ゲン「……休憩の続きだ。深層での読書ってのはな、案外いいもんだ。静かで、誰も来ん。……来ても、今みたいに追い返せばいい」


 一冊を自分の膝に。


 もう一冊を、隣の岩の上、空になりかけたカップの横に置いた。


ゲン「読めるかどうかは知らんが。……古い探検記だ。俺は二十回は読んだ」


『二冊目の準備ww』


『コーヒーの次は本まで』


『至れり尽くせり』


『読めるのか? 文字』


『コメント読んでるっぽい説あるし、読めるんじゃないか』


 白い人型は、置かれた文庫本を、両手でそっと持ち上げた。


 表紙をしばらく眺め、それから、開いた。


 ページが、ゆっくりとめくられていく。


『読んでる』


『読んでるぞ!!』


『識字確定!!』


『重大情報がチル配信でしれっと判明するな』


『まとめ班、仕事だ』


『もうやってる』


 ジャズが流れる。


 ランプが揺れる。


 男は本を読み、白い人型も本を読む。


 時折、ゲンがページをめくる音と、少し遅れて、隣でページがめくれる音。


 それだけの映像が、続いた。


『……この配信、何も起きてないのに離れられない』


『分かる』


『焚き火動画と同じ効果がある』


『同時視聴者、増え続けてるの草』


『みんなチルしに来てる』


『二十四層、世界一贅沢な読書スペースかもしれん』


 一時間が、過ぎた。


 ゲンが本を閉じた。


ゲン「……さて。今日はこの辺で店じまいだ」


 白い人型も、本を閉じた。


 そして、少しの間、本の表紙を見下ろしてから――名残惜しそうに、岩の上へ返した。


ゲン「ん。……気に入ったのか、それ」


 白い人型が、こくりと頷いた。


ゲン「なら、持っていけ。俺は中身を全部覚えてる」


『!』


『あげたw』


『蔵書の譲渡』


『どこに持って帰るんだろうな』


『あいつの家、どこにあるんだ』


『考えたこともなかった』


 白い人型は、本を両手で受け取り、大事そうに胸に抱えた。


 それから立ち上がり、ゲンに向かって、深く、頭を下げた。


 いつものサムズアップではなく。


 深い、礼だった。


『お辞儀した』


『初めて見た、あいつのちゃんとしたお辞儀』


『コーヒーと本と音楽と昔話 今日もらったもの全部への礼だろ』


『分かってるんだな、今日が特別な時間だったって』


ゲン「……おう。またな」


 ゲンは片手を上げただけだった。


 それで、足りていた。


 白い人型は本を抱えたまま、通路の暗がりへ歩いていく。


 いつもの肩を揺らす歩き方は、今日は、少しだけ静かだった。


 ジャズの最後の一曲が、それを見送った。


ゲン「……さて」


 ゲンはスピーカーを止め、カップを二つ片付け、火を消した。


ゲン「本日の講座のまとめだ。……深層で生き残りたけりゃ、いい豆と、いい音楽と、いい本を持て。以上」


『いい講座だった』


『何一つ戦闘の役に立たない講座』


『でも今日の配信が一番「生き残り方」だった気がする』


『銃の謎は結局そのままかい』


『それはまた今度の講座で(やらない)』


『チャンネル登録者、8万から今日で11万です』


ゲン「……増えたな。まあ、あいつのおかげだろ」


『ゲンさんの人徳もあるぞ』


『二十四層バー、また開店してくれ』


ゲン「気が向いたらな。……ん、そうだ。言い忘れてた」


 ゲンはカメラに向き直った。


ゲン「あいつに何か渡したい奴は、物より時間にしとけ。あいつが欲しがってるのは、多分そっちだ。……講座終わり。解散」


『……』


『最後にいいこと言うじゃん』


『物より時間、か』


『コーヒー一杯を一時間かけて飲んでたもんな、今日』


『メモした』

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