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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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第17話 果たし合い

 十八層の空気は、それまでの階層と違った。


 乾いていて、静かで、冷たい。


ケイタ「……このフロア、静かすぎないか」


アヤメ「モンスターの気配が全然ない。逆に嫌な感じ」


シュン「探知には何も。……いや、待ってください」


リコ「どうしたの」


シュン「……一体だけ。正面。動かずに、います」


『不穏』


『動かない一体って何だ』


『縄張り主かもしれん』


『十八層で足止まってる時点で嫌な予感しかない』


 通路の先。


 広間の中央に、それは立っていた。


 骸骨だった。


 ただの骸骨ではない。


 色褪せた着流しをまとい、腰には二本。


 骨の手は、長い方の柄に、静かに添えられている。


 まるで、何百年もそこで待っていたかのように。


ケイタ「……骸骨の、侍……?」


アヤメ「浪人って感じね。着てるものが、その」


シュン「データにありません。こんな個体、報告例が――」


 骸骨の眼窩の奥で、青白い火が、ぽ、と灯った。


『動いた』


『目に火が入った』


『やばいやばい、これ絶対やばいやつ』


『逃げられるか?』


『広間の主っぽいし、多分逃がしてくれない』


 骸骨が、一歩、踏み出した。


 その一歩だけで、四人全員が武器を構えた。


ケイタ「散開! 囲むぞ!」


 四人が広がる。


 骸骨は、動かない。


 ただ、柄に添えた手が、わずかに沈んだ。


シュン「――抜きます!!」


 閃光だった。


 誰も、動きを見ていない。


 気づいた時には、骸骨は抜刀を終えた姿勢で立っていて――


 ケイタの剣が、半ばから両断されて宙を舞っていた。


ケイタ「……は?」


『!?』


『見えなかった』


『剣が斬れた!? 金属だぞ!?』


『居合……居合だ、今の』


アヤメ「ケイタ、下がって!!」


 アヤメが槍を突き込む。


 骸骨は最小の足さばきでかわし、返す刀を、槍の柄に、すっと当てた。


 当てただけに見えた。


 槍が、二つに分かれて落ちた。


アヤメ「嘘……っ」


 シュンの短剣が、リコの弓が、続けて狙う。


 二合。三合。


 骸骨の刀が、風のように通り抜けるたび、武器が減っていった。


 短剣の刃が飛び、弓の弦が断たれ、弓ごと真っ二つ。


 三十秒。


 たったそれだけで、四人の手には、柄と、折れた得物の残骸しか残っていなかった。


『全滅した』


『武器が、全部』


『人には目もくれず武器だけ斬った……のか?』


『いや多分、武器の方が「先に」だっただけだ』


『次は本体ってことだろ』


『逃げろ!! 武器がないなら逃げるしかない!!』


ケイタ「……下がれ。全員、俺の後ろに」


アヤメ「ケイタ、あんたの剣もう」


ケイタ「拳がある」


リコ「無茶よ!!」


 骸骨は、追わなかった。


 四人が後ずさるのを、静かに眺めている。


 そして、血振りのように刀を一度払うと、正眼に構え直した。


 ――来ないなら、こちらから行く。


 そういう構えだった。


『詰みだ』


『武器なしであれとやるのは無理だ』


『通報した、してるけど、十八層は』


『間に合わない』


『……頼む』


『頼む、来てくれ』


『こういう時のあんただろ』


 骸骨が、爪先に体重を乗せた。


 その、瞬間だった。


 広間の空気が、変わった。


 骸骨の足が、止まる。


 青白い眼窩の火が、すっ、と横へ動いた。


 四人ではない、別の何かを、見た。


『……ん?』


『骸骨が止まった』


『目線、動いたよな今』


『何か見てる 四人じゃない方を』


『まさか』


『画面の端!! 左!!』


 画面の左端から、それは、ゆらりと歩いてきた。


 白い人型。


 その両手には、すでに、ギザギザの刃の付いた四角い塊が提げられている。


 最初から、戦装束だった。


『来たあああああ!!』


『いた!! 最初からチェンソーだ!!』


『着替え済み!! やる気満々だ!!』


『間に合った……間に合ったぞ!!』


 白い人型は、四人と骸骨の間、その中央で足を止めた。


 骸骨の眼窩の火が、白い人型を、まっすぐに捉えている。


『待って』


『骸骨、あいつのこと見てないか?』


『見てる 完全に目で追ってる』


『配信者にもモンスターにも見えないのが今までの法則だろ!?』


『見えるやつがいるのか……!?』


『例外初確認だ』


『つまりあの骸骨、それだけ格が違うってことか』


 骸骨が、刀を構えたまま、わずかに、頭を下げた。


 会釈だった。


 ――お手合わせ、願う。


 白い人型は、少しの間、動かなかった。


 それから、チェンソーを片手に持ち替え、空いた手を胸に当てて、同じだけ、頭を下げた。


 ――承知。


『『『礼をした』』』


『果たし合いの作法ww』


『いや笑えない、これ本物の立ち合いだ』


『武士と武士だ』


『片方チェンソーだけどな』


『愛刀(チェンソー)』


 四人は、壁際で身を寄せ合ったまま、その空間の異様さだけを感じ取っていた。


リコ「……ねえ、骸骨、なんで止まってるの」


シュン「分かりません。何かと……対峙してるように、見えます」


ケイタ「何かって、何と」


アヤメ「静かに。……何か、始まる」


 先に動いたのは、骸骨だった。


 地を滑るような踏み込み。


 袈裟懸けの一刀。


 チェンソーの稼働音が、応えた。


 刃と刃が噛み合い、火花が散る。


 一合。


 弾き合い、離れ、また踏み込む。


 二合。三合。


 骸骨の斬撃は、四人の武器を両断した時と同じ、あの見えない速さだった。


 それを、白い人型は、受けて、流して、返していた。


『打ち合えてる!!』


『あの居合と互角……!?』


『いや、よく見ろ あいつ、受けの位置がおかしい』


『どういうこと』


『毎回、刃の腹で受けてる 回転部を守ってる 考えて受けてるんだ』


『チェンソーって受け向きの武器じゃないからな本来』


『武器の弱点分かった上で立ち回ってる』


 四合目。


 骸骨の刀が、下から跳ね上がった。


 チェンソーの本体すれすれを、刃が掠める。


 白い人型が、初めて、大きく後ろへ跳んだ。


 その胸元に、一筋、薄く線が入っていた。


『掠った!!』


『傷ついた……!?』


『あいつが傷つくとこ、初めて見たかもしれん』


『大丈夫か!?』


『骸骨、強すぎるだろ』


 白い人型は、自分の胸の線を、指でなぞった。


 それから、骸骨を見た。


 そして――構えを、変えた。


 それまでの、受けて流す構えではない。


 チェンソーを腰だめに低く引いた、前傾の構え。


 攻めの構えだった。


『構え変えた』


『ギア上げる気だ』


『稼働音も上がってないか? 回転数上げてる』


 骸骨の眼窩の火が、揺れた。


 愉しむように。


 そして、両者、同時に踏み込んだ。


 五合目は、一瞬だった。


 骸骨の刀が、白い人型の首の位置を薙ぐ。


 白い人型は、それを――かわさなかった。


 半歩だけ深く踏み込み、刃が届くより先に、懐へ。


 刀の間合いの、内側へ。


 最高回転のチェンソーが、下から上へ、振り抜かれた。


 骨を断つ音が、広間に響いた。


 骸骨の胴が、袈裟に、両断されていた。


『『『決まった!!!』』』


『相討ち覚悟の踏み込み!!』


『いや違う、届く順番を計算してた』


『首を落とされる前に胴に届く距離まで入ったんだ』


『命のやり取りをやりきった……』


 骸骨は、崩れなかった。


 両断された姿のまま、立っていた。


 そして、まだ動く右腕が、刀を――静かに、鞘へ納めた。


 ちん、と。


 澄んだ音が、鳴った。


『……納刀した』


『負けを認めたんだ』


『最後まで武士だった』


 骸骨の眼窩の火が、白い人型を見た。


 小さく、頭が下がる。


 ――見事。


 そして、火が消えた。


 骨が、砂のように崩れて、着流しと、二本の刀だけが、その場に残った。


 白い人型は、チェンソーの回転を止めた。


 崩れた骸骨に向かって、胸に手を当て、深く、長く、頭を下げた。


 立ち合いの、終わりの礼だった。


『……』


『礼で始まって礼で終わった』


『敵にちゃんと敬意を払うんだな、あいつ』


『強者同士にしか分からない何かがあったんだろ』


『いいものを見た いや、見てしまった』


ケイタ「……骸骨が、消えた」


アヤメ「勝手に真っ二つになって、勝手に消えた……ようにしか、見えなかった」


シュン「音は、聞こえてました。あの、機械の音と、刃の音。……信じられないけど、コメント欄の言う通りなら」


リコ「例の……白いピクトグラムが、私たちを」


『そうだ』


『君らの目の前で、命がけの果たし合いがあった』


『武器全部斬られた時点で君ら詰んでたからな』


『あいつが割って入らなきゃ全滅だった』


 白い人型は、残された二本の刀の前に、しゃがみ込んだ。


 しばらく、じっと見ていた。


 それから、長い方の一本を、両手で、そっと持ち上げた。


『あ』


『刀、拾った』


『形見分けか』


『いいのか? それ』


『骸骨はもういない あいつが継ぐのが一番いいだろ』


『愛刀が二本になった』


『チェンソーと日本刀の二刀流になるのか?』


『それはそれで見たい』


 白い人型は、刀を胸に抱え、四人に向き直った。


 サムズアップを、一つ。


 ――もう、大丈夫だ。


 そして、チェンソーを提げ、刀を抱えて、広間の出口へ歩いていく。


 その足取りは、いつもの肩を揺らすものではなく、今日は最後まで、静かだった。


ケイタ「……あ、あの!!」


 ケイタが、声を上げた。


ケイタ「聞こえてるなら……ありがとうございました!! この借りは、必ず、強くなって返します!!」


 白い人型は、足を止めた。


 振り返らず、抱えた刀を、一度だけ、小さく掲げた。


 それが、返事だった。


 白い姿が、通路の暗がりに消える。


『……行った』


『今日のあいつ、一言も「遊び」がなかったな』


『相手が相手だったからな』


『骸骨に見えてたっての、あれ重大情報だぞ』


『ああ 「見えるやつがいる」 初確認だ』


『つまりこの先、もっと強いやつが出てきたら』


『……あいつも、無敵じゃないってことだ』


『胸に傷、ついてたもんな』


『まとめ班、今日のは頼んだぞ』


『任せろ タイトルはもう決めてる』


『「果たし合い」だろ』


『それしかない』

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