第15話 密着取材
「どうも~、『検証ちゃんねるファイル』です。メンバー紹介いきます。企画のコウジ」
「カメラのマサ」
「解説担当のリク、です」
入場ゲート前に、三人の男が並んでいた。
装備は最低限。代わりに、機材だけは妙に多い。
コウジ「本日の企画はこちら! 『怪異! ピクトグラムを追え!』ということで……今、界隈を騒がせているアレの生態を解明しに来ました」
リク「過去の出現映像を全部分析してきました。資料はここに」
マサ「カメラは三台体制。メイン、俺の頭のやつ、あと三脚の定点」
『底辺検証チャンネルきた』
『いつも心霊スポットで空振りしてる人たちだ』
『登録者4,000人で機材だけガチなの好き』
『今回は相手が悪いんじゃないか』
『出るかどうかは向こう次第だからな』
コウジ「まず視聴者の皆さんに、リクから基礎情報の説明です」
リク「はい。ピクトグラム。白い人型の怪異です。特徴は三つ。一、配信者本人には見えず、配信映像にだけ映る。二、色と姿を変えて能力を切り替える。三、出現するのは決まって……弱小か中堅の配信です」
コウジ「そう! つまり! 登録者4,000人の我々は、出現条件を満たしている!!」
マサ「胸を張るとこじゃないんだよなあ」
『自虐を企画に変えるな』
『でも理屈は合ってる』
『弱小であることが取材資格になる稀有な例』
三人がゲートをくぐった。
その十秒後。
三人の背後に、白い人型が、すっ、と合流した。
『wwwwww』
『もういるwwww』
『早い早い早い』
『出現までの所要時間、十秒』
『過去最速だろ』
『三ヶ月心霊スポット回って空振りしてた男たちの後ろに、探し物が既にいます』
白い人型は、三人のすぐ後ろを、当たり前のように付いて歩いていた。
コウジが振り返る。
白い人型は、止まる。
コウジが前を向く。
歩く。
コウジ「……よし、まずは過去の出現地点を回ろう。リク、最初はどこだ」
リク「三層の広間です。チェンソーの初披露があった場所」
『後ろ!!』
『もう後ろにいるぞ!!』
『振り返れ!!』
『いや見えないんだった』
『そうだった、振り返っても意味ないんだった』
『カメラのプレビュー見ろ!! 映ってるから!!』
コウジ「ん? コメント欄がすごい勢いだな。……『後ろにいる』?」
『あ、やべ』
『おい消せ消せ』
『無理だろ送信したんだから』
『埋めろ!! 流せ!!』
『今日の晩飯なんにしよう』
『カレーがいいと思う』
『唐揚げ派です』
『ぬるぽ』
『ガッ』
『急に平和なコメント欄』
『露骨な話題逸らしやめろw』
コウジ「……後ろにいる、の後、急に晩飯の話になったな。なんなんだ今日のコメ欄は」
コウジが再び振り返った。
白い人型は、コウジの真後ろ三十センチにいた。
顔と顔が、正面から向き合う。
コウジ「……誰もいないぞ? おいおい、そういう冷やかしはやめてくれよな~。こっちは真剣に調査してるんだから」
『真後ろ三十センチで見つめ合ってるんだよなあ』
『真剣に調査されてる側と目が合ってる図』
『これもう半分交霊会だろ』
マサが、自分のカメラのプレビュー画面を確認しようとした。
その瞬間、白い人型が、マサの死角へするりと移動した。
プレビューには、何も映らない。
マサ「……映ってねえけど?」
『!?』
『避けた!?』
『今、プレビューの画角から外れたぞ』
『わざとだ』
『わざと映らない位置に動いた』
『おいまさか』
『こいつ……遊ぶ気だ』
『ならこっちも協力するしかないだろ』
『視聴者数400人、全員共犯です』
『一人でも裏切ったら終わるやつ』
『人狼で草』
『村人400人、人狼0、狂人400』
白い人型は、マサの背中側に張り付いたまま、片手の人差し指を、口があるはずの位置に当てた。
――しーっ。
『『『しーっ』したwwww』』
『視聴者に口止めしてきたww』
『お前……そういうことか』
『「面白いから黙ってろ」ってことか』
『了解した』
『welcome to 共犯関係』
『いいのかこれw』
『いいんだよ、面白いから』
『よし、じゃあルール決めるぞ』
『位置バレしそうなコメントが出たら全力で埋める』
『了解』
『りょ』
『把握』
『新参が来たら空気読ませる、以上』
コウジ「コメント欄、さっきから何を騒いでるんだ? ……『何でもない』? 『気にせず調査続けて』? お、おう。協力的だな、今日は」
『何でもないぞ』
『調査頑張れ~』
『応援してます(棒)』
『棒読みやめろ、バレるだろw』
調査が始まった。
三層の広間。
リク「ここがチェンソー戦の現場です。映像分析によると、対象はここからフレームインして……壁際で、大型を三撃で仕留めています」
リクが、映像を再現するように歩く。
その真後ろを、白い人型が、まったく同じ歩き方でなぞって付いていく。
当時の自分の動きの、完全再現だった。
『本人による再現VTRが始まったww』
『動きが完璧に一致してるの、そりゃそうなんだよ本人だから』
『世界一贅沢な再現映像』
『リクの解説、後ろで本人が答え合わせしてる』
リク「そして、ここで敵の尻尾を食らって吹き飛ばされた……はずです」
白い人型が、首を横に振った。
それから、リクの立ち位置を、少し横にずらすジェスチャー。
『否定されたw』
『「そこじゃない」って』
『本人チェックが入った』
『現場が三十センチずれてたらしい』
『細かいなお前w』
コウジ「よし、次だ。定点カメラを設置する。餌……というか、お供え物を置いて、出現を待つ」
マサが三脚を立て、コウジがその前に、何かを恭しく置いた。
缶コーヒーだった。
コウジ「過去の映像分析から、こいつはコーヒーを飲むことが分かっている! これで釣る!!」
リク「ゲンさんの回ですね。有名なシーンです」
『餌付け作戦w』
『情報は正しい』
『正しいけど、釣る相手はもう釣れてるんだよなあ』
『入れ食いどころか最初から網の中』
『初見です この配信って例のピクトグラム出ますか?』
『あー』
『初見さんいらっしゃい』
『まだ出てないよ(震え声)』
『出るといいねえ(棒)』
『皆さんの様子がおかしい気がするんですが』
『気のせい気のせい』
『過去ログは読まなくていいぞ』
『読まなくていいは逆に怪しいだろw』
『初見さん、察して、そして黙って』
『……あっ(察し) 把握しました』
『よろしい』
『飲み込み早くて助かる』
三人は定点カメラから離れ、物陰に隠れた。
コウジ「……ここから息を潜めて待つ。怪異ってのは、人の気配がなくなった時に現れるもんだ」
三人が隠れた物陰に、四人目も一緒に隠れていた。
三人と同じ姿勢で、しゃがんで、缶コーヒーの方をじっと見ている。
『一緒に張り込んでるwwww』
『お前が行くんだよ!!』
『待つ側に回るなww』
『「現れるかな~」じゃないんよ』
『怪異が怪異の出待ちしてる前代未聞の図』
『そういえば今、四人で並んで隠れてるのシュールすぎん?』
『おい』
『あっ』
『埋め!!』
『埋めます』
『ダンジョンって湿度どれくらいなんだろうな』
『60%くらいじゃね(適当)』
『適当すぎるw』
『でも気になるよな湿度』
『気にならんが?』
『湿度で三レス稼ぐな』
リク「……コメント欄、さっきから湿度の話してません?」
コウジ「視聴者にも待ち時間は暇なんだろ」
十分経過。
コウジ「……来ないな」
マサ「来ないっすね」
リク「過去データだと、出現は危機的状況が多いので、平時のお供えでは弱いのかも」
白い人型が、リクの解説に、うんうんと頷いていた。
『解説に本人が納得してるw』
『「せやな」みたいな頷き方すな』
『自分の生態を客観的に学ぶな』
さらに十分。
白い人型は、待ちくたびれたのか、そっと物陰から出た。
定点カメラの前まで歩いていき――缶コーヒーを、拾い上げた。
定点カメラのモニターを確認していたマサが、飛び上がった。
マサ「うわああああ!! 浮いた!! コーヒー浮いた!! 映った映った映った!!」
コウジ「マジか!!」
リク「録画回ってます!! 回ってます!!」
三人が物陰から転がり出て、定点カメラに殺到する。
モニターの中では、缶コーヒーが宙に浮き、プルタブが開き、中身が少しずつ減っていた。
コウジ「飲んでる!! 今、飲んでます!! 皆さん見えますか、これが……これが怪異ピクトグラムの、摂食シーン!!」
『やっと気づいたww』
『三十分越しの初遭遇(向こうは開始十秒からいた)』
『摂食シーンw』
『野生動物ドキュメンタリーみたいに言うな』
『まあ実際、貴重な映像ではある』
コウジ「よし……よし! 接触を試みる! えー、あー、聞こえますか! 我々は怪しい者ではありません! あなたの生態を調査しに来た者です!」
『十分怪しいんだよなあ』
『初手の自己紹介がもう不審者』
缶コーヒーが、静かに地面に置かれた。
空になっていた。
そして白い人型は、定点カメラの正面に立ち、レンズに向かって――手を振った。
コウジ「ふ、振ってる! カメラに手を振ってます!! 友好的!! 友好的です!!」
リク「記録します。『対象はカメラを認識し、友好的な反応を示す』……」
『ファーストコンタクト成功』
『向こうからしたら「今さら?」だけどな』
『ずっと友好的だったんだよなあ』
『開始十秒からずっと隣にいた事実、いつ言う?』
『まだだ、まだ黙っとけ』
コウジ「質問です! イエスなら手を上げて、ノーなら首を振ってください! ……あなたは、ダンジョンの生き物ですか!?」
白い人型は、少し考える素振りをして、首を、斜めに傾げた。
リク「……『どちらとも言えない』? 記録します」
コウジ「あなたは、人間が好きですか!?」
手が、上がった。
『イエスだ』
『即答だったな』
『ちょっといい話』
コウジ「では最後に! あなたは今日、いつからここにいましたか!? 我々は三十分かけてあなたを発見しましたが……いつから!?」
白い人型は、動きを止めた。
それから、ゆっくりと、入場ゲートの方向を指差した。
次に、三人を指差し。
最後に、自分の後ろを付いて歩くジェスチャーを、その場でやってみせた。
コウジ「……ん? ゲート……俺たち……後ろを歩く……?」
リク「…………まさか」
マサ「…………おい、まさか」
三人が、ゆっくりとコメント欄を見た。
『ばれたwwww』
『自分から言ったよww』
『自白www』
『すまん、実は開始十秒からずっと後ろにいた』
『ずっと四人目だった』
『張り込みも一緒にしてた』
『再現VTRのとこも後ろで答え合わせしてた』
『黙っててって言われてたんだ、本人に』
『晩飯の話も湿度の話も全部隠蔽工作でした』
『すまんw』
コウジ「じゅ…………十秒???」
マサ「三十分の張り込み、あいつ隣にいたの!?」
リク「私の解説、ずっと本人に添削されてたんですか!?」
三人が崩れ落ちた。
白い人型は、腹を抱える仕草で、声のない笑いに震えていた。
『めっちゃウケてるww』
『腹抱えてるww』
『怪異に笑いのツボがあるのかよ』
『三ヶ月空振りし続けた男たちの初成果がこれ』
『いや、でも冷静に考えろ』
『ん?』
『接触成功、質疑応答成立、摂食シーン撮影、再現検証、全部録れてる』
『……確かに』
『調査としては過去最高の成果では?』
『大成功なんだよな、実は』
コウジ「……マサ。録画、全部回ってたよな」
マサ「……回ってた。頭のカメラも、定点も、全部」
コウジ「…………勝ちだ」
リク「え?」
コウジ「勝ちだよ!! からかわれてようが何だろうが、映像は録れてる!! 質疑応答も成立した!! うちのチャンネル史上、初めての、本物だ!!!」
三人が抱き合った。
その輪の外で、白い人型が、ぱちぱちと音のない拍手をしていた。
『おめでとうw』
『本人からの祝福』
『いいオチがついた』
白い人型は、拍手を終えると、三人に向かってサムズアップをした。
そして背を向け、歩き出し――数歩進んだところで、振り返った。
カメラに向かって、もう一度、指を口に当てる。
――しーっ。
『またやったw』
『「次の獲物にも黙ってろよ」ってことか』
『共犯者にされた視聴者一同である』
『任せろ』
『次も黙っとくわ』
『埋め立て要員として今後も働きます』
白い姿が、通路の先に消えた。
コウジ「……というわけで、『怪異! ピクトグラムを追え!』、調査結果です。対象は実在します。友好的です。コーヒーを飲みます。そして――」
コウジは、力尽きたように笑った。
コウジ「――性格が、めちゃくちゃ、悪戯っ子です」
『完璧なまとめ』
『追記:視聴者もグルでした』
『追加情報:プロレス技も使うぞ』
『あと筋肉つく』
『色も変わる』
『サンバも流れる』
コウジ「……情報が渋滞してるんで、続編、作ります」
『登録者、今3万な』
コウジ「は!?」




