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第三章 13 『地底に重なる足音』



 南門前では、フェルダの戦斧とエルザヴェートの自律刃が三度目の衝突を迎えていた。


 轟音の魔素が岩道を震わせ、無数の刃がその衝撃を斜めへ裂くたび、群青と鉄色の両陣営から細かな砂埃が舞い上がる。


「もっと押せるだろう、剣姫!」


 フェルダは戦斧を肩へ引き戻し、崩れた足場を踏み越えた。


 武器を止める刃も、踏み込みを削る刃も、正面からまとめて弾き返そうとする豪快な前進だった。


「そう見えるなら、君はボクを高く評価しすぎているね」


 エルザヴェートは腕を組んだ姿勢を崩さなかった。


 だが、彼女の周囲に並ぶ自律刃は、門前の兵士、岩壁上の弓兵、地下へ向いたままの数本へ役割を分け、戦場全体を絶えず捉え直している。


「嘘つけ! その刃、さっきから兵士の急所を全部避けてやがる!」


「候補戦で人を減らしすぎれば、取った後に困るからね」


「住民区画まで巻き込まねえよう、出力も抑えてるだろ!」


 フェルダの戦斧が地面すれすれを走った。


 刃から放たれた轟音は横へ広がらず、群青側の盾列だけを狙う細い波となって岩道を削る。


 エルザヴェートの自律刃が縦に並び、衝撃の中心を細かく断ち切った。


 砕かれた波は左右へ逃げ、門壁と住民区画の間へ引かれた退避線には届かない。


「君も同じだろう?」


 エルザヴェートはフェルダの背後へ視線を移した。


 鉄色側の治療班が負傷者を門内へ運ぶ間だけ、フェルダは轟音の広がりを抑えている。


「守る場所で、守る相手ごと吹き飛ばす気はない。だから、ボクたちはまだ本気を出し切れない」


「一緒にすんな! あたしは最初から守るために振ってる!」


「なら、ボクも同じだよ」


 自律刃の一群が低く飛び、フェルダの足元へ突き刺さった。


 身体を狙わず、次の踏み込みに必要な岩盤だけを刻み、進路を狭める。


 フェルダは足を止めず、戦斧の石突きで刃を横へ払った。


 破砕音の向こうで口角を上げる姿には、苛立ちよりも相手の選択を確かめる楽しさが浮かんでいた。


「だったら、どっちが最後まで守りながら立ってられるか勝負だ!」


「興味深い条件だね」


 エルザヴェートの返答と同時に、胸元のネックレスが再び青白く明滅した。


 地下へ向いていた数本の自律刃が僅かに震え、門の内側ではなく、岩盤のさらに深い一点へ刃先を揃える。


「また石が光った!」


 ミレーネは記録紙へ新しい時刻印を書き込んだ。


 戦闘の記録とは別の欄へ、光の強度、自律刃の角度、地下欠損の報告時刻を重ねていく。


「エルザヴェート様、制御は?」


 ローデリヒは盾列の前へ重圧を維持しながら問いかけた。


 フェルダの次撃を警戒しつつも、視線の一部は主君の周囲で揺れる刃へ向いている。


「問題ないよ。少し、地下の何かに引かれているだけだ」


「それを問題と言うのです」


「今はフェルダの方が近い」


 エルザヴェートは笑みを残したまま、地下へ向いた刃を一本ずつ戦場へ戻した。


 自動で反応する力をそのまま任せず、自分が何を守るために使うかを選び直している。


 中央岩棚では、ナーヴァが候補戦管理局の立会人から新しい記録板を受け取っていた。


 地下異常は候補戦外の案件として別記録へ分けられ、鉄色側にも同じ内容が正式に送られている。


「鉄色側、管理塔と旧導線へ確認班を出した」


 立会人は南門の向こうへ上がった白い信号を示した。


 門内では候補戦の予備兵とは異なる灰色の腕章をつけた技師と守備兵が、管理塔方面へ走っている。


「群青側からも出すか?」


「出さない」


 ナーヴァは即答した。


 交渉で認められなかった経路へ、戦闘中の混乱を利用して踏み込むつもりはない。


「恵依は外から見る。鉄色側の調査と比べる」


「異常が候補戦へ直接影響した場合は?」


「その時に止める。今は分ける」


 ナーヴァはデュランダルへ触れず、三方向の戦場を順に見た。


 切るべき接続が分からない以上、神器を抜くことは状況を悪化させる可能性が高い。


 南東斜面では、恵依とゲブが点検口の前で三地点の欠損周期を記録し続けていた。


 先ほどまで一定だった順番は、エルザヴェートのネックレスが光るたびに僅かずつ短くなっている。


「流川様。次の減少まで、前回より三秒短いです」


「ネックレスの共鳴が、地下側の吸い上げを早めています」


 恵依は記録紙へガルド、旧鉱山、ヴァルネの三点を描き、その中央へまだ名前のない空白を置いた。


 三地点の魔素は互いに流れ合わず、別々の経路から同じ空白へ引かれている。


「でも、この位置はガルド領の地下ではありません」


「地図上の距離と合いませんか?」


「はい。時間差から逆算すると、もっと深い場所です。今使われている領地導線より古い層だと思います」


 ゲブは白銅の魔素を地表近くへ限定し、正規線の揺れだけを拾った。


 地中深くへ接続を伸ばせば位置を絞れる可能性はあるが、領地核の防衛線や鉄色側の管理領域へ触れる危険がある。


「古い層が、現在の三地点へ残っている接続を利用しているのでしょうか」


「可能性があります。停止した導線は消えたわけではありません。使われなくなっただけなら、深部には古い接続が残っています」


「流川様。推測と記録を分けます」


「お願いします」


 恵依は目元を押さえず、呼吸だけを整えた。


 戦闘振動、正規結界、地下欠損、ネックレスの共鳴を同時に追っているため、視界の端には薄い光の残像が浮かび始めている。


「解析、切る?」


 中央から届いたナーヴァの声に、恵依は自分の状態を確認した。


 まだ立てるという感覚ではなく、情報を正確に分けられるかを基準にする。


「三分休みます。ゲブも共鳴を閉じてください」


「承知しました、流川様」


 白銅の線が一つずつ消え、地面の振動が通常の戦闘音へ戻った。


 恵依は点検口から二歩離れ、携帯していた水を少量だけ口に含む。


「止められた」


 ナーヴァの声には評価も叱責もなかった。


 本人が自分の限界を条件へ含めたことを、そのまま確認している。


「再開前に言って」


「はい」


 東側荷場では、絵麻とラールが負傷者の搬送を終えた後、北西採掘路から戻る作業員の列を受け入れていた。


 候補戦開始前に坑道内へ残っていた二組が、鉄色側の誘導でようやく地上へ戻ってきたのだ。


「そのまま右! 武器を持ってない人は、白い線の内側へ!」


 絵麻は荷場を横切る退避線を指した。


 群青側の騎士も鉄色側の守備兵も、作業員が通過する間だけ武器を下げている。


 最後尾にいた若い鉱夫が、足を止めて坑道入口を振り返った。


 地中から響いた低い振動に気づき、煤で汚れた顔を強張らせる。


「今の、発破じゃない」


 若い鉱夫の声に、絵麻も足元へ意識を向けた。


 南門の轟音とは違い、真下から突き上げるような揺れが一度だけ通り抜けている。


「採掘作業は止まってるんだよね?」


「候補戦中は全部停止だ。旧坑道の方から聞こえた」


「旧坑道って、閉鎖されてる場所?」


「十年以上前から入れねえ。崩落が多くて、導線も切ったはずだ」


 ラールは地面へ手を当て、白鋼を広げずに岩盤の亀裂だけを確かめた。


 固定する前に、何が動いたのかを見誤らないためだった。


「絵麻ちゃん。崩落の揺れではないと思います」


「理由は?」


「地面が下へ落ちたなら、亀裂が開く方向に力が残ります。でも、今は下から押されて、すぐ戻っています」


「何かが歩いたみたいな?」


「大きすぎますけど、近いです」


 絵麻は右脇腹を庇いながら、坑道入口へ近づいた。


 閉鎖柵の向こうは暗く、崩れた岩と古い補強材が道を塞いでいる。


「中に人がいたら?」


「先に鉄色側へ確認しましょう」


「そうね。勝手に入ったら、昨日の交渉が全部無駄になる」


 絵麻は近くの鉄色側守備兵を呼び、鉱夫の証言と振動の方向を伝えた。


 守備兵は疑うより先に記録板へ書き込み、管理塔へ報告する伝令を走らせる。


「群青側に教えていいのか?」


 鉱夫が小声で尋ねた。


「地下が壊れたら、群青も鉄色も関係ないでしょ」


「でも、お前たちは領地を取りに来たんだろ」


「取った後に壊れてたら意味ないじゃん」


 絵麻は当然のように言い、退避線へ戻るよう鉱夫を促した。


 領地制圧と住民保護を分けずに考える姿勢は、昨日まで敵意を向けていた作業員たちにも少しずつ伝わり始めている。


 運搬軌道側では、卓斗が通過する生活物資の荷車を見送りながら、足元へ返る妙な引力を感じていた。


 自分で魔素を使っていないのに、左手の指先が地面へ引かれるように重くなる。


「ティナ」


「感じているわ」


 ティナはしゃがみ込み、白銀の魔素を薄く岩盤へ流した。


 重力や質量を書き換えるのではなく、地中で動いている力の向きだけを読むための微細な干渉だった。


「下へ落ちてる感じじゃない」


「ええ。地表から深部へ引かれているのではなく、深部の複数箇所から同じ方向へ寄せられている」


「恵依が言ってた地下網?」


「おそらくね。でも、分霊石そのものの流れとは違うわ」


 卓斗は左手を開き、地面へ向けた。


 自分の引力を重ねれば流れの方向を強く感じられる可能性はあるが、同時に地下側へこちらの魔素を渡す危険もある。


「やらない方がいい?」


「今はね」


「即答だな」


「相手が見えない。接続先も分からない。タクの引力を足せば、向こうに太い道を教えることになるかもしれないわ」


「じゃあ、触らない」


 卓斗は左手を下ろした。


 使える力があるから試すのではなく、使わないことで残せる安全を選ぶ。


「珍しく素直ね」


「情報ない状態で地面ごと引っ張るほどアホじゃないって」


「そこまでしないことは知っているわ」


「ちょっと信用上がった?」


「最初から、最低限はあるわよ」


「最低限なんだ」


 地中の引きは数秒で消えた。


 だが、卓斗の左手には、自分の魔素と似ていながら異なる方向性の残響が残っている。


「アシェラと同じ系統?」


「断定できないわ。似ているのは、複数の流れを一つへ寄せる部分だけ」


「嫌な似方してるな」


「だからこそ、記録しておきなさい」


 卓斗はナーヴァへ短い報告を送り、自分では干渉しなかったことまで含めて伝えた。


 ナーヴァは返事の代わりに、左手を休めるよう一度だけ指示した。


 南門前の攻防は、地下異常の共有後も止まっていなかった。


 フェルダは門を守る役割を手放さず、エルザヴェートも候補戦を一方的に中断する理由を作らないため、互いに出力を抑えながら戦線を押し合っている。


「お前、本当に動かねえな!」


 フェルダは自律刃を戦斧で受け、その反動を利用して半歩前へ出た。


 腕を組んだままのエルザヴェートまで、残り十歩を切っている。


「動く必要がないからね」


「なら、動かしてやる!」


 フェルダは戦斧を横へ振らず、地面へ深く突き立てた。


 轟音の魔素が一点へ圧縮され、エルザヴェートの足元だけを跳ね上げようとする。


 岩盤が持ち上がる直前、自律刃が地面へ四本突き刺さった。


 刃同士が魔素線を結び、浮き上がる岩を周囲へ分散させる。


 それでも衝撃は消えず、エルザヴェートの外套が大きく揺れた。


 靴底が地面から僅かに浮き、半歩分だけ後方へ滑る。


「動いた!」


 フェルダは勝ち誇るように笑った。


「厳密には、動かされたね」


 エルザヴェートは滑った位置で体勢を崩さず、自律刃をフェルダの戦斧へ集中させた。


 今度は柄ではなく、轟音を刃へ伝える魔素の節だけを狙っている。


「実に興味深いよ。君の轟音は、武器の振動を増やしているんじゃない。音が届く先へ、衝撃の結果を重ねている」


「戦いながら人の力を解説すんな!」


「理解すれば止めやすいからね」


 自律刃の一本が戦斧の側面へ触れた。


 金属を切らず、轟音の魔素が通る一点だけを弾く。


 次の瞬間、フェルダが放とうとした衝撃は正面へ伸びず、戦斧の周囲で小さく散った。


 柄が激しく震え、フェルダの両腕へ反動が返る。


「なるほど。ここだ」


「勝手に見つけやがって!」


 フェルダは戦斧を引き、自律刃の包囲から離れた。


 笑みは残っているが、今までより慎重に間合いを測っている。


「エルザヴェート様、今なら前線を押せます」


 ローデリヒは鉄色側の盾列に生まれた隙間を見た。


 フェルダが間合いを取り、岩壁上の弓兵も弦を切られている。


「まだだよ」


「なぜですか?」


「地下の確認班が戻る」


 門の奥から、灰色の腕章をつけた兵士たちが走ってきた。


 先頭の技師は記録板を抱え、顔色を失っている。


「確認班、帰還!」


 ドレイクが門上から声を飛ばした。


 候補戦の兵士たちも、攻防を続けながら報告へ耳を向ける。


「管理塔の開閉記録、正規導線、領地核周辺に異常なし!」


 技師は息を整える暇もなく報告した。


 昨日の記録どおり、管理所へ外部侵入の痕跡はなく、領地核本体にも直接の欠損は見つからなかったという。


「旧導線は?」


「停止状態を維持! 表面上は流れていません!」


 恵依の解析結果と矛盾する報告に、群青側と鉄色側の双方が僅かにざわめいた。


 表面上は停止しているのに、その下では確かに魔素が引かれている。


「表面上?」


 ドレイクが言葉を拾った。


 技師は一度だけ後ろにいる確認兵を見た。


 確認兵の一人は、右手に持った灯具を強く握り、地下へ続く管理塔の入口から目を逸らせずにいる。


「地下二層の封鎖扉前で、音を確認しました」


「何の音だ」


「足音です」


 南門前の空気が変わった。


 轟音と刃の衝突が一瞬だけ途切れ、両陣営の視線が報告兵へ集まる。


「中に人がいたのか?」


「確認できません。封鎖扉は開いておらず、錠も正規位置のままです」


「なら、上の作業音だろう」


「違います」


 報告兵は強く首を振った。


 恐怖を誇張する様子ではなく、自分が聞いた順序を確かめるように言葉を選んでいる。


「扉の向こうから、ゆっくり近づいてきました。四歩で止まり、その後、扉の横を通って下へ向かいました」


「扉の向こうに通路はない」


 ドレイクの声が低くなる。


「現行図面ではありません」


「現行図面では?」


「壁の奥から聞こえたんです」


 恵依は休止していた解析を再開せず、報告だけを頭の中で地下図へ重ねた。


 現行の管理層より深い古代地下網が残っているなら、壁の向こうに図面へない通路が存在しても矛盾しない。


「ナーヴァさん」


「聞いた」


「候補戦を利用されている可能性があります」


 恵依は慎重に言葉を置いた。


 誰が利用しているかは分からないが、両陣営が地表の攻防へ集中した時間と、地下の吸収周期が短くなった時間は一致している。


「戦闘中に増えています。候補者の魔素と結界出力が上がるほど、地下へ流れる量も増えています」


「戦わせて、集めてる?」


「可能性があります」


 ナーヴァは南門前の両候補陣営を見た。


 候補戦そのものを止めれば相手の狙いを外せるかもしれないが、確定しない推測だけで制圧戦を中断すれば、別の混乱を生む。


 それでも、このまま出力を上げれば地下へ渡る魔素も増える。


 戦いを続けるにしても、相手の思惑どおりの形では続けられない。


「エルザヴェート」


 ナーヴァは白銅の線を通して呼びかけた。


「聞いているよ」


「候補戦の出力、下げる。鉄色側にも同じ条件を出す」


「理由は地下への流入増加?」


「そう」


 エルザヴェートはフェルダを見た。


 彼女も報告を聞き、戦斧へ集めていた轟音を弱めている。


「フェルダ。聞こえたね」


「ああ。気に入らねえ話だ」


「最大出力を使わずに続けないかい?」


「地下の奴に餌をやらねえためか」


「誰かはまだ分からないけどね」


「いいぜ」


 フェルダは戦斧を肩へ戻し、門上のドレイクへ顔を向けた。


「鉄色側、広域轟音を止める! 結界出力も戦線維持分まで落とせ!」


「群青側も同じ条件にする!」


 エルザヴェートは自律刃の数を半分まで減らした。


 残した刃も攻撃より迎撃へ比重を変え、兵士同士の直接衝突を防ぐ配置へ移る。


 候補戦管理局の立会人が両陣営の合意を記録した。


 制圧戦は継続するが、地下異常の調査が終わるまで広域・高出力能力を制限する臨時条件が追加される。


「利用されてるって分かってて、まだ戦うの?」


 運搬軌道から戻った卓斗が中央岩棚へ近づき、南門の様子を見た。


 軍需荷車は止めたまま、生活物資の通路だけを維持している。


「戦わなければ、管理所へ入れるわけでもない」


 ナーヴァは短く答えた。


「でも、相手の欲しい戦い方はしない」


「出力を絞って続ける?」


「そう。候補戦と異常、両方止めない」


「器用なことするな」


「必要だからする」


 卓斗は地下へ目を落とした。


 深い岩盤の向こうにいる何かは、まだ姿も目的も見せていない。


「見えてない敵に合わせすぎるのも危ないけど、無視する方がもっとヤバいか」


「今は記録を増やす」


「了解」


 南門前では、フェルダが戦斧を低く構え直していた。


 先ほどまでの広域轟音は使わず、接近戦だけでエルザヴェートの自律刃を抜くつもりらしい。


「派手にはやれねえが、門は通さねえぞ!」


「制限が増えるほど、戦い方は面白くなる」


「本当に面倒な性格してやがる!」


「よく言われるよ」


 エルザヴェートの刃が静かに広がり、フェルダも踏み込んだ。


 出力を落としても、互いに守るものを譲る気はない。


 その攻防のさらに下、現行の管理図にも旧鉱山図にも記されていない深部では、細い古代導線が三方向から集まっていた。


 壁面を走る線は弱々しく明滅し、地上の魔素が高まるたびに黒い脈動を返している。


 光の届かない空洞を、一つの人影が歩いていた。


 足元にはガルド守備隊のものと同じ鉄色の靴があるが、歩幅も呼吸も、地上で働く技師のものとは異なっている。


 人影は古い導線の中心へ手を置いた。


 指先から流れた赤黒い魔素が、三方向の線を一時的に結び、地上から落ちてくる僅かな力を一つへ寄せる。


「——まだ浅いな」


 低い声が空洞へ落ちた。


 壁に反響した音は、封鎖扉の向こうを歩く足音として管理層へ届いていく。


「候補者が四人いるなら、もっと集まる」


 人影は笑わず、地上の攻防を数えるように脈動へ触れた。


 目的も名前も明かさないまま、古代導線の奥へ再び歩き始める。


 その背後で、三本の線が同時に暗くなった。


 地上では誰もまだ、その足音が次にどの領地へ向かうのかを知らなかった。




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