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第三章 12 『轟音と地下網』



 南門前を埋めた自律刃が、フェルダの戦斧へ一斉に向きを変えた。


 刃先は彼女の身体ではなく、柄、石突き、踏み込みの足場へ別々の角度から迫り、正面から受ければ武器だけを奪う軌道を作っている。


「いい狙いだ!」


 フェルダは戦斧を振り切らず、地面へ刃を突き立てた。


 轟音の魔素が柄から地中へ走り、足元の岩盤を震わせて自律刃の進路を僅かにずらす。


 刃と刃の間へ生まれた隙間を、フェルダは肩から踏み抜いた。横薙ぎに放たれた戦斧の一撃が空気を押し潰し、群青側の盾列へ衝撃波を叩きつける。


「前列、膝を落とせ!」


 ローデリヒの命令と同時に、重盾兵が重心を下げた。彼は盾そのものへ重圧を加え、地面へ縫い留めるように固定する。


 轟音が盾列へぶつかり、鉄板の表面を激しく震わせた。数人の騎士が後方へ滑ったが、隊列そのものは崩れない。


「重くして耐えるか! 悪くねえ!」


「褒めている場合ではありません!」


 ローデリヒは重圧の対象を戦斧へ切り替えた。フェルダの両腕ではなく、振り上げられた刃の先端だけへ重さを集める。


 戦斧が一瞬だけ沈んだ。フェルダの肩が僅かに引かれ、踏み込みの勢いもそこで鈍る。


 その隙を逃さず、自律刃が左右から柄へ食い込む。魔力体の刃は金属を断ち切らず、フェルダの手から武器を押し外す方向へ力を重ねた。


「へえ。武器を捨てる気はないんだね」


 エルザヴェートは腕を組んだまま、フェルダの踏み込みを観察していた。自律刃は彼女の殺気と動きを読み、次に必要な迎撃を自動で組み替えていく。


「当たり前だろ! 守る側が先に手放してどうする!」


 フェルダは戦斧を両手で引き戻し、重圧と自律刃の挟み込みを力ずくで振り払った。引き抜かれた刃が地面を削り、砕けた石片が周囲へ飛ぶ。


 自律刃の一部が石片を撃ち落とし、残りがフェルダの進路へ並び直した。エルザヴェート自身は一歩も動かず、表情にも焦りを見せない。


「君は副官なのに、ずいぶん前へ出るんだね」


「後ろで守れるならそうしてるさ!」


 フェルダは門前に並ぶ鉄色の兵士たちへ一度だけ視線を送った。重盾兵の後方では、負傷者を下げる班と交代要員がすでに動いている。


「ここを抜かれりゃ、管理塔まで一直線だ。だったら一番止められる奴が前に立つ!」


「理屈は分かるよ」


 エルザヴェートの周囲に浮かぶ刃が、円形に広がった。正面だけではなく岩壁上と門内の射線まで含め、敵の攻撃が群青側へ届く前に切り落とす領域を作る。


「でも、一人で全部守れると思うのは危険じゃないかな」


「腕組んで動かねえ奴に言われたくねえな!」


 フェルダが笑い、戦斧を頭上へ掲げた。次の一撃へ集まる轟音は先ほどよりも濃く、刃の周囲で空気が歪んでいる。


 エルザヴェートの笑みも崩れなかった。迫る轟音より、フェルダが次に守ろうとする場所を見ている。


「それは確かに、その通りだね」


 東側の運搬軌道では、止められた軍需荷車の前で鉄色側の守備兵が動きを変えていた。荷を諦めて南門へ戻る者と、結界石だけを手で運ぼうとする者へ分かれている。


「それ持って走られるの、普通に面倒なんだが」


 卓斗は左手を上げたまま、兵士たちの足元と積荷の位置を見比べた。人間へ直接引力を使わず、箱だけを止めるには、兵士が手を離す瞬間を選ぶ必要がある。


「なら、手放したくなる状況を作りなさい」


 ティナは運搬軌道の先へ白銀の魔素を流した。兵士たちの退路は残したまま、結界石を抱えて進もうとする区画だけ空間密度を高める。


 目に見えない抵抗が前方へ生まれ、兵士たちの歩幅が急に小さくなった。身体そのものは押さえられていないが、抱えた箱の表面だけが重い空気へ食い込んでいる。


「うわ、嫌な止め方」


「褒め言葉として受け取るわ」


「多分違う」


 先頭の兵士が結界石の箱を地面へ下ろした。負荷から逃れようと手を離した瞬間、卓斗は箱の底金具へ引力をかける。


 箱は兵士側へ戻らず、軌道脇の空き地へ滑った。ティナが地面の摩擦を増やし、横転する前に止める。


「武器と結界石だけ置いて戻れ!」


 群青側の騎士が呼びかけると、鉄色側の兵士は顔を見合わせた。剣を抜けば候補戦として交戦は認められるが、補給任務を続けられない以上、その場に残る意味は薄い。


 一人が剣の柄へ手を伸ばした。隣の兵士も身構え、空気が一段だけ張り詰める。


「タク」


「分かってる」


 卓斗は兵士ではなく、剣を留める腰金具へ斥力を当てた。金具が小さく跳ね、鞘ごと腰から外れて地面へ落ちる。


「危なっ!」


 兵士は反射的に後ろへ下がった。鞘は足元へ落ちたが、身体には傷一つない。


「人には当ててない」


「当ててなくても驚かせているわね」


「抜かれるよりマシだろ」


 卓斗は左肩へ走る鈍い疲労を無視せず、一度手を下ろした。右腕を使えない状態で片側へ負荷を寄せ続ければ、まだ戦える時間まで短くなる。


 ティナは卓斗の足元へ流していた白銀を弱めた。支えを残しすぎれば、本人が負荷へ気づけなくなるからだ。


「今ので三回目よ。次は少し間を置きなさい」


「数えてたの?」


「当然でしょう」


「管理が細かい」


「放っておけば、タクは自分を数に入れないもの」


 卓斗は反論しかけたが、右手首の固定布へ視線を落としてやめた。第一分霊石を守った戦いの負傷は、まだ完全には抜けていない。


「じゃあ、一回休む」


「それでいいわ」


 運搬軌道の奥から、別の荷車が近づいてきた。今度の荷台には食料箱と水樽が積まれ、護衛兵も少ない。


 卓斗は手を上げなかった。荷車の重さも護衛の配置も、先ほどの軍需車両とは明らかに違っている。


「通すのね」


「住民用だろ。進路も精錬区画側だし」


「正解よ」


 群青側の騎士が軌道脇へ退き、食料荷車の通路を開ける。鉄色側の御者は警戒したまま速度を落としたが、止められないと分かると小さく頭を下げて通り過ぎた。


「敵に礼されるの、変な感じだな」


「領地を争っているだけで、生活まで敵にする必要はないでしょう」


「それはそう」


 卓斗は南門の方角から響く轟音へ顔を向けた。岩壁の向こうで地面が揺れ、細かな砂が運搬軌道へ落ちてくる。


「エルザヴェート、あれ相手にずっと腕組んでんの?」


「そういう戦い方なのでしょう」


「効率は良さそうだけど、見てる側は落ち着かないな」


「タクに言われたくはないと思うわよ」


 南東斜面では、恵依が地下導線の変化を三度目まで記録していた。候補戦の振動と結界の出力変化を除外しても、点検用魔素が一定周期で別方向へ引かれている。


「流川様。次の減少まで、推定で二十秒です」


「分かりました。旧鉱山側との時間差を見ます」


 ゲブは白銅の補助線を細く保ち、ガルド側の点検口と離れた地下線の振動を共鳴させた。範囲を広げすぎれば南門の戦闘魔素まで拾うため、接続先を一つずつ切り替えている。


 恵依は目を閉じなかった。視界にある正規線の明滅と、足裏から伝わる振動を同時に追う。


 ガルド側の戻り値が減った。点検口の正規線が一度だけ暗くなり、すぐ元の明るさへ戻る。


「今です」


 その十二秒後、旧鉱山側へ続く線でも同じ欠損が生じた。さらに遅れて、ヴァルネ方面の遠い流れが僅かに沈む。


「順番が固定されています」


「ガルド、旧鉱山、ヴァルネの順ですね」


「はい。ただ、魔素が三地点を順番に通っているわけではありません」


 恵依は記録紙へ三本の線を引いた。もし一つの経路を魔素が移動しているなら、最初に減った地点から次へ流れた痕跡が残るはずだった。


「それぞれ別の場所から、同じ接続先へ引かれています」


「中心があるということですか?」


「地下網のどこかに、三方向をまとめて受ける場所があります」


 恵依は点検口の奥へ意識を伸ばしかけ、そこで止めた。許可されていない防衛経路を無理に読むことは、昨日の交渉で置いた条件を自分たちから破ることになる。


「ここから先は見ません」


「流川様なら、もう少し接続を広げれば位置を絞れます」


「できます。でも、領地核周辺の正規線まで触れる可能性があります」


 ゲブはすぐに白銅の範囲を狭めた。恵依が止めた境界より先へ、補助線を残そうとはしなかった。


「承知しました。確認できた情報だけを共有します」


「お願いします」


 中央の岩棚へ白銅の信号が届く。ナーヴァは南門、運搬軌道、東側荷場を順に見た後、恵依のいる斜面へ向き直った。


「三地点から同じ場所へ?」


「はい。候補戦の結界変動だけでは説明しにくい周期です」


「場所は?」


「まだ不明です。正規線へ踏み込めば絞れますが、許可範囲を越えます」


「越えない」


 ナーヴァの返答は早かった。必要な情報と、踏み越えてはいけない線を迷わず分けている。


「鉄色側へ伝える。記録も渡す」


「戦闘中に受け取りますか?」


「受け取らなくても伝える。後で知らなかったと言わせない」


 ナーヴァは近くに控えていた候補戦管理局の立会人を呼び、恵依の記録を複写させた。候補戦の中断を求めるほどの確定情報ではないが、領地防衛に関わる異常として鉄色側へ送る。


「敵の仕掛けだと思いますか?」


 恵依が問いかけた。解析で得た事実と、そこから生まれる予測を混同しないための確認だった。


「分からない」


 ナーヴァは地下へ視線を落とした。岩盤の向こうに何があるのか、今はまだ誰にも見えていない。


「でも、候補戦だけ見てると見落とす」


 東側荷場では、絵麻とラールが群青側の斥候を荷箱の陰へ下げていた。フェルダの轟音を受けた二人は骨折こそしていないが、耳鳴りと平衡感覚の乱れで立ち上がれない。


「担架、こっち!」


 絵麻は群青側の治療役を呼び、斥候の肩を支えた。右脇腹へ痛みが残っているため、持ち上げずに体重を預ける方向だけを変える。


「敵の負傷者もいます!」


 ラールが荷場の反対側を指した。崩れた木枠の下で、鉄色の兵士が痛みに顔を歪めている。


 鉄色側の若い兵士が、崩れた木枠の下へ片脚を挟まれている。フェルダの轟音ではなく、先ほど移動させた仮設壁が余波で倒れたらしい。


「先にあっち」


「群青側の二人は?」


「治療役が来た。私たちじゃないと木枠を動かせない」


 絵麻は迷わず方向を変えた。敵味方を比べるより、今すぐ手が必要な場所を先に選んだ。


 鉄色側の兵士が槍を構えようとしたが、挟まれた仲間を見て動きを止める。穂先は下がり、警戒だけがその目に残った。


「助けるだけ。邪魔するなら、自分で持ち上げて」


「……頼む」


「最初からそう言えばいいのよ」


 ラールは倒れた木枠の四隅へ白鋼を流した。全部を固めれば重さまで固定されるため、崩れを支える骨組みだけを選ぶ。


「絵麻ちゃん。左側を少しだけずらしてください」


「上じゃなくて横?」


「上へ持ち上げると、奥の荷箱が崩れます。横へ開けば脚を抜けます」


「了解」


 絵麻は木枠の左端にある座標を半歩分だけずらした。ラールの白鋼が歪みを受け止め、挟まれていた空間に僅かな隙間が生まれる。


「今!」


 鉄色側の兵士二人が仲間の身体を引いた。脚が抜けた直後、ラールは白鋼を解除せず、木枠が安全な方向へ倒れるまで支え続ける。


「大丈夫?」


「足は動く。助かった」


 負傷兵は顔を歪めながらも、自分の足首を確かめた。骨は折れていないらしく、指先までゆっくり動いている。


「礼は戦いが終わってからでいいわ」


「終わったら、お前たちは敵だろ」


「今も敵でしょ」


 絵麻は立ち上がり、右脇腹を押さえた。呼吸を整えながらも、視線は次の危険を探している。


「だからって、下敷きのままにする理由にはならない」


 鉄色側の兵士は返す言葉を失い、仲間を肩へ担いだ。荷場の奥では、群青側と鉄色側の騎士が互いに武器を向けたまま、負傷者の搬送路だけを空けている。


「絵麻ちゃん、少し休みましょう」


「まだ動ける」


「動けることと、続けていいことは同じではありません」


 ラールは珍しく強い口調で言った。明るさを崩さない彼女の声にも、今は譲れない意志が混じっている。


「今ので空間を三回使いました。次にずれたら、絵麻ちゃん自身の位置が危なくなります」


「数えてたの?」


「数えます!」


「みんな管理細かくなってない?」


「絵麻ちゃんたちが細かく言わないからです!」


 絵麻は反論できず、荷箱へ背を預けた。休む間にも視線だけは周囲へ向け、住民と負傷者の退路が塞がれていないかを確認する。


 南門前では、フェルダが二度目の大きな轟音を放っていた。東の荷場から戻った直後とは思えないほど、戦斧の勢いは落ちていない。


 戦斧が地面を叩く直前、自律刃が刃先へ集中する。だがフェルダは振り下ろす軌道を途中で変え、柄の中央を岩盤へ打ちつけた。


 衝撃は正面ではなく、地中を通って群青側の盾列の足元へ走った。岩道が波打つように揺れ、固定していた盾兵の膝が浮く。


「足場を狙った!」


 ミレーネが叫んだ。記録紙には、衝撃が地中へ潜った軌跡が赤線で浮かんでいる。


 ローデリヒは盾へ加えていた重圧を解除し、今度は兵士たちの足元へ広げた。地面へ押さえつけすぎれば動けなくなるため、揺れの頂点だけを重くして跳ね上がりを抑える。


「全員、二歩下がれ!」


 群青側の前列が距離を取り、崩れた岩道から離れた。隊列は一度開いたが、負傷者を残さずに組み直されていく。


 フェルダは追わなかった。盾列を押し返したことで生まれた空間へ鉄色側の兵を入れ、門前の防衛線を組み直す。


「追撃しないんだね」


 エルザヴェートは自律刃をフェルダの周囲へ留めたまま言った。刃は追撃へ移らず、防衛線の変化だけを監視している。


「門を守るのが仕事だ! お前を倒すために住民側まで出る気はねえ!」


「徹底している」


「そっちこそ、刃を兵士に当てねえな!」


 フェルダは戦斧を肩へ戻した。彼女の周囲では、切断された槍と外れた盾留め具が地面へ散らばっているが、重傷者はほとんど出ていない。


「武器を失った者は下がらせればいい。人を斬れば、その後に守る手が減るからね」


「候補戦で綺麗事を通すつもりか!」


「綺麗かどうかは興味がないよ」


 エルザヴェートの自律刃が、再び数を増した。空いた射線と前列の損耗を同時に埋めるよう、配置が組み替わっていく。


「ボクは、必要だと思うものを残すだけだ」


 刃の一群が岩壁上へ飛ぶ。弓兵の身体ではなく、引き絞られた弦だけを正確に狙っていた。


 弓兵たちがエルザヴェートを狙っていたが、自律刃は矢ではなく弓弦を切った。張力を失った弓が手元で緩み、射撃隊の一列が使えなくなる。


「右の弓兵列、沈黙!」


 ミレーネが記録紙へ印をつけた。射線の減少と群青側の前進可能区画が、新しい線として重なっていく。


「南門の射線、三割減ったよ!」


「ローデリヒ。右列を進めて」


「承知しました!」


 群青側の盾兵が崩れた岩道を避け、右側から門へ距離を詰める。鉄色側の槍兵が迎え撃とうとするが、自律刃が穂先を弾き、ローデリヒの重圧が踏み込みを鈍らせた。


 フェルダはその動きを見て、初めて笑みを薄くした。門前の均衡が少しずつ群青側へ傾いていることを理解したのだ。


「自分は動かず、全体を動かすか」


「ボクが前へ出るより効率がいいだろう?」


「効率だけならな!」


 フェルダが戦斧を横へ構え、群青側の右列へ向きを変える。門へ届く前に、進み始めた隊列を押し戻すつもりだった。


 その瞬間、エルザヴェートの胸元で青白い光が揺れた。朝の光では説明できない明滅が、ネックレスの石座から滲み出す。


 ネックレスの石が、門の奥から流れてきた魔素へ反応している。昨日の淡い明滅より強く、九色のうち青と黄に近い光が交互に浮かんだ。


 エルザヴェートの視線が一瞬だけ胸元へ落ちる。余裕の笑みは残っていたが、意識の一部が戦場から逸れた。


「またか」


 自律刃の一部が、彼女の意識とは別に向きを変えた。迎撃に必要のない刃まで、同じ角度へ吸い寄せられていく。


 門でもフェルダでもなく、地面の下を狙っている。刃先が集まる場所から、微かな魔素の揺れが立ち上っていた。


「エルザヴェート様?」


 ローデリヒが異変に気づいた。正面のフェルダを警戒しながら、エルザヴェートとの距離を一歩だけ詰める。


「大丈夫。まだ制御できている」


 エルザヴェートは腕を組んだまま答えたが、自律刃の揺れは止まらない。地下から何かを引き上げようとするように、刃先が一定の場所へ集まり始める。


 同じ変化を、南東斜面の恵依も捉えていた。地下導線の欠損が、それまでの周期を外れて急に大きくなる。


「欠損量が増えました」


「候補者の石と連動しています」


 ゲブの白銅が、ネックレスから地下へ伸びる細い共鳴を拾った。正規線ではない。領地核へ直接つながる線でもなく、もっと遠い接続先を経由して戻ってくる反応だった。


「ナーヴァさん」


 恵依は白銅の補助線へ声を乗せた。未確定の原因ではなく、今確認できた構造だけを順番に伝える。


「誰かが領地核一つを狙っているのではありません」


 ナーヴァは中央の岩棚からエルザヴェートの周囲へ集まる刃を見た。南門の攻防とは別の力が、候補者の魔素へ触れている。


「何を使ってる?」


「地下網そのものです。ガルド、旧鉱山、ヴァルネから少量ずつ引き、同じ場所へ集めています」


「場所は?」


「まだ分かりません。ただ、エルザヴェートさんのネックレスが反応した直後、吸収量が増えました」


 ナーヴァは候補戦管理局の立会人へ視線を向けた。確定していない異常だけで戦闘を止めれば、群青側が不利になったため中断を求めたと受け取られる可能性がある。


 それでも、領地核の防衛網に別の何かが触れているなら、候補戦の勝敗より先に確認すべきだった。見えない異常を放置したまま旗だけを争えば、領地そのものを失う。


「鉄色側へ緊急共有」


 ナーヴァは短く命じた。候補戦と異常調査を混ぜず、必要な情報だけを相手陣営へ渡す判断だった。


「地下網に外部干渉の可能性。候補戦の攻撃と分けて調査する」


 立会人が記録板を受け取り、南門側の審判へ信号を送る。白い光が門前へ上がり、両陣営へ一時的な情報共有を求める印を描いた。


 ドレイクが門上から光を見た。交戦中の報告印であるため、周囲の兵士にも緊張が走る。


「何の報告だ!」


「地下導線の三地点から、同一の接続先へ魔素が抜かれています!」


 群青側の立会人が声を張った。轟音と鉄の衝突へ消されないよう、同じ内容を二度繰り返す。


「エルザヴェート候補の所持石と共鳴し、欠損量が増加! 原因は未確定です!」


 鉄色側の兵士たちに動揺が広がった。守っている足元そのものが狙われている可能性を、誰も無視できない。


 フェルダは戦斧を下ろさなかったが、エルザヴェートではなく門の奥へ視線を向ける。管理塔へ続く経路に異常がないか、短い時間で確かめていた。


「ドレイク!」


「管理塔へ確認班を出す!」


 ドレイクは即座に命令を返した。候補戦を守りながら領地の異常も調べるため、別の確認班を動かす。


「候補戦は継続! だが、地下異常を見つけた者は敵味方を問わず報告しろ!」


「判断が早いね」


 エルザヴェートは胸元の光を見ながら呟いた。自分の石が異常を強めた可能性を、都合よく否定しようとはしない。


「守備責任者だからな!」


 フェルダは再び戦斧を構えた。地下の調査をドレイクへ任せ、自分は門前の役割へ戻る。


「異常は異常、候補戦は候補戦だ! 門を開ける理由にはならねえ!」


「同感だよ」


 エルザヴェートの自律刃が、地下へ向いていた刃先をゆっくり戻す。完全に収まってはいないが、自分が選ぶ攻撃対象を改めて定め直している。


「分からないものに動かされるつもりはない」


「なら、その刃で示してみろ!」


 フェルダが踏み込んだ。砕けた岩道をものともせず、一息で自律刃の間合いへ入る。


 戦斧と自律刃が正面から激突し、轟音と魔力光が南門前へ弾ける。群青と鉄色、どちらの陣営も地下の異常を意識しながら、それでも目の前の領地を譲らずに戦い続けた。


 中央の岩棚で、ナーヴァはデュランダルの柄へ手を置いた。だが、切るべき線が分からないまま刃を抜くことはしない。


 地下網へ伸びる線は、まだ目に見えない。何を切るべきかも、誰が繋いでいるのかも分からない。


「……敵、まだ見えてない」


 誰に聞かせるでもなく呟き、ナーヴァは南門の下へ続く岩盤を見据えた。候補戦の外側から触れている何かが、次にどこを動かすのかを待つ。




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