第三章 11 『開戦の鐘』
夜明け前のガルド鉱石領には、岩壁の隙間から冷たい風が吹き下ろしていた。
群青側の外部宿営地では焚き火が消され、鎧の擦れる音と低い号令が、薄暗い天幕の間を行き交っている。
昨日まで掲げられていた白旗は畳まれ、代わりに候補戦用の群青旗が岩道の先へ向かってなびいていた。
「第一鐘まで、あと半刻」
ミレーネは記録紙へ時刻を書き込み、南門、東側荷場、北西採掘路の順に指を動かした。
「鉄色側は三方向を塞いでる。南門に重盾兵と槍兵、東の荷場には荷車を使った仮設壁。北西側は落石防止柵まで閉じてるね」
「住民の移動は?」
エルザヴェートは腕を組んだまま、天幕の中央へ広げられた地図を見下ろした。
「南側は精錬区画の内側へ避難済み。ただ、東の荷場には夜勤の作業員が残ってる。北西の坑道から戻ってない採掘班も二組いるよ」
「なら、東と北西は進軍速度を落とす」
エルザヴェートは地図上の東側荷場と北西採掘路に置かれた二つの群青旗札を後方へずらした。
「領地核を取れても、民を戦場へ残したままじゃ意味がないからね」
「その分、南門の負担が増します」
ローデリヒは地図に示された鉄色側の守備配置を見た。正面へ並ぶ兵は、昨日より明らかに多い。
「エルザヴェート様が中央に立たれる以上、正面を支える役目は私が引き受けます」
「ボクの前を全部塞ぐ必要はないよ」
「護衛騎士として必要です」
「相変わらず頑固だね」
エルザヴェートは笑ったが、ローデリヒの配置を変えさせなかった。
昨日は白旗の下で互いに武器へ触れずに退いたが、今日は候補戦の規則が両陣営の衝突を認めている。
天幕の入口では、ナーヴァが卓斗たちの装備と負傷状態を順番に確認していた。
卓斗の右手首は固定布で固められ、絵麻の右脇腹にも厚い保護帯が巻かれている。
「卓斗。右腕は使わない」
「分かってる」
「引力も斥力も左だけ。荷車を飛ばさない。人へ向けない」
「そこまで信用ない?」
「ある。だから条件を置く」
ナーヴァは固定布で固められた卓斗の右手首から顔へ視線を上げ、天幕の入口で短く言い切った。
「守る方を増やす力。壊す方へ寄ったら止める」
「了解」
卓斗は左手の指を開き、すぐに閉じた。
軍需物資だけを止める役目だが、対象を誤れば住民用の荷まで巻き込むことになる。
「タク。荷札だけで判断しないことね」
ティナは地図上に記された運搬軌道と、その先の分岐を見た。
「車輪の沈み方、積載重量、護衛の数、軌道の行き先まで見なさい」
「朝から情報量エグいって」
「分からないまま全部押し返すよりましでしょう」
「やらないって」
ティナは白銀の魔素を卓斗の足元へ細く流した。
右手を庇った状態でも踏み込みが崩れないよう、左足側だけへ硬い足場を作っている。
「恵依」
ナーヴァは卓斗の装備確認を終え、次に恵依とゲブへ視線を移した。
「解析は十分ごとに切る。ゲブも共鳴を広げすぎない」
「はい」
ゲブは地下導線へ限定する確認範囲を示すよう、恵依の隣で静かに頷いた。
「流川様。地下導線だけへ範囲を限定します」
「領地核本体へは接続しません。許可されていない経路を無理に読むことも避けます」
「昨日の欠損が続いていた場合は?」
恵依はヴァルネ、ガルド、旧鉱山を結ぶ三地点の記録紙を見た。
「候補戦を止める理由になるなら、すぐ言う」
ナーヴァは三地点を結ぶ記録紙から恵依へ視線を戻し、答えを濁さなかった。
「敵の仕掛けなら戦闘と分ける。鉄色側にも伝える」
「分かりました」
絵麻は東側荷場の地図を受け取り、細い避難路と並べられた大型荷車の位置を確認した。
「荷車をどかさないと、住民が通れない」
「先に中の人へ声をかける」
ナーヴァは地図上で大型荷車に半分塞がれた避難路へ指を置いた。
「空間で抜くのは最後。知らない座標へ飛ばさない」
「分かってる」
ラールは絵麻が受け取った地図を覗き込み、荷場の傾斜を指でなぞった。
「絵麻ちゃん、私は車輪と地面が触れるところだけ固定します」
「絵麻ちゃんが少しずつ座標をずらして、私が倒れないように支えます」
「今日はちゃんと具体的じゃん」
「昨日もちゃんとしてました!」
「昨日は何も固定しませんって宣言してたけど」
「あれは、先にしないって意味です!」
外から低い鐘の音が届いた。
第一鐘ではなく、候補戦管理局が両陣営へ準備完了を知らせる予告鐘だった。
天幕内から冗談が消え、全員の視線が地図の中央へ集まった。
「最終確認をするよ」
エルザヴェートは地図中央のガルド鉱石領の上へ、候補戦用の群青の旗札を立てた。
「住民区画、採掘場、精錬炉は攻撃しない。武器を捨てた兵士、戦闘不能者、治療役も追わない。生活用の運搬軌道は残し、軍需だけを止める」
群青側の騎士たちが、地図を囲む天幕内で一斉に姿勢を正した。
「領地を取るために、領地を壊す気はない。ボクたちが欲しいのは旗を立てる場所じゃなく、取った後も人が暮らせるガルドだ」
「承知しました」
ローデリヒに続き、天幕内に並ぶ群青側の騎士たちの返答が重なった。
ナーヴァも天幕の入口付近に集まる卓斗たちを順番に見回した。
「危なくなったら戻る。役割より本人が先」
「候補戦の直前に言う内容じゃない気もするけど」
「候補戦だから言う」
「分かった」
外へ出ると、東の空が薄い灰色へ変わり始めていた。
南門前では鉄色の旗が何本も立ち、その下へ重盾兵が横一列に並んでいる。岩壁上の弓兵も、すでに矢をつがえていた。
群青側は三方向へ分かれた。
ローデリヒとエルザヴェートが本隊を率いて南門へ進み、卓斗とティナは東寄りの運搬軌道へ向かう。恵依とゲブは地下導線の点検口がある南東斜面へ、絵麻とラールはさらに東の荷場へ移動した。
ナーヴァは三方向を見渡せる中央の岩棚へ立った。
小柄な身体には不釣り合いなデュランダルを背負い、群青側と卓斗たちの双方を確認できる位置を選んでいる。
候補戦管理局の立会人が、両陣営の中間に設けられた石台へ上がった。
「制圧側、エルザヴェート・グリュンデューテ陣営。防衛側、バルタザール・アイゼン陣営。民間人への故意の攻撃、生活設備への不必要な破壊、降伏者および戦闘不能者への加害を禁ずる」
宣言は岩壁へ反響し、南門の内側まで届いた。
「勝敗は領地核の掌握と旗印の設置、または両陣営の降伏宣言によって決する」
エルザヴェートは腕を組んだまま、南門前へ並ぶ鉄色側の列を見た。
南門前には守備責任者ドレイクが立ち、その斜め後ろでフェルダが長柄の戦斧を肩へ担いでいる。
フェルダはエルザヴェートと視線が合うと、離れた運搬軌道側からでも分かるほど豪快に笑った。
「始まる前から楽しそうだな」
卓斗は東寄りの運搬軌道側から、フェルダの立つ南門を見た。
「戦うのが好きな顔ね」
ティナは南門前の鉄色側の配置を確認しながら、卓斗へ冷ややかに返した。
「でも、兵の配置も住民の退避も整っている。勢いだけで前へ出る相手ではないわ」
「見た目とのギャップすご」
「タクよりは分かりやすいわよ」
「俺、そんな分かりにくい?」
「面倒だと言いながら、面倒な方へ行くもの」
立会人は両陣営の配置が整ったことを確認し、石台の上で右手を上げた。
岩壁上の兵士が弓を引き、群青側の騎士も盾を前へ出す。運搬軌道では鉄色側の守備兵が二台の荷車を横へ向け、通路を塞ぐ準備を始めた。
遠くから、帝国式の第一鐘が鳴った。
低く重い音が三度、岩山を渡る。最後の余韻が消える前に、立会人の腕が振り下ろされた。
「—ガルド鉱石領制圧戦、開始!」
南門上から矢が放たれた。
群青側の重盾が一斉に持ち上がり、矢の雨を受け止める。鉄の矢尻が盾へ当たる音の間を縫い、投槍が低い軌道で飛んだ。
「前列、止まるな!」
ローデリヒは群青側の盾列へ迫る投槍に重圧の魔素を広げ、穂先だけへ重さを加えた。
槍は盾列へ届く前に軌道を落とし、岩道へ突き刺さる。
「左の岩壁、二列目!」
ミレーネは手元の記録紙へ写した射線と、現在の弓兵配置を比較して次に狙われる場所を示した。
群青側の左列が盾を傾けた直後、矢がその表面へ弾かれた。
東の運搬軌道でも、鉄色側の兵が二台の荷車を坂へ押し出していた。
荷台に積まれているのは鉱石袋ではなく、剣、槍、結界石の箱だった。
「軍需だな」
卓斗は荷札だけでなく、荷を積んだ車輪の沈み込みと護衛兵の数を見た。
二台は荷場ではなく、南門内の兵舎へ続く分岐を目指している。
「止めなさい。ただし、横転させないこと」
ティナの白銀が運搬軌道の片側を硬化させた。
荷車が傾かない足場を先に作り、卓斗の斥力を受けても横へ倒れないよう支える。
卓斗は坂を下る先頭車両へ向けて、左手を前へ出した。
黒い魔素が先頭車両の前輪と軌道の間へ入り込む。車体全体を押し返さず、進行方向と逆へ斥力を重ね、車輪の回転だけを徐々に鈍らせた。
「重っ……」
積載量に引かれ、左肩へ負荷が返る。
卓斗は身体を傾けかけたが、ティナの白銀の足場が踏み込みを支えた。
「後続も見なさい」
「見てるって」
二台目の荷車が停止した先頭車両を避けようとする。
卓斗は荷車へ直接触れず、軌道の分岐器だけを引力で動かした。
金具が切り替わり、二台目は兵舎側ではなく、空の積み下ろし場へ向かう側線へ入った。誰もいない終端で速度を落とし、衝突せずに停止する。
「はい、終わりです」
「一台目がまだ動いているわよ」
「今いい感じに決まったのに」
卓斗は残った先頭の荷車へ左手を向けたまま、車輪へ斥力を細く重ねて完全に止めた。
護衛兵が荷台から降りるが、ティナが正面の空間密度を変え、透明な壁を作る。
「生活物資の軌道は塞がない」
ティナの声が、透明な壁の向こうで荷車から降りた守備兵へ届いた。
「武器を運ぶなら、ここで止まりなさい」
守備兵の一人が剣へ手をかけたが、隣の兵がその腕を押さえた。
透明な壁は彼らを閉じ込めておらず、荷場側へ戻る道は残されている。
「追わない?」
「軍需を止めるのが役目でしょう」
「だよな」
南東斜面では、恵依とゲブが地下導線の点検口へ近づいていた。
鉄色側の兵士が三人守っているが、候補戦区域の外周部分への接近は認められている。
恵依は点検口の周囲を流れる魔素だけへ意識を絞った。
扉の向こうへ踏み込まず、表面へ漏れる流れと、地面を通る微細な振動を拾う。
「ゲブ。ヴァルネの記録と同じ周期を探します」
「承知しました、流川様」
白銅の魔素が点検口の周囲から地面へ細く広がり、離れた魔素線同士を一時的につないだ。
点検口から戻る流れ、旧鉱山側へ向かう流れ、領地核へ循環する流れが、恵依の認識の中で分かれていく。
戦闘の振動が何度も地中の情報へ混ざった。
恵依は南門側の衝撃を除外し、一定間隔で起きる微かな減少だけを追った。
「見つけました」
恵依は複数の流れから微かな減少だけを捉えたまま、隣で白銅を伸ばすゲブへ伝えた。
「ヴァルネと同じですか?」
「近いです。でも、順番が違います」
昨日の記録では、ヴァルネの欠損が開いた後にガルド側の戻り値が減っていた。
今はガルド側の魔素が先に引かれ、その直後に旧鉱山側でも同じ変化が起きている。
「流川様。三地点の外側に、別の接続先がある可能性があります」
ゲブは白銅でつないだ三方向の魔素線を維持しながら、流れの外側にある可能性を伝えた。
「地下網全体から集めているのかもしれません」
恵依は点検口の縁に刻まれた正規線を見続けた。
「ただし、まだ断定できません。候補戦の結界運用で流れが変わった可能性もあります」
「ナーヴァ様へ共有しますか?」
「はい。異常だけを伝えます。原因は決めません」
ゲブが白銅の補助線を、三方向を見渡せる中央の岩棚へ伸ばした。
ナーヴァは届いた情報を受けると、点検口にいる恵依へすぐに返した。
「あと五分だけ確認。鉄色側にも伝える」
「はい」
「点検口は壊さない」
「承知しました」
東側荷場では、絵麻とラールが作業員の退避を進めていた。
鉄色側が並べた大型荷車は防壁として有効だったが、細い避難路の入口まで半分塞いでいる。
「作業員は右の細道から出て! 戦う人は奥へ下がって!」
絵麻は荷場の中央へ立ち、群青側の騎士と鉄色側の作業員を同じ方向へ動かした。
候補戦の敵味方より、武器を持つ者と持たない者を先に分けている。
「群青の指示を聞けるか!」
鉄色側の若い守備兵は作業員の列と絵麻の間で槍を構えた。
「じゃあ、あんたが誘導して!」
絵麻は細道へ向かう作業員の列を指した。
「私は荷車をどかす! 信用できないなら、自分で中の人を守りなさい!」
守備兵は一瞬言葉を失ったが、背後に残る作業員を見て槍を下げた。
「作業員は俺について来い! 壁沿いを走るな、落石がある!」
「それでいい!」
絵麻はラールと大型荷車の左右へ分かれた。
「右の車輪を固定します!」
「私は車体を半歩だけずらす。合わせて」
「はい!」
白鋼が荷車の右車輪と地面を包み、倒れ込まない支点を作った。
絵麻は車体そのものを転移させず、荷車が占める座標だけを僅かに横へずらす。
右脇腹へ鈍い痛みが走った。
「っ……あと一回」
「絵麻ちゃん、止めますか?」
「通れる幅だけ作る」
ラールは荷車の右車輪と地面を包む固定範囲を、さらに狭めた。
絵麻が二度目の座標調整を行うと、荷車と壁の間に人一人半が通れる隙間が生まれる。
「開いた!」
絵麻は荷車と壁の間に生まれた隙間を確認し、待機していた作業員たちへ知らせた。
作業員たちが順に抜けていく。
最後尾の老人が足をもつれさせたが、鉄色側の守備兵がすぐに腕を支えた。
その直後、荷場の奥から轟音が響いた。
群青側の斥候二人が空中へ押し戻され、荷箱へぶつかる直前にラールの白鋼障壁へ受け止められる。
「なんなの、今の!」
絵麻は右脇腹へ手を添えながら、轟音が響いた荷場の奥を見た。
積み上げられた鉱石袋の間から、フェルダが戦斧を担いで歩いてきた。南門にいた副官は、運搬軌道を使って東へ移動していたらしい。
「住民を先に通すとは、悪くねえ判断だ!」
フェルダは肩へ担いだ戦斧の石突きを、荷場の地面へ打ちつけた。
轟音の魔素が円形に広がり、荷場の床と空気を同時に震わせる。
「だが、ここから先は守備区域だ! 旗を取りてえなら、力ずくで来な!」
「怪我人相手に本気で来るつもり?」
「嫌なら下がれ! 下がった相手を追うほど、あたしも暇じゃねえ!」
「言うじゃん」
ラールは絵麻の前で白鋼を薄い三層に分け、正面と左右へ配置した。
「絵麻ちゃん。正面から受けるのは危険です」
一枚で轟音を止めず、層ごとに衝撃を別方向へ逃がす構造だった。
フェルダは絵麻の前へ展開された三層の障壁を見て、さらに口角を上げた。
「いい防ぎ方するじゃねえか!」
フェルダは肩へ担いでいた戦斧を、両手で持ち上げた。
絵麻はフェルダ本人ではなく、背後に残る作業員との距離を見た。
「ラール、後ろを先に守って」
「絵麻ちゃんは?」
「私は避ける!」
フェルダの戦斧が地面を叩いた。
轟音が荷場を走り、木箱と鉱石袋を浮かせる。ラールの白鋼が作業員側へ広がり、飛来物を受け止めた。
絵麻は自分の座標を半歩だけ横へずらした。
衝撃の中心からは外れたが、余波が右脇腹を揺らし、膝が地面へ落ちかける。
「無理して前へ出る顔じゃねえぞ!」
「そっちこそ、住民が残ってる場所で派手にやらないで!」
「残ってる連中は今ので全部抜けた!」
フェルダは絵麻ではなく、その背後にある細道へ視線を向けていた。
作業員の最後尾が安全区域へ入ったのを見てから、轟音を放っている。
「ちゃんと見てたんだ」
「守る領地で、住民の位置も見ずに斧を振るうかよ!」
「だったら話は早いわね」
絵麻は右脇腹を庇いながら、空間の魔素を足元へ集めた。
「こっちも、あんたを倒すより先に道を取る!」
南門前では、群青側の盾列が鉄色側との距離を詰めていた。
ローデリヒの重圧が投槍を落とし、ミレーネの記録が弓兵の射線を読み続けている。
鉄色側の重盾兵が門前へ出た。
互いの盾がぶつかる直前、槍兵が隙間から穂先を突き出す。
「前列、止めろ!」
ローデリヒは槍を突き出した兵士の腕ではなく、盾列の隙間から現れた穂先へ重さを加えた。
穂先が地面へ沈み、群青側の盾がその上を押し返す。
「右列、三歩!」
エルザヴェートは南門前の群青側右列へ向けて、腕を組んだまま声を飛ばした。
群青側の右列だけが開いた。
鉄色側が突破口と見て槍兵を前へ出す。その瞬間、何もない空間から細い刃が次々と現れた。
自律刃は槍の柄、盾の留め具、足元の岩だけを正確に打った。兵士の身体へ触れず、武器と姿勢だけを崩していく。
「へえ。昨日より配置を変えたんだね」
エルザヴェートは腕を組んだまま、南門前に展開された鉄色側の守備配置全体を眺めていた。
「重盾の後ろに交代役が二人ずつ。ドレイクは慎重だ」
「分析している場合ですか、エルザヴェート様!」
ローデリヒは飛来した矢へ重圧をかけながら、後方で南門全体を見るエルザヴェートへ叫んだ。
「分析しないで、どうやって取るんだい?」
岩壁上の弓兵がエルザヴェートへ狙いを定める。
放たれた五本の矢は、彼女へ届く前にすべて切断された。エルザヴェートは一歩も動かず、腕も解かない。
「ボクが動く必要なんてないだろう?」
その言葉が南門前へ響いた直後、門内の運搬軌道から轟音が近づいた。
東側荷場から戻ってきたフェルダが、戦斧を片手で担いだまま南門前へ飛び降りる。着地の衝撃で地面が揺れ、群青側の盾列が僅かに乱れた。
「東は?」
ドレイクは南門前へ戻ったフェルダへ、東側荷場の状況を尋ねた。
「住民は抜いた! あっちは若いのに任せた!」
フェルダは東側荷場の状況を短く答え、南門前のエルザヴェートを正面から見た。
「待たせたな、剣姫!」
「忙しそうだね、フェルダ・クロイツ」
「領地を守る副官ってのは、どこも忙しいもんだ!」
フェルダは戦斧を両手で握り、刃を地面すれすれまで下げた。
轟音の魔素が柄から刃へ集まり、周囲の砂と小石を震わせる。
エルザヴェートの自律刃も、南門前へ立つフェルダへ向けて一斉に向きを変えた。
「ひとつ聞いていいかい?」
「戦いながらならな!」
「ボクが勝った後も、君はこの領地の民を守るつもりかい?」
フェルダは戦斧を構えたまま、エルザヴェートの問いに一瞬だけ目を細めた。
「当たり前だろうが!」
「なら安心したよ」
エルザヴェートはフェルダへ向けた自律刃を従えたまま、笑みを深くした。
「ボクも、取った後に守る人間が必要だと思っていたところだからね」
「勝つ前から人の部下を数えるんじゃねえ!」
フェルダは戦斧を低く構えた姿勢から、エルザヴェートへ向けて踏み込んだ。
戦斧が横薙ぎに振り抜かれ、轟音の衝撃波が地面を削りながら群青側へ迫る。エルザヴェートの刃が無数に並び、衝撃を正面から受けずに斜めへ刻んだ。
割れた轟音が左右の岩壁へ流れ、両陣営の間を激しい風が吹き抜ける。
フェルダは砕かれた衝撃の隙間を踏み越え、自律刃の群れへ飛び込んだ。
「来たな、自律の剣姫!」
「歓迎してくれるなら、遠慮はしないよ」
エルザヴェートは腕を組んだまま、その場から動かなかった。
彼女の背後、左右、頭上、足元から、それまでとは比べものにならない数の刃が湧き上がる。群青の朝光を受けた魔力体の刃が、南門前の空間を埋めていった。
第一鐘の余韻は、すでに消えている。
代わりに響く鉄と轟音の中で、ガルド鉱石領を巡る最初の制圧戦が、本格的に動き始めた。




