第三章 3 『動かない剣姫』
帝都東演習場の入口には、朝から長い列ができていた。
エルザヴェート陣営への参加を希望する兵士や傭兵だけでなく、公開訓練を見物しようとする市民、商人、他陣営の色を隠しきれていない偵察役まで集まっている。群青の旗が掲げられた正門では、係員が参加者と見物人を左右の通路へ分けていた。
「思ってたより人気あるな」
卓斗は見物人の列から演習場の内部を覗いた。
石壁に囲まれた敷地は、学校の運動場を何倍にも広げたような規模だった。中央には段差のある石造りの足場が配置され、左右には木製の柵、倒木を模した障害物、腰の高さほどの土塁が並んでいる。
最奥には、領地核を模した青白い標的が置かれていた。
「あそこへ旗を立てれば成功、という形式でしょうか」
恵依は入口で配られた見学札を外套へ留めながら、演習場全体の配置を確認した。
「正面からだと百メートルほどあります。途中の障害物は、進路を限定するために置かれているようです」
「横から回るのは?」
絵麻が左右の石壁を見る。
「壁沿いにも通路はあります。ただ、幅が狭いです。複数人で進めば動きを止められやすいと思います」
「流川様。確認できた範囲では、床下にも魔素の流れがあります」
ゲブは周囲へ気づかれない程度に視線を落とした。
「訓練用の結界と、負傷を抑える緩衝術式と思われます。ただし、深い傷を完全に防ぐ構造ではありません」
「本番よりは安全。でも、普通に痛いやつか」
「訓練だから」
ナーヴァが先頭で振り返る。
「見るだけ。反応が出ても、勝手に近づかない」
「昨日から俺らの信用ずっと低くない?」
「卓斗がいるから」
「団長まで名前を理由にするのやめてもらっていい?」
絵麻が小さく笑い、卓斗は隣へ視線を向けた。
「今、笑った?」
「笑ってない」
「いや、絶対笑っただろ」
「気のせい」
列が進み、卓斗たちは演習場北側の見物席へ案内された。
高さ一メートルほどの石段が三段あり、前列と訓練区域の間は木製の柵で仕切られている。柵から最初の障害物までは十五メートルほど離れていた。
見物席の右端には避難用の通路があり、後方の門へ直接つながっている。左側には治療班の天幕が並び、担架と治療用の魔導具が準備されていた。
「逃げ道まで作ってあるんだな」
「公開訓練で事故を起こせば、候補者の評価に関わります」
恵依は避難通路と訓練区域の位置を見比べた。
「安全対策も、候補戦の一部なのだと思います」
「タク。ケースが反応しているわ」
ティナの声に、卓斗は恵依の腰へ目を向けた。
第一分霊石から託された九色の石は専用ケースへ収められている。外から光は見えないが、卓斗の右手首にある契約紋が、微かな熱を帯び始めていた。
恵依と絵麻も同時に自分の契約紋へ触れる。
「前日より強いです」
恵依はケースの留め具を押さえた。
「演習場の奥から返っています。ただ、領地核を模した標的の反応も混ざっています」
「ネックレスだけ追えない?」
「対象が近づけば、区別できる可能性はあります」
「まだ本人いないみたいだけど」
絵麻が群青の旗の下へ視線を向ける。
演習場の中央では、群青の外套を着た兵士たちが障害物の位置を調整していた。最奥の標的から二十メートル手前には、長身の青年が立っている。
白に近い銀髪を後ろへ流し、濃紺の騎士服を纏っていた。腰には長剣を下げているが、鞘から抜く様子はない。
「あの人、昨日の肖像にはいなかったよな?」
「候補者本人ではありません」
恵依は青年の足元へ集まる魔素を見た。
「周囲の地面へ重さが加わっています。立っているだけで、足場へ圧力がかかっているようです」
青年が訓練参加者へ視線を向けると、ざわめいていた一団が静かになった。
「これより、エルザヴェート様の陣営へ参加を希望する者を対象に、実戦形式の確認を行う」
低く通る声が演習場へ響く。
「私はローデリヒ・ヴァイセンベルク。エルザヴェート様の護衛騎士を務めている」
「エルザヴェート様、ね」
卓斗が小声で呟く。
「かなり大事にしてそう」
「当然でしょう。護衛騎士なのですから」
「恵依、そういう真面目な返しすると会話終わるんよ」
「終わらせるために返しました」
「冷たくない?」
ローデリヒは参加者を六人ずつの小隊へ分け、試験の条件を説明した。
開始地点から最奥の標的まで進み、制限時間内に群青の旗を立てる。武器は刃を潰した訓練用だが、魔素の使用は許可されている。
途中で行動不能と判断された者は、その場で失格となる。味方を置き去りにして標的へ進んだ場合も評価を下げると告げられ、参加者たちの表情が変わった。
「早い者勝ちじゃないのね」
「陣営へ入れる人員を見ています」
恵依は開始地点に並ぶ六人の装備を確認した。
「個人の突破力だけではなく、連携と救助判断も必要なのでしょう」
「候補戦そのまま小さくした感じか」
最初の小隊が開始地点へ立つ。
盾を持つ兵士が二人、槍使いが一人、剣士が二人、弓を持つ女性が一人。標的までの直線上には土塁と木柵があり、中央から進めば何度も足を止められる配置だった。
ローデリヒが片手を上げる。
「——始め」
六人が一斉に走り出した。
盾役二人が前へ出て、後方の四人を守る。最初の土塁までは二十メートル。右側へ進路を寄せ、木柵と石柱の間を抜けようとした。
十メートル進んだところで、盾の表面へ甲高い音が続いた。
何かが当たった痕だけが、金属板へ浅く残っている。刃そのものは見えない。
「今、何?」
絵麻が身を乗り出す。
「刃です」
恵依は盾の周囲へ残る魔素を追った。
「右斜め前から三つ。ほぼ同時に当たっています」
「誰が飛ばしたの?」
「来るわよ」
ティナが演習場の南門へ顔を向ける。
群青の旗を掲げた兵士たちが左右へ分かれ、その間から一人の少女が歩いてきた。
淡い金髪が朝の光を受け、肩の後ろへ流れている。群青と白を基調とした装束の胸元には、銀細工のネックレスが下がっていた。
昨日、馬車の窓から見えた少女だった。
エルザヴェートは演習場中央まで進むと、ローデリヒの隣で足を止めた。両腕を胸の前で組み、楽しげな笑みを浮かべる。
その瞬間、卓斗たち三人の契約紋が一段強く熱を持った。
恵依の腰にあるケースが細かく震え、九色の光が布の隙間から漏れる。反応は領地核を模した標的ではなく、エルザヴェートの胸元へ真っ直ぐ向いていた。
「流川様」
「分かっています」
恵依はケースを外套で隠し、呼吸を整えた。
「ネックレス内部の可能性が高いです。ただ、石そのものか、別の構造を介しているのかは断定できません」
「本人も反応に気づいてる?」
卓斗はエルザヴェートの視線を追った。
彼女は訓練参加者を見ている。こちらへ顔を向けた様子はないが、ネックレスへ一度だけ視線を落としていた。
「気づいている可能性はあります」
「なら、余計に慎重」
ナーヴァは見物席の前列へ移動した。
「まず、見る」
演習場では、最初の小隊が不可視の刃へ進路を塞がれていた。
盾役が正面の刃を受け止めている間に、剣士二人が左右へ分かれる。右へ回った剣士は木柵を飛び越え、エルザヴェートの死角へ入ろうとした。
「死角なんてないよ」
エルザヴェートが笑みを深める。
剣士の着地点へ、地面から三本の刃が湧いた。
刃は足首を切らず、靴の前と左右へ突き刺さる。着地場所を失った剣士は身体を捻り、肩から土の上へ転がった。
左へ回った剣士は低い姿勢で石柱の陰へ入る。姿が隠れた直後、その背後から不可視の刃が振り下ろされ、訓練剣の柄だけを弾いた。
武器が手から抜け、石畳を滑っていく。
「見えてないのに、何で分かるの?」
「本人が見ているわけではない」
ティナはエルザヴェートの周囲へ浮かぶ魔素を見た。
「刃そのものが、動きと敵意へ反応している。あの少女は条件を与え、あとは任せているのね」
「自動で迎撃してるってことか」
「それだけではありません」
恵依は倒れた剣士の足元を見た。
「刃は急所を避けています。進路を塞ぐ時と、武器を落とす時で角度が違います。参加者の姿勢まで読んで、負傷しにくい軌道へ変えています」
「自動なのに、そこまで細かいの?」
「だから、興味深いのよ」
エルザヴェートは自分へ向かって放たれた矢を見ながら、楽しそうに口を開いた。
「弓の彼女は、盾役の肩越しに射線を通した。仲間の動きを信頼しているね。ただし、狙いが正直すぎる」
彼女の前方へ現れた刃が、飛来した矢の先端だけを横から叩く。
矢は軌道を変え、最奥の標的から五メートル離れた地面へ突き刺さった。エルザヴェートは一歩も動かず、腕も組んだままだった。
「ボクが動く必要なんてないだろう?」
参加者たちは正面突破を諦め、倒れた仲間を起こして左側の狭い通路へ入った。
六人全員で進路を変えたため、不可視の刃は追撃せず、障害物の間へ戻っていく。最終的に制限時間内の到達には失敗したが、負傷者を置き去りにしなかった点は評価されたらしい。
ローデリヒが記録係へ結果を伝える。
その隣では、赤茶色の髪を後ろで束ねた少女が、空中へ浮かぶ薄い紙へ文字を書き込んでいた。紙の上には先ほどの小隊の動きが線として記録され、刃に止められた位置や、進路変更の経路まで残っている。
「あれも能力?」
「魔素で記録しています」
恵依は紙へ重なる波形を見た。
「視界に入れた動きと地形を写し取っているようです」
少女は書き終えた紙を参加者へ渡し、笑顔で失敗した場所を指した。
「盾役が止まった時、後ろの四人まで足を止めちゃったのが惜しかったね。左右へ一人ずつ流せば、正面の刃を分けられたかも」
「次があるなら試す」
「うん。怪我は左肩だけ? 治療班にも見せてね」
説明を終えた少女は、次の記録紙を準備した。
「明るい人ね」
「陣営の記録担当と思われます」
ゲブは紙の上を流れる魔素を追った。
「戦闘だけではなく、地形と判断も保存しています。過去の訓練と比較することも可能かもしれません」
二組目の訓練が始まった。
今度は参加者四人が中央を避け、開始直後から左右へ二人ずつ分かれる。前の小隊の失敗を見て、不可視の刃を分散させるつもりらしい。
右側の二人は土塁を盾にし、左側の二人は木製障害物を押し倒して通路を作った。
エルザヴェートの刃が左右へ別れる。
右側では盾の縁を叩いて進行方向を外へ寄せ、左側では倒れた木材の前へ刃を並べて足を止める。参加者たちは前進と後退を繰り返しながら、少しずつ最奥へ近づいた。
「前より進んでる」
「エルザヴェートも調整しています」
恵依は右側の刃が攻撃ではなく、誘導へ変わったことに気づいた。
「簡単に止められるのに、あえて進ませています。次の判断を見るためだと思います」
「訓練っていうより、ずっと試されてる感じだな」
「候補戦では、想定外に対応できなければ困るのでしょう」
右側の参加者が標的まで残り三十メートルへ入った。
そのうち一人が土塁を蹴って高く跳び、不可視の刃の上を越えようとする。跳躍中は進路を変えにくいが、着地点まで届けば標的へ一気に近づける。
エルザヴェートの笑みが僅かに深くなった。
「その選択は嫌いじゃないよ。でも、着地先を空けておく理由はないね」
参加者の着地点へ刃が展開される。
空中の男は両手の訓練剣を交差させ、刃を受けようとした。不可視の衝撃が剣へ当たり、身体が右へ押し流される。
男は予定していた土の足場ではなく、見物席側の木柵へ向かって落ちた。
距離は十メートルほどある。柵を越えて見物席へ入れば、前列の観客を巻き込む。
エルザヴェートの刃が追う。
だが、空中で姿勢を崩した男は恐怖から魔素を暴発させ、握っていた訓練剣へ過剰な出力を流した。
剣の表面が赤く膨らみ、着地前に亀裂が走る。
「破裂します」
恵依の声が鋭くなる。
「落下地点は柵の手前。破片は見物席へ飛びます」
ナーヴァがデュランダルへ手をかけた。
しかし、男と観客の間には訓練区域を隔てる結界がある。ナーヴァが剣で魔素線だけを切れば、緩衝結界まで壊す危険があった。
「卓斗。左へ」
恵依が破裂寸前の剣を指す。
「破片の多くは右斜め前へ飛びます。持ち手側を左へずらせば、観客席から外れます」
「了解」
卓斗は右手を前へ出した。
治りきっていない手首へ強い出力は流せない。剣全体ではなく、男が握る柄の根元だけを狙う。
黒い魔素が細く伸び、訓練剣を左へ押した。
剣先が見物席から外れ、演習場中央へ向く。
直後、赤く膨らんだ刀身が弾けた。
十数個の金属片が扇状に飛び散る。大半は中央の土塁へ向かったが、二つだけが軌道を外れ、見物席前列へ飛んだ。
「絵麻さん、右端です」
「見えてる!」
絵麻は柵の前にいた母子へ手を伸ばした。
自分ごと動けば脇腹への負担が大きい。母子二人の位置だけを、後方の空いた石段へずらす。
空間が短く歪み、二人の姿が前列から消えた。
次の瞬間、金属片が元いた場所の木柵へ突き刺さる。一本は柵を貫通し、石段の縁へ当たって止まった。
残る一本は、卓斗が左へずらしきれなかった軌道から、別の観客へ向かっていた。
白銀の魔素が卓斗の足元へ流れる。
「タク。反動を受け止めなさい」
ティナが地面の密度を高め、卓斗の踏み込みを固定した。
卓斗は金属片へ斥力を向ける。
正面から止めれば、砕けた破片が周囲へ散る。右側面だけを押し、進路を見物席と平行へ曲げた。
金属片は前列の顔の高さを横切り、避難通路の石壁へ突き刺さった。
衝撃が右手首から肘へ返る。
「っ……普通に痛いな、これ」
卓斗の指先が痺れ、右腕が僅かに下がった。
同時に、落下していた参加者の背後へ不可視の刃が現れた。
刃は男の身体を斬らず、外套と腰帯だけを捉える。空中で落下速度を削り、訓練区域の土へ背中から落とした。
さらに三本の刃が、卓斗の斥力で曲がった金属片の後方へ走る。
石壁へ刺さる前に金属片を細かく切断し、残っていた魔素まで断ち切った。破片は勢いを失い、避難通路の床へ乾いた音を立てて落ちる。
騒ぎが収まった後、演習場には一瞬の静寂が落ちた。
絵麻が移動させた母子は後方の石段で互いを抱きしめている。怪我はない。落下した参加者も土の上で咳き込んではいるが、意識は保っていた。
「全員、その場を動かないで!」
記録係の少女が治療班へ合図を出した。
ローデリヒは参加者のもとへ走り、訓練剣の残骸と負傷状態を確認する。治療班が男を担架へ乗せる間、群青の兵士たちは観客席前の柵と結界を調べ始めた。
「卓斗くん、右手は?」
恵依が卓斗の隣へ来る。
「動く。ちょっと痺れただけ」
「少しでも痛みが残るなら、後で確認を受けてください」
「はいはい」
「返事が軽いです」
「重く返事したら治る?」
「治りません」
「だよな」
絵麻も脇腹を押さえながら前列へ戻ってきた。
「母子は無事。私も平気」
「絵麻さんも、空間を動かしました」
「近距離よ。それに、あのままじゃ刺さってたでしょ」
「責めてはいません。ただ、負担は確認します」
「分かったわよ」
ナーヴァは三人の状態を短く確かめ、演習場中央へ視線を戻した。
エルザヴェートがこちらを見ていた。
腕は組んだまま。笑みも消えていない。だが、訓練参加者へ向けていた興味よりも、さらに強い好奇心が卓斗たちへ向けられている。
「へえ」
エルザヴェートは不可視の刃を消し、見物席へ近づいてきた。
「今の黒い力は、単純に押したわけではないね。剣の中心ではなく、柄の根元へ力を加えて回転させた。二度目は破片の側面だけを押して、速度を残したまま軌道を変えた」
卓斗は右手を庇いながら一歩下がった。
「初対面で能力の解説されるの、普通に怖いんだけど」
「怖がる必要はないよ。ボクは興味を持っただけだ」
「その興味の持ち方が怖いって言ってるんよ」
エルザヴェートは楽しそうに笑い、今度は絵麻へ視線を移した。
「そちらの彼女は、人だけを動かした。空間そのものを引き寄せたのかな。それとも、二つの位置を入れ替えた?」
「教える義務ある?」
「ないよ。だから、ボクが勝手に考える」
「面倒なタイプね」
「よく言われる」
ローデリヒが戻り、エルザヴェートと卓斗たちの間へ立った。
「エルザヴェート様。負傷者は右腕の捻挫と軽度の打撲です。観客にも怪我はありません」
「それはよかった」
エルザヴェートは母子が無事であることを確認し、僅かに肩の力を抜いた。
「剣の破裂は、本人の出力制御不足だね。ただ、見物席へ落ちる可能性を考えれば、配置にも改善が必要だ。ミレーネ、記録しておいてくれるかい?」
「もう書いてるよ」
記録係の少女は、空中の紙へ訓練区域と見物席の距離を書き加えていた。
「跳躍地点から柵まで三十一メートル。緩衝結界だけだと、武器そのものの破裂には足りないかも。次から透明壁を一枚追加するね」
「頼むよ」
エルザヴェートは再び卓斗たちへ向き直る。
「さて。国外の騎士団が見物に来て、偶然ボクの訓練を助けてくれた。名前を聞いてもいいかな?」
ナーヴァが一歩前へ出た。
「フィリスティア王国。第六騎士団団長、ナーヴァ・オスティン」
ローデリヒの表情が僅かに硬くなる。
「第六騎士団の団長が、なぜエルザヴェート様の公開訓練へ?」
「国外任務。調査中」
「何の調査ですか?」
「特殊な石。帝国内で反応が出た」
ナーヴァは必要以上の情報を加えなかった。
ローデリヒは卓斗たち三人と三竜精霊を順に見る。特に恵依の腰にある専用ケースへ視線を止めたが、近づこうとはしなかった。
「その調査と、エルザヴェート様に関係があると?」
「まだ分からない」
「分からない状態で近づいたのですか?」
「だから、見てた」
短い返答に、ローデリヒの眉が僅かに寄る。
「ローデリヒ、そう警戒しなくてもいいだろう」
エルザヴェートは胸元のネックレスへ指先を触れた。
銀細工の中央には、淡い青白い石が埋め込まれている。触れた瞬間、恵依のケースが再び震えた。
今度は隠しきれないほど強い。
九色の光が布越しに漏れ、卓斗、恵依、絵麻の契約紋へ同時に走る。ティナたち三竜精霊の周囲にも、それぞれ白銀、白銅、白鋼の魔素が薄く浮かんだ。
エルザヴェートのネックレスも青白い光を返した。
「やはり、これか」
恵依は声を抑えた。
「卓斗くん、絵麻さん。反応は同じですか?」
「右手まで熱い」
「私も。昨日より強いわ」
ローデリヒが即座にエルザヴェートの前へ出る。
「エルザヴェート様、お下がりください」
「危険とは限らないよ」
「不明な反応です」
「だから興味深いんじゃないか」
「エルザヴェート様」
ローデリヒの声には、明確な制止が含まれていた。
エルザヴェートは困ったように笑ったが、護衛の判断を無視して前へ出ることはしなかった。
その隣で、ミレーネが恵依の視線を追う。
「あなた、最初からネックレスだけを見てたわけじゃないよね?」
恵依はミレーネへ顔を向けた。
「周囲の魔素経路も確認していました」
「帝都の領地核と、防衛結界も?」
「表面に現れている流れだけです。許可なく深く解析してはいません」
「なるほど。変な人じゃなさそう」
「判断が早くない?」
卓斗が口を挟む。
「少なくとも、胸元だけ見てる貴方よりは信用できそう」
「俺、ネックレス見てただけだからな?」
「言い方を変えても、誤解は減らないわよ」
ティナの指摘に、卓斗は口を閉じた。
エルザヴェートは卓斗たちのやり取りを楽しそうに眺めた後、ローデリヒの肩越しにナーヴァを見る。
「ナーヴァ団長。ここでは話しにくい内容のようだね」
「そう」
「なら、ボクたちの仮宿舎へ来ないかい? もちろん、武器を預けろなんて言わない。こちらも護衛をつけるし、君たちも全員で来ればいい」
「エルザヴェート様」
「ローデリヒ。彼らが敵なら、さっき観客を助ける必要はなかった。それに、あの石とボクのネックレスは、互いに反応している」
エルザヴェートは胸元の石座を指先でなぞった。
「無関係だと決める方が不自然だろう?」
ローデリヒはすぐには答えなかった。
卓斗たちの団章、ナーヴァのデュランダル、三竜精霊、専用ケースを順に確認する。最後にエルザヴェートの横顔を見て、短く息を吐いた。
「会談場所の安全を確認します」
「ありがとう」
「ただし、私とミレーネも同席します」
「当然だよ」
ナーヴァも卓斗たちへ視線を向けた。
「行く。でも、話す範囲はこっちで決める」
「分かってる」
卓斗はまだ痺れの残る右手を軽く振った。
「いきなり全部話すとか、俺でもしないから」
「卓斗くんなので、確認は必要です」
「恵依、最近その使い方に慣れてきてない?」
「便利なので」
「俺の名前、雑に使われすぎだろ」
エルザヴェートが声を上げて笑う。
「君たちは面白いね。能力だけじゃなく、関係も興味深い」
「観察対象みたいに言うのやめてもらっていい?」
「実際、観察しているからね」
「隠す気ゼロじゃん」
公開訓練は一時中断となり、見物人たちは係員の案内で別の区域へ移され始めた。
卓斗たちは治療班から右手首と絵麻の脇腹を確認され、大きな悪化がないことを確かめてから演習場を出る。先頭をローデリヒとエルザヴェートが進み、ミレーネがその後ろで記録紙を整理していた。
群青の旗が並ぶ通路へ入る直前、エルザヴェートが一度だけ振り返る。
その指先は、母の形見らしいネックレスへ触れたままだった。
「ボクも、君たちが持っているものに少し興味があるんだ」
九色の石が、その言葉へ応じるように専用ケースの中で脈打った。
第二の分霊石に最も近い反応を持つ少女は、警戒よりも好奇心を選び、自ら卓斗たちを招いた。
卓斗たちは群青の旗の下を進み、エルザヴェートの仮宿舎へ向かった。




