第三章 2 『自律の剣姫』
群青の旗を掲げた馬車が街道の先へ消えてからも、九色の石はしばらく細い光を返し続けていた。
恵依は歩調を落とし、腰へ下げた専用ケースへ指先を添える。第一分霊石から託された石そのものには触れず、布越しに漏れる魔素の向きだけを確かめた。
「反応は弱まりました。ただ、完全には消えていません」
「馬車を追えば、まだ間に合う?」
絵麻は帝都へ続く街道の先を見た。
群青の騎兵隊はすでに他の荷馬車や旅人の列へ紛れ、最後尾の旗がかろうじて見える程度まで離れている。空間を動かせば距離を縮められるかもしれないが、右脇腹へ残る痛みと、帝国内での無許可使用を考えれば選べる手段ではなかった。
「追わない」
ナーヴァは迷わず答えた。
「相手の名前。立場。泊まる場所。先に調べる」
「ですよね」
卓斗は左肩を庇いながら荷物の紐を直した。
「入国初日に知らない女子の馬車追い回す集団とか、騎士団以前に普通に怖いし」
「タク一人なら、十分あり得るわね」
「俺の信用、国境越えた瞬間に落ちすぎじゃない?」
ティナは答えず、帝都の城壁へ視線を向けた。
日が傾くにつれて、城壁の輪郭は街道の先でさらに大きくなっている。灰白色の壁は左右の丘陵へ沿って伸び、上部には一定間隔で監視塔が並んでいた。中央門の上だけは他より一段高く、その頂上に金と黒で染められた帝国旗が掲げられている。
その下では、赤、白、黒、群青の四旗が同じ高さで翻っていた。
帝都へ近づくほど、街道を進む人の流れも複雑になっていく。
赤い腕章を巻いた商人が赤旗の詰所へ荷を運び、白い外套の騎兵が軍用門へ入る。黒旗を背負った若者たちは荷車を自分たちで押し、群青の紋章をつけた文官は街道脇で帳簿を確認していた。
「旗が違うだけで、入口まで分かれてるの?」
絵麻が四本の誘導標識を見上げる。
「支持陣営別の受付と思われます」
ゲブは標識の下を通る人々と、建物の壁へ刻まれた紋章を見比べた。
「ただし、候補戦へ直接関係しない旅人用の窓口も存在します。私たちはそちらへ進むのが適切かと」
「国外の騎士団。大帝直属窓口を使う」
ナーヴァが中央の黒金標識を示した。
候補者の四旗とは異なり、その道だけは帝国旗が掲げられている。幅は他より狭いが、警備兵の数は多い。訪問目的と身分の確認を終えた者だけが、城門内部へ通されていた。
「勝手にどっかの色へ入れられなくてよかった」
卓斗は四本の旗を順に見た。
「入国しただけで派閥決まるとか、学校のクラス分けより重いだろ」
「候補者への支持を表明すれば、物資の優先取引や保護を受けられる可能性があります」
恵依は街道脇の商店へ視線を向けた。
白旗の札を掲げた店には武装した兵が並び、黒旗の店では食料袋が低い価格で積まれている。支持は思想だけではなく、生活と直接つながっているらしい。
「逆に、候補者が負けたら?」
「支援関係も変わると思います」
「国全体で応援してるってより、生活賭けてる感じか」
「軽く扱わない方がよさそうです」
「それは分かる」
卓斗の声から軽さが少し消えた。
国境橋の爆発でも、巻き込まれかけたのは候補戦とは無関係に見える親子だった。旗を選ぶのは自由でも、その結果まで本人だけで引き受けられるわけではない。
帝都正門前の広場へ入ると、ナーヴァは一行を人通りの少ない壁際へ寄せた。
正面には大帝直属の受付所があり、左右には候補者陣営ごとの案内塔が建っている。それぞれの塔には候補領の地図、現在の制圧状況、物資募集、負傷者受け入れ先などが掲示され、多くの市民が足を止めていた。
「先に滞在場所を決める」
ナーヴァは国書を入れた革袋を確かめた。
「全員、ここで待つ。勝手に動かない」
「俺ら、七歳に引率されてる高校生三人みたいになってない?」
「実際、引率されてるわよ」
「そこ事実で刺すのやめてもらっていい?」
ナーヴァは卓斗の抗議を無視し、受付所へ向かった。
護衛もつけずに小柄な少女が帝国兵の前へ進んだため、最初は周囲から奇異の視線が集まった。しかし、彼女が第六騎士団の団章と国王印のある国書を出すと、受付の兵士たちは姿勢を正した。
卓斗は壁際へ背を預け、肩の力を抜く。
長旅の疲れに加えて、国境で魔素を使った左肩がまた重くなっていた。無理に腕を上げなければ鋭い痛みはないが、荷物を背負っているだけで熱が奥へ溜まる。
「タク。荷物を下ろしなさい」
ティナが肩口へ手を伸ばした。
「ここで?」
「ここでよ。悪化させてから休む方が非効率でしょう」
「その言い方されると従うしかないな」
卓斗が荷物を地面へ置くと、左肩へかかっていた圧力が抜けた。
絵麻も壁際の低い石台へ腰を下ろしている。空間を動かした反動は軽かったものの、長く歩き続けたことで右脇腹の固定帯が擦れ、時折、服の上から位置を直していた。
「絵麻ちゃん、痛いですか?」
ラールが心配そうに隣へ寄る。
「少しだけ。騒ぐほどじゃないわ」
「でも、少しがいっぱいになると大変です!」
「何その雑な計算」
「ゲブちゃんが言ってました!」
ラールが胸を張ると、ゲブは僅かに首を傾けた。
「私は、負荷の蓄積は無視すべきではないと申し上げました」
「だいたい同じです!」
「だいぶ違うでしょ」
絵麻は呆れながらも、固定帯を締め直すため姿勢を変えた。
その間、恵依は目の前に立つ四本の案内塔を観察していた。
塔の表面には帝国文字が刻まれている。卓斗たちは言葉を聞き取れても文字は読めないため、内容を理解できるのは旗の色と地図の形、絵で示された兵や荷物の数程度だった。
「文字読めないの、こういう時に致命的だな」
卓斗も案内塔を見上げた。
「地図っぽいのは分かるけど、何書いてあるか全部ノリで判断するしかない」
「絵だけでも、一部は推測できます」
恵依は群青の塔に描かれた地図を指した。
「中央の円が帝都。そこから外側へ複数の領地が線でつながっています。旗印の数が、現在の保有領を示している可能性があります」
「群青、少なくない?」
絵麻の指摘通り、群青の旗印は四つの塔の中で最も少なかった。
白旗の塔には城塞を示す印が多く、赤旗の塔には山地と国境線、黒旗の塔には市街や市場に近い絵が並んでいる。群青の塔だけは領地数が少ない代わりに、複数の人型と盾の印が描かれていた。
「支持してる人の数とか?」
「断定はできません」
ゲブが群青の塔を見上げる。
「ただ、他の塔よりも救助所や避難経路に近い図柄が多いように思われます」
「昨日の馬車の子、そういう陣営なのかしら」
「名前すら分かっていないわ。印象だけで決めつけない方がいい」
ティナが会話を切ったところで、受付所からナーヴァが戻ってきた。
「宿舎、取れた」
「早くない?」
「国賓用じゃない。国外騎士用」
「普通で助かる」
「明日、帝国政務院で目的説明。今日は調査だけ」
「調査って、昨日の馬車の人?」
「それも。候補戦も知る」
ナーヴァは一行を中央広場の奥へ導いた。
帝都内部は、城壁の外から想像していた以上に広かった。
大通りは六台の馬車が並べるほどの幅があり、両側には石造りの建物が五階ほどの高さで連なっている。上層階を渡すように橋が架かり、地上の人通りを避けて兵や伝令が移動していた。
大通りの中央には剣を模した長い水路が走り、その周囲を四旗の小さな飾りが囲んでいる。水路の底には魔素を通す金属線が埋め込まれ、都市の奥へ向かって光が流れていた。
「ここも結界につながってます」
恵依は水路を横切る橋の前で足を止めた。
「国境で感じた流れと似ています。ただ、密度が高いです」
「確認できた範囲では、四方向から異なる波形が合流しています」
ゲブも白銅の魔素を広げず、表面へ漏れる流れだけを読んだ。
「候補者ごとの領地核が、帝都側の機構へ接続されている可能性があります」
「候補戦って、旗取りゲームじゃないの?」
卓斗は水路の光を追った。
「土地の結界まで動かすなら、普通に国のシステム触ってるだろ」
「その理由も、政務院で確認する」
ナーヴァが歩き出す。
「勝手に解析しない」
「分かっています」
恵依は水路から視線を外した。
第一分霊石の専用ケースは、帝都へ入ってからも弱く振動している。だが、街の至るところに似た魔素経路があるせいで、一つの方向だけを選ぶことが難しい。
先ほどの少女へ反応した時だけは、鋭く一点へ向いていた。
その違いを確かめるには、もう一度近くで反応を見る必要がある。
一行が中央広場へ着いた頃、日没を告げる鐘が鳴り始めた。
広場の中心には巨大な石柱が四本立ち、それぞれに候補者の旗と肖像板が掲げられている。周囲には候補戦の経過を確認する市民、兵士、商人が集まり、掲示を読み上げる係員の声が響いていた。
「読めない人向けに話してる?」
「帝国文字を読めない民や、遠方から来た者もいると思われます」
ゲブは係員の声へ耳を傾けた。
石柱の前では、青い上着を着た男性が長い棒で地図を示している。
「本日、第三刻をもって、白耀の騎士ジークヴァルト・オルタシア候補は北西城塞領リューゲンの領地核を掌握。城壁、住民、降伏部隊への損害なし。制圧を正式に認定する」
白旗の前から歓声が上がった。
兵士たちが拳を掲げ、商人はその場で新しい取引先を確認し始める。隣では白旗の札が一枚増やされ、地図上の城塞へ差し込まれた。
「一個取ったってこと?」
「そうみたいね」
「候補者本人が戦ったのかしら」
掲示係の声が次の報告へ移る。
「刹那の影カイン・レムナント候補は、南市街領の補給路二本を確保。ただし、領地核は未掌握。市街内での交戦は規定範囲に収まり、住民被害なし」
黒旗の前では、歓声より先に荷物を抱えた者たちが動いた。
補給路が確保されたことで、止まっていた物資を運べるようになったらしい。市民の反応は候補者への熱狂というより、自分たちの生活が動くことへの安堵に近かった。
「候補戦って、経過が全部公開されるんだな」
「不正や虐殺を防ぐためでしょう」
恵依は四本の石柱の周囲に立つ灰色の外套を見た。
候補者の色を身につけていない騎士たちが、掲示板と群衆を監視している。胸元には秤を模した紋章があり、候補戦の審判団と思われた。
「規則違反も、あの人たちが判断するのかも」
絵麻が言い終えた時、広場の東側から怒鳴り声が上がった。
「先に通行許可を取ったのはこちらだ!」
「期限を過ぎた許可に価値があると思うな!」
赤旗を掲げた荷車と、白旗をつけた騎兵隊が大通りの交差地点で向かい合っていた。
赤旗側の荷車は六台。木箱と樽を積み、広場の南へ抜けようとしている。対する白旗側の騎兵は八騎で、北の軍用路へ進むため交差点を塞いでいた。
周囲の市民が足を止め、通路の両側へ退く。
「迂回すれば済むんじゃない?」
卓斗は二本の脇道を見た。
「赤側は荷車が大きすぎて、狭い道へ入れないと思います」
恵依は建物と車輪の幅を確かめた。
「白側も、騎兵隊の後ろに別の隊列があります。引き返すには距離が長いです」
「両方、引けない感じか」
赤旗側の先頭に立つ大柄な兵士が、腰の剣へ手をかけた。
白旗側の騎兵も槍を水平へ倒す。距離は十二メートルほどあるが、間には商人が落とした籠や、避難しきれていない老人が残っていた。
「全員、下がる」
ナーヴァは卓斗たちを広場の石柱側へ移動させた。
「介入しない」
「でも、あの人まだ間にいる」
絵麻の視線の先で、老人が杖をつきながら交差点を渡ろうとしていた。
周囲の声に驚いて足が止まり、赤側の荷車と白側の騎兵のちょうど中間に取り残されている。
赤旗の兵士が剣を半分まで抜いた。
「退け!」
「そちらが武器を収めろ!」
白旗の騎兵が槍先へ光を集める。
馬が前脚を踏み鳴らし、石畳へ金属音が続いた。老人は身体を縮め、どちらへ逃げるべきか判断できずにいる。
「ナーヴァ」
卓斗が声を低くする。
「待つ」
ナーヴァは灰色の審判騎士へ視線を向けていた。
二名が交差点の左右から走り、両陣営の間へ入る。だが、赤旗の兵士が剣を抜く方が僅かに早かった。
刃から赤い魔素が伸び、地面すれすれを横へ走る。
狙いは騎兵の前方を切って威嚇することだった。しかし、石畳に置かれた籠へ刃が触れ、軌道が上へ跳ねた。
老人の膝へ向かう。
卓斗が右足を踏み出した瞬間、灰色の審判騎士が片手を上げた。
広場全体へ、薄い灰色の魔素が波のように広がる。
赤い斬撃は老人の手前二メートルで速度を失い、地面へ落ちた。白旗側の槍先へ集まっていた光も同時に薄くなり、馬たちの足元を覆っていた強化の魔素まで均されていく。
「候補戦規定、第十二条」
審判騎士の声が広場へ響いた。
「非戦闘区域における威嚇攻撃、ならびに民間人を挟んだ武器展開を確認。両陣営、直ちに武装を解除せよ」
「こちらは攻撃されただけだ!」
白旗の騎兵が反論する。
「槍へ魔素を収束させた時点で、同様に武器展開と判断する」
審判騎士は左右を見ず、老人の前へ立った。
「異議は審判所で受け付ける。ここでは従え」
赤旗の兵士は歯を食いしばったが、剣を鞘へ戻した。
白旗側も槍を立てる。均された魔素が消えると、広場の空気は徐々に緩んだ。
別の審判騎士が老人を交差点の外へ連れ出し、荷車と騎兵隊の双方へ通行順を指示していく。先に荷車を南へ通し、その後、騎兵隊を北へ進ませるようだった。
「今の魔素、広場全体を弱くした?」
卓斗は止めていた足を戻した。
「特定の攻撃だけではありません」
恵依は消えていく灰色の流れを追った。
「周囲の出力を一定の範囲へ均していました。強い魔素ほど大きく抑えられ、弱いものへの影響は少なかったと思います」
「候補戦の審判が、あれを使えるってこと?」
「全員ではないわ」
ティナが審判騎士たちの後方へ目を向けた。
広場の階段上に、一人の男性が立っている。
年齢は四十代半ばほど。濃灰色の髪を後ろへ撫でつけ、装飾の少ない長剣を腰へ下げていた。他の審判騎士と同じ秤の紋章をつけているが、外套の縁だけは金で縫われている。
「あの男が中心よ」
「知ってるの?」
「名前までは知らないわ。ただ、今の魔素はあの男から広がった」
男性は交差点の状況を一度確認すると、卓斗たちの方へ視線を移した。
ほんの数秒だったが、ナーヴァの腰にあるデュランダルと、卓斗たちの第六騎士団章を見ている。
ナーヴァも視線を返したものの、互いに近づくことはなかった。
「候補戦、思ったより管理されてるな」
卓斗は通行を再開した人々を見た。
「喧嘩したら即アウトって感じ?」
「武器を抜くだけで失格になるわけではないと思います」
恵依は広場の石柱に刻まれた規則へ視線を向けた。
「交戦可能な区域や目的が細かく決められているのでしょう。先ほどは非戦闘区域で、民間人が間にいたことが問題だったはずです」
「剣聖決めるために、やってること国取り合戦なのに、ルールめちゃくちゃ細かいな」
「剣の強さだけでは、帝国全体を守れないということだと思います」
「兵站も救助も政治もできる剣士を選ぶってこと?」
「少なくとも、腕力だけを見てはいません」
広場の騒ぎが収まると、掲示係が再び候補者の情報を読み上げ始めた。
四本の石柱へ、一枚ずつ候補者の肖像板が掲げられる。
「白耀の騎士、ジークヴァルト・オルタシア」
白旗の下には、穏やかな表情をした銀髪の青年が描かれていた。
軍装は白を基調とし、腰には細身の剣がある。肖像の周囲には城塞と光の意匠が刻まれ、保有領を示す札も四候補の中で最も多い。
「大貴族オルタシア家の嫡男。軍部および帝国北西貴族の支持を受ける。現在の保有候補領、七」
「本命っぽいな」
卓斗が呟く。
「保有数だけなら、そう見えます」
次に黒旗の肖像板が上がった。
「刹那の影、カイン・レムナント」
黒髪の青年は無表情で、細身の剣を肩へ担いでいる。背景には密集した市街と、粗末な家々が描かれていた。
「帝都下層区出身。南市街および労働区の支持を受ける。現在の保有候補領、四」
「スラム出身で候補者まで来たの?」
絵麻は肖像を見上げた。
「実力だけでは説明できない支持があるのでしょう」
恵依は黒旗の前に集まる市民へ目を向けた。
衣服は質素だが、他の旗の前よりも年若い者が多い。候補者の名が読み上げられると、大声ではなく、拳を胸へ当てる仕草で応えていた。
「断絶の巨腕、バルタザール・アイゼン」
赤旗の下には、筋骨隆々の大男が超大剣を背負った姿で描かれていた。
背景は帝国辺境の山脈と国境砦。赤旗の前には鎧へ傷を残した兵士や、厚い外套を着た旅人が集まっている。
「東方辺境伯家の長子。国境防衛軍および辺境領民の支持を受ける。現在の保有候補領、六」
「強そうっていうか、剣のサイズおかしくない?」
「タクの感想はいつも浅いわね」
「見た目の第一情報それだろ」
最後に、群青の旗が石柱の上へ広げられた。
「自律の剣姫、エルザヴェート・グリュンデューテ」
掲げられた肖像を見た瞬間、卓斗たち三人の契約紋が微かに熱を持った。
淡い金髪。楽しげな笑み。腕を組んだまま立つ少女の胸元には、銀細工のネックレスが描かれている。
馬車の窓から見えた少女と同じ顔だった。
「やっぱり、あの人ね」
絵麻が声を抑える。
「剣聖候補グリュンデューテ家の令嬢。帝都研究院、騎士学校の一部、中央東部の領民から支持を受ける。現在の保有候補領、三」
「一番少ないじゃん」
「領地数だけで判断しない」
ナーヴァは群青の肖像から目を離さなかった。
「まだ落選してない」
掲示係はエルザヴェートの次の予定も読み上げた。
「エルザヴェート候補陣営は、明日第二刻、帝都東演習場にて新規協力部隊への公開訓練を実施。その後、南東候補領への出陣準備に入る」
群青の旗の前へいた市民たちがざわめく。
公開訓練への参加者を募る書類が配られ、見物を希望する者は別の列へ並び始めた。
恵依の腰にある専用ケースが、今度ははっきりと一度だけ震えた。
九色の光が布の内側から漏れ、群青の石柱へ細く伸びる。ネックレスの描かれた位置へ触れた直後、光は消えた。
「反応しました」
「見た」
ナーヴァは周囲に気づかれていないことを確認する。
「明日、行く」
「見物客として?」
「最初は」
「そこで本人に会えるかもしれないってことか」
卓斗は群青の肖像を見上げた。
笑みを浮かべた少女は、腕を組んだまま、正面の誰かを観察するような目をしている。候補領は最少。それでも、掲示板の前にいる者たちの表情には、負けが決まった陣営の諦めはなかった。
「接触しても、分霊石のことを最初から全部話すわけじゃないわよ」
ティナが念を押す。
「分かってる。ネックレスくださいとか言わない」
「当然です」
「恵依まで信用してない?」
「卓斗くんなので」
「また名前が理由になってるんだけど」
卓斗の抗議を聞き流し、ナーヴァは宿舎へ向かう道を確認した。
まずは明日の公開訓練を見る。
エルザヴェート・グリュンデューテがどのような候補者で、何を守ろうとしているのかを知る。そのうえで、母の形見らしいネックレスへどう近づくかを決める。
帝都の鐘が二度目の音を響かせ、四本の旗が夕暮れの風へ揺れた。
その中で群青の旗だけが、九色の石から返る微かな光を受けている。
卓斗たちは第二の分霊石へ近づく最初の手掛かりとして、翌朝、エルザヴェートの公開訓練へ向かうことを決めた。




