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第三章 1 『帝国へ続く四つの旗』



 フィリスティア王都を発ってから六日目の昼過ぎ、卓斗たちはエルヴァスタ大帝国の国境へ続く石橋の手前で足を止めた。


 幅二十メートル近い橋の向こうには、山肌を削って築かれた灰白色の関門がある。左右の断崖には監視塔が三基ずつ並び、塔の間を結ぶ鋼索には、赤、白、黒、群青の四種類の旗が風を受けて翻っていた。


 橋の上には、荷馬車と騎兵、旅人の列が途切れなく続いている。関門を抜けるだけでも、かなりの時間がかかりそうだった。


「国外任務って、もっとこう、馬車で一気に入れるもんだと思ってた」


 卓斗は第六騎士団の外套の襟を緩め、橋の先に伸びる列を見た。


「現実、入国待ちで終わる感じ?」


「国境を越える以上、確認が必要です」


 恵依は腰の小袋から身分証明書を取り出し、記載内容をもう一度確かめていた。


 右手首に残っていた固定具は、出発前日にようやく外れている。ただし、指先へ強く魔素を流すことは禁止されたままだ。左肩にも鈍い痛みが残り、卓斗は荷物の重さが片側へ偏らないよう背負い紐を何度も直していた。


「確認は分かるんだけどさ。列、普通に一時間以上あるだろ」


「二時間前後と推測されます」


 ゲブは関門の前で止められている荷馬車の数と、検査を終えた人の流れを見比べていた。


「確認できた範囲では、一台につき五分から八分ほど必要です。積み荷の多い商隊は、さらに時間がかかっています」


「精度高い絶望情報やめてもらっていい?」


「事実をお伝えしただけです」


 卓斗が肩を落とす横で、絵麻は列の側面を通り過ぎる騎兵隊へ視線を向けた。


 鎧の胸元には群青の紋章があり、槍の穂先にも同じ色の布が結ばれている。十騎ほどの一団は旅人を避けながら橋を渡り、関門の脇にある軍用通路へ入っていった。


「あっちは並ばなくていいのね」


「候補者陣営の兵」


 先頭に立つナーヴァが短く答えた。


 第六騎士団の外套を羽織り、腰には神器デュランダルを下げている。七歳の少女にしか見えない姿でありながら、遠征隊長として一行の身分証明書と国書を預かっていた。


「四つの旗。候補者ごと」


「もう候補戦って始まってるんだっけ?」


「始まってる。国境領も対象」


 ナーヴァは橋の左右へ目を向けた。


 断崖の上では帝国兵が弩を構え、橋の下には濁った川が流れている。水面まで二十メートル以上あり、落ちれば無事では済まない。橋の途中には三か所の検査区画が設けられ、鉄柵によって人と荷馬車の進路が分けられていた。


「ここも候補戦の領地なの?」


「違う。国境関門は大帝直属」


「じゃあ、旗は宣伝?」


「支持陣営の表示」


「選挙ポスターみたいなノリで軍隊歩いてるの、圧強すぎない?」


「タク。余計なことを口にしない方がいいわよ」


 ティナは卓斗の肩ほどの高さに浮き、四種類の旗を順に見た。


「ここはフィリスティアではないわ。候補者の支持について軽口を叩けば、誰が聞いているか分からないもの」


「言葉通じるの便利だけど、こういう時だけ不便だな」


「あなたの口を閉じれば済む話ね」


「それが一番難易度高いんよ」


 列が少し進み、卓斗たちは石橋へ足を踏み入れた。


 橋面は黒い石材で舗装され、両端には腰の高さまで防壁がある。ところどころに新しい補修跡が残り、石材の色が周囲と違っていた。候補戦による戦闘がここまで及んだのか、それとも単なる老朽化なのか、外から見ただけでは判断できない。


 恵依は歩きながら橋面へ視線を落とした。


「魔素の流れが複雑です」


「第二の分霊石?」


 絵麻が声を抑える。


「まだ断定できません。橋の内部に複数の術式が通っています。重量確認、侵入検知、通行制限……それ以外にも、国境全体へつながる流れがあります」


「国の結界か」


「その可能性が高いです」


 恵依の隣で、ゲブが白銅の魔素を細く広げた。


 目に見えないほど淡い線が足元へ落ち、橋の内部を流れる魔素へ重なる。だが、数秒も経たないうちにゲブは線を引き戻した。


「流川様。遠方から複数の流れが合流しています」


「方向は分かりますか?」


「断言はできません。ただ、西と北西からの流入が強く、中央へ向かって束ねられているように思われます」


「領地同士が結界でつながってるってこと?」


 卓斗が尋ねると、恵依は橋の先にある関門を見た。


「それに近い構造かもしれません。ですが、今ここで深く追うと、国境術式へ干渉したと判断される危険があります」


「初日に不法侵入扱いは嫌だな」


「初日でなくても嫌です」


「真面目に返されると、こっちが悪いみたいになるんだけど」


「実際、余計なことをしなければ問題ありません」


 列はゆっくりと進み、最初の鉄柵まで残り三十メートルほどになった。


 前方では、帝国兵が一台の荷馬車を止めている。荷台には木箱が積まれ、御者らしい男が身分証明書を差し出していた。兵士が箱の封を確認している間、別の兵士が長い杖を車輪と荷台へかざしている。


 杖の先から淡い光が広がった瞬間、一番奥の木箱が赤く明滅した。


「止めろ」


 兵士の声が橋の上へ響く。


 荷馬車の前後にいた四人が一斉に槍を構え、御者と同乗者を囲んだ。列の人々がざわめき、後ろへ下がろうとした者同士がぶつかる。


「全員、その場」


 ナーヴァの声は小さかったが、卓斗たちは足を止めた。


 赤く反応した木箱の蓋が、内側から跳ね上がる。中から飛び出したのは武器ではなく、拳ほどの黒い球体だった。


 球体は荷台の上で一度弾み、橋の中央へ転がる。表面には細い亀裂が走り、その奥で赤い光が膨らみ始めた。


「魔導具です」


 恵依が球体へ視線を固定した。


「内部の魔素が急速に圧縮されています。爆発する可能性があります」


「可能性じゃなくて止める!」


 絵麻が右足を踏み出しかける。


「動かない」


 ナーヴァが腕を伸ばし、絵麻の進路を塞いだ。


 球体までの距離は約二十五メートル。間には旅人が十数人おり、鉄柵と荷馬車が退路を狭めている。絵麻が空間を動かせば球体だけを外へ出せるかもしれないが、術式の構造も転移先も分からない状態では危険が大きい。


「でも、このままじゃ巻き込まれるでしょ!」


「帝国側が動く」


 関門の上から、鋭い金属音が鳴った。


 二階の射撃口にいた兵士が弩を下ろし、代わりに白い板状の魔導具を橋へ向ける。球体を囲むように四枚の透明な壁が立ち上がり、上部も閉じて箱型の隔離空間を作った。


 直後、黒い球体が破裂した。


 赤黒い炎と衝撃が透明壁の内側へ広がる。四方へ膨らんだ炎は壁へ衝突し、上へ逃げようとした圧力も天井面に押し戻された。箱全体が一度大きく膨らんだものの、外側へ炎は漏れない。


 ただし、爆発の反動は橋面を通して周囲へ伝わった。


 卓斗の足元が縦に揺れ、前にいた旅人が姿勢を崩す。右側の防壁際にいた少年が母親の手から離れ、橋の中央へ倒れ込んだ。


 同時に、爆発で驚いた馬が前脚を上げた。


 荷馬車の轅が横へ振れ、少年へ向かう。距離は五メートルもない。間にいた帝国兵は爆発した魔導具へ意識を向けており、馬の動きに反応できていなかった。


「タク、右へ弾きなさい」


 ティナの声と同時に、卓斗は動く左手を前へ出した。


 魔素を強く流せば、治りかけた右手首まで痛む。出力を広げず、横へ振れる轅の先端だけを狙う。黒い魔素が薄く走り、少年の頭へ向かっていた木製の棒を橋の外側へ押した。


 轅の軌道が半メートルずれる。


 それでも馬車全体の勢いは止まらず、車輪が少年の脚へ迫った。


 絵麻が少年の斜め後ろへ踏み込み、右手を伸ばした。長距離ではない。見えている位置から自分の隣へ、少年一人分の座標だけをずらす。


 空間が短く歪み、少年の身体が橋面から消えた。


 次の瞬間、少年は絵麻の足元へ現れる。絵麻は腰を落としてその肩を抱え、前へ流れた勢いを受け止めた。治りきっていない脇腹へ負担がかかり、顔が一瞬だけ歪む。


 荷馬車の車輪は、少年が倒れていた場所を踏み越えた。


「絵麻ちゃん、右です!」


 ラールが叫び、二人の側面へ白鋼の壁を出した。


 暴れた馬の後脚が鉄柵を蹴り、外れた金属棒が回転しながら飛んでくる。棒は橋面から一メートルほどの高さを横切り、絵麻の肩へ向かっていた。


 白鋼の壁へ衝突した棒は、中央を大きく凹ませて止まる。衝撃でラールの身体が後ろへ押され、靴底が石橋を二十センチほど滑った。


「い、今の位置は合ってました!」


「自分で言わなくていいから!」


 絵麻は少年を抱えたまま白鋼の壁の陰へ下がった。


 前方ではナーヴァがすでに動いていた。


 暴れる馬まで十メートル。旅人の間を真っ直ぐ抜けず、左側の防壁へ寄って最短の空間を選ぶ。腰からデュランダルを抜き、馬車をつなぐ革具へ刃を通した。


 剣は金具と木枠を傷つけず、その内側にある固定用の魔素線だけをすり抜けて切る。


 荷馬車と馬の接続が外れた。


 荷台の重さから解放された馬は前へ飛び出しかけたが、帝国兵二人が左右から手綱を取り、橋の壁際へ誘導する。荷馬車は傾いたまま一メートルほど進み、輪止めを差し込まれて止まった。


 騒ぎが収まるまで、十秒もかかっていなかった。


 透明な隔離箱の内側では赤黒い炎が小さくなり、黒い煙だけが渦を巻いている。関門上の兵士が魔導具を操作すると、箱の底に空いた細い穴から煙が吸い出されていった。


「——全員、その場から動くな!」


 帝国兵の号令が飛ぶ。


 槍を持った兵士たちが列の前後を閉じ、御者と同乗者を地面へ伏せさせる。旅人たちは防壁側へ寄せられ、卓斗たちもその場で待つことになった。


 救われた少年は絵麻の腕の中で目を見開いていた。泣く余裕もないらしく、何度も瞬きを繰り返している。


「怪我は?」


 絵麻が身体を離し、少年の腕と脚を見る。


「……ない」


「そう。なら、お母さんのところ戻りなさい」


 少年の母親が駆け寄り、何度も頭を下げながら連れていった。


 絵麻は立ち上がろうとして、右脇腹を押さえた。空間を動かした距離は短いが、回復直後の身体には響いたらしい。


「絵麻。使用禁止」


 ナーヴァはデュランダルを鞘へ戻しながら近づいた。


「分かってるわよ。でも、あれは仕方ないでしょ」


「仕方ない。でも、次は先に言う」


「間に合わなかったじゃない」


「だから、仕方ない」


 責めているのか認めているのか分かりにくい返答だった。


 ナーヴァは絵麻の脇腹へ視線を落とし、出血がないことを確認してから卓斗を見る。


「卓斗も」


「俺は右手使ってない」


「左肩、上げた」


「そこまで見てた?」


「見てた」


「団長の監視、精度高すぎない?」


 ティナが卓斗の左肩へ手を当て、白銀の魔素を薄く流した。傷を治す力ではないが、腫れた箇所へ余計な負荷が集まらないよう周囲の重さをわずかに逃がす。


「悪化はしていないわ。でも、今の出力を何度も使えば痛みは戻る」


「何度も使う予定ないんだけどな」


「予定通りに進んだことがあったかしら?」


「異世界来てからは、ほぼない」


 関門側から、銀色の胸当てを着けた兵士が歩いてきた。


 三十代ほどの男性で、肩には国境守備隊を示す紋章がある。兵士は絵麻たちが立っていた位置と、止まった荷馬車、ナーヴァの腰の剣を順に確認した。


「今の介入について、身分を確認する」


 ナーヴァは国書と身分証明書を差し出した。


「フィリスティア王国。第六騎士団。分霊石調査隊」


「隊長は?」


「私」


 兵士の視線がナーヴァの顔で止まった。


 一瞬だけ疑うような間があったが、国書に刻まれた王印と第六騎士団の団章を確認すると表情を戻した。


「ナーヴァ・オスティン団長か」


「そう」


「救助への協力には感謝する。ただし、許可のない能力行使は本来なら拘束対象だ」


「理解してる」


「今回は緊急避難として記録する。次からは守備隊の指示を優先してほしい」


「できる範囲で」


「できる範囲、か」


 兵士は卓斗と絵麻を見た。


「負傷者が無理に動く必要はない。帝国へ入る前に倒れられても困る」


「見た目で負傷者ってバレるんだ」


「右手を庇い、左肩を上げないよう歩いている。隠せていない」


「はい、終わりです」


 卓斗は小さく息を吐いた。


 兵士は荷馬車へ目を向け、部下が回収した黒い球体の破片を受け取った。


「候補戦の妨害物か?」


 恵依が誰へともなく呟く。


「現時点では断定できません」


 ゲブが低い声で答えた。


「破片に残る魔素は複数混ざっています。製作者が意図的に痕跡を重ねた可能性があります」


 兵士が二人へ視線を向ける。


「何か分かるのか?」


 恵依は一度ナーヴァを見た。


 ナーヴァが短く頷く。


「爆発前に、内部の魔素が圧縮されていました。単純な火薬ではなく、術式で出力を溜める構造だったと思います。ただ、誰のものかは分かりません」


「解析系か」


「性質を読み取っているだけです」


「そうか。詳細確認を求める場合は、正式に依頼する」


 兵士は追及せず、黒い破片を布へ包んだ。


 騒ぎの原因となった御者たちは拘束され、荷馬車も軍用通路へ移されていく。列の再開までさらに時間がかかったが、卓斗たちだけは別の検査区画へ案内された。


 国書の確認と荷物検査を終え、関門を抜けた頃には日が西へ傾き始めていた。


 帝国側の街道は、フィリスティアのものより広かった。


 中央を軍用車列が通り、左右を旅人や商人が進む。路面には領地ごとの境界を示す金属板が埋め込まれ、街道沿いの丘には四種類の旗が一定の間隔で立っていた。


「入国だけで事件起きるの、普通に先が不安なんだけど」


 卓斗は関門を振り返った。


「爆発しただけで済んだと考えなさい」


「それ、安心の基準壊れてるだろ」


「橋が落ちなかった。死者も出なかった。十分よ」


 ティナの返答に、卓斗は反論をやめた。


 街道の先では、赤い旗を掲げた補給車列と、白い旗を持つ騎兵隊がすれ違っている。互いに武器へ手をかけてはいないが、視線だけは外さない。さらに遠くでは黒い旗の一団が村へ向かい、群青の旗をつけた兵が丘の上へ陣を張っていた。


「同じ国の兵に見えないわね」


 絵麻は脇腹を気にしながら、四方へ分かれる街道を見た。


「候補戦中。敵になることもある」


 ナーヴァが歩調を落とす。


「でも、戦争じゃない。規則がある」


「民間人を巻き込まない、街を壊さない、降伏した相手へ手を出さない、だったよね?」


「そう」


「さっきの爆発、普通に全部無視しかけてたけど」


「候補者陣営の仕業とは限らない」


 恵依は国境で見た黒い破片を思い出しながら、腰の小箱へ手を当てた。


 第一分霊石から託された九色の石は、魔素を遮断しない布に包まれ、専用ケースの中に収められている。フィリスティアを出てから弱い反応を続けていたが、国境を越えた直後から明滅の間隔が短くなっていた。


「反応、強くなっています」


 恵依が立ち止まる。


 卓斗と絵麻の契約紋にも、遅れて薄い熱が走った。ティナたち三竜精霊も同時に街道の先へ顔を向ける。


「方向は?」


 ナーヴァが尋ねる。


「帝国内部です。ただ、一点には絞れません」


 恵依は目を閉じ、九色の石から返る流れを追った。


 西へ伸びる太い反応が一つ。その周囲には、細い流れが何本も重なっている。領地をつなぐ結界、街道に埋め込まれた術式、遠方の城塞から届く魔素。それらが同じ方向へ集まり、分霊石の反応を覆っていた。


「複数の魔素経路が干渉しています。帝国全体の防衛機構と重なっている可能性があります」


「第二の石が国の結界に使われてるとか?」


「あり得ます。ただ、今の情報では推測です」


「また土地から抜けないやつだと大変そうだな」


「最初から抜く前提で考えないで」


「考えてないって。むしろ前回で学んだ」


 卓斗が言い終える前に、九色の石が一度だけ強く光った。


 これまで西へ向かっていた反応とは別に、細く鋭い流れが北西から重なる。距離は遠い。だが、帝都へ続く街道の延長上にあることだけは分かった。


「今の、別の反応です」


 恵依が目を開ける。


「分霊石?」


「近い性質です。ただし、同じ流れの中に自動制御に近い反応が混ざっています」


「自動制御?」


「本人が直接動かさなくても、周囲の変化へ反応する術式に近いものです」


「分霊石が勝手に動いてるってこと?」


「そこまでは分かりません」


 街道の先から、蹄の音が近づいてきた。


 卓斗たちは道の左側へ寄る。北西から現れたのは、十数騎の騎兵に守られた黒塗りの馬車だった。車体の側面には群青の剣を模した紋章があり、騎兵たちの肩にも同じ旗がついている。


 馬車が一行の横を通り過ぎる瞬間、窓を覆っていた薄布が風で持ち上がった。


 中には、腕を組んだ少女が座っていた。


 年齢は卓斗たちと同じくらいに見える。淡い金髪が肩の後ろへ流れ、口元には楽しげな笑みがある。胸元には銀細工のネックレスが下がり、中央の石座から青白い光が一瞬だけ漏れた。


 九色の石が、ケースの中で強く脈打つ。


 卓斗、恵依、絵麻の契約紋へ同時に熱が走り、三竜精霊の周囲にもそれぞれの魔素が浮かび上がった。


「今の人……」


 絵麻が馬車を追って振り返る。


「断言はできません」


 恵依は遠ざかる群青の旗と、自分の契約紋を交互に見た。


「ですが、これまでで最も近い反応でした」


 馬車は速度を落とさず、帝都へ続く街道の先へ進んでいく。


 窓の内側で、金髪の少女がわずかに顔を動かした。


 こちらを見たのか、単に外の景色へ視線を向けただけなのかは分からない。だが、その笑みだけは、何か面白いものを見つけたように深くなった。


「追う?」


 ナーヴァが尋ねる。


「追いたいです。ただ、接触は慎重にすべきです」


 恵依の返答を聞き、ナーヴァは帝都方面へ視線を戻した。


「まず、名前を調べる。立場も」


「初対面でネックレス見せてくださいは、普通に不審者だしな」


「タクなら言いかねないわね」


「言わないって。俺を何だと思ってる?」


「異世界へ来ても口が軽い一般人」


「騎士要素どこいった?」


 街道の向こうには、夕日に照らされた巨大な城壁が見え始めていた。


 城壁の上では四つの旗が同じ風を受けながら、互いに重ならない距離を保って翻っている。その中央、最も高い塔には、どの候補者にも属さない帝国旗が掲げられていた。


 第二の分霊石に近い反応を持つ少女は、その四つの旗の一つに守られて帝都へ入ろうとしている。


 卓斗たちはまだ、彼女の名前も、剣聖候補戦での立場も知らない。


 ただ、第一分霊石から託された九色の石は、遠ざかる群青の旗へ向かって、今も細い光を返し続けていた。




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