表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/105

第二章 40 『奪わずに掴む』



 九色の分霊片へ、四人の手が同時に迫った。


 卓斗たちは第一分霊石の台座から二メートルほど手前に並び、分霊片は三人の胸元と同じ高さへ浮かんでいる。


 春は左斜め前方、高さ二メートルの石橋から飛び降りていた。


 落下の勢いを乗せた左手は、卓斗たちより早く九色の光へ届こうとしている。七星は千佳とナーヴァに阻まれ、双葉と三冥精霊も崩れかけた秩序線の維持に力を割いていた。


「春!」


 絵麻は反射的に右手を向けた。


 春の身体を別の場所へ飛ばせば、分霊片へ触れる前に止められる。


 座標を定めかけた瞬間、絵麻は対象を変えた。


 春を排除すれば、分霊片へ触れる機会そのものを奪うことになる。第一分霊石がここにいる全員の目的と方法を見ている以上、それでは自分たちが示した「奪わない」という選択まで崩しかねない。


 絵麻の空間の魔素が、春本人ではなく、春と分霊片の間へ入った。


 残り数十センチだった距離が、折り畳まれずに引き延ばされる。


 春の指先は分霊片の目前まで迫りながら、触れなかった。


 着地の位置も一歩手前へずれ、春の靴底が卓斗たちの左側で石床を強く叩いた。


「触るなら、自分の足で立って触りなさい」


 絵麻は右脇腹を押さえ、浅い呼吸のまま春を睨んだ。


 春は着地の反動を膝で吸収し、カラドボルグを右手に残したまま姿勢を起こす。


「俺を遠ざけなかったのか」


「触るなとは言ってない」


 絵麻の額には汗が浮かんでいた。


「飛び込んだ勢いで持っていくなって言ってるだけ」


 春の速度が落ちたことで、分霊片へ最も近いのは卓斗になった。


 左手を伸ばせば、先に触れられる。


 だが、卓斗は指先を分霊片の手前で止めた。


「タク?」


 ティナは背後から短く呼んだ。


「早い者勝ちなら、わざわざ三人の真ん中に出してないだろ」


 卓斗は恵依と絵麻の位置を確かめた。


 恵依は分霊片の右側。絵麻は左側。どちらも手を伸ばしているが、負傷と疲労のせいで卓斗より半歩遅れている。


「三人で触れって出したなら、俺だけ先に取る方がおかしい」


「随分と余裕だな」


 春がカラドボルグを逆手へ持ち替えた。


 刃は卓斗へ向けない。


 剣身と柄を横へ使い、分霊片へ伸びる腕だけを払う構えだった。


「余裕は普通にないんだけど」


 卓斗は動かない右腕を身体の近くへ寄せ、左半身を前へ出した。


「むしろ満身創痍なんよ。そういう相手に剣持ってくるの、元団長としてどうなん?」


「動かない場所から崩すのは基本だ」


「教え方が実戦すぎるって!」


 春が一歩踏み込む。


 卓斗の右側へ回り込み、左手を分霊片へ伸ばした。


 卓斗は左腕で春の進路を遮る。そこへカラドボルグの柄が下から当たり、前腕が外側へ弾かれた。


 骨まで響く衝撃に指が開く。


 春はそのまま卓斗の脇を抜けようとした。


 卓斗は右手を使わず、春の前足が乗る床へ斥力を短く放った。


 石床の表面が後方へずれ、春の重心がわずかに前へ崩れる。


 春はカラドボルグを床へ突き立てた。


 蒼黒の魔素が剣先から広がり、靴底の下へ小さな足場を作る。ずれた床の上に新しい支点を生み、倒れかけた身体を止めた。


「その手でも、まだ使うか」


「使わないとそっち来るだろ」


 卓斗の右手首へ痛みが跳ねた。


 直接動かしていないにもかかわらず、竜紋を通った出力だけで指先の感覚がさらに薄くなる。


 ティナが白銀の魔素を添えようとしたが、卓斗は小さく首を振った。


「今は分霊片見てて。俺の手より大事だろ」


「どちらも見ているわ」


「便利だな、竜精霊」


「あなたが不便すぎるだけよ」


 春は剣を引き抜き、今度は恵依側へ角度を変えた。


 恵依は一歩も動かず、九色の揺らぎを解析している。


 春の手が伸びるたび、分霊片と第一分霊石本体をつなぐ細い光が強く張る。卓斗が先に取ろうと腕を伸ばした時も、同じ反応があった。


 反対に、三人が互いを待ち、春にも触れる余地を残している間は、九色の輪が安定している。


「これは、所有者を決めるための競争ではありません」


 恵依は春の接近を視界の端へ入れながら告げた。


「じゃあ、何を見てる?」


 卓斗は左腕を振って感覚を戻そうとした。


「第一分霊石を、自分の目的だけへ使うかどうかです」


 春が恵依へ向けて剣身を横へ払う。


 恵依は上体を引いた。


 刃ではなく平らな剣身が、分霊片へ伸ばしていた右手の手首を掠める。手が外へ流れ、解析の線が一瞬揺れた。


 ゲブが白銅の魔素で九色の波形を支える。


「流川様、接続は維持します」


「お願いします」


 恵依はすぐに手を戻した。


 春が自分だけで分霊片を掴もうとすると、九色の光は外へ逃げる。卓斗たちが春を完全に排除しようとしても、同じように光が縮む。


 第一分霊石が見ているのは、誰が勝つかではない。


 誰が、石を自分だけの答えへ閉じ込めるのかだった。


「なら、分かりやすくしてあげましょうかぁ」


 双葉の声が石足場から降ってくる。


 天井の金色の線は、九色の光に押されて各所に亀裂が入っている。それでも双葉は残った秩序を指先へ集め、分霊片の周囲だけへ狭く落とした。


「最初に分霊片へ触れた者だけが、第一分霊石へ接続できる」


 金色の輪が九色の分霊片を囲む。


 封印区画全体へ条件を広げる力は残っていない。だが、最初の接触を判定するだけなら、部分的に成立させられる。


「結局、早い者勝ちに戻すのかよ」


 卓斗が顔をしかめる。


「皆さんが譲り合ってばかりで進まないからですよぉ」


「進んでない原因そっちだろ」


 モルティナの群青の魔素が金色の輪へ重なった。


「接触者が定まれば、他の選択肢は閉じられます」


 淡々とした敬語とともに、分霊片の周囲へ複数あった九色の道が細くなる。


 レクイナも黒銀の魔素を広げ、選ばれなかった者の願いを葬送の対象へ置こうとした。


「一人が選ばれれば、残る者は手放せるわ」


「勝手に片づける前提で進めないで」


 絵麻が春との距離をもう一度引き延ばそうとする。


 脇腹へ鋭い痛みが走り、空間の歪みが遅れた。


 視界が上下に揺れ、春の位置が二重に見える。


 春はその一拍を逃さない。


 カラドボルグの柄で卓斗の左腕を外へ払い、分霊片へ最短距離から左手を伸ばした。


「春!」


 絵麻の魔素が届くより先に、春の指先が九色の光へ触れた。


 金色の輪が強く輝く。


 双葉の秩序が春だけを接続者として固定しようとし、残る三人の足元から九色の線を引き剥がし始めた。


 春は分霊片を握り込む。


 九色の光は春の手を弾かなかった。


 指も焼かれず、蒼黒の魔素も拒絶されない。


 アシェラを救うために必要だという春の目的そのものは、第一分霊石から否定されていなかった。


「取った!」


 七星が千佳の向こうで声を上げる。


 だが、分霊片は春の手の中へ収まらなかった。


 春が指へ力を込めた瞬間、九色の光が隙間から外へ広がる。第一分霊石本体との細い接続は張りつめたまま、春へ向かっては伸びない。


 掴む力が強くなるほど、分霊片は掌の中心から押し出されようとした。


「接続していません」


 恵依が反応を読み取る。


「触れることは拒否されていません。でも、持ち去ろうとしたことで止まっています」


 春の眉がわずかに動いた。


 第一分霊石は、春が何を望んでいるか理解したうえで、その手段だけを拒んでいる。


「目的を見ていると言ったはずだ」


 春は分霊片を握ったまま、低く告げた。


「アシェラを救うために必要だ」


「必要だと思ったら、持ってっていいわけじゃない」


 絵麻は春の左側へ一歩踏み込んだ。


「それで被害出る人がいるって、自分で分かってるでしょ」


「全員の判断を待っていれば、救えない」


「だから焦ってる人が全部決めていいの?」


「決めなければ失う」


「失うのが怖いからって、戻る道まで壊していい理由にはならない!」


 絵麻の声が封印区画へ響いた。


「助けたいなら、助けた後に戻れる場所まで残しなさいよ」


 春の指が一瞬だけ緩んだ。


 九色の光がその隙間からさらに広がる。


 卓斗は春の手首を押し返さなかった。


 引力も斥力も使わず、春が握り込んだ左手の下へ自分の左手を差し入れる。


「離せとは言わない」


 春が卓斗を見た。


「でも、一人で持ってくのはなしだ」


「手を重ねれば、何か変わると思うのか」


「少なくとも、奪い合い続けるよりはマシだろ」


 卓斗は痛む前腕を春の手の下へ押し込んだ。


 恵依が右側から手を添える。


 絵麻も左側へ入り、春の指を無理に開かず、分霊片へ触れる位置へ掌を差し出した。


 四人の手の中央に九色の光が残る。


 春を排除しない。


 春だけにも渡さない。


 双葉の金色の輪は最初の接触者として春を選ぼうとしたまま、四人へ広がる九色の反応と衝突していた。


「触れたのは春さんが先ですよぉ」


 双葉は金色の線を引き絞る。


「だったら、他の人は手を離さないとおかしいじゃないですかぁ」


「おかしいのは、そのルールです」


 恵依は九色の波形から春の線と三人の線を分けた。


「第一分霊石は、最初の接触者を所有者として認めていません」


「でも、触れたことは認めてますよねぇ?」


「認めています。だからこそ、持ち去ろうとした行動も確認されています」


 春の蒼黒の線は、分霊片から外へ向かっている。


 第一分霊石を現在の土地と切り離し、アシェラ復活へ持っていく方向。


 卓斗たち三人の線は異なる波形を持ちながら、今は第一分霊石をこの場所から奪わせない方向へ揃っている。


 九色の光が四人の手を一つずつ巡った。


 春の目的に触れた色は消えない。


 だが、持ち去る方向へ伸びた蒼黒の線へ重なった瞬間だけ、濁りが生じる。


 卓斗たちの迷いや未確定の未来へ触れた光も揺れる。それでも、今ここで選んでいる行動へ沿った部分は澄んだままだった。


「まだ、今の方法では託されないだけです」


 恵依は春を見た。


「あなた自身が、すべて否定されたわけではありません」


「慰めのつもりか」


「確認できた反応を伝えています」


 九色の光が強まる。


 春の指を焼かず、傷つけず、ゆっくりと外側へ押し開いた。


 春は抵抗しようとした。


 しかし、力を込めるほど分霊片は手の中から離れていく。カラドボルグへ創造の魔素を流して固定しようとしても、九色の光がその接続だけを押し戻した。


 春は分霊片を見つめた後、自ら左手を引いた。


 一歩だけ後ろへ下がる。


 拒絶されて吹き飛ばされたのではない。


 今のやり方では託されないと、理解したうえで退いた。


「春!」


 七星が千佳の剣を拳で弾き、前へ出ようとする。


 混沌が千佳とナーヴァの立ち位置を入れ替えたように見せ、二人の間を抜ける短い道を作った。


 千佳は視覚を追わない。


 床へ伝わる七星の重量と、拳が押す風の向きだけを読み、剣を左側へ差し込んだ。刃の腹が七星の前腕へ当たり、分霊片へ向かう軌道を外へ流す。


 ナーヴァは七星本人を狙わず、春へ続く混沌の短縮線へデュランダルを振った。


 空間の距離だけを縮めていた役割が切れ、七星の前方が本来の長さへ戻る。


「くそっ!」


 七星は通常の足場を蹴って進もうとした。


 千佳が正面へ入り、剣を低く構える。


「ここから先へは行かせません」


「どけ!」


 七星の右拳が千佳の胸元へ向かう。


 千佳は刃を立てず、剣の腹で前腕を外へ押した。続く左拳を柄で受け、衝撃に合わせて後方へ滑りながら進路を塞ぐ。


 分霊片の前では、卓斗、恵依、絵麻の指先が同時に九色の光へ触れた。


 一人の掌には収まらない。


 三人の手の中央で光が輪になり、それぞれの契約紋へ細い線を伸ばす。


 卓斗の右手首にある白銀の竜紋。


 恵依とゲブをつなぐ白銅の契約紋。


 絵麻とラールを結ぶ白鋼の契約紋。


 三竜精霊の魔素も反応したが、ティナたちは接続の中心へ入らなかった。


 ティナは卓斗の出力を支え、ゲブは三人の異なる波形が混ざらないよう共鳴を整え、ラールは分霊片と第一分霊石本体をつなぐ細い光の位置を固定する。


「私たちが持つのではありません」


 ゲブの白銅が九色の輪を支える。


「託されるのは、契約者の皆様です」


「なんか急に重い言い方するな」


 卓斗は左手を離さず、九色の光を見つめた。


「これ、持った瞬間にまた情報量エグいの来ない?」


「来ても離さないでしょう」


 ティナの返答は淡々としている。


「まあ、ここまで来て落としたら普通にダサいしな」


 第一分霊石本体から、三本の光が伸びた。


 一本は卓斗へ。


 一本は恵依へ。


 一本は絵麻へ。


 分霊片を通った光は、三人の契約紋を巡った後、再び台座へ戻っていく。


 第一分霊石本体は動かなかった。


 石を固定する正規接続線も、外縁集落と水路、街道へ続く魔素の流れも残っている。


 代わりに、親指ほどだった分霊片がゆっくり形を変えた。


 九色の光を内側へ宿す、小さな石になる。


 それは本体から切り離された複製ではない。


 土地へ残る役割と、託された者が持つ権限をつなぐ接続核だった。


「本体を抜かなくていいの?」


 絵麻は驚きに痛みを忘れ、台座と手元を交互に見た。


「結界も、そのまま残ってる」


「最初から抜く必要がなかったのかよ」


 卓斗も第一分霊石本体へ目を向ける。


 ティナは九色の石へ触れず、波形だけを確かめた。


「最初から、この形を選べたわけではないわ」


「どういうこと?」


「外側との接続を守り、石自身が役割を残せると判断したからよ」


 正規接続線はこれまでより太く、安定した光を外へ送っている。


「土地側の役割を壊さず、次の分霊石を探す者へ接続を託す。その条件を、あなたたちが成立させたの」


「じゃあ、サリギアみたいに本体を奪う必要はないんだな」


「少なくとも、第一分霊石はそう選んだわ」


 双葉が金色の線を分霊片へ伸ばした。


「接続が完成する前なら、まだ固定できますよぉ」


 金色の秩序が三人の手元へ迫る。


 だが、九色の石から広がった光が正面から押し返した。最初の接触者を決める条件は、すでに成立した三人への接続に触れられない。


「選定は成立しました」


 モルティナは分霊片と第一分霊石を結ぶ三本の線を見つめた。


「これ以上の閉鎖は困難です」


「モルティナ先輩、諦めるの早くないですかぁ?」


「成立しない条件を維持すれば、反動が増えます」


 双葉の金色の円へ、九色の亀裂が走る。


 天井に残っていた距離と強弱の秩序も同時に崩れ、封印区画を覆っていた圧迫感が薄れた。


 レクイナは黒銀の魔素を分霊片へ向ける。


 だが、まだ第一分霊石と土地をつなぐ役割を持つ石は、葬送の対象として沈まない。


「終わっていないものは、眠らせられないわね」


 レクイナは無理に魔素を重ねず、春の後方へ下がった。


 オブリナは接続線を消そうと右手を向けた。


 ゲブが白銅の共鳴を三本へ分散させる。


 一本が消されても、残る二本と第一分霊石本体から同じ波形が補われる。オブリナが二本目へ虚無を伸ばすと、恵依は消去境界を読み、ゲブへ別の経路を渡した。


「完全消去はできません」


 ゲブは疲労で揺れる身体を恵依に支えられながらも、共鳴を維持した。


「接続元が一つではありませんので」


 九色の石が完成した瞬間、第一分霊石本体から白い流れが一気に広がった。


 四本の保守用魔導具が同時に明滅し、外縁各地へ正規の魔素を送り出す。


 黒い解除線は台座から完全に押し離された。


 床の溝へ叩き落とされ、春の創造線との接続も白い光によって分断される。


「ナーヴァ団長!」


 千佳が七星の拳を剣で流しながら声を上げた。


「今なら切れます!」


 ナーヴァは黒い解除線へデュランダルを向けた。


 正規接続線、保守用魔導具、春の創造物、双葉の秩序。これまで重なっていたものは、すでに九色の光によって分離されている。


 残っているのは、第一分霊石を外すための解除命令だけだった。


「切る」


 ナーヴァが剣を振る。


 刃は床へ触れず、黒い線の中央を通り抜けた。


 解除命令が途切れる。


 黒線は力を失い、灰色の亀裂となって崩れた。残骸へ春が創造の魔素を流しても、第一分霊石へつながる方向は戻らない。


 四本の保守用魔導具から不規則な音が消えた。


 外殻の亀裂を押さえていた金具も冷え、旧街道結界と外縁集落への供給が安定した周期へ戻っていく。


「……終わった?」


 ラールは痺れる右腕を左手で支えながら、恐る恐る障壁を下ろした。


「少なくとも、解除線は止まりました」


 恵依は九色の石と正規線の両方を確認する。


「第一分霊石本体にも、異常な流出はありません」


 七星は千佳を押し退け、なお前へ出ようとした。


「まだ取れるだろ!」


「止まれ、七星」


 春の声が封印区画へ落ちる。


「でも――」


「ここで奪えば、石そのものが死ぬ」


 七星の足が止まった。


 第一分霊石は卓斗たちとの接続を成立させ、土地へ役割を残している。今から本体を無理に引き抜けば、外縁集落も九色の石もまとめて壊れる可能性が高い。


 春はそれを理解していた。


「撤退する」


 双葉が崩れた秩序線を見上げ、小さく肩を落とす。


「ええ? もう帰るんですかぁ?」


「目的を果たせない場所に残る意味はない」


「七星先輩、まだやりたそうですけど」


「次へ回す」


 春は卓斗たちの手元にある九色の石を見た。


 敗北を口にする表情ではない。


 ただ、今回の方法では第一分霊石へ届かなかった事実だけを受け入れている。


「次は、選ばせる前に取る」


「次も止める」


 絵麻は即座に返した。


 春の視線が絵麻へ向く。


 脇腹を負傷し、立っているだけでも苦しいはずなのに、絵麻は一歩も退かなかった。


「何回でもね」


「そうか」


 春はそれ以上答えず、カラドボルグを床へ突き立てた。


 蒼黒の魔素が石橋の後方へ走り、サリギア側へ続く地下通路を開く。レクイナが黒銀の魔素で入口を支え、オブリナとモルティナが双葉の足場から下りた。


 七星だけは卓斗たちを睨んだまま動かない。


「七星」


 春がもう一度呼ぶ。


「……分かったよ」


 七星は舌打ちし、千佳とナーヴァへ背を向けた。


 千佳は追わない。


 剣を下ろさず、サリギアが退路へ入るまで位置を監視している。


「追撃しないのですか?」


 近くの騎士が問う。


「負傷者と封印区画の安定を優先します」


 千佳は天井の亀裂と、各所に残る床の空白を見た。


「追えば、崩落へ巻き込まれます。第一分霊石を守れた以上、ここで目的を変えません」


 春たちが地下通路へ入り、最後にレクイナが振り返る。


 黒銀の瞳はティナではなく、卓斗たちの中央にある九色の石へ向いていた。


「まだ終わらせないのね」


「当たり前でしょう」


 ティナが白銀の瞳で返す。


「始まったばかりよ」


 レクイナは穏やかに笑い、地下通路へ姿を消した。


 春が作った入口が閉じる。


 封印区画に残ったのは、崩れた石橋と消えた床、灰色へ沈んだ構造物、そして安定した光を取り戻した第一分霊石だった。


 卓斗たちの手の中央では、九色の小さな石が静かに浮いている。


 卓斗は感覚の残る左手を下へ差し入れた。


 石は掌へ降りる。


 だが、卓斗一人の所有物にはならなかった。


 九色の光が恵依と絵麻の契約紋へも残り、三人の間を細くつないでいる。誰か一人が離れても石は消えないが、接続の判断は三人へ分かれていた。


「俺が持ってていいの、これ?」


「今はあなたが受け取っただけです」


 恵依は石の波形を確認する。


「所有者が一人へ固定された反応ではありません」


「落とさないでよ?」


 絵麻は脇腹を押さえながら卓斗の左手を見た。


「右手使えない奴に持たせといて要求高くない?」


「左手は動くでしょ」


「さっき春に殴られたんだけど」


「口は動いてるから大丈夫よ」


「お前もそれ言うのかよ」


 卓斗は九色の石を落とさないよう、左手の指をゆっくり閉じた。


 第一分霊石本体は台座から動かず、外縁へ光を送り続けている。


 本体を奪えば土地が傷つく。


 守るだけなら、次へ進めない。


 その二つしかないと思っていた。


 だが、第一分霊石は役割を残したまま、自分の意思と接続を卓斗たちへ託した。


「集めるって、奪って持ってくることじゃなかったんだな」


 卓斗は掌の九色を見つめ、低く呟いた。


「ようやく一つ、理解したわね」


 ティナは第一分霊石本体へ視線を向けた。


 外縁集落、水路、街道へ続く光は途切れていない。守られるべき役割をその場所へ残しながら、卓斗たちの手元にも次へ進むための石がある。


 九つの分霊石を集める旅で、何を奪わず、何を託してもらうのか。


 その最初の答えが、安定した第一分霊石の光とともに、卓斗たちの手へ残されていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ