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第二章 27 『閉ざされた中継所』



 夜が明ける頃には、旧中継場の石床から戦いの痕跡だけが浮かび上がっていた。


 魔導人形は両腕と脚部を封じられたまま荷車へ固定され、その隣では回収された魔導核が三重の保護布に包まれている。


 第四騎士団は西側の出口を二人一組で見張り、残る団員が壊れた装甲や鋼線を拾い集めていた。卓斗たちは石壁際に設けられた休息場所で夜を越したが、まともに眠れた者は少ない。


「石一個届けるだけで、騎士団三つ跨いでない? 配送コスト終わってるだろ」


 卓斗は薄い毛布を肩へ掛けたまま、保護箱を見た。右手首の熱は引いているものの、指を強く握ると竜紋の周囲に鈍い違和感が残る。


「盗まれたものを取り戻しているので、通常の配送とは違います」


「分かってる。普通の配送で川に落とされて、船襲われて、人形と殴り合うなら誰も通販使わんし」


 恵依は返答をやめ、第四騎士団員が広げた二枚の記録板へ視線を戻した。一枚は魔導人形の背から外した行先記録、もう一枚は夜明け前に補給班が運んできた旧街道の経路表だった。


 どちらにも細かな文字と直線が刻まれているが、卓斗たちには内容を読めない。異世界へ来てから何度も突き当たった問題は、魔導人形を止めても変わっていなかった。


「で、何て書いてあるの?」


「今、照合しています。読めないからといって、作業中の者へ何度も尋ねないでください」


「一回目なんだけど。圧が強いって」


 ミネルヴァは卓斗へ視線を向けず、記録板の経路番号を指で追った。月明かりの下で敵を追っていた時とは異なり、文字の欠損と上書き跡を一つずつ確かめている。


 魔導人形の行先記録には、同じ番号が三度刻まれていた。最初の二つは黒い術式で削られ、最後に残ったものだけが旧街道の西端を示している。


「経路番号、西五一七。旧第五騎士団が物資輸送に使用していた枝道です」


「第五の五一七。覚えやすさ優先した?」


「偶然です。施設番号は四十二。名称は、旧第五騎士団西部中継所」


 ミネルヴァが告げると、周囲で記録を取っていた団員たちの手が止まった。旧第五騎士団の印は川底の防水箱にも残されていたが、今度は閉鎖された施設の名そのものが出ている。


 絵麻は腕を組み、経路表の西端へ引かれた線を見た。文字は読めなくても、王都から水路、旧街道を経て一点へ集まる形は理解できる。


「そこ、今は誰も使ってないの?」


「八年前に閉鎖されています。旧第五騎士団の再編後、物資も人員も別の中継所へ移されました」


「八年も空っぽなのに、わざわざ魔導核を運んでたわけ?」


「空っぽかどうかは、現地を確認するまで断定できません」


 ミネルヴァは経路表の上へ透明な薄紙を重ねた。昨夜までに見つかった罠と偽反応の位置が、騎士たちによって赤い点で記されている。


 三つに分かれた偽の追跡路、騎士を閉じ込めた街道罠、魔導人形が部品を捨てた橋。その全てが、中継所へ続く中央の経路から追跡者を外す位置に置かれていた。


「こちらを別の道へ誘導するだけではありません。追跡を続ければ、救助や街道保全を捨てなければならない配置でした」


「人を助けたら逃げられて、追ったら人が巻き込まれる。普通に性格悪いな」


「ですが、どちらも捨てなかったため、魔導核と目的地の両方を確保できました」


 ミネルヴァは透明な薄紙を外し、魔導人形の制御核へ目を移した。背面装甲を開かれた人形は動かないが、古い青白色の灯だけは西へ傾いたまま残っている。


「追跡任務は成功です。到着が遅れたことと、失敗したことを混同しないでください」


 昨夜助けられた団員たちは、その言葉を聞いて姿勢を正した。追跡から外れた判断を責める者はいなかったが、仲間を救う間に敵を逃がしたという迷いは残っていた。


 卓斗はミネルヴァの横顔を見てから、肩の毛布を畳んだ。厳しい言い方を崩さないまま、誰が何を守ったのかは曖昧にしないらしい。


「恵依。そっちは何か分かった?」


「文字の内容ではなく、内部に残った魔素の経路を見ています」


 恵依は行先記録板へ直接触れず、その周囲に解析の魔素を細く巡らせていた。黒い上書き術式は途切れているが、刻まれた溝には命令を流した痕跡が残っている。


 ゲブは記録板の反対側へ回り、白銅の魔素を一筋だけ重ねた。全体へ共鳴を広げず、恵依が選んだ三本の経路を順番につないでいく。


「流川様。削られた二つの番号にも、同じ波形が残っています。比べる順番は、古い方からでよろしいですか?」


「はい。上書きされた時刻の差を見ます。最後の命令だけが別なら、途中で目的地を変えた可能性があります」


「では、最初の線を少し強くします。二本目と重ならない位置で止めます」


 白銅の光が最初の溝をなぞり、恵依の解析へ魔素の残響を渡した。三つの命令は濃さこそ違うものの、流れる方向も終点の形も一致している。


「目的地は途中で変わっていません。集落から盗まれた時点で、この中継所へ運ぶよう設定されていた可能性が高いです」


「畑から水路、船から人形、最後は山奥の閉鎖施設。遠回りにも限度ない?」


「運ぶための遠回りではなく、追跡を分断するためでしょう。複数の異常を別々の事件に見せる目的もあったと考えられます」


「こっちは騎士団研修で全部踏んだから、一本につながったと」


「偶然を成果のように言わないでください」


「いや、成果ではあるだろ。研修内容が実地すぎるだけで」


 絵麻は二人のやり取りを聞きながら、古い経路表の端へ視線を落とした。旧第五騎士団という名を目にするたび、胸の奥へ小さな棘が触れる。


 理由は分からない。日本で聞いた記憶もなく、この世界へ来るまで存在すら知らなかったはずなのに、その名前だけが妙に耳へ残った。


「絵麻ちゃん、疲れましたか?」


 ラールは騒がず、絵麻の視線の先を確かめてから隣へ立った。白鋼で何かを作ることも、無理に顔を覗き込むこともしない。


「違う。あの名前、ちょっと気になるだけ」


「第五騎士団ですか?」


「たぶん。何でかは分かんないけど」


「分からないなら、今は覚えておきます。あとで同じ感じがした時、二回目だって分かりますから」


 ラールの返事は珍しく迷いがなかった。絵麻は茶化さず、小さく息を吐いてから経路表を見直す。


 中継場の東側から、複数の車輪が石を踏む音が近づいた。第二騎士団の印を掲げた護送車と、第四騎士団の増援が朝靄の向こうから姿を現す。


 護送車の荷台には魔導核を固定する専用台が備えられ、周囲を四人の騎士が守っていた。回収品を王都へ戻すのではなく、外縁集落へ直送するための班だった。


「引き渡し記録を確認します。損傷なし、保護膜維持。黒い術式との接触は外装のみです」


 恵依の解析結果と第四騎士団の記録が読み上げられ、保護箱の封印が照合される。ラールは昨夜作った白鋼の受け台を箱の底から外し、代わりに護送車の固定具が四隅を支えた。


「これで畑の方は元に戻る?」


「魔導核を戻すだけでは足りません。偽物によって乱れた循環を整える作業が残っています」


 恵依は護送班の問いに答えたあと、ユノから預かった復旧手順を手渡した。本人には読めないため、内容を確認してもらいながら保管していた文書だった。


「第二騎士団が集落で作業を続けます。本物が戻れば、土地を枯らさずに循環を戻せるはずです」


「じゃあ、石はちゃんと帰れるわけね」


 絵麻は固定された箱を見送り、ようやく肩の力を抜いた。盗まれた魔導核を追う役目は、ここで終わる。


 護送車が東へ走り出すと、魔導人形の青白い灯が一度だけ揺れた。荷が離れても西を向いたままで、追うべき命令だけが制御核に残っている。


「あれ、まだ案内する気じゃない?」


「命令は止まっています。ただし、経路を示す基準まで消えたわけではありません」


 ティナは人形へ近づかず、卓斗の隣から青白い灯を観察した。昨夜までのように手首の状態を尋ねるのではなく、その光が指す山の稜線へ白銀の瞳を向ける。


「古い基準点ね。あの人形は施設そのものではなく、地下にある何かを終点にしていたのかもしれないわ」


「施設名分かった瞬間に、地下追加するのやめない?」


「私が追加したわけではないわよ。文句なら埋めた者に言いなさい」


「出てきたら言う。まず受付どこ?」


 卓斗が立ち上がると、ティナは答えず西の枝道へ先に視線を送った。朝靄の奥には低い丘が連なり、その間を使われなくなった石畳が延びている。


 ミネルヴァは魔導人形の護送を増援へ任せ、六人の騎士を選んだ。閉鎖中継所へ踏み込むためではなく、外から現状を確認し、周辺を封鎖するための人員だった。


「これより西部中継所へ向かいます。内部調査は行いません。異常を見つけても、許可なく門や結界へ触れないでください」


「目的地まで来たのに入らないの?」


「管轄と準備を無視して踏み込むことを、勇敢とは呼びません」


「はいはい。玄関前で待つタイプね」


「成瀬さんは特に、勝手に呼び鈴を押さないように」


「異世界来てからの信用、低すぎない?」


 旧中継場を出た一行は、徒歩で西の枝道へ入った。道幅は荷車一台分ほどで、左右には背の高い草と崩れた境界石が続いている。


 先頭をミネルヴァと二人の騎士が進み、卓斗たちは中央、残る団員が後方を守った。夜の追跡とは違って急ぐ必要はないが、足跡や罠を見落とさない速度に抑えている。


 道の途中には、魔導人形が通過した新しい轍が残っていた。右脚を壊す前の歩幅は一定で、罠を避けるような迂回もない。


「自分で仕掛けた道だから、最短で行けたってこと?」


「魔導人形に罠を認識させる識別信号があったのでしょう」


 恵依は境界石の根元に残る黒い粉を見つけたが、術式としての流れは消えていた。ゲブが白銅を近づけると、粉の下から古い街道結界の青い線だけが現れる。


「流川様。この線は切られていません。上から別の合図を重ねて、魔導人形だけを通したようです」


「罠を壊さず利用したのですね。中継所の設備を知る者が組んだ可能性があります」


 ミネルヴァは境界石の位置を記録させ、解除作業は帰路に回した。今ここで黒い粉を除けば、離れた場所の仕掛けへ合図が送られる危険がある。


 一行が丘を越えると、枝道の終点が見えた。灰色の石壁に囲まれた二階建ての建物が、谷間の狭い平地へ沈むように建っている。


 正門は太い鎖で閉ざされ、門柱には使用停止を示す赤黒い板が掛けられていた。屋根の一部は崩れ、見張り台にも人影はない。


「八年放置にしては、建物きれいじゃない?」


 卓斗は正門から五十メートル手前で足を止めた。街道側の草は腰近くまで伸びているのに、門の内側だけは石畳が見える程度に低い。


「誰かが使ってるってこと?」


 絵麻は門ではなく、左右の外壁へ目を向けた。窓は全て内側から板で塞がれているが、二階西端の一枚だけ、板の隙間が新しく削れている。


 第四騎士団員が左右へ広がり、建物を半円状に包む位置へ移った。ミネルヴァは中央に残り、門柱と見張り台を順番に確認する。


「人の足跡はありません。草が低いのは、地下から上がる魔素の影響かもしれません」


 恵依が解析を地面へ向けると、正門の下から青白い線が二本現れた。一本は外壁沿いの結界へ続き、もう一本は建物の中央よりさらに深い場所へ沈んでいる。


「ゲブ。地下へ向かう線の深さだけ見られますか?」


「地上の結界と分ければ可能です。流川様は入口を、私は沈む側を追います」


 二人の魔素が役割を分け、門前の地面を走った。恵依の解析が結界の構造を読み、ゲブの白銅が地下へ落ちる流れを細い光として引き上げる。


 青白い線は建物の床下で終わらなかった。さらに十数メートル下へ沈み、複数の太い魔素流と絡み合っている。


「通常の保管庫ではありません。地下に大規模な結界か、封印があります」


 その言葉と同時に、卓斗の右手首が熱を持った。使いすぎた時の痛みではなく、竜紋の内側を細い糸で引かれるような感覚だった。


「待って。これ、俺の手首まで反応してる」


 卓斗が右手を上げると、竜紋の白銀が門の奥へ偏った。身体を動かしていないのに、指先だけが地下へ向こうとする。


 ティナは卓斗の腕を取らず、門と竜紋の間へ手を差し入れた。白銀の魔素を薄い面に変え、外から届く流れを一時的に遮る。


 引かれる感覚が弱まり、卓斗は半歩だけ後ろへ下がった。呼吸を整えてから、右手を自分の胸元へ戻す。


「今の、分霊石?」


「似ているわ。でも、同じだと言い切るには混ざり物が多すぎる」


 ティナの声から、普段の辛辣さが消えていた。地下の反応を懐かしむのではなく、長く見失っていたものの形を慎重に確かめている。


 ゲブも解析の補助を止め、地面へ向けていた白銅を引いた。黄色い瞳は、青白い線の奥に別の波形を捉えている。


「フィオラ様の魔素に近い部分があります。ただ、古い結界と長く結ばれ、分けて読むことができません」


「私も、知ってる感じがします!」


 ラールは明るく言い切ったあと、自分の胸元へ手を置いた。すぐに門へ駆け寄らず、絵麻の横で青い瞳を細める。


「でも、知ってるから開けていいとは思いません。中で何を支えているのか、先に確かめたいです」


 絵麻はラールを見てから、閉ざされた門へ向き直った。いつもなら勢いで近づきそうな竜精霊が止まったことで、地下にあるものの重さがかえって伝わる。


「三人とも反応するなら、第六騎士団の範囲ですね」


 ミネルヴァは正門から距離を保ったまま、団員へ合図した。二人が街道側へ戻り、伝令用の魔導具を展開する。


「旧封印、特殊魔素、竜精霊三柱との共鳴を確認。以後の内部調査権限を第六騎士団へ移します。第一騎士団にも記録の照合を要請してください」


「中に敵がいたら?」


「出てくるなら、ここで止めます。出てこないものを、準備なく起こしには行きません」


 ミネルヴァは月光の矢を一本だけ作り、正門前の地面へ射た。攻撃ではなく、周囲の動きを拾う追跡標として外壁全体へ薄い月の線を巡らせる。


 第四騎士団員も左右の丘へ監視位置を取り、谷へ入る三本の道を封鎖した。卓斗たちは中央から下がり、結界反応が届かない距離まで離れる。


 伝令用の魔導具が王都へ向けて光を放った直後、閉鎖されているはずの門柱に青白い灯がともった。一つ目から二つ目へ、続いて外壁沿いへ、古い結界灯が順番に起きていく。


「誰も呼び鈴押してないよな?」


「成瀬さん、下がってください!」


 正門の鎖が内側へ引かれ、張り詰めた金属音を鳴らした。扉は開かなかったが、門の下に積もった土が細く割れ、地下から青白い光が漏れ出す。


 ミネルヴァの月光線が一斉に揺れ、建物の内側ではなく真下から魔素が上がったことを示した。恵依とゲブも解析を再開せず、その規模を見てさらに距離を取る。


 卓斗の右手首が、先ほどより強く脈打った。ティナの白銀が外からの共鳴を遮っても、地下の光と竜紋は同じ間隔で二度、三度と明滅する。


 やがて結界灯は消え、正門の鎖も元の重さへ戻った。静かになった建物の奥から人の気配は出てこなかったが、地下に眠る何かがこちらを認識したことだけは疑いようがない。


 第四騎士団の追跡は、盗まれた魔導核を取り戻し、その運搬先を突き止めたことで終わった。だが、閉ざされた旧第五騎士団中継所の下では、六百年前から続く魔素が目を覚まし、第六騎士団が到着する時を待つように、もう一度だけ青白く脈打っていた。



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