表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/72

第二章 26 『止めるべき場所』



 魔導人形の右腕から放たれた鋼線が、卓斗の胸元へ迫った。


 先端には荷を引き寄せるための三本鉤がつき、月光を反射しながら回転している。卓斗と人形の距離は十五メートルほどしかなく、横へ避けても鋼線が追従できる長さだった。


「卓斗、左!」


 絵麻の声を受け、卓斗は左足を踏み出した。鉤が元いた位置を通過し、服の右袖を浅く裂く。


 卓斗は身体を逃がしながら、飛び過ぎた鉤へ引力を向けた。人形側へ戻さず、右の岩壁へ金属だけを引く。


 鉤が軌道を変え、岩の割れ目へ深く食い込んだ。鋼線は卓斗の前を横切り、人形と岩壁を一本につなぐ。


「最初から殺意高くない!? 運搬用って何を運ぶ想定なんだよ!」


「排除命令へ変わっています。運搬時の安全制限が外されている可能性があります」


 恵依は人形の胸部から右肩へ流れる黒い魔素を追った。元の制御核が鋼線を動かしているのではなく、上書きされた命令が安全制限を迂回している。


 魔導人形は右腕を縮め、岩へ刺さった鉤を巻き取った。鋼線を支点に巨体が右へ回転し、左の打撃腕が正面の第四騎士団員へ振られる。


「下がってください! 正面で受けないで!」


 ラールは騎士と打撃腕の間へ、上端を後方へ傾けた白鋼板を形成した。壁で止めるのではなく、腕が当たる方向を地面へ流す角度になっている。


 太い金属腕が白鋼板へ衝突し、甲高い音が荷替え場へ響いた。衝撃は斜面に沿って下へ抜け、騎士は一歩後退しただけで踏みとどまる。


「次は膝を押さえます。絵麻ちゃんは左道を見ていてください!」


「任せた! そっちへ抜けようとしたら伸ばす!」


 ラールは防壁を解除し、人形の左膝へ視線を移した。絵麻も左の細道に置いた座標を維持しながら、戦場の中央を確認する。


 人形の足元から四本の固定杭が飛び出した。二本は傷ついた右足首を支え、残る二本は左脚の前後へ打ち込まれる。


 身体が地面へ固定されると、人形は鋼線と打撃腕を同時に振り回した。第四騎士団員は左右へ広がり、胸部を避けて肩と脚の外装へ矢を放つ。


 矢尻は関節の隙間へ入ろうとしたが、薄い装甲板が横へ滑って射線を塞いだ。人形は魔導核を抱えた姿勢を崩さず、攻撃を受ける場所だけを外装で覆っている。


「正面の装甲は追わないでください。動く板へ矢を使えば、魔導核側へ流されます」


 ミネルヴァは騎士たちへ射撃停止を示し、自分も弓を下げた。人形の動きを止めずに撃ち続ければ、外装によって狙いを胸部へ誘導される。


 右の岩壁へ回っていた騎士が、低い位置から人形の左足へ矢を放った。矢は膝ではなく固定杭の付け根へ入り、杭を覆う薄い外装を一枚だけ剥がす。


 反対側の騎士は同じ場所を狙わず、鋼線の巻き取り口へ二本の矢を打ち込んだ。射出口の縁が歪み、次に鋼線を伸ばせる方向が正面の狭い範囲へ限定される。


「一か所へ攻撃を集めないでください。防御板を寄せられます。左右から別の機構を止めます」


 ミネルヴァの指示を受け、第四騎士団員は人形の周囲を時計回りに移動した。矢を撃つ者と位置を変える者が交互に動き、魔導核へ射線が重なる正面だけを空ける。


「正面だけ安全地帯みたいになってるけど、俺らそこにいるんよ」


「だから胸部へ攻撃が飛んでこないわ。少しは利点を見つけなさい」


「ティナの前向き、俺に厳しい時だけ発動するよな」


「流川様。私は両肩と脚部の流れを保ちます。黒い線へ集中なさってください」


 ゲブは白銅を四本に分け、人形の関節へ薄く重ねた。攻撃へ共鳴せず、動き始める順番と魔素が集中する位置だけを恵依へ渡す。


 恵依は古い制御核、魔導核の保護膜、黒い命令線を別々に解析した。三つは胸部で重なっているが、黒い線だけが背中を通り、左右の肩へ外側から回っている。


「腕を引き戻す時、背面の命令線が露出します。ですが、今の位置からは岩壁側です」


「裏へ回れば見える?」


 絵麻は左道を維持したまま、人形の背後にある岩壁を見た。人一人が入れる隙間はあるが、鋼線の射線と重なる。


「直接入るのは危険です。人形の向きを変える必要があります」


「じゃあ、俺が後ろから引く」


 卓斗は右手を上げたが、岩へ刺さった鋼線が先に動いた。人形は鉤を引き抜き、今度は低い軌道で卓斗の足元へ振る。


 鋼線は地面の石を弾きながら、右から左へ払うように迫った。跳べば人形の打撃腕が上から重なるため、逃げる方向を選びにくい。


 ティナは何も言わず、鋼線の中央へ白銀を通した。横向きの慣性が薄れ、鞭のように走っていた線が卓斗の二メートル手前で速度を落とす。


「二秒よ。使いなさい」


「十分!」


 卓斗は止まりかけた鋼線を踏まず、人形の右肩外側にある巻き取り軸へ引力をかけた。軸は背面側へ引かれ、腕の回転中心が数センチずれる。


 打撃腕が卓斗の頭上を通り、狙いより右の地面へ突き刺さった。固定杭で踏ん張っていた人形の身体が右へ傾き、傷ついた右足首へ重さが集中する。


 右足首の装甲が割れ、固定杭の一本が土から抜けた。人形は姿勢を戻そうと左腕を引き、背中の装甲板を持ち上げる。


「今です。背面の中央、縦に一本!」


 恵依の合図と同時に、ゲブが黒い命令線の位置を白銅で共有した。背面装甲の隙間へ、濁った紫色の線が一瞬だけ現れる。


 ミネルヴァが矢を放ったが、人形は左肩を後ろへ引いて射線を塞いだ。矢は肩装甲へ刺さり、黒い線まで届かない。


「露出は二秒未満です。次は腕を戻す前から射線を作ります」


「その前に動きを止めます。全員、地面へ置いた矢から離れてください」


 ミネルヴァは荷替え場の中央へ六本の矢を放った。二本は人形の両足外側、二本は肩の後方、残る二本は左右の岩壁近くへ刺さる。


 月光が六本の矢を結び、人形の手足を囲む六角形を作った。逃走中に重なった月痕が光へ集まり、動こうとする四肢へ銀色の線が巻きつく。


「——月檻六矢〈ヘクサ・セレネ〉」


 人形が打撃腕を持ち上げると、肩へ巻きついた月光が地面の矢へ引き戻した。固定杭も銀色の線へ縫われ、土から抜けない状態になる。


「拘束は長く保ちません。背面を開いてください!」


 人形は両脚へ魔素を集中し、固定杭ごと地面を持ち上げようとした。月光の六角形が歪み、矢の周囲へ亀裂が広がる。


「私が膝を支えます。広く塞ぐと腕に割られるので、外側だけ押さえます!」


 ラールは人形の両膝へ白鋼の支柱を二本ずつ形成した。関節を固めず、膝が外へ開く動きだけを止め、倒れる方向を中央へ保つ。


「絵麻ちゃん、腕と胸を離してください! 枠へ戻させないように!」


「右腕は私が延ばす! 左はミネルヴァさんの線で止めて!」


 絵麻は人形の右腕と胸部の間へある距離を引き延ばした。肩関節は腕を戻そうと回転するが、運搬枠まで届かず、背面装甲が開いた状態で止まる。


 黒い命令線が、背中の中央から右肩へ露出した。恵依は線の下に古い制御核の流れがあることを確かめ、切断可能な範囲だけを示す。


「卓斗くん。背面装甲の留め金は上下に二つです。黒い線ではなく、外側へ引いてください」


「上からいく!」


 卓斗は上側の留め金へ引力を向けた。金具は動いたが、装甲との摩擦が強く、半分までしか抜けない。


 ティナは人形の背後へ回らず、卓斗の右手首から引力の先を読み取った。留め金と装甲の接触面だけ摩擦を下げ、引く方向を変えずに通す。


「角度は合っているわ。そのまま抜けばいい」


 上側の留め金が外れ、装甲板が右へ傾いた。卓斗は引力を下側へ移し、二つ目の金具も岩壁側へ引き抜く。


 背面装甲が落ち、黒い術式の全体が露出した。濁った線は古い制御核を囲み、魔導核の運搬枠へ別の枝を伸ばしている。


「流川様。黒い線の形が変わります」


 ゲブは四肢の流れを維持しながら、運搬枠へ伸びる新しい枝を捉えた。人形を動かしていた命令が一か所へ集まり、魔導核の固定具へ流れ込もうとしている。


「停止命令ではありません。自壊です!」


 恵依は人形の胸部で起きる変化を解析した。黒い術式は制御核を焼き切り、両腕で運搬枠を押し潰す手順へ切り替わっている。


「まだ腕は動かせないよね?」


「月光の拘束が切れれば、一度は胸部へ戻せます。その一度で魔導核が破損します」


「それ先に止める!」


 絵麻は右腕と胸部の距離をさらに引き延ばした。空間への負荷が増し、視界の端が揺れたが、腕が戻るまでの時間は伸びる。


 ラールは絵麻の様子に気づき、右側の白鋼支柱を腕の下へ移した。膝の固定を一本減らし、打撃腕が落ちても胸部へ向かわない受け台にする。


「右腕は受けます。絵麻ちゃんは、左の空間まで広げないでください」


「分かった。右だけ保たせる!」


 月光の六角形で一本の矢が抜け、人形の左肩が動き始めた。ミネルヴァは新しい矢をつがえたが、黒い命令線と古い制御核が背面で重なっている。


「切る線を示してください。外せるのは一つです」


「私は古い命令を支えます。流川様、自壊へ向かう線だけを選んでください」


 ゲブは白銅を古い制御核へ共鳴させ、元からある運搬命令の流れを明るく浮かび上がらせた。広い術式へ入り込まず、黒い自壊命令と接触する境界だけを分ける。


 恵依は二つの線が交差する位置を追い、背面中央から右下へ十センチの区間を示した。そこを切れば自壊命令は運搬枠へ届かず、古い制御核は残る。


「背面右下、白銅線の外側です! 深く入れないでください!」


 ミネルヴァは人形の左肩が動く直前に矢を放った。月光をまとった矢尻は示された一点へ入り、黒い線だけを石床へ縫い留める。


 濁った魔素が矢を伝って地面へ流れ、自壊命令の枝が途切れた。古い制御核を巡る青白い流れは消えず、人形の胸部に残る。


 魔導人形の左腕が途中で止まり、打撃腕も白鋼の受け台へ重さを預けた。頭部の魔素灯が黒紫から青白色へ戻る。


 月光の拘束が消えたあとも、人形は立ち上がらなかった。傷ついた両脚を折り、その場へ片膝をついた姿勢で停止する。


「止まった……でいい?」


「まだ触れないでください。魔導核の固定状態を確認します」


「喜ぶタイミング毎回遅らされるんだけど」


 恵依は解析を黒い術式から運搬枠へ切り替えた。ゲブも古い制御核との共鳴を浅くし、魔導核を固定する金属具へ白銅を移す。


「自壊命令は消えています。運搬枠の保護膜も維持されています」


「左の留め具から開けば、魔導核へ力はかからないと思われます。流川様、順番を共有しましょうか?」


「お願いします。ラールは枠の下を支えてください。絵麻さんは落下方向だけを隔離してください」


「今度は運搬枠の形を崩しません。底と左側を別々に支えます」


 ラールは人形の胸部下へ白鋼の台を作り、運搬枠の左側へ細い支柱を添えた。枠を閉じ込めず、留め具が動く余地を残している。


 絵麻は魔導核の下と白鋼台の間へ短い空間を置いた。固定が外れても地面まで落ちず、白鋼の上へ収まる距離にする。


「卓斗くん。左上の留め金だけを手前へ引いてください」


「箱からずっと留め金担当なんだけど、俺の能力これで合ってる?」


「今は最も安全です」


「効率いいならやります」


 卓斗は左上の金具へ弱い引力をかけた。留め金が外れると、ゲブの白銅が次の位置を示し、右下、左下の順に固定を解除する。


 最後の金具が開き、運搬枠の前面が左右へ分かれた。緑色の魔導核は保護膜に包まれたまま、ラールの白鋼台へ静かに載る。


「回収しました。魔導核に新しい損傷はありません」


 恵依の確認を受け、第四騎士団員が専用の保護布を広げた。魔導核を包み、白鋼台ごと運搬用の箱へ移す。


 卓斗は右手を下ろした時、指先に残る痺れへ気づいた。引力を何度も細かく使い分けたため、竜紋の周囲に熱が集まっている。


 ティナはすぐに触れず、卓斗の手元を見た。右手が開閉できることを確かめるように、白銀の瞳を細める。


「指は動く?」


「動く。熱いのと、ちょっと痺れてる」


「なら、そこまでね。整える範囲は手首だけでいい?」


「頼む」


 卓斗が同意すると、ティナは竜紋の周囲へ白銀を流した。熱を外へ逃がし、乱れた魔素を腕の内側へ残さないよう整える。


 人形の古い制御核も停止した状態で残っていた。第四騎士団員が背面から記録板を外し、黒い術式に触れない保全袋へ収める。


「目的地の記録が上書きされています」


 ミネルヴァは記録板に刻まれた文字と経路番号を確認した。卓斗たちには読めないが、線は現在地よりさらに西へ伸び、閉鎖施設を示す記号で終わっている。


「施設名まで分かる?」


「この場では断定しません。旧第五騎士団の経路資料と照合する必要があります」


「また第五。ここまで来ると、全部そこにつながってない?」


「だからこそ、印だけで決めません。記録を持ち帰り、同じ経路番号が使われた施設を確認します」


 ミネルヴァは記録板を騎士へ預け、停止した人形の頭部を見た。青白い魔素灯は消えず、身体が動かなくなったあとも西の出口へ向いている。


 回収された目的地記録板にも、同じ方向を示す一本の線が残っていた。黒い命令を失った人形は止まったが、その荷を運ぼうとしていた先だけは、夜の旧街道のさらに奥へ続いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ