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第二章 21 『西門を越える人形』



 旧式の運搬用魔導人形は、点検小屋の入口から本物の魔導核へ向かって歩き始めた。


 開いた防水箱までは八メートルほどある。卓斗が箱の正面へ立ち、恵依とゲブは左側、絵麻とラールは右側へ分かれ、アトゥムと第三騎士団員が扉の前を塞いだ。


「止まれ! 第三騎士団団長、アトゥム・オルデルタが命じるのだ!」


 人形は命令に反応せず、石床へ一定の間隔で足を下ろした。顔に当たる部分には目も口もなく、横一線の青白い魔素灯だけが魔導核へ向いている。


「話通じないタイプ確定。さっきの魔獣より静かな分、余計怖いんだけど」


「タク。あなたが話しかけたところで、騒がしくなるだけよ」


「会話の可能性を最初から潰すなって」


 人形は卓斗まで五メートルへ近づき、太い両腕を前へ伸ばした。拳を作らず、荷を抱えるための半円形の指を開いている。


「攻撃する構えではありません。魔導核の回収を優先しています」


 恵依は人形の胸部と手足へ解析を通した。胸の内側には制御核があり、そこから関節へ伸びる古い魔素流の上に、黒い術式が別の命令を書き加えている。


「流川様。古い命令は、指定された荷を運搬することだと思われます。黒い術式は目的地と優先対象を上書きしています」


「制御核を壊せば止められますが、運搬命令が魔導核へ接続しています。停止時に荷を固定する可能性があります」


「固定って、どのくらい?」


「強制的に抱え込み、外部からの回収を拒む構造です。魔導核を傷つける危険があります」


「壊して止めるのはなしってことね」


 絵麻は防水箱と人形の間にある距離へ空間の魔素を差し込んだ。見た目の八メートルは変わらないが、人形が一歩進むために必要な距離を長くする。


 右足を上げた人形の動きが遅れた。関節は通常の歩幅を作っているのに、足先が床へ届くまでの経路だけが伸びている。


「ラール、箱の前を塞いで! 留め具には触れないで!」


「は、はい! 壁だけ作ります!」


 ラールは防水箱の一メートル前へ、床から天井近くまで届く白鋼壁を形成した。箱そのものへ固定すれば魔導核へ衝撃が伝わるため、左右の石壁と床を支点に選ぶ。


 人形は伸ばされた距離を進み、白鋼壁まで三メートルへ迫った。人間を押し退けようとはせず、進路上に立つ卓斗へ右手を向ける。


「卓斗くん、右へ避けてください!」


 恵依の声と同時に、人形の腕が肘から伸びた。内部に収納されていた金属筒が滑り出し、開いた指が卓斗の胸元へ迫る。


 卓斗は右へ踏み込み、腕の軌道から身体を外した。人形の指は服を掠め、背後の白鋼壁へ触れる。


「待て待て、腕伸びるの聞いてない!」


「今、確認できました」


「恵依、その報告はもう一秒早く欲しかった!」


 人形は白鋼壁を殴らず、伸ばした指を下端へ差し込んだ。床との隙間をつかみ、壁を支える石材ごと上へ持ち上げようとする。


 白鋼は壊れなくても、固定先の石床が軋んだ。壁の左下から亀裂が伸び、ラールの足元へ近づいてくる。


「あわわっ、壁じゃなくて床が剥がれます!」


「固定を外して! 右側へ作り直す!」


 絵麻の指示を受け、ラールは白鋼壁を一度解除した。支えを失った人形の腕が上へ跳ね、卓斗の左肩を掠めて天井へぶつかる。


 石片が落ちる前に、絵麻は箱の右側へ移動した。ラールも防水箱の正面ではなく、斜め前へ小さな防壁を作り直す。


「タク。背中に運搬用の環があるわ」


 ティナが示した人形の背面には、太い金属環が一つ突き出していた。整備時に人形を固定するための部品らしく、胸の制御核とはつながっていない。


「あれ引けば、こっち向く?」


「力が足りればね」


「最後に不安要素足すのやめて?」


 卓斗は人形の背面環へ引力を向けた。前へ進もうとする力に対し、扉側へ引き戻す方向へ力をかける。


 人形の上半身が後ろへ傾き、伸びていた右腕が床へ落ちた。左足が滑り、魔導核へ向いていた身体がわずかに扉側へ戻る。


 だが、両足の裏から金属音が響いた。人形は靴底を開き、四本の固定杭を石床へ打ち込む。


 卓斗の引力と人形の固定がぶつかり、背面環が低く軋んだ。人形は後退を止め、足元の石を割りながら再び上半身を起こす。


「こいつ、地面に根を張ったんだけど!」


「根ではないのだ! 杭なら、揺らして縛れるのだ!」


 アトゥムは人形の正面から左へ回り、右足を石床へ打ちつけた。青い魔素が床を広く揺らさず、四本の固定杭へ向けて円形に走る。


「——震杭縛〈デスモス〉!」


 杭の周囲だけで石が細かく震え、砕けた粒が隙間へ入り込んだ。振動が止まると石材は杭を挟んだまま固まり、人形の足首まで動かせない形になる。


「止めたのだ! 黒い術式を外せ!」


「ゲブ、胸部から外側へ伸びる命令だけをつないでください」


「承知しました、流川様。古い制御命令とは分離して共有します」


 ゲブの白銅が人形の胸部へ触れ、二重になった魔素流を異なる線へ分けた。古い命令は淡い青、最近加えられた黒い命令は濁った紫として恵依へ渡る。


 黒い術式は制御核へ直接刻まれていなかった。人形の背面から床下へ伸び、点検小屋に残る旧搬送設備を経由している。


「術式の本体は人形ではありません。床下の搬送線から命令を受けています」


「床ごと止めればいいのだな?」


「待ってください。切る前に、魔導核との接続を外します」


 恵依が制止した直後、石床の下から歯車の回る音が響いた。長く使われていなかった搬送設備へ黒い魔素が流れ、床の継ぎ目が直線状に光る。


 防水箱の下で、細い金属板が持ち上がった。旧搬送レールの一部が石台を押し上げ、箱の金属枠へ接触する。


「箱が動きます!」


 ラールは防水箱を直接固めず、石台の左右へ白鋼の留め具を作った。箱がレールへ引かれる力を床と壁へ逃がし、開いた蓋が閉じないよう蝶番も支える。


 人形の左腕が肩から外れ、先端の指だけを箱へ向けた。腕の内部から鋼線が伸び、防水箱の運搬枠へ巻きつく。


「本体止めても腕だけ動くとか、ズルくない!?」


 卓斗は背面環への引力を解除し、箱へ伸びる鋼線を横へ引いた。魔導核ではなく外側の線だけを狙い、人形と箱の直線をずらす。


 鋼線は左へ曲がったが、運搬枠から外れなかった。床下のレールも同じ方向へ箱を引き、白鋼の留め具へ亀裂が入る。


「絵麻さん、人形と箱の距離をさらに延ばしてください!」


「これ以上やったら、小屋の中まで歪む!」


「接続点だけで構いません。鋼線が届く距離を変えてください!」


 絵麻は人形の腕から伸びる鋼線の中央へ意識を絞った。両端の位置を動かさず、線が渡る距離だけを引き延ばす。


 張りつめていた鋼線に余裕が生まれ、防水箱を引く力が一瞬弱まった。恵依はその隙に、ゲブが示した黒い命令線へ解析を深める。


「あと少しです。床下の命令と人形を切り離せます」


 人形の頭部にある魔素灯が、青白色から黒紫へ変わった。固定された足を動かそうとせず、残る右腕を点検小屋の奥へ伸ばす。


 指がつかんだのは、閉鎖扉の上を支える太い石柱だった。人形は腕を縮め、支柱を手前へ引き抜く。


「天井が落ちるのだ! 全員、箱から離れろ!」


 石柱が外れ、点検小屋の奥側から天井が傾いた。崩れた石材は防水箱だけでなく、入口付近にいる騎士と、石段下の小型艇へ向かって落ちる。


「箱を守ったら、入口が潰れます!」


 恵依は解析を人形から崩落へ切り替えた。天井全体を支える時間はなく、落下範囲から人を出す必要がある。


「絵麻、右の騎士さんを入口側へ!」


「分かってる! ラール、天井の左側を支えて!」


 絵麻は崩落地点と騎士の間を引き延ばし、退避先となる入口までの距離を短くした。騎士は落ちてくる石の下を走り、石段の外へ飛び出す。


 ラールは点検小屋の左側へ白鋼の梁を二本伸ばした。天井を完全に止めず、落下する角度を奥側へずらして入口への道を残す。


「タク、上の梁を右へ流しなさい!」


 ティナは落下中の木梁から下向きの慣性を一部外し、速度を弱めた。卓斗は梁の金具へ引力を向け、騎士の頭上から右の石壁側へ軌道を変える。


 木梁は白鋼の支柱を掠め、点検小屋の右奥へ落ちた。石床が砕けたが、入口と石段へ続く退避路は残る。


「全員、外へ出るのだ! 負傷者はいないか確認するのだ!」


 アトゥムは崩れた石材を短い振動で外へ弾き、最後に残った騎士を入口へ押し出した。人形を拘束していた石床にも揺れが伝わり、固定杭の周囲へ新しい亀裂が走る。


 人形は両脚を同時に捻り、砕けた石から杭を引き抜いた。自由になった身体が床下の搬送レールへ乗り、箱へつないだ鋼線を巻き取る。


「魔導核が!」


 ラールの白鋼留め具が外れ、防水箱が石台から滑った。箱の外枠だけが人形へ引かれ、内部の魔導核は保護具ごと持ち上がる。


 人形は開いた箱を捨て、緑色の魔導核を収めた金属枠だけを両腕へ抱えた。運搬用の固定具が閉じ、魔導核を衝撃から守る淡い膜を形成する。


「壊れてはいません! 運搬枠が魔導核を保護しています!」


「でも取られたら意味ないでしょ!」


 絵麻が人形へ向き直った時には、床下のレールが奥の搬送路へ動き始めていた。人形は石床へ残った直線状の溝へ足を乗せ、魔導核を抱えたまま加速する。


「追うのだ! 壊すな、荷を落とさせるのだ!」


 アトゥムが崩れた点検小屋を飛び越え、暗い搬送路へ入った。卓斗たちも残る天井を避け、彼女の後を追う。


 旧搬送路は幅四メートルほどの石造りで、床の中央に二本の金属レールが敷かれていた。人形はその上を滑るように進み、すでに三十メートル先まで離れている。


「速すぎない!? 人形って走るより荷物運ぶ方が本職だろ!」


「効率よく運べるよう作られているのよ。タクの好きな効率ね」


「敵だけ効率いいの納得いかないんだけど!」


 卓斗は走りながら人形の背面環へ引力を向けた。暗闇の中でも、金属環は魔導核の緑色の光を受けて見えている。


 人形の速度が落ち、足元のレールから火花が散った。だが、卓斗の右手首にも熱が集まり、長く引き続けられる状態ではない。


「絵麻、前の距離縮められる?」


「走りながら細い通路を曲げるの、簡単だと思ってる?」


「思ってないから聞いてる!」


 絵麻は人形と自分たちの間を五メートルだけ縮めた。距離全体を折り畳まず、目の前の床を踏むたびに通常より先へ進める形にする。


 追跡する六人と三竜精霊の速度が上がり、人形まで十五メートルへ近づいた。ラールは走りながら前方のレールへ低い白鋼板を形成する。


「足元だけ止めます!」


 白鋼板が二本のレールを横切り、人形の進路を塞いだ。人形は減速せず、魔導核を胸部へ固定したまま右脚を持ち上げる。


 足裏から伸びた運搬用の小さな車輪が白鋼板へ乗り、傾斜を滑って上を越えた。着地の衝撃は胸の保護膜に吸収され、魔導核は枠の中から動かない。


「障害物を普通に坂として使った!」


「あわわっ、止める向きを間違えました!」


「今は反省しなくていい! 次は縦に作って!」


 ラールは白鋼板を解除し、次の障害を作ろうとした。その前に、人形の背面装甲が左右へ開く。


 卓斗が引いていた金属環が装甲ごと外れ、後方へ飛んだ。引力の対象を失った卓斗は右手を下げ、迫る外装を避けて左壁へ寄る。


「おい、引っ張られた部分だけ捨てたぞ!」


「タクより判断が速いわね」


「今それ言う必要ある?」


 外装を捨てた人形は身軽になり、再び速度を上げた。搬送路の先には薄い夕方の光が見え、西門の旧搬送扉へ近づいている。


「前方百メートルで西門なのだ! 警備隊へ閉鎖を伝えろ!」


 第三騎士団員が携帯魔導具へ声を送り、西門警備隊へ人形の特徴を伝えた。正面の旧搬送扉がゆっくり閉まり始める。


 人形は胸部から古い金属札を出し、扉脇の認証盤へ向けた。旧第五騎士団の紋章が淡く光り、閉じかけていた扉が途中で停止する。


「認証が通ったのだ!?」


「古い運搬権限が残っています。西門の結界は、人形を敵と判定していません!」


 恵依の解析では、門の防御術式は侵入する敵を止める構造になっていた。王都内から正規認証で出ようとする運搬人形には、攻撃も拘束も作動しない。


 西門警備隊の四人が扉の外側へ回り、槍を交差させた。人形は攻撃せず、左肩で槍の柄を押し分け、空いた隙間へ身体を滑り込ませる。


「人が近い! 広く揺らせないのだ!」


 アトゥムは両手へ集めた魔素を止め、警備隊の間を抜けた。卓斗も人形へ斥力を向けられず、開いた扉を走って越える。


 王都の外へ出ると、舗装された道が三方向へ分かれていた。北と南は現在使われている街道で、正面の西側には草に覆われた旧街道が伸びている。


 人形は迷わず西へ曲がり、古い車輪跡の残る道へ入った。金属レールは西門で終わっているが、足裏の車輪を収納し、今度は二本の脚で走り続ける。


「まだ走るの!? 六十年休んだ分、元気余ってんの?」


「タク。あなたより体力があるのは確かね」


「比較するなら、せめて人間にしてくれる?」


 卓斗たちも旧街道へ入ったが、水路と搬送路を走り続けた身体には疲労が残っている。人形との距離は少しずつ広がり、夕暮れの影が輪郭を隠し始める。


「ここから先は第四騎士団の管轄なのだ! 追跡要請は送ってあるのだ!」


 アトゥムは足を止めず、後方の騎士へ追加の連絡を命じた。同時に第三騎士団の一部を西門へ残し、警備隊の負傷確認と旧認証の停止へ回す。


「水門の修復も必要です。全員で追うことはできません」


「分かっているのだ! だから、道を狩る者に任せるのだ!」


 旧街道の先で、魔導人形が一度だけ見えた。緑色の魔導核を抱えた影は丘の向こうへ下り、そのまま夜の道へ消える。


 残された土には重い足跡と、運搬枠から伸びる補助輪の細い跡が刻まれていた。どちらも西へ向かい、使われなくなった街道の奥へ続いている。


 遠くから複数の蹄の音が近づいた。西門脇の林を抜けて現れた騎馬隊は、暗い外套と弓を備え、旧街道の入口へ迷いなく進んでくる。


 先頭にいる女性は馬上から足跡を見下ろし、次にアトゥムと卓斗たちへ視線を移した。アトゥムと同じ顔立ちを持ちながら、その表情には戦いを楽しむ色がない。


 夜へ沈み始めた旧街道を前に、第四騎士団団長ミネルヴァ・オルデルタは、逃げた魔導人形の痕跡を静かに捉えていた。




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