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第二章 16 『荒波の団長』



 王都西側の主水路には、朝から大小の船が行き交っていた。


 石造りの船着き場には輸送箱と保守用の縄が並び、水門を通る船の鐘が一定の間隔で鳴っている。


 卓斗たちはユノと共に、第三騎士団の到着を待っていた。農業用水路から続いた魔素痕は目の前の主水路で途切れ、船と魔導具の反応へ紛れている。


「第三騎士団へは、集落の状況と水門までの痕跡を共有しました」


 ユノは報告札を閉じ、恵依とゲブが記録した波形を保全箱へ収めた。第二騎士団は集落へ残り、予備魔導具の交換と畑の循環を見守る必要がある。


「私は集落へ戻ります。ここからの調査は、第三騎士団へ引き継ぎます」


「ユノは来ないの?」


「水路を止める力は、私より第三騎士団の方が適しています。それに、集落の方々を支える役目も残っています」


 ユノは自分が始めた任務だからといって、最後まで同行することへ固執しなかった。必要な場所へ必要な者が残り、管轄が変われば情報ごと次へ渡す。


 主水路の上流から、青い旗を掲げた大型船が近づいてきた。船首は波を割り、左右に続く小型船を引き連れながら、船着き場へ速度を落とさず進んでくる。


「あれ、止まる気ある?」


 卓斗が船首を見上げた直後、甲板から一人の少女が飛び降りた。短い外套を風に広げ、石畳へ着地した衝撃で船着き場の水面まで円形に揺れる。


「待たせたのだ!」


 少女は勢いよく顔を上げ、卓斗たちとユノを順番に見た。十八歳ほどの姿で、楽しそうに笑っているが、背後の船へ出した手の合図だけで第三騎士団の配置が変わっていく。


「船から普通に降りられないタイプの団長?」


「飛び降りた方が早いのだ。効率的なのだ!」


 卓斗は同じ言葉を使われ、微妙な顔で口を閉じた。絵麻は隣で笑いを堪え、ティナは効率という言葉の使い方が違うとでも言いたげに少女を見ている。


「フィリスティア第三騎士団団長、アトゥム・オルデルタなのだ。魔導核を水に流した者を探すのであろう?」


「はい。集落の水路から、この主水路へ防水箱が流された可能性があります」


 ユノはアトゥムへ報告札と魔素記録を渡した。アトゥムは文章へ長く目を通さず、添えられた水路図と波形を先に見て、集落から主水路までの経路を指でなぞる。


「農業用水路では箱の高さを保ち、途中で固定具を替えているのだな。主水路の流れまで知っている者の仕事なのだ」


 明るい口調のままでも、アトゥムは事件を遊びとは捉えていなかった。輸送船の記録、水門の通過時刻、保守設備を使える者の範囲を、近くの騎士へ次々に確認させる。


「では、私は集落へ戻ります。皆さん、無理を感じた時は止めてください」


 ユノは卓斗たちへ頭を下げ、第二騎士団の荷車へ向かった。人の代わりに選ばないという彼女の方針は、別れる時にも変わらない。


「さて、船へ乗るのだ。水の上なら、流れも揺れも隠せないのだ!」


「その言い方、もう荒れるの確定みたいで嫌なんだけど」


 卓斗は船着き場へ横づけされた保守船を見た。大型船より小さいが、甲板の中央には水路を調べる魔導具があり、船縁には落水防止の縄が張られている。


「タク、まだ乗ってもいないのに酔った顔をしないで」


「顔は俺の自由だろ」


「あわわっ、酔い止めはありますか? 私、船で吐いたことはないですけど、船に乗ったこともなくて!」


 ラールは船と水面を交互に見て、乗る前から足元をふらつかせていた。絵麻はその肩を押し、先に酔うなと小声で叱りながら甲板へ上がる。


 保守船には第三騎士団の騎士が六人乗り、前方、後方、操舵、調査具の周囲へ分かれた。卓斗たちは中央の調査具近くに立ち、揺れた時につかめる縄と、船から退避できる位置を確認する。


「第三騎士団は、水だけを動かす騎士団ではないのだ」


 アトゥムは船首へ立ち、水面へ海震の魔素を流した。青い光が船の周囲へ広がり、波、船体、岸壁へ返る細かな振動が、別々の輪として浮かび上がる。


「船の揺れ、水門の圧力、地面を通る震え、魔素が流れる波も見るのだ。流れがある場所には、必ず動いた痕が残るのだ!」


「恵依の解析と、どう違う?」


「流川の魔素は構造を読むのだ。私は、流れと揺れを直接つかむのだ!」


 アトゥムは恵依の力を軽く扱わず、違いを明確にした。恵依が箱の魔素波形を見つけ、ゲブが同じ反応をつなぎ、アトゥムが水面に残る揺れの偏りを探せば、主水路の雑多な反応から対象を絞れる。


「役割を分けます。私は防水箱の波形を見ます。ゲブは一致する反応だけを共有してください」


「承知しました、流川様」


 恵依は調査具の上に波形記録を置き、解析を主水路の一部へ絞った。ゲブの白銅が記録と水面をつなぎ、似た反応がある場所だけを細い線として示す。


「絵麻さんとラールさんは、船上の足場をお願いします」


「落ちる人が出たら、見える場所へ戻す。ラールは船縁の内側だけ守って」


「はい! 船を丸ごと固めないようにします!」


 ラールは甲板の四隅へ小さな白鋼の留め具を作った。船体全体を固定すれば波を受け流せなくなるため、騎士たちが足を取られた時につかめる場所だけを増やす。


「俺は何すればいい?」


「水門と保守鎖を見ていてください。水そのものではなく、動かせる金属が必要になるかもしれません」


「水路で水を担当しないの、俺だけ?」


「タクが水を直接引いたら、船ごと巻き込むわよ」


 ティナの指摘に、卓斗は反論せず船縁へ近づいた。岸壁には水門を操作する太い鎖が並び、水底には保守用の金属杭が一定の間隔で埋め込まれている。


「出航前に、落水時の手順を確認するのだ」


 アトゥムは甲板の左右にある黄色い縄を示した。水へ落ちた者をすぐ引き上げる縄だが、全員が同じ側へ集まれば船が傾くため、救助する者と船体を支える者を分ける必要がある。


「落ちた人を見つけても、全員で飛びつかないでください」


 第三騎士団の騎士が、縄の端にある留め具を卓斗たちへ渡した。絵麻は右舷、卓斗は左舷、恵依とゲブは調査具のそばに残り、ラールは救助者が戻る場所へ白鋼の足場を作る配置になる。


「俺が落ちた場合は?」


「タクなら、まず自分で縄をつかみなさい」


「契約者への扱い、雑じゃない?」


「助けを待って流されるより効率的よ」


 卓斗は効率という言葉を返され、受け取った留め具を腰のベルトへ通した。引力で船体へ戻ることも考えたが、水中で距離と方向を誤れば、船底へ身体を引き寄せる危険がある。


「水へ落ちた時は、能力を使う前に声を出してください」


 恵依は調査具の横から、卓斗と絵麻の留め具を確認した。自分の位置が分からない状態で空間や引力を使えば、助ける側の進路まで変える可能性がある。


「分かってる。落ちてから冷静に言えるかは知らんけど」


「その場合は、ゲブが位置を共有します」


「確認できた範囲で、すぐにつなぎます」


 ゲブは船縁から水面へ白銅を伸ばし、船の周囲だけを共有範囲に入れた。広く水路全体を拾えば他の船員や魔導具の反応まで混ざるため、落水者を探す時も対象を絞る必要がある。


「説明が具体的すぎて、余計に落ちそうな気がしてきた」


「安心するのだ! 落ちても、第三騎士団が拾うのだ!」


「落ちない方を保証してほしかった」


 アトゥムは楽しそうに笑い、船首へ戻った。第三騎士団の騎士たちは慣れた手つきで係留縄を外し、水門側へ向けて帆と操舵具を調整していく。


 保守船が船着き場を離れ、主水路の中央へ進んだ。最初は小さかった揺れが、輸送船の横を通るたびに大きくなり、甲板が左右へ傾く。


「これ、まだ穏やかな方?」


「当然なのだ! 本物の荒波はこんなものではないのだ!」


「聞かなきゃよかった」


 卓斗は白鋼の留め具へ片手を置き、船の進行方向を見た。アトゥムは揺れを楽しんでいるように見えるが、輸送船との距離と波が返る角度を細かく確認している。


 主水路を半分ほど進んだところで、ゲブの白銅が水面の左側へ曲がった。防水箱に残っていた波形と似た反応が、岸壁近くの水門へ続いている。


「流川様。左前方に一致する反応があります」


「確認しました。ただ、反応が途中で三つに分かれています」


 恵依は水面の魔素を読み、同じ波形が別々の方向へ流れていることに気づいた。箱が三つに増えたのではなく、水流の記録そのものを分散させる魔導具が使われた可能性がある。


「アトゥムさん、水面の揺れに違いはありますか?」


「あるのだ。左側だけ、静かすぎるのだ!」


 アトゥムは船首から身を乗り出し、海震の魔素を水面へ広げた。船が進めば波が生まれ、岸壁や水門へ当たって戻るはずなのに、一か所だけ波が吸い込まれたように消えている。


「箱の周りだけ波を抑えたのだ。水面から見つからず、岸壁へぶつけずに運ぶためなのだ!」


「そこまでして石一個運ぶ?」


「一個だからこそ、見つからないようにしたのでしょう」


 恵依は静かな水面へ解析を重ねた。波を抑える魔導具の残滓と、防水箱の波形が同じ場所で重なり、魔導核がこの経路を通った可能性がさらに高くなる。


「静かな場所の幅は、箱一つ分より少し広いです」


 恵依は水面へ浮かぶ反応を測り、箱の左右に補助具が付いていた可能性を示した。水流を完全に止めたのではなく、箱へ当たる波だけを横へ逃がす構造なら、周囲の船に異常を気づかれにくい。


「流れを消したのではなく、分けたのだな!」


 アトゥムは海震の魔素で小さな波を起こし、静かな水面へ送った。波は中央へ入る直前で二つに割れ、何もない場所を避けるように左右へ流れる。


「まだ魔導具が沈んでる?」


「残っているのは術式の癖だけなのだ。だが、この先にも同じ揺れが続いているのだ!」


 アトゥムが水面を指すと、分かれた波の片方が西側第二水門へ伸びた。ゲブはその揺れへ防水箱の波形を重ね、恵依が追う対象を一本へ絞る。


「流川様、水門側の反応が最も近いです」


「確認しました。残る二つは、水門から分けられた偽の反応だと思います」


 恵依は解析範囲を水門側へ移し、他の二本を切った。読み取る情報が減ったことで、黒い術式の薄い残滓と、防水箱が通過した時の魔素を区別できるようになる。


 その時、右側を通過した大型輸送船が高い波を作った。保守船の右舷へ波が斜めにぶつかり、甲板が急に左へ傾く。


「うわ、話してる場合じゃない!」


 卓斗は白鋼の留め具をつかみ、足を踏ん張った。調査具の上に置かれた記録札が滑り、恵依の手元から船縁へ向かう。


「絵麻!」


「見えてる!」


 絵麻は記録札と恵依の間を短くつなぎ、滑った札を手元へ戻した。ラールは調査具の脚へ白鋼を重ね、船が傾いても台が倒れないよう固定する。


 波は一度で終わらず、岸壁から返った二波目が船尾へ迫った。アトゥムは甲板の中央へ足を置き、楽しそうに笑いながら両手を水面へ向ける。


「その揺れ、もらうのだ!」


 海震の魔素が船の周囲へ広がり、右から来た波と船体の揺れを別々につかんだ。アトゥムが腕を左へ振ると、船を傾ける力が水路の後方へ流され、甲板は沈まず水平へ戻る。


「今の、最初からやってくれたらよくない?」


「誰がどこへ動くかも見たかったのだ!」


「訓練終わったって聞いたんだけど」


 卓斗が顔をしかめる一方で、アトゥムは恵依が記録札を守り、絵麻とラールが調査具を固定し、卓斗が船縁から離れなかった動きを確認していた。危険を放置したわけではなく、止められる範囲の揺れで、それぞれが何を守るか見ていたらしい。


 保守船は静かすぎる水面の先へ進み、西側第二水門へ近づいた。二枚の大きな水門が水路を区切り、中央には船が通るための開閉路がある。


「記録では、今は下流側へ流れる時間です」


 恵依は水門の魔素灯を解析し、開閉予定と現在の水位を比べた。だが、水門の内側では上流へ向かう流れが生まれ、水面の高さも少しずつ上がっている。


「水門の術式が、逆向きに動いています」


「故障なのだ?」


「まだ断言できません。ですが、操作記録にない起動です」


 ゲブは水門へ白銅を伸ばし、魔素の流れを確認した。防水箱の痕跡は水門の内側へ続いているが、その周囲に黒い術式反応が薄く混じり、開閉機構へ触れている。


「流川様。水門の下から、強い反応が上がります」


 水面が水門側から大きく盛り上がった。保守船の船首が持ち上がり、下流へ向かっていたはずの流れが、船着き場の方へ逆転する。


 水門の向こうでは、係留されていた保守船の縄が一本ずつ切れ始めていた。そのさらに後ろからは、荷物を積んだ輸送船が、制御を失った流れに押されながらこちらへ近づいてくる。


「全員、持ち場につくのだ! 調査は後、まず船を止めるのだ!」


 アトゥムの声が甲板へ響き、第三騎士団の騎士たちが保守鎖と操舵具へ走った。


 穏やかだった主水路は西側第二水門から押し返され、複数の船を巻き込みながら、王都西側の船着き場へ向かう巨大な逆流へ変わり始めていた。




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