表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/72

第二章 15 『水路へ続く痕』



 翌朝の集落には、根が土を押し上げる音も、蔓が家屋を軋ませる音も残っていなかった。


 南側の麦畑には朝露が光り、乾燥庫裏の薬草も色を失わず、穏やかな風に葉を揺らしている。


 北側の畑には、動きを止めた根と蔓が横たわっていた。第二騎士団が立てた杭と縄が区画を囲み、土地の循環が安定するまで住民が入らないよう示している。


「昨日まで歩いてた畑が、今日は普通の顔してるの怖くない?」


 卓斗は麦畑の外から土の様子を見た。新しい根が持ち上がる気配はないが、一度自分で動いた畑を、何事もなかったように見るには時間が必要だった。


「畑に顔はないわ」


「例えなんよ。真面目に返されると、俺が変なこと言ったみたいになる」


「変なことを言っている自覚はあるのね」


 ティナは畑より卓斗の右手首を見ていた。昨日の引力による熱は休息で薄れ、契約紋の周囲に痺れも残っていない。


 集会所の前では、ユノと第二騎士団が予備魔導具の状態を確認していた。青緑色の光は一定の間隔で明滅し、井戸、麦畑、薬草畑へ必要な分だけ魔素を流している。


「一晩、出力は安定していました」


 恵依は予備魔導具へ解析の魔素を向け、土地へ続く三本の流れを確かめた。偽核のように生命力を押し込む反応はなく、地面から戻る魔素も受け取れている。


「流川様、北側への漏れも確認できません。停止した根へ新しい魔素が入る可能性は低いと思われます」


 ゲブは白銅を予備魔導具へ重ね、恵依が読み終えた波形を細い線として保持した。集落に残る騎士へ同じ状態を渡せば、今後の変化と比較できる。


「本物の魔導核が戻るまで、予備魔導具は定期的な交換が必要です」


 ユノは集落の代表へ、光が弱くなった時、畑の伸び方が変わった時、井戸に濁りが出た時の連絡方法を伝えた。自分たちだけで直そうとせず、第二騎士団へ知らせるための小型魔導具も渡す。


「保守担当者が来た場合も、先に王都へ照会してください。書類が読めない方だけで対応する必要はありません」


「助ける側が偽物だった時の対策までいるの、普通に嫌だな」


 卓斗は荷車へ載せられた偽核の保全箱を見た。困っている時に保守を名乗る者が来れば、住民が受け入れてしまうのは当然であり、疑わなかったことを責めても次の被害は防げない。


「嫌でも、必要なら残します」


 ユノは保全箱にある封印を確認し、集落西側へ顔を向けた。偽核に付着していた防水布と湿った魔素痕は、農業用水路へ続いている。


「水路へ行きましょう。痕跡が残っているうちに確認します」


 集落西側の水路は、畑の外周に沿って流れていた。幅は人が二人並べるほどで、水深は膝ほどだが、王都西側の主水路へ合流するまで何本もの支流と繋がっている。


 水路脇の石道には、伸びすぎた草と切れた根が残っていた。暴走の影響で一部の取水口は太い根に塞がれ、水が畑ではなく低い家屋側へ溢れ始めている。


「まず、取水口を開けます」


 ユノは調査より先に、残した麦畑へ水を戻す判断をした。詰まりを放置すれば、昨日守った作物が乾き、家屋側の土も崩れやすくなる。


「卓斗くん、格子の下に根があります。金属枠だけを動かせますか?」


 恵依は取水口の前へしゃがみ、石壁へ固定された格子を解析した。正面から引けば、絡んだ根と石枠が一緒に崩れる。


「右上を先に外して、斜めに引けばいける?」


「はい。根を切らずに開けられます」


 ゲブは留め具と格子の可動軌道を白銅の線として卓斗へつないだ。卓斗は右上の金具へ引力をかけ、錆びついた留め具を石壁から少しずつ浮かせる。


「固い。昨日の根より、こっちの方が動かないんだけど」


「金属は文句を言っても弱くならないわ。向きを変えなさい」


 ティナは格子の下側に白銀を流し、石との摩擦を一時的に弱めた。卓斗が引力を斜め上へ変えると、金属枠は根に引っかからず、溝からゆっくり外れる。


「今です。絵麻さん、格子と根の間を離してください」


 絵麻は水路へ足を入れず、格子の裏側にある狭い空間へ魔素を伸ばした。金属枠と根が触れるまでの距離を広げ、卓斗が動かしても巻き込まない余地を作る。


「ラール、格子を置く場所をお願い」


「はい! 水路を塞がないところに固定します!」


 ラールは石道の上へ低い白鋼の台を作った。卓斗が引いた格子は台の上へ移され、水路へ倒れず、住民が後で戻しやすい角度で止まる。


 塞がれていた取水口から、水が麦畑側へ流れ始めた。ユノは豊穣の魔素を薄く重ね、急に増えた流れが土を削らないよう量を整える。


「これで、残した畑へ水が戻ります」


 ユノは流れが安定したことを確かめ、取水口の底へ視線を落とした。根の下には自然の水流ではできない直線状の擦れ跡があり、石に薄い銀色の粉が残っている。


「恵依。これ、魔導具の跡?」


「確認します」


 恵依は解析を石底へ流した。擦れ跡は重い箱を直接引きずったものではなく、水に浮かせた金属枠が何度も石へ触れた痕に見える。


「魔導核を固定する枠だった可能性があります。大きさも、集会所の台座と近いです」


「守護石を、水に流したってこと?」


 絵麻は王都側へ続く水路を見た。陸路で大きな核を運べば荷車や人の目が必要になるが、防水箱へ入れて水路を使えば、夜でも集落の外へ運び出せる。


「普通の箱なら沈みます。ですが、この粉は浮力を保つ魔導具に使われる金属です」


 恵依は銀粉と、偽核に付着していた防水布の繊維を照合した。防水布にも同じ粉が混じり、水中で箱の高さを保つために使われた可能性が高い。


「流川様。湿った魔素痕も残っています」


 ゲブは白銅を水路へ広げ、布に残っていた波形と似た反応を探した。土地、水、作物、古い魔導具の魔素が混じる下に、人工的な細い線が続いている。


「どっちへ行ってる?」


「王都西側です。ただし、この先で支流が二つ合流します」


 白銅の線は水路の中央を通って西へ伸びた。偽核を運び込んだ反応か、本物を持ち出した反応かまでは、まだ区別できない。


「追えるところまで行きます」


 ユノは騎士二人を集落へ残し、予備魔導具と住民の支援を任せた。卓斗たちは水路脇の石道を進み、ゲブが拾う波形を追って王都側へ向かう。


 水路は集落を離れると幅を増し、低い森の間へ入った。両側には保守杭が一定の間隔で立ち、ところどころに水量を調整する小さな水門が置かれている。


「箱流すだけなら、川に投げればよくない?」


「沈むか、壊れるか、途中で引っかかります」


 恵依は歩きながら答え、石底の擦れ跡を確認した。誰かは箱を放り込んだのではなく、浮力と進路を保つ魔導具を使い、運ぶ場所まで誘導している。


「思ったより丁寧な窃盗だな」


「褒めるところではないわ」


 ティナの返しに、卓斗は分かっていると手を振った。雑に奪ったのではなく、土地へ偽核を残し、本物を見つかりにくい方法で運んだことが、相手の準備の深さを示している。


 森の中ほどで、白銅の線が一度だけ水路の外へ曲がった。石道の脇には低い作業台と、保守用の巻き上げ機が草に隠れている。


「流川様。ここで箱を止めた反応があります」


 ゲブは作業台の金属部へ残る波形を恵依へ渡した。恵依が解析すると、巻き上げ機の溝に銀粉と黒い糸が挟まり、水路から何かを持ち上げた痕が見つかる。


「一度ここで引き上げ、別の固定具へ付け替えています」


「わざわざ途中で?」


「農業用水路と主水路では、流れの速さが違います。固定具を替えなければ、合流地点で箱が沈みます」


 卓斗は巻き上げ機を見て顔をしかめた。相手は水路の構造と流速を知り、保守設備まで利用していたことになる。


「これ、思いつきで盗んだ感じじゃないな」


「はい。事前に経路を調べています」


 恵依は巻き上げ機から主水路側へ残る新しい擦れ跡を見つけた。痕は幅が広く、固定具を替えた後の箱が、より強い流れに耐えられる形になったことを示している。


 作業台の先には、森の斜面を下る細い保守路が続いていた。水路はそこで一段低くなり、小さな水門を通ってから主水路の方へ流れている。


「水門の下に、まだ反応があります」


 恵依は石段を下り、水門の脇にある操作柱へ解析を向けた。柱の内部には水量を調整する歯車と、通過する荷物の高さを測る古い魔導具が組み込まれている。


「流川様。箱が通った時の記録が残っています」


 ゲブの白銅が操作柱の波形を拾い、恵依へつないだ。記録された反応は一つではなく、同じ大きさの箱が逆方向へ一度ずつ通った形になっている。


「偽核を集落へ運んだ箱と、本物を持ち出した箱です。二つとも、この水門を使っています」


「行きと帰りで同じ道を使ったってこと?」


 絵麻は水門の狭い開口部を覗いた。人が箱を抱えて通る余地はなく、水流と魔導具だけで運んだことが記録からも分かる。


「相手は集落へ偽物を届けて、そのまま本物を持ち帰った可能性があります」


「配送と回収を一回で済ませてる。効率だけはいいの、腹立つな」


「タクと同じ考え方ね」


「犯罪の効率化と一緒にしないでくれる?」


 卓斗がティナへ顔を向けた時、水門の内側で硬い音が鳴った。流木に混じっていた金属片が歯車へ挟まり、半分開いていた水門が急に下がり始める。


「皆さん、水路から離れてください!」


 ユノの声を受け、卓斗たちは石段の上へ移った。水門が閉じれば上流側の水位が上がり、集落へ戻る農業用水路へ逆流する可能性がある。


「卓斗くん、左の歯車です。金属片を外せば、水門を戻せます」


 恵依は操作柱の内部を読み、動かなくなった歯車の位置を示した。外側からは見えないが、ゲブが金属片までの経路を白銅の線として卓斗へ渡す。


「見えない物を引くの、普通に怖いんだけど」


「線から外さなければ、歯車には触れません」


「恵依のその自信、たまに俺への信頼が重い」


 卓斗は操作柱へ右手を向け、白銅の先にある小さな金属片だけへ引力を絞った。歯車の間で何かが擦れる感触が返り、右手首へ弱い熱が集まる。


「タク、強く引かないで。水門ごと動くわよ」


「分かってる。今、一番嫌な壊れ方を想像した」


 卓斗が引く方向をわずかに上へ変えると、金属片が歯車の隙間から抜けた。操作柱の下にある小さな排出口から、錆びた留め金が水と一緒に転がり出る。


 止まっていた歯車が再び回り、水門は途中で下がるのをやめた。ユノが水へ豊穣の魔素を流し、上流側へ溜まりかけていた水を畑へ逆流させず、主水路側へ整えていく。


「これも盗んだ人の仕掛け?」


 絵麻は排出口に落ちた留め金を見た。恵依は解析を向けたが、留め金には黒い術式も人工的に壊された痕もなく、長く使われた末に外れたものだと判断する。


「偶然です。全ての異常が同じ相手の仕業とは限りません」


「そこ分けないと、何でも敵のせいにすることになるもんな」


 卓斗は留め金を拾わず、保守担当者が確認できるよう石道の端へ置いた。追跡中に見つけた故障でも、勝手に証拠へ混ぜれば、本物の痕跡を見失う可能性がある。


 水門の流れが戻ると、その下から細い銀粉の帯が現れた。防水箱は水門を通過した後も沈まず、主水路へ向けて同じ高さを保っていたことが分かる。


 森を抜けた先で、農業用水路は王都西側の主水路へ合流していた。水量は急に増え、輸送用の小舟と保守船が行き交い、水底には複数の魔導具の反応が重なっている。


「ここから先、流れが読みにくいです」


 恵依は合流地点へ解析を広げたが、主水路には水門、船、保守結界、輸送箱の魔素が混ざっていた。集落から続いていた細い痕跡は、その中へ入った瞬間に何本もの流れへ分かれてしまう。


「流川様、私も同じです。人工的な波形が多く、対象を一つに絞れません」


 ゲブは共有範囲を狭め、恵依へ流れ込む情報を減らした。無理に追えば関係のない魔導具まで拾い、誤った船や箱を本物の痕跡として示す危険がある。


「第二騎士団だけでは、主水路の流れを止めて調べられません」


 ユノは大きな水路と、行き交う保守船を見た。水の流れ、船の揺れ、水門の結界を同時に扱うなら、水上任務を担当する第三騎士団の力が必要になる。


「第三騎士団へ、合同調査を要請します」


「次は水の上?」


 卓斗は保守船の揺れを見て、露骨に顔をしかめた。魔獣、結界、歩く畑の次は、足場そのものが動く場所へ行くらしい。


「タク、今から酔う準備をしなくていいわ」


「準備じゃない。嫌な予感の確認」


 ティナは呆れたように水路へ顔を向けた。ユノが送った報告は中継魔導具を通り、主水路を管轄する第三騎士団へ届けられていく。


 集落を守っていた本物の魔導核は、水の中を運ばれ、王都西側へ入った可能性が高い。だが、農業用水路から主水路へ流れ込んだ痕跡は、船と水門の魔素に呑まれ、その先だけを見えなくしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ