第二章 12 『畑から来るもの』
畑の奥で持ち上がった根の塊は、土を引きずりながら集落の中央へ進んだ。
絡み合った蔓の先には大きな葉が何枚も開き、その裏側から細い根が垂れて、道端の水樽や農具を次々に倒していく。
「畑が歩いて来てるんだけど」
卓斗は右手を上げ、畑と住民たちの間に残る道を見た。集落の中央へ向かう道は幅が広いが、井戸の横には避難を始めた住民が集まり、家屋側にはまだ動けない人を抱えた家族が残っている。
「植物型魔物です。中心の反応は一つですが、蔓が複数方向へ伸びています」
恵依は解析の魔素を畑側へ絞り、地面の下を流れる魔素を追った。根の塊には濃い反応があるが、そこから伸びる蔓は偽の魔導核と繋がっており、切られてもすぐに別の根が伸びる流れになっている。
「根を全部切っても、止まりません。地面から魔素が補充されています」
「じゃあ、今は家と人を守る。畑は後で考える」
卓斗は畑の手前にある荷車の位置を見た。空になった薬箱の荷車が一台、道の中央へ停まっており、置いたままなら蔓がぶつかった時に倒れて避難路を塞ぐ。
「第二騎士団は、井戸の横にいる方を集会所裏へ誘導してください」
地下の保守室から出てきたユノは、集会所の壁と畑の方向を見比べた。偽核の流れを弱めてきたため、家屋へ食い込む根の勢いは少し落ちているが、すでに地上へ出た植物型魔物まで止めることはできていない。
「走らなくて大丈夫です。名前を呼ばれた方から、こちらへ移ってください」
ユノの声に、第二騎士団の騎士たちは住民を腕で引っ張らず、家族単位で移動させ始めた。子供を探して動けなくなった母親には、近くの騎士が先に避難所へいると伝え、荷物を取りに戻ろうとする男性には、必要な物を聞いてから取りに行く順番を決める。
「急いでるのに、めっちゃ丁寧だな」
卓斗は荷車の横へ走り、車輪を畑側へ向けた。住民が動く間に蔓が道へ入れば、細い根一本でも足を取られ、押し合いになった瞬間に誰かが倒れる。
「急ぐことと、置いていくことは違います」
ユノは答えながら、集会所裏へ続く道の端に生えた草へ豊穣の魔素を流した。草を一気に増やすためではなく、地面に張った根の動きを弱め、住民の足元へ絡まないようにするための調整だった。
「卓斗くん、魔物の蔓が荷車へ向かいます」
恵依の解析を受け、ゲブの白銅が蔓の進行線を細い光として卓斗の足元へつないだ。卓斗は荷車の前輪をつなぐ金属軸へ引力を向け、蔓が来る側へ荷台の横板を向ける。
太い蔓が荷車の側面を叩き、木の板が大きく軋んだ。荷車は倒れなかったが、次の一撃を受ければ車輪が浮き、道の中央へ横倒しになる。
「ラール、荷車の左だけ支えられる?」
「はい! 人が通る方には、壁を出しません!」
ラールは荷車の畑側にだけ白鋼を差し込んだ。車輪の下と荷台の横を斜めにつなぐ細い支えができ、蔓の一撃を受けても荷車が住民側へ倒れない形になる。
蔓がもう一度振り下ろされ、白鋼へ当たって弾かれた。衝撃は荷台へ伝わったが、住民たちが通る道には木片も土も飛ばず、第二騎士団の誘導は止まらない。
「絵麻、集会所裏への道、根が出てる?」
「今は三本。道の端に寄せれば通れる」
絵麻は井戸の横から集会所裏へ続く細い道を見た。地面の下から伸びた根が石畳を押し上げているが、家屋の壁と井戸の間にある距離を少しだけ広げれば、住民が根を踏まずに通れる幅を作れる。
「根を切らないで、道だけずらす」
絵麻の空間の魔素が石畳の端を撓ませ、根が出た場所と家屋の壁の間に半歩分の余地が生まれた。第二騎士団の騎士はその道を使い、住民を二人ずつ集会所裏へ通していく。
「今のうちに、順番に来てください!」
ラールが避難路の先で声をかけると、子供を抱えた女性、杖をついた老人、食料袋を持つ若者が根を避けながら進んだ。ゲブの白銅は、恵依が読んだ安全な足場を薄い線として地面へ残し、慌てた住民でも踏む場所を選びやすくしている。
植物型魔物は荷車を越えられないと分かると、蔓の先を地面へ潜らせた。土の下を走った根が荷車の横から出て、今度は井戸の方へ回り込もうとする。
「右から来る!」
ゲブが根の進路を白銅の線で示し、卓斗は荷車の裏側へ走った。井戸へ向かう根の分かれ目へ引力をかけ、道へ出ようとする一本だけを荷車の下へ寄せる。
根は石畳を割りながら方向を変え、荷車の車輪へ巻きついた。卓斗の引力が強すぎれば荷車ごと動くため、手首に残る熱を感じながら、根が井戸側へ抜ける力だけを外す。
「卓斗くん、もう少し左です。根の中心は荷車の下ではなく、畑側にあります」
「了解。ちょっとだけ、ね」
恵依の解析結果を受け、ゲブが卓斗の右手から畑側へ細い補助線を伸ばした。卓斗はその方向へ引力を変え、根を荷車の下から外して、畑側の土へ戻そうとする。
根が土へ沈みかけた時、別の蔓が上から振り下ろされた。ティナの声が飛び、卓斗は後ろへ跳んだ。
「タク、上!」
「今の、普通に危なかった」
蔓の先端が石畳へ叩きつけられ、さっきまで卓斗が立っていた場所に土と小石が跳ねた。卓斗は根だけを見ていた自分に気づき、魔物が動きを妨げる相手を先に狙い始めたことを理解する。
「見れば分かるわ。次は根だけ見ないで、上も見なさい」
「言われなくても、次は見る」
卓斗は返しながら、蔓の振り下ろされた位置を見た。魔物は荷車を壊すために打ったのではなく、卓斗が根をずらしたことで、井戸側へ進む道を失ったのだ。
「人を避難させる方が先。魔物を止めるなら、畑側へ押し返す」
ユノの指示が、集落の中央へ通った。第二騎士団の騎士たちは住民の誘導を続けながら、魔物の進路へ入らないよう、荷車と家屋の間に距離を残している。
「恵依、魔物の中心は見える?」
「見えます。ただ、中心を壊すと畑全体へ反動が返る可能性があります」
恵依は根の塊の中央にある濃い緑色の反応を見た。そこを攻撃すれば魔物は止まるかもしれないが、偽核から流れ込む魔素が一気に逆流すれば、畑と薬草がまとめて傷む危険がある。
「壊さない。畑へ戻す道を作る」
卓斗は荷車の位置を見た。今のままでは魔物と住民の間にある壁として使えるが、蔓が二方向から来れば、荷車を挟んで避難路が分断される。
「絵麻、荷車の右を空けられる? 魔物が来ても、畑へ抜ける方向だけ残す」
「できる。でも、あんたが荷車を少し動かして」
絵麻は荷車と畑の間を見て、魔物が通れる幅を作るのではなく、蔓が家屋へ向かうより畑へ戻りやすい角度を作ろうとしていた。卓斗が車輪を少し前へ引けば、荷台の横板と白鋼の支えが、魔物を中央から畑側へ押し戻す壁になる。
「重いけど、さっきよりはマシ」
卓斗は荷車の前輪へ引力をかけ、車輪を畑とは反対側へ一歩分だけ滑らせた。荷車が動いたことで、白鋼の支えは角度を変え、畑側にだけ開いた通路が生まれる。
絵麻はその通路へ空間の歪みを重ね、畑へ戻る距離を短くした。魔物の蔓が荷車を越えようとしても、家屋や井戸へ向かうより、根の多い畑側へ戻る方が近く感じられる。
「ラール、蔓が家へ行くところだけ止めて!」
「はい! 畑へ戻る道は、空けます!」
ラールは蔓の先端と家屋の間に、低い白鋼の板を連続して出した。魔物を完全に囲う壁ではなく、住民の避難路と家屋だけを守り、畑側への道を残した形だ。
蔓は白鋼へぶつかり、何度か方向を変えた。根の塊は地面を引きずりながら、絵麻が短くした畑側の通路へ少しずつ押し戻されていく。
「今のうちに、最後の人を通します!」
第二騎士団の騎士が声を上げ、井戸の横に残っていた家族が集会所裏へ走った。荷物を取りに戻ろうとしていた男性も、騎士が持ち出した小袋を受け取り、家屋の方を振り返りながら避難所へ入る。
避難路に人がいなくなったことを確認し、卓斗は荷車の前から離れた。手首には引力を続けた熱が残っているが、今は蔓の位置が畑側へ戻り、住民へ届く道は一度切れている。
「一匹目は、どうにか戻した」
「まだ終わっていません」
恵依は畑の土に解析を沈めたまま、中央の根の塊を見ていた。ゲブの白銅も地中へ伸び、偽核から来る流れが一つの魔物だけで終わらず、左右へ分かれていることを二人で確認する。
「地面の下に、同じ反応が二つあります。根の塊が、もう一度動き始めます」
畑の右端で土が盛り上がり、薬草畑の左側でも石が弾けた。まだ地上へ出ていない根の塊が、集落の中央へ向かう道を探すように、土の下を別々の方向へ進んでいる。
その時、集会所の地下から淡い緑色の光が強くなった。偽核の前にいたユノが地上へ上がり、畑と避難所の間に残る魔素の流れを見渡す。
「守るだけでは、増え続けます」
ユノは畑の奥にある濃い根の反応へ視線を向けた。地下で弱めたはずの流れはまだ止まっておらず、土地へ押し込まれた魔素が、次の植物型魔物を生むために集まり始めている。
「畑の流れを変えます。皆さんは、家屋と避難所へ向かう根を止めてください」
最初の魔物を畑へ戻したことで、住民が逃げる時間は作れた。だが、地面の下には別の根が増え、ユノが流れを変えるまでの間にも、畑そのものが集落を飲み込もうとする勢いは失われていなかった。




