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第二章 13 『残すもの、止めるもの』



 畑の右端と薬草畑の左側で、盛り上がった土がほぼ同時に弾けた。


 地中から現れた二つの根の塊は、先ほど押し戻した植物型魔物より小さいものの、最初から別々の方向へ蔓を伸ばしている。


 右側の魔物は水路沿いを進み、集落中央の井戸へ向かっていた。


 左側の魔物は薬草畑を横切り、収穫済みの薬草を保管する乾燥庫へ近づいている。


「倒しても増えるとか、無限湧きの設定ミスだろ」


 卓斗は二つの魔物を見比べ、井戸側へ身体を向けた。一体を止めている間にもう一体が家屋へ届く距離であり、三人が同じ場所へ集まれば、どちらかを守れなくなる。


「タク、世界に文句を言っても修正されないわ。右を見なさい」


「分かってる。言うだけなら無料だろ」


 ティナは卓斗の軽口を切り捨てながら、井戸へ向かう根が水路の石を押し上げる様子を見た。水路が壊れれば飲み水だけでなく、畑へ残すべき水の流れまで失われる。


「二体とも、偽核から別々の供給線を受けています」


 恵依は畑の中央へ解析の魔素を沈め、作物の根、薬草の根、魔物化した根の流れを見分けていった。どれも同じ土の中で絡んでいるが、偽核から過剰な生命力を受けている根だけは、魔素の脈動が速い。


「ゲブ。違いを共有できますか?」


「承知しました、流川様。確認できた範囲をつなぎます」


 ゲブの白銅が畑の地下へ広がり、恵依の見つけた根を色の違う細い線として地上へ映した。黄色に近い線は残す作物、青みを帯びた線は薬草、濁った緑の線は植物型魔物と偽核をつなぐ供給路を示している。


「見えるの、助かる。全部根にしか見えなかった」


「卓斗くんは、濁った線だけを進路から外してください。黄色と青色の根へ強く力をかけると、畑まで傷みます」


「了解。根っこ相手に色分け問題やるとは思わなかったけど」


 卓斗は井戸側へ走り、右手を水路の脇にある壊れた木柵へ向けた。魔物の根を直接引けば、土の下で絡む作物まで動かす可能性があるため、進路を塞げる物を先に使う。


 引力を受けた木柵が地面を擦り、井戸と魔物の間へ斜めに滑った。柵の先端は水路の石へ触れず、根の塊が直進するための道だけを塞ぐ。


「私とラールは乾燥庫へ行く。恵依、危ない根をつないで」


「分かりました。絵麻さん、薬草の青い線は動かさないでください」


 絵麻はラールを連れ、薬草畑の外側を回った。正面から畑へ入れば、残すべき薬草の根を踏み、空間操作で位置をずらした時に土ごと傷める可能性がある。


 ゲブは白銅の一部を絵麻たちへ伸ばし、乾燥庫へ向かう濁った緑の線だけを共有した。絵麻は足元に現れた線を見ながら、薬草が植えられていない畝の間を選んで進む。


「絵麻ちゃん、右からも蔓が来ます!」


「見えてる。乾燥庫までの距離を伸ばす!」


 絵麻は植物型魔物と乾燥庫の間にある空間を引き延ばした。蔓は地面を這って前へ進んでいるが、木造の乾燥庫はほとんど近づかず、その間にラールが扉の前へ回る。


「薬草と入口だけ守ります!」


 ラールは乾燥庫全体を囲わず、扉の下と壁の角へ白鋼を薄く重ねた。蔓が壁へ巻きついても建物が倒れず、住民や第二騎士団の騎士が出入りする扉だけは塞がれない形になっている。


 井戸側では、魔物の蔓が木柵へ巻きついた。根の塊が強く引くと柵の杭が折れ、一本が水路へ向かって倒れ始める。


「倒れる場所、右です!」


 恵依の解析を受け、ゲブが柵の落下線を卓斗とティナへつないだ。卓斗は井戸へ落ちる一本だけへ引力を向け、空中で角度を畑側へ変える。


 木の杭は水路を越えず、魔物の根の上へ落ちた。蔓が杭へ絡んだことで前進が一度止まり、井戸までの距離が残る。


「タク、下がりなさい。次は横から来るわ」


 ティナが卓斗の足元へ白銀の足場を作った。石畳の摩擦と硬度が竜の基準へ書き換わり、卓斗は濡れた水路脇でも靴を滑らせず、横から振られた蔓を後方へ跳んで避ける。


「足場あると便利だけど、先に言ってくれてもよくない?」


「今作ったものを、先に説明できると思う?」


「話通じるタイプだと思ってた俺が悪かった」


 蔓が卓斗の胸の高さを横切り、井戸の石枠へぶつかった。石枠の一部が欠けたものの、井戸の内側へ落ちず、水にも根は届いていない。


「井戸側、私が入ります」


 ユノは避難所から戻り、卓斗の後方へ立った。住民の移動は第二騎士団へ任せ、魔物の根と水路の間に豊穣の魔素を広げる。


 淡い緑の光が地面へ沈むと、魔物化した根の先端だけが急に細くなった。作物や道端の草は色を失っていないが、濁った供給線を持つ蔓からは生命力が抜け、井戸へ巻きつく力が弱まる。


「枯らした?」


「全部ではありません。井戸へ向かう根から、余分な力だけを抜いています」


 ユノは根を完全には死なせず、動けなくなるところまで生命力を落とした。土地へ返せる力を残しておけば、後で循環を整える際に畑の一部として戻せる可能性がある。


「相手だけ疲れさせるとか、第二騎士団の能力に見えないんだけど」


「豊穣は、増やすことだけではありません。何を残すか決めるには、増えすぎたものを止める必要があります」


 ユノの魔素を受けた根の塊が、井戸の手前で重く沈んだ。卓斗は木柵へかけていた引力を弱め、ユノが枯らした部分から供給線がどこへ戻るかを見た。


「流川様、井戸側の供給線が細くなりました」


 ゲブは白銅の線を恵依へ戻し、畑の地下にある流れを再びつないだ。偽核から魔物へ伸びていた三本の供給線のうち、右側の一本が弱まり、地中へ漏れる魔素も減っている。


「この線なら、切り離せます。卓斗くん、木柵の下にある濁った線だけを畑側へ引いてください」


「根本から抜かなくていい?」


「はい。ユノさんが弱めた場所から外せば、作物へ反動は返りません」


 卓斗はゲブが示す白銅の線へ右手を向けた。濁った魔素をまとった根だけが木柵の下から引かれ、作物の黄色い根と水路脇の草を残したまま、畑側へ外れる。


 供給線が切れると、井戸へ向かっていた植物型魔物は動きを止めた。蔓は地面へ落ちたが、黒く枯れ切らず、土へ戻せる程度の緑色を残している。


「一つ止まりました。次は乾燥庫側です」


 恵依はすぐに解析の中心を薬草畑へ移した。広い範囲を読み続けたことで額に汗が浮かんでいるが、ゲブが共有する対象を供給線一本へ絞り、流れ込む情報量を抑えている。


「流川様、負荷が上がっています。私が経路を保持しますので、解析範囲を狭めてください」


「お願いします。薬草の根と、魔物の供給線だけを残します」


 ゲブは恵依が読み終えた井戸側の情報を切り、乾燥庫周辺の魔素だけを白銅へつないだ。恵依は視界の端に広がっていた余分な線を消し、絵麻とラールの足元へ向かう流れへ集中する。


 乾燥庫側の魔物は、引き延ばされた空間を進み切れず、複数の蔓を地面へ潜らせていた。一本は建物の下、もう一本は薬草畑の根を伝い、ラールの白鋼を内側から押し上げようとしている。


「下から来ます。絵麻さん、乾燥庫の左側へ移動してください」


 ゲブの白銅が、地中を進む濁った線を絵麻へ伝えた。絵麻はラールの腕を引き、白鋼の壁を残したまま乾燥庫の左側へ跳ぶ。


 直後、二人がいた石畳を太い根が突き破った。根の先端は白鋼の内側へ入り込もうとしたが、ラールが扉の下だけに固定していた壁は崩れず、乾燥庫の土台も持ち上がらない。


「広く作らなくて正解でした!」


「喜ぶの後! 次、どこから来る?」


「右の畝です。薬草の青い線へ重なろうとしています」


 恵依の解析を受け、ゲブは濁った線と青い線の分岐を絵麻へ見せた。二つは地中で絡みかけており、魔物の根だけを切ろうとすれば、保存する薬草の根まで傷つける位置になっている。


「なら、切らずに離す」


 絵麻は二本の根の間にある距離へ空間の魔素を差し込んだ。見た目には同じ土の中でも、魔物の供給線と薬草の根が触れるまでの距離が伸び、絡む直前で別々の方向へ分かれる。


「ラール、濁った線だけ固定して!」


「あわわっ、青い方には触らないようにします!」


 ラールはゲブが示した濁った線の上へ、小さな白鋼の杭を打ち込んだ。地面全体を固めず、魔物の根だけをその場へ留めることで、隣にある薬草の根は水と魔素を受け続けられる。


 魔物は根を引き抜こうと蔓を振り上げた。太い蔓が乾燥庫の屋根へ向かい、白鋼の支えより高い位置から叩きつけようとする。


「上、来る!」


 絵麻は乾燥庫と蔓の間にある距離を一気に伸ばした。蔓の速度は落ちないが、屋根へ届くまでの時間が増え、その間にラールが白鋼を上へ展開する。


「屋根の角、守ります!」


 斜めに伸びた白鋼板が蔓の先端を受け、衝撃を外側へ流した。蔓は乾燥庫へ巻きつかず、薬草畑の土へ落ちる。


「今なら供給線を止められます」


 恵依は薬草の根と分離された濁った線を見た。絵麻が距離を作り、ラールが固定したことで、他の植物へ反動を返さずに処理できる状態になっている。


「ユノさん、こちらも生命力を弱められますか?」


「届きます。西野さんとラールさんは、そのまま根を固定してください」


 ユノは井戸側から魔素を伸ばし、白鋼杭に留められた魔物の根だけから余分な生命力を抜いた。蔓の動きが鈍り、乾燥庫へ向かっていた葉が地面へ落ちる。


「ゲブ、供給線を畑側へ誘導してください」


「承知しました、流川様」


 ゲブは弱まった根へ白銅を重ね、偽核から来る魔素の向きを畑側へ戻した。魔物の中心へ届く力が減り、白鋼杭へかかっていた圧力も薄くなる。


 乾燥庫側の植物型魔物は、その場で動きを止めた。薬草畑の葉は色を保ち、乾燥庫の壁と屋根にも大きな損傷は出ていない。


「二本目、止まりました」


 恵依は解析を畑全体へ戻し、偽核から伸びる流れを確認した。井戸側と乾燥庫側の供給線は切れたが、集落中央の畑へ向かう太い一本だけが残っている。


「あと一本ある?」


「はい。今までの二本より太く、偽核と畑全体を直接つないでいます」


 ゲブの白銅が、地下から集落中央へ伸びる一本の線を全員へ共有した。濁った緑の線は畑の中央で枝分かれし、作物、雑草、動きを止めた根の塊へまで細くつながっている。


「それ止めたら、全部枯れるやつ?」


「その可能性があります。中央の流れは、偽物でも畑全体を支える状態になっています」


 卓斗は止まった二体と、まだ青さを保つ畑を見比べた。敵だけを選んで止められた二本とは違い、残る一本には、住民が必要とする作物や薬草までつながっている。


 ユノは避難所へ戻り、集落の代表と住民たちへ畑の状況を伝えた。残したい区画、今年の食料に必要な作物、薬として欠かせない草を聞き、騎士団側だけで切る場所を決めないよう確認していく。


「南の麦畑は残したいです。薬草は、乾燥庫の裏にある畝があれば、しばらくは足ります」


「北側の畑は、もう根が混ざっています。家が無事なら、切っても構いません」


 住民たちの答えを受け、ユノは畑の配置を土の上へ描いた。守る区画と止める区画を分ければ、中央の供給線を一度に断たず、土地の循環を組み替えられる可能性がある。


「次は、畑全体の流れを変えます」


 ユノは夕暮れの色へ変わり始めた空の下で、偽核のある集会所を見た。二本の供給線を止めたことで時間は作れたが、中央の一本が残る限り、地中へ溜まった魔素は再び根を動かす。


 畑の下では、ゲブが共有する濁った線が一定の間隔で脈打っていた。動きを止めたはずの根の先が、夕暮れの土をわずかに押し上げ、ユノが循環を変えるまでの猶予が長くないことを示していた。



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