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第二章 11 『すり替えられた魔導核』



 荷車が集落の入口で止まると、住民たちは薬箱と食料袋へ視線を集めた。


 疲れた顔をした大人たちの後ろでは、子供たちが道まで伸びた蔓を避けながら、荷台の水樽を不安そうに見ている。


「薬を必要とする方から確認します。食料は各世帯へ分けますので、慌てて集まらないでください」


 ユノは第二騎士団の騎士へ指示を出し、住民を三つの場所へ分けた。怪我人の確認、食料の受け取り、家屋の状態を伝える場所を分けるだけで、入口にあった押し合いは少しずつ収まっていく。


「移るよう言われた時は従ってください。ただし、家に残したい物や、先に確認したい方がいるなら教えてください」


 ユノは避難を命令として押しつけず、住民の声を一人ずつ聞いた。足の悪い家族がいる家、薬草の乾燥庫を守りたい家、畑の奥に家畜を残した家があり、同じように見える集落でも事情はそれぞれ違う。


「全員まとめて移動、って言わないんだ」


 卓斗は薬箱を荷台から下ろしながら、ユノの方を見た。急いでいるなら広場へ集めた方が早そうだが、住民たちは自分の家の事情を話せることで、かえって落ち着いているように見える。


「急いでいる時ほど、理由を置いたまま動かすと混乱します」


 ユノは食料袋を受け取った年配の女性が、隣の家の子供の分まで持とうとするのを見つけた。騎士へ追加の袋を渡すよう頼み、誰かが後から受け取りに戻らなくても済む形へ変える。


「自分で選べる場所を残した方が、結果的に早いんです」


「なるほど。効率の話だった」


「成瀬さんは、そこへ戻すんですね」


 ユノは少しだけ笑ったが、卓斗をからかうような言い方ではなかった。卓斗は空になった薬箱を荷台へ戻し、家屋の壁へ伸びる蔓を見た。


 畑は集落の入口から見ても異常だった。麦は人の腰より高く育ち、薬草畑の葉は大きく広がり、畝を越えた根が水路の石を押し上げている。


「豊作っていうより、畑が仕事辞めてない?」


 卓斗が呟くと、絵麻は蔓を避けながら家屋の壁を見上げた。太い根が窓の下まで伸び、木柵を押し曲げたまま、さらに壁の隙間へ入り込もうとしている。


「笑えないくらい元気よ。これ、家まで畑にされるんじゃない?」


「外見上は、植物の成長が早いだけに見えます」


 恵依は畑の端にしゃがみ込み、地面の下へ解析の魔素を流した。根は自然に広がっているのではなく、集落の中央にある一か所から、同じ強さの魔素を受けて一斉に伸びている。


「ですが、循環の向きが不自然です。土地全体へ広がるはずの魔素が、一度どこかで強く増幅されてから、畑へ押し出されています」


「元になる場所があるってこと?」


「おそらくです。まず、集落の魔導核を確認したいです」


 ユノは恵依の言葉を聞き、近くにいた集落の代表へ視線を向けた。白髪の男性は畑の方を見ており、薬が届いたことへの安堵より、家屋へ伸びる蔓の方を気にしている。


「魔導核の保守室へ案内していただけますか?」


「守護石のことですか。もちろんですが、あれはずっと地下にあります」


 男性は戸惑いながらも、集落の中央にある小さな集会所へ歩き出した。建物の周囲にも草が伸びているが、他の家より根の密度が濃く、石の基礎へ植物がまとわりついている。


 集会所の床下には、保守用の石段が隠されていた。代表が木の蓋を開けると、湿った土の匂いと、淡い緑色の魔素光が下から漏れる。


「この集落ができた時から、土地を見守る石だと聞いています。畑が豊かになるよう、代々手入れもしてきました」


「最近、石に触った人はいますか?」


 恵依の質問に、代表はすぐには答えなかった。数日前に王都から来た保守担当者が、守護石の点検だと言って地下へ入り、その後から畑の伸び方が変わったことを思い出したらしい。


「名前は聞きましたか?」


「読み書きはできません。書類らしいものは見せられましたが、王都の印があると言われて……」


 代表の声には、自分が何かを見落としたかもしれないという不安が混じっていた。卓斗はその様子を見て、書類を読めない人へ印だけを見せれば、確認のしようがないことを思う。


「それ、相手が本当に王都の人かどうか、分からんやつじゃない?」


「はい。ですが、当時は畑の水路も詰まりかけていて、保守だと言われれば断れませんでした」


 ユノは代表を責めず、地下へ続く石段を見た。助けが必要な時に来た者を疑えなかったことまで、住民の責任にすれば、次に本当に困った時に助けを求められなくなる。


「今は、誰が来たかを決めつけません。守護石の状態を見て、必要なことを確認します」


 地下の保守室は、人が四人ほど入れば狭く感じる石造りの空間だった。中央には台座があり、その上に拳二つ分ほどの緑色の魔導核が置かれている。


 核の表面には細い金の線が走り、淡い光が土の中へ伸びている。見た目だけなら、土地を潤すための守護石にしか見えなかった。


「これが、集落の魔導核ですか?」


「はい。毎年、春と秋に色が変わります。去年までは、もっと静かな光でした」


 代表が台座の前で答えると、恵依は核へ直接手を触れず、少し離れた位置から解析の魔素を流した。黄色い光が核の表面をなぞった直後、恵依の表情がわずかに硬くなる。


「……これは、本来の魔導核ではありません」


 地下室の空気が止まったように静かになった。代表はすぐに意味を理解できず、緑色に光る石と恵依の顔を交互に見た。


「偽物ってこと?」


 絵麻が先に尋ねると、恵依は核から伸びる魔素の線を指した。土地へ広がるはずの流れが、畑、薬草、水路、雑草を区別せず、同じ強さで生命力を押し込んでいる。


「外見と基本的な反応は似せています。ただし、本物は土地の状態を見ながら循環を整えるはずです」


「これは、増やすだけです」


 恵依の声は静かだったが、言葉の意味は重かった。土が乾いている場所にも、水路が詰まった場所にも、家屋の壁際にも、同じように魔素を流し続ければ、植物は育つための場所を選ばなくなる。


「豊作っていうより、畑が残業してるだけじゃん」


 卓斗は台座の上の核を見て、思わず顔をしかめた。食料が増えるなら良いことに見えるが、雑草も根も止まらず、家まで壊し始めているなら、豊かさとは呼べない。


「例えは分かりにくいですが、近いです」


 恵依は卓斗の方を見ず、解析を続けた。偽物の核は土地の生命力を一方向へ押し出すだけで、疲れた土を休ませることも、必要な作物だけを残すこともできない。


「すぐ壊せば、止まる?」


 絵麻は核の下にある魔素の管を見た。偽物なら取り外せばいいように思えるが、すでに畑全体へ伸びた根と、地面へ溜まった過剰な魔素が気になる。


「急に止めるのは危険です」


 ユノは台座の周りに広がる緑色の光を見た。偽物の核から押し出された魔素を一度に断てば、過剰に育った作物と薬草は支えを失い、畑全体が枯れる可能性がある。


「今は、増え続ける流れを弱めながら、家屋と人へ向かう根を止めます。本物の魔導核を取り戻す方法も、別に探します」


「本物が盗まれたなら、どこかへ持って行かれたってことか」


 卓斗は台座の周囲を見回した。偽物を置くために地下へ入った者は、ただ畑を荒らすだけでなく、本物の核を集落から持ち出している。


 代表は台座の前で膝をつき、緑色の石を見上げた。守護石が偽物だったことより、何年も守ってきた土地を、自分たちの知らない間に誰かが利用したことに強い衝撃を受けている。


「私たちは、何をすればいいですか」


 ユノは代表の前へしゃがみ込み、地下室の狭い空間でも視線の高さを合わせた。避難を命じる前に、誰を先に守るか、畑をどこまで残したいかを一緒に決める必要がある。


「家屋へ根が向いている方、薬草が必要な方、動けない方を教えてください。畑は守りますが、全てを今のままにはできません」


「……畑の奥に、寝たきりの母がいる家があります」


 代表が言い終える前に、地下室の天井から土が落ちた。外で地面を押し上げる根が、集会所の基礎へ達したらしい。


 絵麻が反射的に入口の方を向くと、階段の上からラールの慌てた声が聞こえた。地上に残っていたラールは、家屋の壁へ伸びた蔓が急に太くなったと伝えている。


「絵麻ちゃん! 外の根っこが、集会所の壁を押してます!」


「今行く!」


 絵麻は地下室の出口へ向かったが、ユノはその前に偽核へ手を伸ばした。豊穣の魔素が淡い緑の光となり、暴走した循環の一部だけをゆっくり弱め始める。


「私はここで流れを抑えます。外の避難は、皆さんにお願いします」


「ユノ一人で大丈夫?」


「全部を止めるわけではありません。止めすぎれば、畑も薬草も傷みます」


 ユノは偽核を壊さず、過剰な魔素だけを土へ戻すように調整した。土地を枯らさず、人が住む場所へ伸びる根だけを弱めるには、地下で循環を見続ける者が必要になる。


 卓斗たちは石段を駆け上がり、集会所の外へ出た。畑の奥から伸びた太い蔓が壁を押し、窓枠の下にある木柵を軋ませている。


「根が家の方へ行ってる!」


 恵依は家屋と畑の間にある魔素の流れを追った。偽核から押し出された力は、単に植物を育てているのではなく、根を通じて土の中を移動し、柔らかい場所や水のある場所へ集まり始めている。


「卓斗くん、家屋の基礎に根が入りかけています。引くなら、壁ではなく根の分かれ目をお願いします」


「了解。家を引っ張ったら、普通に終わる」


 卓斗は壁際へ走り、土から出た太い根を見た。一本を無理に引けば周囲の土まで崩れるため、家へ向かう根と畑へ残る根が分かれる位置だけへ、弱い引力をかける。


 根は土の中で軋み、家屋の基礎へ伸びる先端がわずかに外へ引かれた。完全に抜くことはできないが、壁を押す力が弱まり、木柵の軋みが少しだけ止まる。


「ラール、壁の下だけ支えて!」


「はい! ここが崩れなければいいんですね!」


 ラールは家屋全体を囲わず、根が食い込んだ壁の下へ白鋼を薄く入れた。土と石の間に硬い支えができ、根がもう一度押しても、壁が内側へ倒れない形になる。


 絵麻は家屋の入口へ駆け、代表から聞いた寝たきりの女性がいる部屋を確認した。床の下にも細い根が入り込んでいるが、今なら短い空間操作で外の安全な場所まで運べる距離にある。


「中の人を先に出す。恵依、外で受ける位置を見て」


「分かりました。根の少ない場所は、井戸の横です」


 恵依の解析を受け、絵麻は室内と井戸の横を短くつないだ。女性と介助していた家族は、根を踏まずに外へ移り、第二騎士団の騎士が用意した椅子へ座らせられる。


 家屋の避難が終わった直後、畑の奥で土が大きく盛り上がった。伸びすぎた蔓が地面から持ち上がり、絡み合った根の間に、人の腕ほど太い茎が何本も立ち上がる。


「……あれ、雑草のサイズじゃなくない?」


 卓斗が畑の方を見ると、茎の先にあった葉が一斉に開いた。根の塊は地面を引きずりながら家屋とは反対側へ動き、水樽と農具を押し倒して集落の中央へ向かい始める。


「植物型魔物です。偽核から流れた魔素が、根へ集中しています」


 恵依は魔物の中心にある濃い反応を捉え、家屋へ向かう根とは別の危険が生まれたことを告げた。土地を枯らさずに止めるための調整は地下で始まったが、すでに増えすぎた植物は、自分で動けるほど魔素を溜め込んでいる。


 蔓は畑の土を割り、倒れた農具を押しのけながら、避難を始めた住民たちがいる集落の中心へ近づいていた。卓斗たちは家屋を支えた位置から離れられず、畑と住民の間に残る細い道を、今度は自分たちで守ることになる。




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