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第二章 10 『外縁への荷車』



 検査場での魔導獣騒ぎから二日後、卓斗たちは王都西門の外に並ぶ荷車の前へ集められていた。


 荷台には薬箱、乾燥食料、水樽、替えの魔素灯、それから木枠に収められた小型の魔導具が、揺れないよう縄で固定されている。


 荷車は全部で四台あり、それぞれの前後には第二騎士団の騎士が配置されていた。第一騎士団の訓練区域とは違い、目の前には王都の外へ続く街道があり、白い城壁を出れば、すぐに人の少ない草地と低い丘が広がっている。


「今回の任務は、外縁集落への物資輸送です」


 荷車の脇に立つユノは、卓斗たちへ柔らかく頭を下げた。淡い色の髪を肩へ落とした小柄な少女は、年齢だけなら卓斗たちより少し下に見えるが、第二騎士団の騎士たちは彼女が話す間、荷縄を結ぶ手を止めずに耳を向けている。


「薬、食料、予備の魔導具を届けます。皆さんには、護送隊の安全確認と、問題が起きた際の避難補助をお願いしたいです」


「荷物守るのと、人守るのって、優先どっち?」


 卓斗は荷台に積まれた薬箱を見た。壊れれば困る物資ではあるが、昨日までの訓練で聞かされてきた話を考えれば、箱を守るために人を危険な場所へ残す選択はしないだろうと思った。


「人です。ただ、物資が届かなければ、集落の皆さんが後で困ります」


 ユノは答えを急がず、荷車の上に積まれた薬箱へ目を向けた。助けるべき相手と、助けるために必要な物は分けられないが、どちらか一方を理由に、誰かへ無理を押しつけてはいけないという考え方が声の中にある。


「ですから、荷物を失わず、人も危険へ残さない方法を一緒に考えます。皆さんが無理だと思うことは、先に言ってください」


「最初にそれ聞いてくれるの、普通に助かる」


 卓斗が言うと、ユノは少しだけ驚いたように瞬きをした。すぐに小さく笑い、荷車の前に立つ騎士へ、出発の準備ができたかを確認する。


「できることだけを数えても、現場では足りません。できないことを知らないまま任せる方が、危ないですから」


 恵依はユノの言葉を聞き、昨日までの千佳とナーヴァの判断を思い出した。国や騎士団が必要とするからといって、卓斗たちへ役目を押しつけないという条件は、ただ記録に書かれただけのものではないらしい。


「私は、解析を広く使い続けると負荷が出ます。複数の場所を同時に見ることも、長時間は難しいです」


「分かりました。必要な時だけ、範囲を絞ってください」


 ユノは恵依の答えをそのまま受け取り、代わりに無理をしないよう求めなかった。制限を聞いた上で、騎士団側が他の見張りや護衛を組み替えるという考え方が、卓斗には少し新鮮に見えた。


「俺は、引力と斥力を人に直接は使えない。重い物を動かすと、右手首に負担も出る」


「承知しました。成瀬さんには、無理に前へ立ってもらうつもりはありません」


 ユノはそう答えてから、卓斗の右手首へ視線を向けた。契約紋の周囲に異常がないことを確認するだけで、触れたり、詳しく見せるよう求めたりはしない。


「西野さんは、移動や逃げ道の確保をお願いできますか?」


「見えてる場所なら。長く使うと酔うから、連発は無理」


「分かりました。ラールさんと一緒に、危ない場所へ入る前の確認を優先してください」


 絵麻は少しだけ肩の力を抜いた。能力を使えるからといって、便利な近道を何度も作る前提で任されるわけではないことが、ユノの言葉から分かる。


「じゃあ、私たちはどこにいればいい?」


 卓斗が荷車列を見渡すと、ユノは中央の二台を示した。先頭と最後尾には第二騎士団の騎士がつき、卓斗たちは薬箱の多い二台目と、魔導具を積んだ三台目の間を動ける位置に入る。


「最初は中央でお願いします。ただし、守る場所を固定しないでください。荷車、人、道の状態を見て、必要なところへ移りましょう」


「昨日の続きみたいな話だな」


「昨日の訓練が、今日の道で使えればいいと思っています」


 ユノの答えを聞き、卓斗は荷車の横へ歩いた。第一騎士団で学んだことをそのまま試すための任務ではないが、誰かを守る時にしか使えない形なら、覚えた意味がない。


 出発の合図とともに、四台の荷車が西門を抜けた。車輪が乾いた街道を踏み、王都の城壁はゆっくり背後へ遠ざかっていく。


 街道の両側には低い草地が続き、遠くに見える丘の向こうには、小さな森が細い帯のように伸びていた。道は整備されているが、荷車が何台も通れば土が削れ、雨水が溜まった場所には深い轍が残っている。


「外へ出ると、急に何もないな」


 卓斗は荷車の横を歩きながら、王都の外壁を振り返った。建物と人が密集していた中では気づかなかったが、街道の先には隠れる場所も、すぐに助けを呼べる場所も少ない。


「何もないから、困った時に残るものが少ないんです」


 ユノは先頭の荷車から少し後ろへ下がり、車輪の跡と草地の様子を見ていた。外縁集落は王都から遠くはないが、薬や食料が届くかどうかで、数日後の生活が変わる場所もある。


「だから、第二騎士団は荷物運びが得意なの?」


「運ぶだけではありません。届いた後に、そこで暮らす方が次も自分で動けるようにするのが仕事です」


 ユノは答えながら、道端に生える草へ手を伸ばした。手のひらほどの葉を一枚だけ摘み、裏側に残る土の色と、根元の湿り気を確かめている。


 卓斗はその動きを見て、ユノが荷車だけを見ていないことに気づいた。街道の状態、土の乾き、集落へ続く水路の流れまで、届ける先で何が足りなくなるかを先に見ている。


「ユノって、ずっとそんな感じで見てるの?」


「どんな感じでしょうか?」


「荷物より、届いた後のことまで見てる感じ」


 ユノは少し考え、道端の草を元の位置へ戻した。今は枯れていない草でも、水が止まれば薬草畑より先に影響を受けることがあるのだと、短く説明する。


「支えることは、代わりに生きることではありません。でも、選べる状態を残すためには、先に困る場所を知る必要があります」


「難しいこと言うなあ」


「すみません。分かりにくかったですか?」


「いや、分かる。分かるけど、俺が今まで荷物運びに使った脳の量とは違う」


 卓斗が荷車の荷台を見上げると、絵麻が少し前を歩きながら振り返った。彼女は呆れた顔をしているが、ユノの話を聞き流してはいない。


「荷物運びに脳を使ってなかったみたいに言わないでよ」


「コンビニの袋、片手で持てるかしか見てない」


「それはあんたが雑なだけでしょ」


 絵麻の返しに、ラールが小さく笑いそうになって口を押さえた。緊張したまま歩いていた荷車列の中央で、第二騎士団の若い騎士が一人だけ肩を揺らしている。


 街道が丘の裾へ差しかかった頃、前方の二台目が急に速度を落とした。道の右側には昨夜の雨水が残るぬかるみがあり、薬箱を積んだ荷車の左後輪が深く沈み込んでいる。


「止めてください。後ろの荷車も間隔を空けて」


 ユノの声に、先頭の騎士が手を上げた。荷車列はすぐに止まり、後ろの三台は車輪がぶつからない距離を残して、ゆっくりと位置を整える。


 卓斗は薬箱の荷台へ目を向けた。左後輪が沈んだせいで荷車が傾き、右側に積まれた木箱の縄が張っている。


「このまま引っ張ったら、箱が落ちる?」


「右側の荷縄が切れます。車輪を抜く前に、積み荷を安定させる必要があります」


 恵依は荷車の下へしゃがみ込み、車軸と荷台をつなぐ金具へ解析を向けた。ぬかるみに沈んだ車輪を勢いよく引けば、荷台の傾きが戻る時に右側の箱が外へ滑り、道の下側へ落ちる。


「じゃあ、荷車は急に動かさない。絵麻、箱の右側に人が入れる余地ある?」


「今はない。でも、少しだけ広げれば、縄を締め直せる」


 絵麻は荷台と道端の石の間へ手を伸ばした。人が一人入るには狭すぎる隙間を、箱に触れず、足を置く場所だけ増やすように空間をずらす。


「ラール、箱の下を受けられる?」


「はい! 落ちる前に、下だけ固定します!」


 ラールは傾いた荷台の右下へ白鋼の支えを作った。木箱そのものを固めれば、荷車が戻る時に縄へ余計な負担がかかるため、箱が滑り出した場合だけ受け止める角度に絞っている。


 第二騎士団の騎士が、絵麻の作った隙間から荷台の横へ入り、緩んだ縄を締め直した。卓斗は車輪の横に立ち、ぬかるみに沈んだ左後輪の金属軸へ右手を向ける。


「俺が引くのは、車輪だけ。箱が揺れたらすぐ止めて」


「成瀬さん、車輪は前ではなく、少し上へ引いてください。泥の縁を越えてから、前へ戻せば抜けます」


 恵依の解析が示した方向を、ゲブの白銅が細い線として卓斗の手元へつないだ。卓斗は引力を正面へかけず、埋まった車輪を泥の縁から浮かせるよう、左上へ向ける。


 車輪がぬかるみから少しだけ持ち上がった。荷車はまだ傾いたままだが、縄を締め直した木箱は動かず、ラールの白鋼も必要な場所だけを支えている。


「今、前へ」


 卓斗が引力の向きを変えると、車輪が泥の穴から抜けた。荷車は前へ半歩進み、左後輪が固い土へ乗ったところで、卓斗はすぐに力を切る。


 荷台はゆっくり元の高さへ戻り、木箱は一つも落ちなかった。作業に入った騎士が荷縄を確かめ、薬箱の封印札が剥がれていないことをユノへ伝える。


「お疲れさまでした。皆さん、手首や酔いは大丈夫ですか?」


 ユノは荷車が動き出す前に、卓斗と絵麻の状態を確認した。問題がないなら先へ進むが、使った後の負担を見ずに、次の移動へ押し込むつもりはない。


「俺は平気。引いたの一回だし」


「私は大丈夫。少ししか触ってない」


 卓斗と絵麻が答えると、ユノはそれ以上を求めなかった。できたから次も使えると決めず、回復する余地を残したまま荷車列を動かす。


「では、出発します。集落までは、あと少しです」


 午後の日差しが傾き始めた頃、街道の先に低い木柵と石造りの家が見え始めた。外縁集落は丘の麓に広がり、畑の間を細い水路が通っている。


 ただし、近づくほどに畑の色が不自然に濃くなっていた。麦の穂は人の腰より高く伸び、道端の草は木柵へ絡みつき、薬草畑の蔓は隣の畑まで広がっている。


「……あれ、育ちすぎじゃない?」


 卓斗は荷車の横から畑を見た。枯れているわけではなく、むしろ元気すぎるほど青いが、作物が道へ張り出し、通るはずの水路まで根で埋まりかけている。


「土地の魔素循環が、自然な状態ではありません」


 恵依は荷車列の速度が落ちる中、畑の奥へ解析の魔素を向けた。地面の下から上へ流れる力が一か所へ集まり、作物だけでなく、雑草や蔓まで同じように増やしている。


 集落の入口には、荷車を待っていた住民たちが集まっていた。薬を必要とする者も、食料を受け取る者もいるが、その背後では太い蔓が家屋の壁へ伸び、窓の下にある木柵を押し曲げている。


「ユノさん。畑が、また家の方へ来てます!」


 住民の一人が声を上げると、ユノは荷車を止める合図を出した。届けるために運んできた物資の前で、土地そのものが人の暮らす場所へ入り込もうとしている。


 卓斗は家屋へ伸びる蔓と、畑の奥に残る濃い魔素の流れを見た。第二騎士団の任務は、荷物を渡して終わる仕事ではないらしい。




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