表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/72

第二章 8 『検査場の結界』



 午後の王都西側は、朝より強い日差しを受けて白い城壁を明るく照らしていた。


 第六騎士団の訓練区域から続く道を抜けた先には、荷車が何台も出入りする広い検査場があり、門の上には貨物の重量と魔素反応を調べるための青い結界板が浮かんでいる。


 卓斗は入口の手前で足を止め、石畳の上を行き交う人の流れを見た。木箱を積んだ荷車、薬草を運ぶ商人、王都へ入るために書類を確認する職員が、それぞれ違う方向を見ながら動いている。


「これ、見学っていう割に普通に人多いな」


 千佳は検査場の全体を見渡し、卓斗たちの立つ位置から保管庫、荷役足場、外周門までを順に示した。騎士が任務へ入る前に見るべきなのは敵の位置だけではなく、誰がどこを通り、事故が起きた時にどこへ逃げるかだと説明する。


「荷車は中央の門から入り、左側の検査台を通って保管庫へ向かいます。右側は魔導具と危険物、奥は一時収容した魔導獣の検査区画です」


「人が逃げるなら、中央の門に集まりそう」


 絵麻は入口の広さと、門の前に積まれた荷箱の高さを見た。荷車が止まれば通路はすぐ狭くなり、慌てた人が集まれば、広いはずの場所でも動けなくなる。


「はい。ですから、混乱が起きた時に中央門だけを出口にしません」


 千佳は保管庫の横にある細い通路と、荷役足場の下を抜ける保守用の門を指した。普段は職員しか使わない道でも、周囲の状況が変われば避難路になる。


 恵依は千佳の説明を聞きながら、検査場の外周を走る結界線へ解析の魔素を向けていた。門の上にある青い結界板、保管庫の壁に埋め込まれた魔素灯、荷役足場を支える固定術式が、薄い光の線として視界へ重なる。


「結界の流れが、少し不自然です」


 恵依は入口から左へ伸びる結界杭の方向を見た。魔素は外周から検査場の内側へ流れるはずなのに、一本だけが王都中央へ向かうのではなく、北側の訓練区域へ引かれるように細く伸びている。


「故障?」


「断言はできません。ただ、自然に弱った反応ではないと思います」


 ゲブは恵依の解析に重ねるように、白銅の魔素を結界線へ沿わせた。流れは途中で乱れているのではなく、誰かが細い管を差し込んで魔素だけを抜き取っているように、一か所へ集められている。


「確認できた範囲では、結界の外側から干渉された痕跡があります。ですが、発生源までは追えません」


 千佳はすぐに検査場全体を止める命令を出さなかった。荷車を無理に止めれば中央門へ人が集まり、原因が分からない状態で混乱だけを大きくする可能性がある。


「保守通路から確認します。成瀬さんたちは、私の後ろへ」


「俺ら、見学だけで終わる感じじゃない?」


 卓斗は結界線の先へ目を向けたが、千佳は否定しなかった。実地任務へ移る前に現場を見るという話だったのに、現場の方が先に異常を見せ始めている。


「何も起きなければ、それが一番です。ですが、起きた時に見ているだけでは守れません」


 千佳は中央の荷車列を避け、保管庫の外壁に沿った保守通路へ歩き出した。卓斗たちも後へ続き、荷役足場の下をくぐる。


 足場の上では、二人の作業員が魔導具の箱を荷車へ積み替えていた。木枠で囲まれた箱には赤い封印札が貼られ、持ち上げ用の魔素鎖が天井の滑車から伸びている。


「赤い札は、危険物?」


 絵麻は箱を見上げ、魔素鎖の先にある留め具へ視線を向けた。荷車の上にはすでに複数の箱が積まれ、少しでも傾けば下にいる職員へ落ちる高さになっている。


「強い魔素を蓄えた魔導具です。箱自体に問題はありませんが、扱いを誤れば周囲の結界へ干渉します」


 千佳が答えた直後、頭上で金属が擦れる音がした。魔素鎖の留め具に走る青い光が一度だけ弱まり、吊り下げられていた箱が荷車の荷台へ向けて大きく揺れる。


「下、離れてください!」


 千佳の声を受け、荷台のそばにいた職員たちが左右へ飛び退いた。だが、箱の下にある荷車は片輪が石畳の窪みに入っており、重い箱が片側へ振れれば荷台ごと横へ倒れる。


「卓斗くん、鎖の左側が切れます!」


 恵依の解析が、留め具から荷台へ伝わる魔素の流れを捉えた。左側の支えが先に外れれば、箱は右へ傾き、逃げ遅れた職員がいる保管庫の壁際へ落ちる。


「了解。箱じゃなくて、荷車の車輪を止める」


 卓斗は荷車の前輪をつなぐ金属軸へ右手を向けた。箱そのものへ引力をかければ、揺れている魔導具の内部まで刺激するかもしれず、荷台が倒れる方向だけを変える方が安全だ。


 引力が金属軸へかかり、窪みに入った前輪が石畳へ押しつけられた。荷車は完全には動きを止めないが、箱が横へ振れた時に一緒に倒れない程度には踏ん張る。


「絵麻、職員を壁から離して!」


「分かった!」


 絵麻は保管庫の壁と荷車の間にある距離を短くつなぎ、職員が通れる幅を一時的に広げた。作業員たちは狭い場所へ押し込まれず、荷台の下から外周側の通路へ抜ける。


「ラール、箱の右下だけ!」


「はい! 落ちる角度だけ、固定します!」


 ラールの白鋼が荷台の右端から石畳へ伸び、箱が落ちるなら必ずぶつかる位置に斜めの支えを作った。大きな壁を出せば荷車の揺れに巻き込まれるため、衝撃を受ける一点だけを硬くする。


 留め具が弾け、魔素鎖の左側が消えた。箱は右へ落ちたが、荷車の前輪は卓斗の引力で止まり、ラールの白鋼板が箱の角を受け止める。


 荷台は大きく傾いたものの、車輪は石畳から浮かなかった。箱の底が白鋼に触れて鈍い音を立て、作業員たちは誰も下敷きにならずに済んだ。


「全員、後方へ下がってください。荷物には触れないで」


 千佳は倒れかけた箱へ近づかず、職員たちを保守通路の外へ誘導した。事故を防いだ直後に誰かが箱を押し戻せば、封印札が剥がれ、今度は魔導具そのものが暴走する危険がある。


「恵依、留め具の壊れ方は見えた?」


「自然に切れたのではありません。結界の魔素が抜かれた時に、同じ流れへ繋がる補助術式まで弱っています」


 恵依は留め具から保管庫の壁へ伸びる線を追い、顔を上げた。検査場の安全結界と荷役足場の固定術式は別々に見えるが、どちらも地下にある基礎杭から魔素を受けている。


「原因は、ここだけではありません。結界杭の方を確認する必要があります」


 千佳は保管庫の奥にある下り階段へ卓斗たちを案内した。階段の先は職員しか入らない保守区画で、石壁の内側に魔素の管が並び、検査場の各所へ光が送られている。


 地下へ降りるほど、地上の荷車の音は遠くなった。代わりに、石壁の向こうから低い振動が伝わり、青い管の中を流れる魔素が一定の間隔で明滅している。


「ここが、検査場の結界基礎杭です」


 千佳は通路の奥に立つ太い石柱を指した。柱の表面には古い術式が幾重にも刻まれ、青い魔素が地面から上へ流れ、外周門や保管庫の結界へ分かれている。


 恵依は石柱の前にしゃがみ込み、解析の魔素を細く流した。通常なら均等に広がるはずの線が、柱の下側で一度だけ細く絞られ、北東の方向へ引かれている。


「ありました。黒い術式反応です」


 恵依の指先が触れた石の隙間から、墨を溶かしたような細い線が見えた。結界の光と同じ場所へ重ねられているため、表面だけなら古い傷か汚れにしか見えない。


「訓練区域から来た流れと、同じですか?」


「完全には一致しません。ただ、魔素を外へ逃がす方向と、結界を薄くする手順は似ています」


 ゲブは白銅の魔素を石柱の周囲へ広げ、黒い線がどこへ繋がっているかを確かめた。線は基礎杭から保管庫の外壁、さらに検査区画の方へ伸び、そこで急に濃くなっている。


「赤崎様。検査区画へ流れています」


 千佳は一瞬だけ口を閉じ、地上の職員へ魔素通信を送った。保管庫側の荷車を止め、検査区画の周辺から人を離すよう短く命じる。


「成瀬さん、流川さん、西野さん。先に上がります」


「魔導獣がいる場所?」


 卓斗が問うと、千佳は階段を駆け上がりながら答えた。収容檻は危険な魔導獣を検査するために二重の結界で囲まれているが、基礎杭の魔素が抜かれれば、内側の檻も外側の隔壁も順番に弱くなる。


「はい。今のうちに人を出します。戦うのは、その後です」


 地上へ戻ると、検査場の空気はさっきまでと変わっていた。荷車の列は千佳の指示で保管庫から離れ、職員たちは積み荷をそのままにして外周門へ向かっている。


 検査区画は保管庫のさらに奥にあり、鉄柵と石壁で囲まれていた。中央の檻には大型の魔導獣が伏せており、牛に似た太い胴と、前へ湾曲した二本の角を持っている。


 魔導獣はまだ檻の外へ出ていない。だが、首を上げるたびに角の根元から濁った魔素が漏れ、二重に張られた結界が赤く明滅していた。


「職員は、あと何人残ってる?」


「検査区画に三人、保管庫側に二人です。外周門は閉じ始めています」


 恵依は解析の範囲を広げすぎないよう、数を確認するだけに留めた。今は魔導獣の内部まで読むより、誰がどこへ逃げれば安全かを先に決める必要がある。


「絵麻は保管庫側の二人を。ラールは足場を使って、上の通路へ逃がして」


「分かった。二人とも、こっち!」


 絵麻は保管庫の入口へ走り、荷役足場の下に立ち尽くしている職員へ手を振った。通路の中央には落ちかけた荷箱が残っているが、昨日のように正面から押し込めば、魔導具の箱をさらに揺らす。


「そこ、通れないんです!」


 職員の一人が荷箱を指さすと、絵麻は荷役足場と外壁の間にある狭い空間を見た。人が一人通るには足りない幅だが、短い距離だけを広げれば、箱に触れずに抜けられる。


「動かないで。通る場所だけ作る」


 絵麻は壁際の距離を歪ませ、足場の柱と荷箱の間に人二人分の通路を作った。ラールはその先の高い段差へ白鋼を重ね、職員たちが足を滑らせずに保守通路へ上がれるよう固定する。


「今です! 走らなくていいので、順番に来てください!」


 職員たちは絵麻の作った通路を抜け、白鋼の足場を使って上の保守通路へ逃げた。通路が元の狭さへ戻る前に全員が外へ出たことを確認し、絵麻は検査区画の方へ振り返る。


 その時、檻の中で魔導獣が大きく頭を振った。角が鉄柵へぶつかり、赤く明滅していた結界が一面だけ消える。


 鉄柵の一本が内側へ曲がり、金属の裂ける音が検査区画へ響いた。魔導獣は逃げようとしているというより、結界の中へ混じる黒い魔素を嫌がり、どこへでもいいから押し出そうとしているように見える。


「外周門の閉鎖は?」


「あと少しです。ですが、檻の外側の隔壁が先に持ちません」


 千佳は検査区画の入口に立ち、職員が残っていないことを確かめた。外周門を閉じる前に魔導獣が保管庫へ入れば、荷車の残る通路で暴れ、積み荷と結界の両方を壊す危険がある。


「卓斗くん、魔導獣の足元にある結界線が切れます」


 恵依の声に、卓斗は檻の前へ出た。鉄柵と隔壁の間には十メートルほどの空間があり、魔導獣が次に突進すれば、壊れた柵からそのまま外側の通路へ出られる。


「タク、近づきすぎないで」


 ティナは卓斗の横から、魔導獣の前脚が石床を削る様子を見た。白銀で足場を固めることはできても、黒い術式が結界へ絡んでいる今、魔導獣と隔壁をまとめて止めようとすれば、どこへ負荷が返るか分からない。


「分かってる。今は、出る場所だけ見る」


 卓斗は魔導獣ではなく、壊れた鉄柵の右側にある保管庫への通路へ視線を向けた。檻が破れた時にそこを塞げれば外周門まで走らせずに済むが、保管庫側にはまだ落ちかけた荷箱と、さっき避難させた職員の通路がある。


 魔導獣が肩を沈め、二本の角を鉄柵へ向けた。結界の亀裂から黒い術式の光が一瞬だけ漏れ、濁った魔素が獣の鼻先へまとわりつく。


「全員、保管庫側の通路を空けてください」


 千佳は短剣を抜き、検査区画の入口から一歩前へ出た。声は低いが、逃げるか戦うかを迷わせない強さがあった。


「次は捕獲です。外へ出させず、殺さずに確保します」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ