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第三章 21 『白耀の一閃』



 ヴァイス峡門領は、二つの山脈が最も狭くなる場所へ築かれていた。


 北と南から迫る黒い岩壁の間に三重の門と段状の城壁が並び、その奥には補給倉庫、住民区画、領地核を収めた中央塔が密集している。


 西部街道と帝都方面を結ぶ峡門を押さえれば、人員も物資も大きく迂回させられる。


 地下網の新たな接続先であることを除いても、四候補の誰も放置できない候補領だった。


 朝日が峡谷の底まで届く前に、東側の高台へ群青の旗が立った。


 ほぼ同時に、西側の石橋を越えた丘へ白耀陣営の旗が並び、両軍の間では候補戦管理局の灰色旗が風を受けている。


「両陣営の到着を確認しました」


 候補戦管理局の立会官は、峡門前へ設置された中立台から宣言書を読み上げた。


「ヴァイス峡門領は、現時刻をもって争奪対象領へ移行します。領地核を掌握し、自陣営の旗印を正式登録した側を制圧者と認定します」


 宣言に合わせ、中立守備隊の兵士たちが三重門の内側へ下がった。


 彼らは候補戦から離脱するが、住民の避難誘導と火災防止だけは管理局の指揮下で継続する。


「民間区画への攻撃、降伏者への加害、領地核の破壊は禁止します」


 立会官は東西の陣営へ交互に視線を向けた。


「現剣聖レオニード・ヴァルグレン様の戦力天秤〈リブラ〉により、候補者の魔素出力は規定域へ均衡化されます。均衡を故意に破る行為は失格対象です」


 空の高い位置で、淡い銀色の環が一度だけ広がった。


 ヴァイス峡門領全体を覆った均衡の魔素は、群青と白耀の双方へ同じ圧力をかけ、突出しすぎる出力だけを一定域へ押し戻している。


「規定域でも、あの極光は十分すぎるほど危険です」


 ローデリヒは東高台から西側の白い陣形を見た。


「エルザヴェート様。正面へ出られる場合は、必ず私の重圧圏内を維持してください」


「ボクが前へ出るとでも?」


 エルザヴェートは腕を組み、いつもの笑みを浮かべた。


「出ないからこそ、前線全体へ自律刃が届くのです」


「言葉の意味をずらさないでください」


「実に細かいね、ローデリヒは」


「エルザヴェート様が大雑把なのです」


 ミレーネは二人の会話を聞き流しながら、ヴァイス峡門領の見取り図へ群青の札を配置していた。


 東門へ続く主街道、南側の荷運び坂、北壁沿いの避難路の三本を別々に記録する。


「白耀側は、西門の正面突破を狙うと思う?」


 ミレーネが尋ねると、恵依は西側の布陣を見た。


「正面に見せて、鏡界で別方向へ射線を作る可能性があります。ヘレナさんの透明鏡は、攻撃だけでなく視線と合図も屈折させます」


「こちらの見える位置と、実際に進む位置が違うかもしれない」


「はい。地図上の距離だけで判断しない方がいいです」


 恵依の隣では、ゲブが白銅を掌へ薄く集めていた。


 広域共鳴は使わず、群青陣営の信号札と城壁沿いの結界杭だけを限定的に繋いでいる。


「流川様。東側の結界杭は、現在の領地核と正常に接続しています」


 ゲブは城壁下へ並ぶ三本の石杭を見た。


「ただし、その下に古い導線の戻りがあります。戦闘開始後に変化した場合、時刻だけを記録します」


「お願いします。流れそのものは追わないでください」


「承知しました」


 東側の補給列では、卓斗が住民避難用の荷車と軍用物資の間へ立っていた。


 右手首の固定布は外れていないが、岩峡で使った左肩の痛みは前日より軽い。


「今日も後ろか」


 卓斗が城壁を見上げると、ティナは隣で白銀の瞳を細めた。


「不満なの?」


「いや、前に出たいわけじゃない。敵も住民もいる場所で引力使う方が面倒だし」


「なら、役割に集中しなさい」


「分かってる。補給と避難路、飛んでくる物だけ止める」


「右手は?」


「使わない」


「左手は?」


「二回続けて大きく使わない」


「地下へ引かれたら?」


「触らない。ティナに先に言う」


「合格ね」


 卓斗は少しだけ眉を上げた。


「試験だったの?」


「確認よ。タクは戦場へ入ると、自分の決めた上限を忘れることがあるから」


「否定しづらい実績あるのやめてくれる?」


 少し離れた北壁側では、絵麻とラールが避難路の状態を確かめていた。


 北側の道は城壁と岩壁の間を通る細い坂で、住民区画から中立管理所へ抜けられる。


「道幅は狭いけど、崩落はなさそう」


 絵麻は空間を広げず、目視と足元の感覚だけで坂の奥行きを測った。


「ラール、外側の岩だけ固定できる?」


「できます!」


 ラールは白鋼を足元へ細く流し、落石の危険がある岩だけへ形状固定を施した。


「道そのものは固めません。避難する人が転んだ時に、足場を変えられなくなるからです!」


「ちゃんと覚えてるじゃん」


「絵麻ちゃんと決めましたから!」


 ナーヴァは三組の位置を見渡せる東高台の中腹へ立ち、デュランダルを鞘に収めたまま全隊へ指示を送った。


「目的は三つ」


 短い声に、群青の騎士たちが耳を向ける。


「住民を守る。地下の変化を記録する。取れるなら領地を取る」


「順番も、その通りですか?」


 ローデリヒが確認した。


「そう。旗のために住民を危なくしない」


「承知しました」


 エルザヴェートはナーヴァの横で峡門を眺め、楽しそうに口元を緩めた。


「白耀側も同じ順番なら、勝敗を分けるのは速度だね」


「速度だけじゃない」


 ナーヴァは白い陣営を見た。


「どこで止まるかも見る」


 西側では、ジークヴァルトが白い外套の留め具を整え、腰の剣へ手を添えていた。


 前列には盾兵、左右には鏡片を展開するヘレナの支援隊、後方にはオスカーが率いる補給と記録の班が並んでいる。


「東門へ正面圧力をかけます」


 ヘレナは空中へ六枚の透明鏡を並べた。


「私が射線を分散し、城壁上の迎撃設備を無力化します。ジークヴァルト様は、門の機構だけを切断してください」


「住民区画への反射経路は?」


 ジークヴァルトが尋ねると、ヘレナは鏡面へ浮かぶ線を指した。


「すべて外壁側へ逃がします。ただし、群青側が鏡界へ干渉した場合は再計算が必要です」


「再計算が終わるまで、私は剣を振りません」


「承知しました」


 オスカーは白耀陣営の伝令へ、三種類の信号を渡した。


「白旗一回で前進、二回で停止。鏡界の点滅が赤へ変わった場合は、候補者の剣より先に全隊が伏せる。ジークヴァルト様の極光を信頼することと、射線へ入らないことは別問題だ」


「心得ています!」


 兵士たちの返答には迷いがなかった。


 圧倒的な力へ依存するのではなく、その力を安全に通すための規律まで含めて白耀陣営の強さになっている。


 候補戦管理局の鐘が三度鳴った。


「——争奪戦、開始!」


 最初に動いたのは白耀陣営だった。


 西門前の盾列が一斉に進み、ヘレナの鏡片が空中で角度を変える。


 城壁上の中立守備隊が撤収した直後、ヴァイス側の自動迎撃弩が両陣営へ向けて起動した。


 争奪対象領へ移行したことで、領地核は所属のない防衛状態となり、接近するすべての軍勢を敵として認識している。


「来る!」


 ミレーネが叫ぶより早く、城壁上から数十本の魔導矢が放たれた。


 東側へ向いた矢は群青陣営を、西側へ向いた矢は白耀陣営を狙って異なる弧を描く。


「ボクがやろう」


 エルザヴェートの周囲へ二十本の自律刃が現れた。


 不可視に近い刃は空気の揺れだけを残し、群青側へ降る魔導矢の先端を一斉に切り落とす。


 刃を失った矢柄が勢いを残して飛び込むが、卓斗は左手を開き、補給列の前へ薄い斥力を広げた。


「そのまま下!」


 矢柄は上へ弾かれず、速度だけを失って石畳へ落ちた。


 後方の荷車も騎士も、位置を変えずに済む。


「一回目」


 ティナが卓斗の左手を見た。


「数えてる?」


「当然よ」


「細かい斥力も一回扱い?」


「肩へ負担が出たら一回ね」


「じゃあ今のは半分で」


「交渉しない」


 西側へ飛んだ魔導矢は、白耀陣営へ届く前に軌道を変えた。


 ヘレナの鏡界へ触れた矢が空中で左右へ屈折し、城壁外の空地へ突き刺さる。


「全部返さないんだ」


 卓斗は西側の光景を見た。


「城壁へ反射すれば設備を壊せるのに」


「住民区画へ流れる可能性を消しているのよ」


 ティナは鏡界が作る角度を見た。


「攻撃を利用するより、誰にも当たらない場所へ捨てる方を選んでいる」


「本当にやりづらい相手だな」


 東側では、ローデリヒが重圧を主街道の路面へ帯状に広げた。


 城門から飛び出した無人の魔導車二台が、重さを増した石畳へ車輪を沈める。


「右側を止めました!」


 ローデリヒの声に合わせ、エルザヴェートの自律刃が魔導車の車軸だけを切断した。


 横転させれば道を塞ぐため、車体を立てたまま駆動部分だけを失わせる。


「左はボクが取る」


 残る魔導車へ四本の刃が走り、前輪と動力線を同時に断った。


 二台は東門から十メートルほど離れた場所で静止し、後続の群青兵へ進路を残す。


「東門前まで進む!」


 ローデリヒが前列へ指示し、群青の盾兵が二台の間を抜けた。


 西側では、白耀陣営の盾列が門前へ到達していた。


 ヘレナの鏡界が東西の迎撃弩から伸びる視線を折り曲げ、白耀兵の位置を城壁側へ誤認させている。


「門の固定機構を確認しました」


 ヘレナは三枚の鏡へ西門内部の像を映した。


「上下二か所。中央の支柱は残せます」


「住民区画との間に人は?」


 ジークヴァルトが尋ねる。


「いません。管理局の退避完了印も確認済みです」


「では、開きます」


 ジークヴァルトが剣を抜いた瞬間、極光の魔素、不滅極光〈インヴィクタ〉が解放され、峡門全体の空気が白く染まった。


 極光は炎のように揺れず、雷のようにも散らない。


 長剣の刃へ収束した光は、周囲の色を奪うほど澄み切り、規定域へ均された状態でも視線を正面から受け止められない密度を持っていた。


「ティナ」


 卓斗は反射的に目を細めた。


「見続けないで。光だけではなく、魔素圧も視界へ入ってくるわ」


 ティナは卓斗の前へ白銀の薄い面を作り、極光の直射だけを逸らした。


 ジークヴァルトは大きく振りかぶらなかった。


 腰の位置から剣を横へ滑らせるように一度だけ振る。


 白い線が西門を通り抜けた。


 轟音は遅れて届いた。


 門を支えていた上下二つの固定機構だけが光の中で消え、中央支柱と左右の城壁は傷一つ残さず立っている。


 重い門扉が前方へ倒れかけた瞬間、ヘレナの鏡界が傾きを受け止めた。


 門は地面へ叩きつけられず、外側へゆっくり寝かされ、白耀陣営の進路だけを開ける。


「……あれ、一振り?」


 絵麻は北側の避難路から西門を見た。


「一振りです!」


 ラールは目を輝かせかけ、すぐに住民列へ視線を戻した。


「でも、見てる場合じゃありません。北区画から避難する人が増えます!」


 西門が開いたことで城内の警報が変わり、住民区画から管理局の誘導を受けた人々が北側へ流れ始めた。


 絵麻は避難路の入口へ移り、道幅と人数を見比べる。


「走らないで! 前が詰まるから、二列のまま進んで!」


 住民の一人が西門の極光を振り返りかけると、ラールが白鋼の低い柵を路肩へ作った。


 進行方向だけを分かりやすくし、立ち止まる場所を減らす。


「こっちです! 壁から離れすぎないでください!」


 東門前では、群青側も最初の防衛線へ到達していた。


 エルザヴェートは西側の極光を一度見ただけで、すぐに東門の迎撃設備へ意識を戻す。


「相変わらず綺麗な剣だ」


 エルザヴェートは腕を組んだまま笑った。


「でも、見惚れている時間はないね」


 東門上部から、五基の魔導砲が群青側へ砲口を向けた。


 自動照準の魔素が前列の盾兵と、その後ろにいるエルザヴェートへ重なる。


「エルザヴェート様。私が射線を重くします」


「二基だけ頼む」


 ローデリヒの重圧が左右の砲身へ乗り、旋回を遅らせた。


 中央三基が先に光を集めるが、エルザヴェートの自律刃は砲口ではなく、城壁内部へ伸びる供給線を狙う。


「そこか」


 十五本の刃が石壁の隙間へ滑り込み、三本の供給線を同時に切った。


 魔導砲へ集まっていた光が砲口から漏れ、発射される前に霧散する。


 残る二基は重圧を押し返し、角度を変えようとした。


 ローデリヒは足場へさらに重さを加え、砲台そのものを城壁へ沈ませる。


「今です、エルザヴェート様!」


「分かっているよ」


 二本の自律刃が砲身の根元を断ち、残る三本が落下する金属部品を受け止めた。


 城壁下に群青兵がいるため、そのまま落とさず門の外側へ運ぶ。


「自分は動かないのに、全部見てる」


 卓斗は東門上部を走る刃の軌道を追った。


「見てるだけじゃないわ」


 ティナはエルザヴェートの胸元を見た。


「敵の意図、味方の位置、落ちた後の危険まで、刃が自動で選んでいる」


「昨日みたいに地下へ引かれたら、普通に最悪だな」


「だから恵依たちが見ている」


 東高台の後方では、恵依とゲブが戦闘開始からの時刻を記録していた。


 ジークヴァルトの極光、エルザヴェートの自律刃、領地核の出力変化を別々の欄へ並べる。


「極光の十二秒後、地下戻り値が低下しました」


 ゲブは点検用の結界杭へ触れず、表面の灯りだけを確認した。


「ガルドとハイゼンで確認した時間差と同じです」


「自律刃の同時展開後にも、別の低下があります」


 恵依は二つの時刻へ印を付けた。


「候補者個人ではなく、高出力魔素全般に反応しています」


「所属変更前でも動く」


「はい。領地核の旗印が変わる前から、地下網は戦闘を拾っています」


 ミレーネは恵依から届いた記録を受け取り、全軍の戦況図へ地下反応を重ねた。


「西門は白耀側が突破。東門は群青側が防衛設備を止めた。でも、城内へ入る速度は白耀が上だね」


「追う?」


 ナーヴァが尋ねると、ミレーネは北側の住民列を見た。


「今追えば、東門の内側で避難列と交差する。先に北区画の流れを変えた方がいい」


「なら、入らない」


 ナーヴァは即座に決めた。


「東門前を確保。住民が抜けるまで止まる」


「候補戦では遅れます」


 ローデリヒが事実として告げた。


「分かってる」


「それでも止まるのですね」


「住民とぶつかるなら」


「承知しました」


 ローデリヒは前列へ停止の信号を送った。


 群青兵は東門を開けられる位置まで進んでいたが、無理に城内へ押し込まず、避難列が通る外周路を空ける。


 エルザヴェートは西側の白耀陣営が城内へ入る様子を見た。


 白い旗は一歩先へ進んでいるが、腕を解くことも、住民列へ背を向けることもしない。


「遅くなるね」


 エルザヴェートの声に、ナーヴァは頷いた。


「そう」


「それでも?」


「そう」


 エルザヴェートは少しだけ笑みを深めた。


「なら、ボクも同意するよ」


 西門を越えた白耀陣営も、中央塔へ一直線には進まなかった。


 城内の西区画で倉庫の屋根が崩れ、避難途中の住民数名が瓦礫の手前で立ち往生していた。


「進軍を止めます」


 ジークヴァルトは剣を鞘へ戻し、前列へ停止を命じた。


「ヘレナ。崩落箇所を支えてください。盾兵は住民を外へ」


「領地核への距離は、群青側より近いままです」


 オスカーは戦況を確認した。


「今なら中央塔へ先着できます」


「屋根が落ちれば、住民が巻き込まれます」


「承知しました。救助を優先します」


 オスカーは反対せず、補給班から支柱と担架を回した。


 白耀陣営もまた、旗へ急ぐ速度を自分たちで止める。


 ヘレナの鏡界が崩れた屋根の下へ斜めに入り、落下する石材の力を左右へ分散した。


 ジークヴァルトは極光を使わず、兵士たちと共に瓦礫を持ち上げる位置を指示する。


「西も止まった」


 ミレーネは記録紙へ白耀側の動きを書き込んだ。


「救助だね」


「なら、速度差は縮まる?」


 卓斗が尋ねると、ミレーネは首を横へ振った。


「どっちが早いかじゃなくなった。救助が終わった後、どっちが先に次の形へ戻れるかだよ」


 住民避難が半ばまで進んだ頃、ヴァイス峡門領の中央塔から新たな警報が鳴った。


 領地核が両陣営の侵入を検知し、城内の自動剣兵を起動させている。


 鉄色の甲冑を模した無人兵が、東西の通路から同時に現れた。


 胸部の魔素核は領地核と繋がり、所属のない状態では接近するすべてを排除対象にしている。


「東側、十二体!」


 ローデリヒが数を告げた。


「住民列との距離は?」


 エルザヴェートが尋ねる。


「最短で三十メートルです!」


「近いね。前へ出さない」


 エルザヴェートの自律刃が門を越え、十二体の無人兵へ散った。


 首や胸を狙わず、膝関節、武器を持つ手首、魔素核から足へ伸びる供給線を切る。


 最初の四体が崩れ、後続が倒れた機体を踏み越えようとした。


 ローデリヒの重圧が前列の足場を沈め、機体同士の間隔を詰まらせる。


「密集しました!」


「ありがとう」


 八本の刃が円を描き、残る機体の武器だけを同時に弾いた。


 無人兵は攻撃手段を失っても前進を続けるが、群青の盾兵が壁を作り、住民列へ近づけない。


 西側でも自動剣兵が白耀陣営へ押し寄せていた。


 ヘレナの鏡界が兵の視界を曲げ、白耀兵の姿を通路の反対側へ映す。


「ジークヴァルト様。十三体を一線へ誘導します」


「射線の奥は?」


「壁のみ。住民は退避済みです」


「一度で終わらせます」


 ジークヴァルトは再び剣を抜いた。


 極光が刃へ集まり、自動剣兵の胸部核を一直線に貫く高さへ整えられる。


「伏せてください!」


 ヘレナの号令で白耀兵が一斉に姿勢を下げた。


 横薙ぎの一閃が通路を満たした。


 十三体の無人兵は、甲冑も武器も大きく壊れなかった。


 ただ胸部の魔素核だけが白い線に貫かれ、供給を失った機体が一体ずつ膝をつく。


 極光は奥の石壁へ届く前に、三枚の鏡界へ受け止められた。


 光は上方へ折られ、開いた天井窓から空へ逃がされる。


「そこまで制御できるのか」


 卓斗は息を吐いた。


「剣の威力だけじゃない。ヘレナさんの鏡界と、兵の動きまで含めて一つの攻撃になっています」


 恵依は遠くの白耀陣営を見た。


「一人だけが強い陣営ではありません」


 エルザヴェートも白い通路を見ていた。


 自分の刃が個別に十二体を止める間に、ジークヴァルトは一度の斬撃で十三体を停止させた。


「見事だね」


 その声は悔しさよりも純粋な興味を含んでいた。


「ボクの刃より速い」


「比較している場合ですか?」


 ローデリヒが尋ねる。


「比較するから、次を変えられるんだよ」


 エルザヴェートは西側通路から視線を戻した。


「個別に守るだけでは、彼の一閃へ速度で負ける。なら、ボクは彼にできない守り方を選ばないとね」


 東側の住民避難が完了し、管理局から緑の信号が上がった。


 ナーヴァは群青兵へ前進を許可する。


「東門、開ける。でも、中央塔へ一列で行かない」


「二手に分けますか?」


 ローデリヒが尋ねた。


「一隊は中央。もう一隊は北区画の安全確認」


「旗を取る部隊が薄くなります」


「分かってる」


 エルザヴェートはナーヴァの判断へ頷いた。


「ボクとローデリヒが中央へ行く。ミレーネは記録班と北。卓斗たちは?」


「卓斗とティナは補給列。恵依とゲブは地下記録。絵麻とラールは避難路を維持」


 ナーヴァは三組を見た。


「最初の役割を変えない。今はそれが一番早い」


「了解」


 卓斗は左手を下げたまま答えた。


 東門の固定錠が自律刃で断たれ、群青陣営も城内へ入った。


 住民の避難が終わった中央通路では、東から進む群青の前列と、西から進む白耀の盾列が、領地核を収めた中央塔前の広場で初めて向かい合う。


 両陣営の間には、停止した自動剣兵と、所属を持たない領地旗が立っていた。


 白耀の兵士たちが盾を上げ、群青側ではローデリヒが剣を構えるが、エルザヴェートとジークヴァルトは互いの位置を確かめたまま、すぐには命令を出さない。


「思ったより早かったね」


 エルザヴェートは腕を組んだまま、広場の西端へ立つジークヴァルトへ笑みを向けた。


「あなた方が住民を優先した分だけ、差が残ると思っていました」


 ジークヴァルトは白い剣を低く構えた。


「でも、君たちも救助で止まった」


「守るための停止を、遅れとは考えていません」


「そこは同意するよ」


 エルザヴェートの周囲で八本の自律刃が向きを変えた。


 四本は背後の群青兵と北区画へ残り、残る四本だけがジークヴァルトの剣先へ狙いを定める。


「ただし、ここからは候補戦だ」


「ええ。譲るつもりはありません」


 ジークヴァルトが一歩踏み込んだ。


 最大出力ではない極光が剣へ細く収束し、中央塔へ続く石畳を白く照らす。


「エルザヴェート様、正面です!」


 ローデリヒが重圧をジークヴァルトの足元へ落とした。


 白耀の騎士は重さを受けて踏み込みを僅かに沈めながらも止まらず、剣を斜め上へ振り抜く。


 四本の自律刃が、極光の斬線へ同時に突き込まれた。


 白と群青の魔素が広場の中央で衝突した。


 最初の二本は極光へ触れた部分から輪郭を失い、残る二本が斬撃の側面へ食い込み、中央塔から北側へ軌道を逸らす。


「正面から消される前に、横へ逃がしたのですね」


 ジークヴァルトは剣を止めず、逸れた極光を地面へ落とさないよう上方へ切り上げた。


 白い斬線は中央塔の手前で空へ抜け、建物にも兵士にも触れずに消える。


「受け切る必要はないだろう?」


 エルザヴェートは腕を解かず、消えた二本の代わりに新しい刃を出さなかった。


「君の剣が強いなら、守るもののない方向へ行ってもらえばいい」


「合理的です」


 ジークヴァルトは穏やかに答えたが、視線はエルザヴェートから離れない。


「ですが、次も同じ角度とは限りません」


「ボクの刃も、同じ動きはしないよ」


 互いの最初の一手は、相手を倒すより先に周囲へ被害を出さない形で終わった。


 両陣営の兵士たちは候補者同士の間へ割り込まず、それぞれの後方と領地旗へ向かう経路を守る。


 ジークヴァルトが二撃目へ剣を引き、エルザヴェートの自律刃が別々の高さへ散った。


 その瞬間、領地全体の地面が低く震えた。


 城壁の損傷による揺れではなく、もっと深い場所から一定の間隔で押し上げるような振動だった。


「止まる!」


 ナーヴァの声で全隊が足を止めた。


 恵依は東側の結界杭へ視線を向けた。


 表面の灯りが一度消え、次の瞬間、地下へ引かれるように細く伸びる。


「欠損が増えました」


「どの時刻から?」


 ミレーネが尋ねる。


「ジークヴァルトさんの二度目の極光から十二秒後です。その直後、エルザヴェートさんの自律刃の出力上昇にも反応しています」


 ゲブは掌の白銅を閉じる前に、足元から別の波形を拾った。


「流川様。今回は集まるだけではありません」


「方向が変わった?」


「はい。中央塔の下へ集まった後、北西と南東へ分かれています」


 恵依は古図を開き、ヴァイス峡門領の中央環から伸びる二本の線を探した。


「一つはハイゼン方面。もう一つは……市街領側です」


「カインの勢力圏に近い」


 ミレーネが現行地図へ位置を重ねた。


「まだ未制圧の補給路と、カインが狙ってる市街領の間だね」


 卓斗の右手首に、固定布越しでも分かる熱が走った。


 前回までの弱い引きではなく、二方向へ裂かれる力が竜紋の奥を引っ張っている。


「ティナ」


「分かっているわ」


 ティナは卓斗の右手へ触れず、周囲の重力を一定に保った。


「引こうとしないで。今は地下側が、タクの魔素へ似た動きをしている」


「二つに分けてる?」


「寄せた後で、別々の線へ押し出している。引力と斥力に似ていても、同じではない」


「触らない」


「ええ」


 絵麻も北壁側で空間の揺れを感じていた。


 中央塔の地下が一度縮み、その後、左右へ距離を広げるように形を変えている。


「ラール。道だけ見て」


「はい!」


 ラールは白鋼を広げず、北側避難路の固定が崩れていないことを確かめた。


「避難路は変わっていません。地下だけです!」


「なら、住民を止めない」


 絵麻は残っていた最後の避難列へ進行を続けるよう合図した。


 西側でもジークヴァルトが地下の振動を感じ、剣を鞘へ戻していた。


 極光を再び使えば欠損が増える可能性がある以上、中央塔へ進むためだけに出力を上げることは選ばない。


「ヘレナ。以後、私の極光は停止します」


「候補戦は継続中です」


 ヘレナが確認すると、ジークヴァルトは頷いた。


「通常剣術で進みます。地下反応の条件が分かるまで、高出力は使いません」


「群青側が使った場合は?」


「その時も同じです。相手が使うからといって、こちらまで危険を増やす理由にはならない」


「承知しました」


 エルザヴェートにも、白耀側が極光を止めたという報告が届いた。


 彼女は自律刃の本数を二十本から八本へ減らし、必要な場所だけへ残す。


「彼も気づいたようだね」


「こちらも出力を落としますか?」


 ローデリヒが尋ねた。


「落とす。ただし、住民と味方を守れる数は残す」


「八本で足りますか?」


「足りるように配置を変える」


 エルザヴェートは腕を組んだまま、自律刃を東門、北区画、補給列へ分けた。


 中央塔への攻めだけを遅らせ、守りの線は切らない。


 候補戦管理局の立会官は、両陣営が自発的に出力を落としたことを記録した。


 規則による強制ではなく、地下異常を理由に候補者自身が勝ち方を変えた事実が、同じ時刻印で残される。


「争奪戦は継続します」


 立会官の声が各陣営の信号鏡から響いた。


「ただし、地下異常の拡大を確認した場合、管理局判断で一時停止を宣言します」


「止められる前に、旗を取る?」


 卓斗が東門の奥を見た。


「そういう考え方もできます」


 恵依は地下記録から目を離さなかった。


「ですが、急げば高出力が必要になり、地下異常をさらに増やす可能性があります」


「じゃあ、急ぐほど危ない。遅いと負ける」


「はい」


「普通に性格悪い仕組みだな」


「誰かが意図しているなら、そうです」


 振動は数十秒で弱まり、地下の流れも再び微量へ戻った。


 完全には止まらず、北西と南東の二方向へ薄い残響だけが続いている。


 ナーヴァは全員の位置と負傷を確認し、東門への前進を再開させた。


「高出力なし。住民優先。地下は記録だけ」


「それで白耀に勝てる?」


 エルザヴェートが尋ねる。


「分からない」


「正直だね」


「でも、危なくして勝つよりいい」


 エルザヴェートは一瞬だけ中央塔を見つめ、次に西側の白い旗へ視線を向けた。


 ジークヴァルトも極光を止め、通常の剣と陣形だけで城内を進み始めている。


「なら、ここからが本当の候補戦だ」


 エルザヴェートの周囲で八本の自律刃が静かに向きを変えた。


「圧倒的な力を使わず、誰を守りながら先へ行けるか。白耀の騎士がどこまで速いか、見せてもらおう」


 東西の二陣営は、地下の異常を抱えたまま中央塔へ進み始めた。


 白耀の一閃が城門を開き、自律の刃が避難路を守った戦場では、勝敗より先に帝国の地下が二つの方向へ動いている。


 中央塔の最上部では、所属を持たない領地旗が風に揺れていた。


 その足元で、誰にも見えない古い導線が白耀と群青の魔素を拾い、遠い市街領へ細い脈動を送り続けていた。




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