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第三章 雪

第三章 雪


 さらに一週間が経過し、その日はどんよりと曇っていた。それでもやっぱりデボラは食っちゃ寝、食っちゃ寝で何もしなかった。強いて言えば、木彫りが上手いデボラにポールが懐いたので、ポールのお守りをしていると言えなくもない。まぁそれでも、フェリックスやプリシラにとっては仕事に専念できるという点ではデボラは役に立っていると言えるかもしれない。

 ポールは十四匹の木彫りの動物を並べて遊んでいた。ヤギ、犬、猫、ヤク、水牛、熊…などなど。

「ねぇねぇ、デボラァ〜〜、他にも何か彫ってよぉ〜〜。」

「んん〜〜…また散らかしちゃうと、プリシラに怒られちゃうからな…。」

「ボクがお掃除するからぁ〜〜!」

「もう、積み木がないじゃんかぁ…。」

「父ちゃんにもらってくるぅ〜〜っ!」

 ポールが母屋から飛び出すと、洗濯をしていたプリシラを見つけて叫んだ。

「父ちゃんはぁ〜〜?」

 洗濯をしていて霜焼けで真っ赤になった両手の指をふうふうしながらプリシラは言った。

「村を回ってるよぉ〜〜。」

 フェリックスは食料を得るため、ヤギの乳と銀貨十枚を持って村を回っているのだ。

 その時、空から白いものがチラチラと降ってきた。

 ポールが叫んだ。

「あっ、雪だ…雪が降ってきたぁ〜〜っ!」

 小躍りするポールの横で、プリシアは暗い顔をしていた。

(とうとう雪が降ってきた…)

 十歳ともなると、雪が降ってそれが積もるとどういう事になるのかを理解していた。

 そこにフェリックスが馬車で戻って来た。

「父ちゃぁ〜〜ん、雪が降ってきたよぉ〜〜っ!」

「そうだな…今年はちょっと早いかな。ジャガイモをいっぱいもらってきたぞ。プリシア、今晩はヤギの乳を入れて、温かいシチューを作ってくれ。」

「はぁ〜〜い。」

 母親が亡くなった後、プリシラは炊事、洗濯などの家事を一手に引き受けている。

 ポールは父親フェリックスにねだって、まだ割っていない比較的質の良い薪を一本もらって母屋のデボラのところに持っていった。

「…あれ?」

 デボラは母屋にはいなかった。テーブルの上にあったデボラの装備品もなくなっていた。


 デボラは森の中で獲物を探していた。

(肉が食べたいな…。フェリックスのところにはヤギのつがいがいるけど…潰してはくれないだろうな…。いや、潰しちゃだめだ。乳が飲めなくなっちゃう。私が狩りをして肉を手に入れるしかない…。)

 デボラの目の前を雪がちらついた。

(雪か…。冬眠に入ったリスを探すか、いや、もっと大きいのがいいな…。うう、寒いっ!)

 夕方、日暮れ時になると雪は強まって、本格的に降りだした。フェリックスの家では暖炉に薪をくべ、そこに掛けた大鍋にプリシラが刻んだジャガイモやニンジンを放り込んで煮ていた。

「デボラ、帰ってこないねぇ。」

 ポールの言葉にフェリックスはドキリとした。もしかしたら、デボラはもう戻って来ないのではないか…?

 すると突然、母屋の扉が開いて雪が吹き込んできた。そこには雪まみれで真っ白になったデボラが立っていた。デボラは息を切らせながら言った。

「はぁっ、はぁっ…やっと着いたぁ〜〜。疲れたぁ…みんな、手伝って手伝って。」

 フェリックスはデボラの真っ赤に染まった外套を見て驚いた。

「デボラ、今までどこに行ってたんだい?…それ、血じゃないのかい?」

「…血抜きしながらここまで運んできたからねぇ。早く手伝って手伝って!」

「血抜き?」

 フェリックスたちが母屋から顔を出してみると、中くらいのイノシシが扉の外に横たわっていた。

「早く厨房の土間に運び込んで!…寒い、寒い。」

 デボラに言われるがままに、みんなはイノシシを母屋の中に引き摺り込んだ。

 フェリックスが言った。

「…このイノシシ、どうするんだい?」

「食べるに決まってるじゃんか。」

「えっ…!しかし、俺は解体なんかできないぞ⁉︎」

「はあぁっ⁉︎もう…私が解体するから、プリシラ、桶に水汲んで持ってきて。」

「えええ…デボラ、解体できるんだ…。」

 貧しい農家はどこも同じで、フェリックスの家も高床式ではなく、地面に直接家屋が建っている。家具や寝台も地面の上に直接置かれている。イノシシを解体すると土間は汚れるが、下は地面なので後で水を流せばさほど問題はない。

 デボラはナイフをイノシシの下腹部に当て、そこから一気に喉まで切り開いた。血抜きをしていたお蔭であまり血は流れなかった。

「プリシラ、内臓の血をお鍋で掬って捨てて。」

「ええええぇ〜〜っ…⁉︎や…やだぁっ‼︎」

我儘わがままだな…使えないな。」

 プリシラはムッとした。

(あ…あんたにだけは言われたくない…!)

 デボラは家じゅうの鍋を使って内臓に溜まった血を掬い出してはフェリックスやプリシラに手渡し、二人は厨房の流しに捨てていった。

 デボラはイノシシの内臓を鍋に取り分けた。

「心臓と肝臓と腸を切り取って…あとは捨てて。」

「…いや、何が何やら分からん…。」

 デボラは水で血を洗い流しながら、手際よくイノシシの皮を剥いでいった。

 なんとか二時間掛けて、イノシシを解体した。プリシラが嬉々としてイノシシのもも辺りの肉を細かく切ってシチューの大鍋に入れた。ジャガイモとニンジンだけのシチューが肉入りシチューに化けた。プリシラが最後に大鍋にヤギの乳を垂らすと…絵も言われぬ良い香りが家じゅうに立ち込めた。

 夜の八時頃、みんなはやっと晩御飯にありついた。だが、みんなの顔は明るかった。

 ポールが叫んだ。

「うんめえぇ〜〜っ!父ちゃん、お肉がゴロゴロしてるよぉ〜〜っ‼︎」

「ははは、ホントに美味いな…肉は久しぶりだな。デボラに感謝しないとな。」

 プリシラもシチューの中の肉を黙々と口に運んでいた。

 デボラもまた、無言でシチューを口に掻き込んでいた。しかし、デボラはわずかに微笑んでいた。

(うふふふ、ヤギの乳入りのシチューか…美味しい。肉も久しぶりで美味しい…)

 デボラは言った。

「プリシラ、遠慮なしに…もっともっと鍋の中に肉をぶち込め。」


 朝になると、雪は3cmくらい積り…ノーチルス村は雪化粧をして、辺り一面は銀世界となった。

 急激に気温が下がって、デボラを加えたフェリックス一家は暖炉の前から動けずにいた。

 シチューが温まると、みんなはライ麦パンを付けて朝食を摂った。貧しい家では手間を省くため、大鍋で大量に料理を作る。そしてそれが無くなるまで、朝夕と同じ料理を食べ続ける。昨日作った肉入りシチューがあるので、しばらくは「ご馳走」が続く。

 イノシシの皮はデボラの指示で天井から吊り下げられ、いくつかのおもり代わりの石が皮に縛られて吊るされていた。動物の皮は剥いですぐに目一杯広げていないと縮んで固まってしまい、鞄やベルト、服や靴といった革製品の材料にならないのだ。城下町に持っていけば、そこそこの値段で売れる。

トントンッ…

 家の扉がノックされた。来客のようだ。フェリックスが応対すると、それは100m先の「隣」の農家のおばさん…クラリスだった。クラリスは外套を深く被り、頭と肩の上の雪を払っていた。

「おはようございます、クラリスさん。」

「やぁ、フェリックス、おはようさん。とうとう雪が降っちゃったねぇ…済まないんだけどさ、ライ麦を少し分けてはくれないかね?」

「ああ、良いですよ。」

 クラリスは両手に鶏の卵を三個握っていた。

 クラリスは母屋の中を覗き見て、デボラの姿を見とめた。

「おやぁ〜〜っ、フェリックス。あんた、いつの間に後添いをもらったんだい?言ってくれたら、ご祝儀を持って来たのにぃ…」

「いや、これは…まだ、違うんですよ…」

「違うって…他人を、それも女を家の中に連れ込んでおいて何もありません…はないだろう?近々、結婚するつもりなんだろう?」

「はぁ…まあね…」

「日取りが決まったら教えておくれ。村を挙げてお祝いしてやるからさ。村長さんに言っとくよ。」

「あ…ありがとうございます。」

 フェリックスは卵を受け取り、代わりに小鍋にライ麦を入れて渡した。

「あっ、クラリスさん…ちょっと待っててくださいね。」

 フェリックスは母屋の裏口に回って、ひと塊のイノシシ肉を持ってきた。

「これをどうぞ。少ないですが、お裾分けです。」

「あらまぁっ!…イノシシの肉だね⁉︎こんな貴重なものを…あんたが捕まえたのかい?…って、あんたは元パン屋だったよねぇ…」

「ええと…デボラが狩りで捕まえてきたんです。…女冒険者でして…多分。」

「へえええっ!再婚相手は冒険者なのかい…そりゃそりゃ…」

 クラリスが首を長くしてフェリックスの肩越しにデボラを見やると、鋭い目でデボラにめつけられた。

「…ええと…お肉、ありがとね。じゃ、帰るね。また『石窯の日』に会いましょうね。」

 クラリスはお鍋の蓋をひっくり返して、その上にお肉を乗せて雪の中を帰っていった。「石窯の日」とは、村所有の大きな石窯でパンを焼く日のことである。貧しい農村では自前の石窯を持っている家は少なく、共有の石窯を使って一週間分のパンを焼く。フェリックスは元パン屋ということもあって、村所有の石窯を村長から任されている。

 フェリックスが振り返ると…デボラがにらんでいた。

(…聞かれちゃったかぁ〜〜っ‼︎)

 フェリックスは間を保たせようと…ある事ない事捲し立てた。

「朝食のパンの材料をその日の朝に借りにくるなんてさ、ク…クラリスさんにも困ったもんだぁ〜〜。昨日のうちに来れば良いのにね…」

 デボラの顔は険しいままだった。

「…これは、つまりだね。そのうちに言おうとは思っていたんだよ…ホントだよ。あのね、外をご覧よ、雪が降ってるだろう?家がなかったら、ひとりじゃもう…生きていけないと思う。ここにいればさ、食べられるよ。だから…い…一緒になったら良いと思うんだよ…。い…嫌なら嫌で、それでも構わないんだよ。だけど、一緒になったら…お互いに良い事だらけというか、何というか…」

 デボラは厳しい口調で言い放った。

「何であのババァに肉をあげたんだよっ!…せっかく私が苦労して捕まえてきたのにっ…‼︎」

(…そっちかぁっ‼︎)

「ノーチルス村は貧しい農村だから、持ちつ持たれつなんだよ。あの肉は、いつか別の形になって返ってくるんだよ…例えば、ダイコンとかニンジンとか…。小さな共同体で生活するためには…周りへの気配りが大切なんだよ…」

「ダイコンもニンジンも嫌いじゃっ‼︎…肉が好きなんじゃっ‼︎」

「…分かった、分かった。今度から気をつけるから…。そんなに怒らないでくれよ。」

「…ふんっ!」

 しばらく二人の間に静寂が流れた。プリシアとポールはキョトンとしていた。

 フェリックスが口を開いて、ボソボソと喋り出した。

「で…どうだろうか…?」

「…何がっ!」

「…一緒になるって話だよ…。」

「一緒になるって、あんたと私で『つがい』になるって事か?」

「…うん。」

「いいよ。ものは試しだ…『つがい』ってのをやってみるか。」

「試しって…理解できてるのかい?…あんたと俺が、け…結婚するって事だぞ…。」

「それくらいは知ってるよ。アレだろう…交尾とかセッ○スとかして、女の私が子供を産むんだろ?」

「うわっ!…と。…その…ま…間違いではないが…」

「私の故郷の仲間がいつも、男のアレは気持ちいいぞぉ〜〜っ…とか、女の子をいっぱい産めぇ〜〜っ…とか言ってた。それがどんなものなのか…私もこの機会に試してみたい。」

「ちょっと…返事に困るなぁ…。」

(だけど、デボラが良いって言ってるんだ。気が変わらないうちに、このまま行こうっ!…俺は決して騙してはいないぞっ‼︎)

 その会話を聞いていたプリシラとポールは話をした。

「姉ちゃん、ケッコンって何だ?」

「デボラが新しいお母ちゃんになるって事だよ。」

「へえぇ〜〜っ!いっぱいいっぱい木彫りを作ってもらえるな、イノシシの肉もいっぱいいっぱい食えるなっ‼︎」

 プリシラはポツリと言った。

「仕事しないお母ちゃんなんて…要らないかもしれん…。」

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