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第四章 結婚

第四章 結婚


 善は急げと言うことで、フェリックスは結婚式の日取りを三日後にした。問題は天候だけだ。

 その事を村長のアイザックに報告するため、フェリックスはデボラを伴って、雪がうっすらと積もる農道を馬車を走らせていた。

 フェリックスはデボラに言った。

「そんなに怒らないでくれよ…これは必要な事なんだからさぁ。」

「…ふんっ!」

 デボラは膨れて、無言を貫いていた。

「機嫌を直してくれよ。…何か欲しいものはある?値の張らない物なら買ってあげるからさぁ…」

「…木苺ジャムの乗った焼き菓子が食べたい。とびっきり甘いヤツ。」

(…子供かぁ〜〜。)

「分かった、分かった。木苺の焼き菓子だな?…何とかするよ。」

 フェリックスの馬車が村長アイザックの家に到着すると、二人は家の中に招かれた。フェリックスはアイザックに、デボラと婚約し三日後に結婚する事を報告した。

「おめでとう、フェリックス。」

「ありがとうございます、村長さん。」

 フェリックスはお土産みやげにイノシシ肉の塊が入ったお鍋を村長に手渡した。これがデボラの機嫌を大いに損ねているのである。

「クラリスから聞いたよ、ええと…デボラさんか。冒険者なんだって?」

「あはははは…多分。」

「それは心強いね。で…デボラさん…」

 アイザックはデボラに尋ねた。

「どこの出身だい?…身分証とかは持ってるのかね?」

 デボラは死んだ魚の目をして無言だった。フェリックスは慌てた様子で弁明に務めた。

「デボラは凄い人見知りでして…あはははは。…デボラが行き倒れていたところを拾った…じゃなくて助けたんですよ。その時、風邪をひいていまして…まだ治ってないのかな…?」

 アイザックは言った。

「そうかぁ…デボラさん、運が良かったねぇ。城下町じゃ、昨日だけで三十九人の凍死者が出たそうだよ。まぁ、行き倒れて餓死寸前だった人が悪人という事はないだろうな。あちこちで泥棒や強盗が頻発してるらしい、世も末だねぇ…わははははは。」

 デボラがその気になれば…城下町を震撼させるほどの大盗賊になっていてもおかしくはない。ただ、その気にならないのがデボラだ。

 アイザックの細君リリィがお茶を持って来た。デボラは自分の前にお茶が置かれた途端、すぐにそれを一気飲みした。

「デボラさんは…変わった人だねぇ。」

 村長のアイザックはハゲ頭を撫でながら笑っていた。

 村長の家をおいとまして、フェリックスは馬車で農道を走り、ある農家の前で停まった。

「デボラ、ちょっと待っててくれ。」

「…早くして、寒いから。」

 馬車の御者台から降りたフェリックスは、その農家の扉を叩き、出てきた男と歓談していた。

「やぁ、フェリックス。今日はどうした?」

「やぁ、ジム。今年の秋、キミのところは木苺ジャムをたくさん作ってたよね。まだ残ってるかい?残っていたら、少し分けて欲しいんだが…」

「…交換する物によるなぁ。」

「小瓶を銅貨十枚でどうだい?」

「…十五枚。」

「分かった。」

 ジムから木苺ジャムの小瓶を受け取ると、馬車に乗り込んだフェリックスは自分の家とは違う方向に馬車を走らせた。そして、とある農家の前で停まった。

「…またかぁ。寒いって言ってるのに…。」

「すぐ済むから。」

 フェリックスはその農家の主人と話をした。その農家はビートを栽培していた。

「ジャン、砂糖を少し分けてくれないかな?」

「…ないよ。みんな、税金として憲兵に持っていかれちまった…。」

「…銅貨二十枚。」

「…二十五枚。」

「それで良い。」

「…ちょっと待っててくれ。」

 小さな袋を受け取ると、フェリックスは馬車に戻った。この時期、みんな物々交換よりも貨幣を欲しがる。いざとなったら…城下町で買い物ができる貨幣の方が便利だ。

「遅いっ!寒いっ!」

 文句を言うデボラを「まぁまぁ」となだめながら、フェリックスは我が家へと馬車を走らせた。


 フェリックスは地下室の一番上の棚からひとつの袋を取り出した。中には小麦粉が入っていた。フェリックスの家は小麦農家で、今年の秋の収穫はすべて王国に持っていかれたが、それを見越して…少しだけ隠していたのだ。

 フェリックスにとっては大切な小麦粉だった。フェリックスはまだパン屋の夢を捨ててはいなかった。この小麦粉を使って…新しいパンを開発する。どのパン屋よりも美味しいパンを作る!…その研究のための小麦粉だった。冬の間に試行錯誤を重ね、小麦粉パンの試作品を作る予定だった。が…今日はこれを使って「焼き菓子」を作らねばならない…残念。

 フェリックスの家には家庭用の小さな石窯オーブンがあるので、元パン屋のフェリックスにとって焼き菓子を作ることは造作もない。

 小麦粉に少しの水と塩と砂糖を足しよく捏ねる。よく捏ねた小麦粉をしばらく寝かし、それを平たく伸ばして、木製の丸い型でポンポンとくり抜いていく。それを鉄製のトレーに乗せて石窯オーブンに入れてしばらく焼く…。貧しい平民にとって、小麦粉の焼き菓子なんて…はっきり言って贅沢品だ。

 家じゅうに香ばしい良い匂いが充満した。すぐにプリシラとポールが石窯オーブンの様子を見ているフェリックスのところに駆けつけて来た。

「父ちゃん、何、何ぃ?…何、作ってるのぉ?」

「焼き菓子を焼いているんだよ。」

「えええっ、久しぶりぃ〜〜っ!…今日って、誰かの誕生日⁉︎…あたしの誕生日はもう終わったし…ポールの誕生日はまだだし…父ちゃんの誕生日⁉︎」

「…違うけど、ええと…デボラの誕生日…かな。」

 デボラはきっぱりと答えた。

「違う。」

「…。」

 30分ほどして、丸い焼き菓子が焼き上がった。鉄製のトレーを石窯から引っ張り出したフェリックスはスプーンを使って、丸い焼き菓子の上にひとつずつ小瓶の中の木苺のジャムをちょこっと乗せていった。

 ポールは絶叫した。

「うおおおぉ〜〜っ‼︎」

 プリシラもはち切れんばかりの笑顔だった。

 デボラ、プリシラ、ポールが座るテーブルの真ん中に、フェリックスが木苺ジャムの焼き菓子の乗ったお皿を置くと…その焼き菓子を、デボラは両手でごっそりと自分の方に持っていってしまった。それを見たプリシラとポールは「あっ!」と叫んで、二人も慌てて残った焼き菓子のいくつかに手を伸ばして自分の方に確保した。…フェリックスの分は残っていなかった。

「ああぁ〜〜ん!デボラ、ずるぅ〜〜いっ‼︎…デボラ、10個持ってるよぉ〜〜っ‼︎」

「デボラ、みんなで6個ずつだよぉ〜〜っ!2個よこせっ‼︎」

「嫌じゃ、これは全部私の分じゃっ!」

 フェリックスはこの家に子供が三人いるような錯覚に陥っていた。


 三日後の朝は、幸いにも晴れた。

 デボラは普段の麻のワンピースを着ていたが、どこから借りてきたのか…頭には造花で飾った白いベールを被って、家の前に置かれた椅子にちょこんと座っていた。

 その横には、これまたどこから借りてきたのか…ちょっとおしゃれな青色のチョッキにネクタイをして、フェリックスがニコニコして椅子に座っていた。

 母屋の前には大きなテーブルが設置され、その上には丸焼きにされたイノシシの胴体部分があばら骨を露わにして乗っていた。他にも、村人たちが持ち寄った料理や質素なケーキが並べられ、村の初老の女たちが母屋の厨房を出たり入ったりして、婚礼の準備に忙しくしていた。村の子供が何人かいて、プリシラとポールは彼らに混じってかくれんぼをしていた。こんな事でもない限り、村の子供たち全部が集まる事はない。

 村長アイザックが指示して、村人みんなに地ビールが入ったコップが回された。

「…晴れて良かったね。今日、この良き日にフェリックスとデボラが婚礼を挙げ夫婦となります。みんな、この新しい夫婦の門出を祝ってください。ええと…今、みんなが持っている地ビールは村長の私めがフェリックスへのご祝儀として差し上げたものです…」

 みんなは笑った。村長のアイザックは村で唯一、地ビール造りをしている。

 村長は横に置いていた棒っ切れを持ち出して、それを地面の上に置いた。

「さぁ…フェリックス、デボラ。こっちに来てこの棒を二人で跨いで、『一線』を越えて新しい夫婦生活に踏み出してくれ。」

 村長の言葉で、フェリックスはデボラの左手を取り、二人は椅子から立ち上がった。そして、ゆっくり歩いて行って…棒の上をぴょんと飛び越した。その瞬間、みんなから拍手が沸き起こった。

「おめでとうっ!」

「フェリックス、おめでとう!」

「ありがとう。」

 乾杯が始まり…フェリックスとデボラは夫婦となった。

 デボラはテーブルの上の丸焼きにされたイノシシの肉をじっと見ていた。村の女がイノシシ肉に近寄っていってナイフでお皿に取り分けていると、そばにデボラがやって来てその女にこっそり耳打ちした。

「…あんまり食べるなよ、残りはうちで食べるんだから。」


 フェリックスの母屋は三つの部屋に分かれている。左からフェリックスの寝室。以前はフェリックスの弟たちが使っていた。真ん中の一番広い部屋が居間兼厨房…いわゆるリビングダイニングだ。ここに暖炉がある。そして右側には子供用の寝室があって、プリシラとポールが使っている。

 デボラが行き倒れてこの家にやって来た時、フェリックスは自分の部屋から弟が使っていた寝台を暖かい暖炉のある居間に移動させて、その上にデボラを寝かせ看病した。今日、その寝台を元の自分の部屋に戻した。

 夜、婚礼の宴会の残り物で夕食を済ませ、十時を過ぎる頃にフェリックスは子供たちに言った。

「お前たち、そろそろ寝なさい。」

「えええぇ〜〜?」

 駄々をこねるポールをプリシラが手を引っ張って、子供部屋に連れて行った。

「ポール、これからは大人の時間だからね。あたしたちは寝なきゃだよ。」

 ああ、プリシラ…なんて良い子なんだ、フェリックスはそう思った。

 子供たちが子供部屋に引っ込んだので、デボラとフェリックスは二人きりになった。フェリックスは基本的にはお酒を飲まないが、村長が持ってきた地ビールを二個のコップに注いで持ってきた。

「デボラ、ビールを飲もうよ。」

 デボラはフェリックスからコップを受け取ると、ゴクゴクゴクと三口さんくち飲んだ。お酒は嫌いではないようだ。フェリックスも苦いビールにちょっと口をつけた…

「寝るか。」

 そう言ったのは…意外にもデボラだった。突然のデボラの言葉にびっくりして、フェリックスはしどろもどろとなった。

「おっ⁉︎…おお、何だ…寒いしな、一緒の方が良いかもな。明日も早いしな、プリシラもポールも寝たしな…蝋燭も勿体無いしな…」

 二人は夫婦の寝室に入って行った。そして二人は、しばらく寝室に突っ立っていた。

 二つの寝台を見てデボラは言った。

「どっちに寝るの?」

 デボラの言葉にフェリックスは慌てた。

「…ええと、こっち…」

 二人は同じ寝台で寝た。

 

 次の朝、フェリックスは早く起きて暖炉に火を点け…昨晩の事を思い出して、ひとりニヤけていた。暖炉が暖かくなった頃にデボラもやって来て、暖炉の火に手をかざした。

「…寒い、寒い、寒い。」

 フェリックスはダフネのすぐ横に移動して、彼女の肩を抱いて頬に頬ずりをしようとした。

「なぁ、デボラ…昨日はどうだった?」

「引っ付くなよ。」

(…どうしてだぁ〜〜っ⁉︎)

 …前途多難のようだ。

     

 その日は「石窯の日」だった。

 フェリックス一家はライ麦粉のパン種を大量に持って、一頭曳きの馬車に乗り込んだ。

 デボラは言った。

「寒い…行きたくない。」

「おいおい、頼むよぉ…。俺は村の石窯の管理を任されてる。みんなで行かないとうまく回せないんだよ…」

「フェリックス、プリシラ、ポールの三人で行ったらいいじゃないか。今までも、そうやって来たんだろ?」

「いやいや、俺たちは夫婦になったんだ。妻のデボラにも来てもらわないと、俺の面子が立たないんだよ。」

「お前の面子なんか、クソ喰らえだ。」

「ううぅ〜〜ん…デボラ、何か欲しいものはある?」

「…甘い物が食べたい。」

「またかぁ…木苺ジャムの焼き菓子か?」

「…別のがいい。」

「別のもの…」

 元パン屋の自分に作れるものは…

「…パンケーキでいいか?」

「それでいい。…バターをたっぷり乗せてね?」

「…。」

 ノーチルス村の東側の小高い山のそばに村共有の石窯はあった。

 フェリックスたちが到着すると、すでに二、三人のご婦人たちがパン種を入れた手提げ籠を持って待っていた。

 フェリックスはすぐに馬車から降りて言った。

「済みませんねぇ、すぐに準備をするからね。」

 フェリックスは石窯の横に積んである薪をなたで急いで割った。プリシラは割った薪にナイフを入れて、燃えやすくしていた。ポールはぎこちない仕草で石窯の灰を掻き出していた。

 すると、デボラの耳にご婦人たちの消え入るような声が聞こえてきた。

「新しい奥さん、手伝わないのかしら?」

「村長さんの話だと、凄く変わった人らしいわよ…」

「女冒険者だって。無愛想ねぇ…ふんぞり返ってるわ。」

(…ちっ!)

 単なる愚痴なら無視していれば良いが、デボラは自分の陰口を聞いてムカムカとこみ上げるものがあって無視する事ができなかった。男相手なら一発お見舞いするところだが、相手は素人の女だ…そういう訳にはいかない。

「フェリックス、代わって。」

「え…?」

「あんたはプリシラの方を手伝ってやって。」

「しかし、まずは薪を割らないことには…」

 デボラはフェリックスからなたを引ったくると、切り株の上にできるだけ薪を乗せた…

タタタタンッ…タタタタンッ!

 2秒で四本の薪を割り、リキャストタイム30秒を挟んでまた2秒…深度2の「セカンドラッシュ」である。再び切り株の上に薪を乗せて…

タタタタンッ…タタタタンッ!

 デボラはもの凄い速度で薪を割っていった。フェリックスと子供たち、そしてご婦人方も目を丸くしていた。

(俺の嫁は…一体何者なんだぁ〜〜っ⁉︎)

 約五十本の薪を約三分で割ってしまったデボラは、「はぁ〜〜っ」と大きく息を吐いて言った。

「…終わった。もう、終わった。今日はもう何もやんない…。」

「お…お疲れさん。」

 2秒の「セカンドラッシュ」を立て続けに六回発動させたので、実際、デボラの体力は半分を切っていた。

 三十分くらいすると、村じゅうの女たちが集まってきた。フェリックスは石窯が暖まってきたのを見てとると、女たちからパン種を受け取って、それを大きな鉄のトレーに乗せてどんどんパンを焼いていった。そのほとんどはライ麦か大麦のパン種で、小麦粉のパン種はなかった。

「プリシラ、もっと薪をくべてくれ。」

「はぁ〜〜い。」

 女たちはパンが焼き上がるまでの間、井戸端会議をして暇つぶしをしていた。ポールは女たちが連れてきた同じ年頃の子供たちと鬼ごっこをしていた。

「…やっぱりエステリック王国は大負けしたみたいだよ。相手の国はイェルマって言うそうだ。」

「そんな事、分かってる。勝ってりゃ税金が上がる訳ないじゃないか。兵隊も帰ってこないしねぇ…これからどうなるのかねぇ。」

「ディラン伯爵…軍務尚書をクビになったそうだよ。ナントカ将軍も降格だってさ。それで、歳も歳だったんで…将軍は引退したって。」

「これで、ディラン派はおしまいだねぇ…。うちと付き合いのある粉屋がさ、取り引き先を鞍替えしないと…って言ってた。」

「知ってるかい?今度さ…『大循環駅馬車』ってのができたそうだよ。」

「何だい、そりゃ?」

「長い時間を掛けて、人や荷物を乗せた大っきな馬車がエステリックやティアークの間をぐるぐる回るんだってさ。」

「うちらには関係ないでしょ…」

「それがねぇ…安い運賃でどこにでも安全に旅ができるそうだよ。」

「ええっ!そこ…もっと詳しく‼︎」

 どんなに政府が情報封鎖をしていても、情報はどこからか必ず漏れる。それは貴族の口が軽いからだ。自己顕示欲の強い貴族は秘密を守ると言うことができない。取り引き相手の商人に「ここだけの話…」と言って情報を流す。その商人は仲間の商人に「あなただけに…」と言ってまた流す。そうして…小売り商人にまで流れてきて「噂なんですが…」と言って平民に辿り着く。

 デボラは聞き耳を立てていた。

(…ディラン…大循環駅馬車…何だろ?)

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