第十二章 馬さんヤギさん救出大作戦
第十二章 馬さんヤギさん救出大作戦
この一週間、外は吹雪いてノーチルス村も深い雪に閉ざされていた。
フェリックス一家は母屋に缶詰状態になっていたが、城下町で買い込んだ「米」のお蔭で飢えることは免れていた。それでも…不満を宣う者がひとりいた。
「…肉食べたい。肉食べたぁ〜〜い。」
デボラだった。
「外は大雪だぞ、積もってるぞ…。」
我慢ができないデボラはフェリックスの言う事も聞かずに、ウサギ用の罠を仕掛けに行こうとして、外套を着込んで内開きの母屋の扉のノブに手を掛けた。
「おいっ…やめろ!」
デボラが扉を開けると、その瞬間デボラは外から雪崩れ込んできた大量の雪に埋まってしまった。
「うわっぷぅ…!」
「言わんこっちゃない…!」
同時に外から風と雪が吹き込んできて、お勉強中のプリシラとポールの羊皮紙を巻き上げた。
「うわわぁ〜〜っ!」
母屋の居間はちょっとしたパニック状態になった。フェリックスはすぐにデボラを雪の中から引っ張り出し、常備していたスコップで雪を外に掻き出した。そうしないと扉が閉まらないのだ。
「ううううっ…寒い寒いっ!フェリックス、早く早くっ!…暖炉の火が消える‼︎」
「お前がやったんだろ、手伝えよ!」
四人掛かりで雪を外に排出し、何とか扉を閉めることができた。
フェリックスは言った。
「こりゃぁ、いかんな。馬とヤギを母屋に入れた方がいいな…。」
雪のせいで人間が身動きが取れなくなると、家畜に餌を与えることができなくなる。すると、家畜は体力が落ちて…結果、凍死してしまう怖れがある。また、雪の重みで家畜小屋が潰れてしまうという事もある。
馬さんヤギさん救出大作戦が発動された。みんなは薪木を足した暖炉の前で作戦を練った。
デボラが提案した。
「扉が開かないんだったら、子供部屋の壁をぶち抜こう。すぐ隣はヤギさんの小屋だ。」
「おいおい、手荒だなぁ…。壁の修理はどうするんだよ。」
「んじゃ、誰かが母屋から外に出て魔道士を呼んで来る。それで『ファイヤーボール』で母屋の周りの雪を溶かしてもらう。」
「マドウシって何だ?」
「魔道士も知らんのか。魔道士は魔法を使うんだ…」
すぐにプリシラとポールが食いついてきた。
「えっ…魔法⁉︎魔法って本当にあるの?」
「母ちゃん、そのマドウシを見たことあるの?」
「あるよ。私の故郷には魔道士がいっぱいいた。だけどな、魔導師は弱っちいんだ。魔法は強力だけど呪文詠唱に時間が掛るから、その間にナイフでグサッ…」
(おいおい、俺の嫁はどこの世界から来たんだよ!…以前にも同じような事を言ってたな。ゴブリンがどうのこうの、マドウシがどうのこうの…故郷ってどこだよ…!)
フェリックスは三人の話の腰をボキリと折った。
「そのマドウシってのは、多分ノーチルス村にはいないと思うぞ。だから、マドウシの話はここまでだ…馬とヤギをどうやって助けるかって話に戻ろう。」
「城下町になら魔道士はいると思う。」
「もう、いいって。城下町まで行けるんだったら苦労はしない。」
「…それもそうだな。」
フェリックスは改めて言った。
「まずは、どのくらい雪が積もっているかを確認するところから始めよう。」
フェリックスは母屋の南側の窓に向かった。窓と言ってもガラスはない。上に蝶番がついた蓋のようなものだ。
フェリックスが窓を開けようとしたが、外の圧力を受けてなかなか開かなかった。
「ううっ…重い。ここまで雪が積もっているのかぁ…っとおっ!」
外の雪溜まりが崩れて窓が開いた。フェリックスは外を眺めた。
「うわわ…胸の高さまで積もってるな…でも、これなら何とかなりそうだな。問題はどうやって厩とヤギ小屋まで行くかだ…」
デボラがフェリックスの隣に来て言った。
「ホントにカンジキはないの?」
「…分からん。」
「以前ここに住んでた人が使ってたんじゃないの?どっかにあるんじゃないの?」
「探してみるか…。」
みんなして地下倉庫に降りてカンジキを探した。
ポールが叫んだ。
「見つけたぁ〜〜っ!…コレかなぁ?」
「それは蒸籠…。」
プリシラが叫んだ。
「あった。これじゃない?」
「それは魚籠…。」
そもそも…プリシラ、ポールはカンジキを見た事がない。
フェリックスが言った。
「地下倉庫にないとなると…納屋だな。」
「…仕方ない。私が作るか。」
「おおっ、デボラ…作れるのか⁉︎」
「作れる。」
母屋に上がると、デボラは言った。
「フェリックス、釘抜き(バール)ちょうだい。」
「…釘抜き(バール)をどうするんだ?」
フェリックスが母屋の奥から持ってきた釘抜き(バール)を受け取ったデボラは…それを使って母屋の壁板を剥がし始めた。
ベリベリベリッ…
「おおぉいっ‼︎」
「二枚だけ、二枚だけ。後でまたくっ付けたらいいじゃん。」
デボラは壁板二枚と荒縄で即席のカンジキを作った。カンジキと言うよりスキー板に近いか。それを履いてデボラは南側の窓から外へ出た。
「ひぃ〜〜っ…寒ぶっ‼︎」
デボラはガニ股になって、膝の辺りまで雪に沈みながらも雪の上を器用に歩いて行った。見た目には簡単そうだが、デボラの卓越したバランス感覚とそれ以上に強靭な足腰の成せる技だ。
「おおっ、デボラ、凄いぞっ!」
「母ちゃん、頑張れ!」
「頑張ってぇ〜〜!」
よせばいいのにデボラは声援に応えて、ちょっと振り向いて手を振った。その途端、バランスを崩して転んで雪の中に消えた。しばらくすると、デボラはもがきながら雪の中から出てきてまた歩き始めた。その様子をみんなはハラハラしながら見ていた。
(余計なことするなっ!)
みんなはそう思った。
デボラは母屋付近の雪のうず高い部分を迂回しながら進んだ。母屋付近は屋根から落ちた雪で人の背丈ほどに積もっている。
(今助けに行くからな!待ってておくれ、ヤギさん…ついでに馬さんも‼︎)
デボラがヤギ小屋に到着すると、ヤギは無事だった。デボラはヤギを抱き寄せた。
「おおっ…牝ヤギさん、会いたかった!」
ヤギさんは嫌がった。
デボラはヤギ小屋をつぶさに点検した。一度、巨大熊に破壊されて新築したのが幸いして、ヤギ小屋は雪の重みにも十分耐えていた。
(ほっ…良かった。)
その時…
ベキ…メキメキ…ヒヒィ〜〜ンッ!
厩の方が危険だった。
「馬さんっ…!」
デボラは大急ぎで厩に歩み寄ると、馬柵棒を外し、馬の鼻を曳いて厩の外に避難した。その直後…厩は雪の重みで倒壊した。
バキバキ…メリメリ、ドシャアァ〜〜ッ‼︎
「き、危機一髪じゃった…!」
厩の倒壊の音に驚いた馬は雪の中を走り回った。馬が母屋の裏側の雪をラッセルしてくれたお蔭で、母屋までの道ができた。道と言っても、それなりに雪は残っている。
デボラは馬を引いて、同じ道を何往復かさせた。そして、母屋の裏口に辿り着くと裏口の雪を掻いた。
裏口からフェリックスが出て来た。
「…何か凄い音がしたが…?」
「馬小屋が潰れた。でも、馬さんは大丈夫…助けたよ。」
「おおお…馬は無事だったのかっ!」
その後、デボラが納屋でカンジキを見つけてフェリックスに渡した。馬を母屋に入れ、そして、デボラとフェリックスで潰れた厩の屋根を利用して、幅の広い板材を雪の上に敷き、その上をヤギに歩かせて…ヤギさんも母屋に入れる事に成功した。
二人は母屋に戻って…フェリックスはダフネに抱きついた。
「デボラァ〜〜…よくぞ馬を救ってくれた、ありがとうっ!馬は農家の貴重な財産…農家の『命』なんだっ!馬がいないと…農家はやっていけないのだっ‼︎」
農家では、馬は田畑を耕したり作物を運搬するための貴重な労働力だ。それは働き盛りの男数人分に相当する。
フェリックスに抱きすくめられたデボラは驚いていた。今まで、こんなに素直に感謝された事がなかったからだ。
(イェルマじゃ馬はすぐに死んでた。それで、馬肉もよく食べた。…ここはイェルマじゃないんだなぁ…。)
同じ頃、イェルマ渓谷にも大雪が降った。しかし、数千人の人口を持つイェルマは雪ごときではその活動が止まることはない。
雪に閉ざされた北の二段目の射手房集団寮。師範タチアナの号令で300人近いアーチャーが総出で練習場の雪掻きをしていた。
十五歳班の班長であるジェニは、クレアをはじめとする十四人に指示を出した。
「私たちは先輩アーチャーが掻いた雪をソリに乗せて川まで捨てに行きます。みんな、ちゃんとカンジキは履いてる?」
「はぁ〜〜い!」
毎年のように深い積雪を経験しているイェルメイドは積雪対策は万全である。
十五歳班には十三歳から十五歳までの少女が所属している。最初のうちはキャァキャァ叫びながら元気に雪捨てに勤しんでいた十五歳班だが、一時間もすると体じゅうに乳酸が溜まってきて疲れて弛れていった。
クレアが言った。
「つ…疲れたぁ〜〜…。」
ジェニが言った。
「こらっ、クレア、サボるなっ!」
「ジェニ班長…何か、エステリック大侵攻が終わった頃から凄くやる気出してますよねぇ。顔付きも変わった気がする…おめめパッチリだし。」
「ふふん、それはね…目の前の世界が色鮮やかに見えているからよ!」
「…何だそれ。」
もちろん、その理由はジェニの両耳を飾っている「遠見のイヤリング」のせいだ。これを付けているだけで、ジェニは常時深度2の「イーグルアイ」を使用することができ、これによって弱視のジェニでも普段の生活に不都合がなくなった。その上、弓を射つ時にはジェニが既に習得している深度2の「イーグルアイ」を発動させれば…何と「イーグルアイ」は深度4になるのである。
今のジェニは射撃訓練がとても楽しかった。そして、それ以外の事にも前向きに取り組む事ができた。
(この雪掻きも体力養成のプラスになるわ、頑張らなきゃっ!…よぉ〜〜し、今年じゅうに「百発百中」を達成するぞぉ〜〜!)
ジェニが言う「百発百中」とは、アーチャーの訓練場で矢を百本ぶっ続けで射ち全てを的に命中させる事である。これを達成するためには並々ならぬ持久力と集中力が必要だ。弱視というハンディが失くなった今、ジェニは何でもできそうな気がしていた。
その時だった。
タチアナ師範がやって来て雪掻きをしているアーチャーたちに叫んだ。
「中堅以上のアーチャー、作業を止めて房主堂に集合せよ。…ジェシカ房主が…逝去された。」
突然の訃報だった。
射手房の房主ジェシカは享年八十五歳。イェルマでも最高齢だった。高齢者が亡くなるのは決まって冬である。冬さえ越すことができればもう一年寿命が延びるのだが…。
雪掻きを終わらせたジェニたちアーチャーは集団寮に戻って、備え付けの鉄製の釜戸で暖をとった。釜戸の上に置かれたポットにみんなが群がってきて、自分のコップに白湯を入れて飲んでいた。
サリーが集団寮の二階から降りてきた。すぐにジェニとクレアが駆け寄った。
「サリー、どうだった…詳しいことは判った?」
「ジェシカ房主は冬になったら決まって体調を崩してたからねぇ…薬師のクラウディアさんの見立てでは老衰って事になった。」
「そっかぁ…良い人だったよね。私がイェルマの射手房に来た時、ジェシカ房主の命令で十二歳班から始めたんだけど…今思えば正解だったと思う。それで…次の房主は?」
「うん、ジェシカ房主は『推挙状』を遺してあって…次の房主はアルテミス師範になった。」
「順当なところだねぇ。」
イェルマには『遺言状』とは別に『推挙状』を遺すという慣例がある。房主が他界した時に次の房主を誰にするか…諍いなく決めるために、生前の房主が房主たり得る特定の人物を推薦してそれを『推挙状』にしたためて置いておくのである。
ジェシカの葬儀は天候を見計らって、降雪の合間を縫ってベネトネリス廟にてしめやかに執り行われた。
アナの祈りの言葉とボタンの弔辞を聞きながら、槍手房房主のカレンは左斜め上に座っている蒼龍将軍のマーゴットに囁いた。
「ジェシカが逝ってしまった…次は私の番かねぇ…。」
「何を弱気な事を…。それを言うなら、私だって来年は生きているかどうか判らんよ…。」
「私もそろそろ『推挙状』を準備しておくかぁ…。」
「…ベレッタかい?」
「そうなるかなぁ…しかし、子供を産んだ事でルカには人間としての深みが出た。迷うところだねぇ。そう言うマーゴットはどうなんだい…コーネリアかい?」
「難しいところじゃな…。魔道士って職業は歳を重ねるとね、どうしても小賢しくなってしまうのだ…裏では一体何をしている事やら。」
「うははは…悩みの種だな。」
そう言って笑っていたカレンも…今年の春先に他界してしまう。イェルマに世代交代の波が着実に押し寄せていた。
ジャアアァ〜〜…ボトボトッ…
夜中、音がしてデボラは同じ寝台に寝ているフェリックスの耳元で言った。
「おい、どっちか判らんけど…盛大に粗相をしているぞ?」
「干し藁を敷いときゃ良いんだが、母屋に入れるだけで精一杯だったからなぁ…。明日の朝は居間の掃除が大変だぁ…。」
「うははは…フェリックスに任せた。」
「こ、こいつめ…」
フェリックスはデボラの脇の辺りをくすぐった。デボラはケラケラと笑って寝台の上で転げ回った。
「…デボラ、もう一回いい?」
「…いいよ。」
わずかではあったが、デボラのフェリックスに対する気持ちにも変化があったようだ。




