第十一章 自主トレ
第十一章 自主トレ
次の日、朝食を済ませたデボラは皮の外套を着て、罠の回収に出掛けた。
フェリックスが言った。
「俺も行こうか?」
「邪魔。」
「…そ。」
デボラはひとりで雪をラッセルして、ウサギの罠の回収に向かった。これも運動不足解消の一環である。
今日の収穫はウサギ一羽だけだった。お昼前に母屋に戻ってきたデボラはウサギをフェリックスに渡した。
「痛でででで…お願いね。」
今日は脚の筋肉痛が酷かった。
「…えっ?」
「イノシシやウサギの解体、見てたでしょ?」
「…って言われても…。」
「一回で覚えろよ。」
「…や、やってみる。」
プリシラはニンジンの皮剥きをしていた。ポールはオークとゴブリンを戦わせていた。デボラはポールに言った。
「ポール、十四匹の動物のスペル、覚えた?」
「…うぅ〜〜ん。」
「十回書け。」
ポールは羊皮紙と羽根ペンを持ってきて、お勉強を始めた。それを見たプリシラもすぐに「Nine Table」の書かれた羊皮紙を持って来た。
「プリシラは皮剥き続けて。」
「…うん。」
プリシラがご飯を作らないと誰が作ると言うのか…私が作るのは絶対嫌だ。
「プリシラ…ニンジン、まだあるの?」
「まだ、いっぱいあるよ。」
「…ニンジン嫌いじゃ…。」
「じゃ、ダイコンがいっぱいあるから、それを煮ようか…」
「…ダイコンも嫌いじゃ…。」
「じゃぁ、お母ちゃ…デボラは野菜は何が好きなの?」
「野菜は全部嫌いじゃ…肉が好きなんじゃ。だからプリシラ、私だけ肉料理にして。そんで、地下倉庫の山積みの野菜は目障りだから、早くみんなで食べて。」
何日か前に、村人がお米と引き換えに置いていった野菜だ。
「…デボラ、お野菜食べないとおっきくなれないよぉ?」
「もう大人じゃ、放っとけ。」
(…子供だろ。)
みんなはそう思った。
ウサギのどこにナイフを入れて良いのか迷っているフェリックスの方を見て、プリシラは言った。
「お父ちゃん、どうしよう…片付けてもらう?」
「そうだな…野菜も少し痛んできてるしな…」
デボラにはプリシラとフェリックスの会話が理解できなかった。すると、プリシラは大きな鍋を持って地下倉庫に降りて行き、鍋に山盛りの野菜を入れて戻ってきた。
デボラはそれを見て…
「捨てるのか…」
「違うよ。馬さんとヤギさんに食べてもらうの。」
「…え?」
「馬さんとヤギさんはお野菜が大好きなんだよ。」
「何だってぇ〜〜っ⁉︎」
フェリックスは思った。こう言う事なのだ…デボラは自分たちが常識だと思っている事を知らない事がある。…俺の嫁は一体何者なんだろう?
プリシラが野菜いっぱいの鍋を持って母屋を出ると、デボラもそれにくっ付いて行った。プリシラはまず厩に行って、キャベツ丸ごと一個を馬に与えた。馬は凄く喜んでキャベツをガリガリとかじった。貧しい農家では家畜に野菜を与えることなどそうそうない。特に冬場は飼い葉だけで、あとは野菜クズだ。
「プリシラ、ヤギさんには私があげる!」
「ヤギさんはねぇ、ニンジンが大好物だよ。」
「分かった!」
鍋の中から数本のニンジンを取り出すと、それを持ってデボラはヤギ小屋にまっしぐらに走って行った。
デボラが一本のニンジンを差し出してヤギに見せると、ヤギは寄って来て狂ったようにニンジンにかぶり付いた。そして、ニンジンが無くなると…ヤギはその唇でニンジンを持っていたデボラの指をハムハムした。デボラは感動した。
(…今までヤギさんに避けられてるような気がしたけど、気のせいだったんだな。何か、幸せ…。)
次から次へとヤギにニンジンを与えて小さな幸せに浸っているデボラを見ていて…プリシラは、デボラは少なくとも悪人ではないなと確信した。
…と言う訳で、夕食を済ませた後、その夜からデボラは実戦訓練を始めた。実戦の勘を取り戻すための訓練だ。
デボラは暖炉の前で、麻のワンピースに皮の外套を羽織って両手を前に構えていた。そして、その3m先に野菜が入った鍋を持ったポールがいた。
「ポール、いいよ。投げといで!」
「母ちゃん、行くよっ!」
ポールはデボラに向かってニンジンを投げた。デボラは目にも止まらぬ早さで両手を外套の下に突っ込み、腰の後ろの二本のナイフを抜き放って飛び来るニンジンを憎しみを込めて切った。
(ニンジン死ねっ‼︎)
ピシピシッ…!
一本のニンジンは三つに分かれて母屋の地面に転がった。それをプリシラが鍋を持って拾い集めていた。これは馬さんとヤギさん行きだ。
「うおおぉ…母ちゃん、凄おぉ〜〜いっ!」
「ポール、もう1mこっちおいで。」
「えっ…」
「できるできる。お前の母ちゃんは最強の斥候だぞ。」
フェリックスは腰掛けに座って三人を見ていた。
(そうか…デボラはセッコウだったのか。セッコウって何だろう…?)
ポールが投げるニンジンやキャベツを、デボラはどんどん恨みのこもった二本のナイフで打ち落していった。野菜が居間のあちらこちらに飛んで行った。
プリシラが言った。
「デボラ、ちょっとこれ、大変だよぉ〜〜っ⁉︎」
「そか…分かった。プリシラ、そこに鍋置いて。…そこに落とす。」
「えええ、そんな事できるの?」
ポールがダイコンを投げた。デボラは二本のナイフを抜き、そのうちの一本を持ち替えて…左のナイフでダイコンを切り上げ、それを右のナイフでショートソードのように切り落とした。三つに切断されたダイコンのうち二つが鍋の中に入った。
「デボラ、凄い凄ぉ〜〜い!」
「…一個、失敗したった。もっとナイフを制御しないとな。」
フェリックスも感心して拍手していた。
(このナイフ捌き…信じられん。これであの巨大熊を倒したんだな…良くも悪くも、これが俺の嫁なんだな…。とにかく、とにかくだ…絶対にデボラを怒らせたらいかんな…。)
ポールがタマネギを握って構えていた。プリシラが叫んだ。
「あっ、それダメ…!」
「どうした、姉ちゃん⁉︎」
「タマネギは馬さんもヤギさんも食べない!」
タマネギは家畜に限らず…動物にとっては毒になるので、絶対に食べさせてはいけない。
ポールは気を取り直して、ジャガイモを握った。すると今度は…
「あっ、それダメ…!」
「どうした、母ちゃん⁉︎」
「ジャガイモは…ちょっと好き。」
大雪が降った。吹雪になった。エステリック王国じゅうが雪に閉ざされた。
ティモシーは屑鉄拾いを諦めてずっと部屋に閉じこもっていた。そんな日がもう一週間も続いていた。
お昼頃、ティモシーは一階の共同の厨房で夕食のトウモロコシのスープを作っていた。するとそこに雪で真っ白になったコニーが飛び込んで来た。
「うええぇ〜〜、寒い寒いっ…!」
「どうでしたか?」
外套の雪をはたき落としながらコニーは言った。
「この雪じゃどうしようもないぞっ!もう、店という店は閉まっちゃってさぁ…。」
「お茶を淹れます。」
「おっ…サンキュー!たまたま店じまいしようとしていたパン屋でライ麦パンを買って来た。晩飯に食べよう。…黒パンが銅貨五枚って、どうなってるんだよ全く。」
ティモシーとコニー…二人はここで共同生活をしている。コニーはデボラを探すべく奔走していたが、この大雪で二の足を踏んでいた。
二人は熱いお茶を啜りながら会話をした。
「コニーさん、僕思ったんですけど…聞いてくれますか?」
「ん…デボラの事か?ふふふ、聞こうじゃないか…君の推理とやらを。」
「デボラさんと初めて会ったのは城下町…だから、デボラさんは最初は城下町に住んでいたんだと思います。斥候職なら、空き家とかを見つけて宿は何とかなります…」
「ふむふむ…」
「だけど、この物価高…さすがにお金を使い果たして、持ち物も売って…城下町を放棄したんじゃないでしょうか?」
「つまり、デボラは城下町にいないと…。まぁ、それも考慮に入れて私はデボラが使いそうなお店を見張っているんだが…。」
「…で、次にデボラさんと再会したのは城下町の外でした。その時、フェリックスと言う人が自分はデボラの夫だと名乗りました。その時に僕はデボラさんの名前を初めて知ったんですよ。」
「つまり…?」
「普通、斥候って諜報活動や隠密行動をしている時は偽名を使うじゃないですか。僕だって、屑鉄屋の時は『トム』です。フェリックスって人はデボラさんの実名を僕に教えてくれたんです。と言うことは、『フェリックス』も実名…つまり、フェリックスさんは素人ですよ、見た感じ朴訥で優しそうな人だったし…。だから、目的、理由は判らないけど、デボラさんは素人の家族に入り込んでいるんじゃないでしょうか…城下町近隣の農家とか、商家とか…」
「…いいセンだね。しかし、近隣の農家や商家をしらみ潰しってのは無理だなぁ…」
「フェリックスが実名なら…フェリックスで探してみたら?」
「あっ、そうか…それ採用。フェリックスが素人で地元の人間なら、多分、城下町に馴染みの店ってのがあるはずだ。うんうん、ティモシー、君は頭が良いね。女の子ならイェルマにスカウトするのになぁ…男の子で残念。」
そう言ってコニーは笑った。




