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第十章 コニー…未知との遭遇 

第十章 コニー…未知との遭遇 


 朝食が済んだ後…

「肉が食べたい。罠仕掛けてくる。」

「俺も行こうか?」

「いや、いい。」

 そう言って、デボラは外套を羽織ると、腰まである雪をラッセルしながらひとりで林の方向に進んで行った。

(デボラなら、何があっても死ぬことはないだろうなぁ…。)

 デボラは運動不足を痛感していた。今日はひとりで雪道をラッセルし…運動をしようと思っていた。

 いくつかのウサギ用の罠を仕掛けて、デボラは家に戻った。もう昼を過ぎていた。母屋に入るとデボラは雪がこびりついた皮の外套を脱ぎ捨てた。

「デボラ、お帰り。」

 暖炉でくつろいでいるフェリックスの言葉を無視して、デボラは居間の地面に敷いてあるむしろの上に転がった。

「あたたた…」

 ポールがやって来た。

「母ちゃん、どうしたぁ?」

「ただの…筋肉痛。」

 デボラは全身を筋肉痛に襲われていた。

(この程度で筋肉痛とは…。イェルマでは嘘みたいな厳しい訓練をやってたのに…。あれだけしごかれたのに、ちょっと怠けたらこのザマか…。)

 巨大熊の件と言い、屋根から落ちた件と言い…「最強の斥候」というデボラの矜持が少し傷ついていた。今回の一念発起は以前の自信を取り戻すための行動だ。

 呼吸が整うと、デボラはポールに命令した。

「ポール、背中に乗れ!」

「…へ?」

 デボラはワンピースを着たまま腕立て伏せを始めた。理解したポールはデボラの背中に乗った。

「うおりゃぁ〜〜っ‼︎」

 デボラは背中にポールを乗せたまま、もの凄い勢いで腕立て伏せをした。ポールは面白がって、振り落とされまいとデボラの体にしっかり捕まった。

「うひゃひゃ…あははははっ!」

 繕いものをしていたプリシラは、雄叫びを上げて喜んでいるポールを羨ましそうに見ていた。

(楽しそうだな…。)

 すると…

「んんん…足らん!プリシラ、お前も乗れっ‼︎」

 デボラの言葉を聞いて、プリシラは喜んで縫い掛けのフェリックスのシャツを放り出してデボラの背中に飛び乗った。

「ううう…これはきつい。…ポール、下車っ!」

「やだ。」

…ドテッ!

 デボラはポールとプリシラを背中に乗せたまま…潰れた。

 フェリックスは…こいつら、何をやってるんだろうと思って見ていた。

 汗だくになったデボラは麻のワンピースを脱いで、肌着…シュミーズ一枚になってプリシラが持って来てくれた手拭いで腕や胸、そして太腿の汗を拭った。フェリックスはデボラの艶かしい姿を見てドキリとした。

(おおお…俺を…誘っているのか⁉︎)

 兵士は別として…村女は基本的にスカートの下には下着を着けない。貧しい農家の嫁となったデボラも例外ではなかった。

 汗で光るデボラの両の胸がフェリックスの目に飛び込んできた。ギリギリ見えないデボラの太腿と臀部がフェリックスの脳を沸騰させ、煩悩を刺激した。

(…早く夜にならないかな。)

 デボラがフェリックスに大声で叫んだ。

「フェリックス…!」

「…はいっ⁉︎」

「今晩、お風呂沸かして。」


 斥候房師範のコニーはエステリック城下町にいた。

 三日前、オリゴ村に大循環駅馬車が到着した。本来であればコニーは護衛兵の指揮官として終点のコッペリ村まで行くはずだったが、そこで駐留予定のイェルメイドの兵士たちと共に下車した。

 すぐにコニーはデボラの処遇について、斥候房房主のヒナギクと相談するためイェルマに「念話」を送った。「念話」はオリゴ村の魔導士からデュリテ村の魔導士…ベロニカを介してイェルマに届けられた。そして、ヒナギクの返事は…意外なものだった。

 コニーはデボラを捜索することになった。予定変更を告げるため、コニーはアガタを探した。アガタは民衆の中に埋れてとても忙しくしていた。

「ああ、コニーさん、ちょっと待ってて。後で後で…」

(これは一体何の行列なんだ?)

 しばらくして、民衆の行列を捌き切ったアガタがコニーのもとへやって来た。

「いやぁ〜〜…びっくりしました。」

「アガタ、あの行列は何だったんだい?」

「次の駅…終点のコッペリ村へ行くって人たちですよ。厳しい冬を前にして『移住』って事ですかねぇ?」

「駆け込み…かなぁ。」

「そういう事でしょうねぇ…エステリック王国は情勢が不安定になってますからねぇ。ティアーク王国からの人もいましたよ。それと、ここからコッペリ村までの運賃が銀貨一枚って…絶対に設定ミスですよ!オリゴ村からコッペリ村までは最速でも十日の行程です…その間の食料はこっち持ちでしょ?銀貨一枚じゃぁ、儲けは出ませんよ。」

「今回は試験運転だからねぇ。その辺りは再考するんじゃないかな?戦争で『駆け込み寺』のイェルマの存在が明らかになっちゃったてのもあるかもしれない。…食料をこちらで準備してあげないと、馬車の上で飢え死にしゃう人もいるから、その配慮もあるんじゃないかな…?」

「まぁ、キャシィさんってば、お優しいコト。それでコニーさん、私にご用があったんじゃ?」

「あ、そうそう。私は予定が変わってここで下車することになった。後はよろしく。まだ街道は使えるけど、もっと雪が積もったら気をつけてね。」

「うわぁ〜〜…勘弁してくださいよぉ…。」

 生産部のアガタが護衛についている練兵部のイェルメイドたちを御するのはちょっと難しいのだ。

 コニーは馬を駆って、オリゴ村からまず東の街道に出てそれから中央街道を走って、三日掛けてエステリック城下町に到達した。

 城下町の東門をこっそりと抜けたコニーは閑散とした冬の城下町を歩いていた。

(目撃証言からすると、デボラはエステリック城下町かその付近にいるに違いない。デボラとその自称夫は麻の服を着ていたらしいから…デボラは平民を装っている。まずは平民相手に商売をしている店を見つけて張り付いてみるか…。)

 コニーもまた、イェルメイドと悟られないように皮鎧は宿屋に置いてきた。平民の町女と同じように麻のワンピースと外套といういで立ちだ。それでもしっかりと鎖帷子を着込み、二本のナイフと投げナイフは外套の下に隠している。

 ティモシーは冬の凍てつく城下町を荷車を引いて、屑鉄を集めながら市中を歩き回っていた。そして…不可思議な挙動をする女を見つけた。

(あれれ、あの女の人…迷子かな?)

 優秀な斥候ともなると、意識していなくても不審な仕草や異様な行動はすぐに目に飛び込んでくる。そちら方面の感覚が鍛えられて研ぎ澄まされているからだ。

 その女はちらりちらりと右を見たり左を見たり、足取りも右に寄ったり左に寄ったり…まるで初めて訪れた街を歩く人のようだった。それでも、それを悟られないように…自然を装う風もある。

 ティモシーは興味が湧いて、荷車を引きながらその女の後を着いて行った。女は大通りから路地に入り、右に曲がり左に曲がって…消えた。

(…あっ、尾行がバレてた⁉︎)

 突然、ティモシーの背後に女が現れて利き腕を後ろ手にとられ、喉元にナイフを突きつけられた。

「おい、少年。私を尾行していたよね、私に何の用だ?」

「ええと…お姉さん、この町は初めてだと思って…た、助けてあげようかなって…」

「んん…十分気をつけていたはずなんだが、それを見抜く君は一体何者なんだろうね?」

 女…コニーはティモシーの背中に自分の体を強く押し付けた。コニーは少年の腰の辺りに硬い物を感じた。

(ナイフか…!)

 その瞬間、ティモシーの体から黒いモヤの様なものが滲み出てきて…コニーは目眩を感じた。ティモシーのスキル「ダークディジーズ」だ。

 その間隙を突いてティモシーは二本のナイフを抜き、逆に女を取り押さえて正体を問いただそうと思った。が、我に返ったコニーもすぐに反応して二本のナイフを抜いた。

(な、何だ今の黒いモヤは…⁉︎何かしらの毒の霧…あらかじめ仕込んでいたのか、それとも私の知らない魔法、スキル…?)

 二人は同じ事を考えていた。時は昼、場所は路地裏…人が来たらまずい。早く決着をつけなくては…!

 二人は同時に「セカンドラッシュ」を発動させた。

チチチチンッ…チチチチンッ!

 コニーは驚嘆した。

(ウソだろぉ〜〜っ⁉︎こいつ、私の二秒八連撃に着いてきたぞっ‼︎この年齢としで深度2の「セカンドラッシュ」を習得しているのかぁっ…⁉︎)

 ティモシーも驚いていた。

(えええっ!相手も斥候職…それも深度2の「セカンドラッシュ」持ちか…手強いっ‼︎)

 二人はリキャストタイムの三十秒間、二本のナイフで切り結んだ。しかし、体術に関してはコニーに一日の長があった。

 コニーはティモシーの隙を見てティモシーの脛に蹴りを入れ、その蹴り足でそのまま腹を蹴った。変則二段蹴りである。西世界ではイェルマにしか存在しない武闘家房の技だ。

「…うぐっ!」

 ティモシーは数歩後ろに退いた。二人の間に3mの間合いができた。

 コニーはすぐに三本の小型ナイフを取り出し、ティモシー目掛けて投擲した。ティモシーはそれを「ダークシールド」で防ぎつつ、今度はティモシーがコニー目掛けて…右手いっぱいの撒菱を投げつけた。

 放射状に飛んでくる撒菱に…コニーは咄嗟に物陰に隠れ、そのまま「シャドウハイド」で闇に潜んだ。敵が隠れたら自分も隠れる…斥候職の定石に従って、ティモシーもすぐに「シャドウハイド」で物陰に隠れた。

 コニーは突然の強敵の出現に焦っていた。

(またあの黒いモヤだ…。スキル発動のタイミングからして、あいつも斥候職なのは間違いない…。もしかして、深度5の先に6とか7とかがあるのか???)

 兵士のスキル深度は5までというのが常識だ。しかし、コニーはその先に深度6や7があって…それが黒いモヤのスキルだと思ってしまった。そもそも、深度5は人間では到達できない領域で…それを「少年」が使ってきたものだから、コニーが泡を食うのも無理はない。

(あの少年、人間にしか見えないけどなぁ…落ち着け落ち着け…)

 そう自分に言い聞かせながら、コニーはふと地面を見た。そこには少年が投げつけてきた撒菱がいくつか転がっていた。

(全部突起が上を向いている。私に踏ませて機動力を削ぐつもりだな…んん、この暗器、どこかで見た気がする。確か…アンネリが持っていた物に似てるな…)

 コニーは考えた。相手はアンネリにゆかりがある者か?いや、アンネリは敵方の傭兵の斥候が使っていた物を模倣したと言っていた。そちらの傭兵の筋の人間である可能性もある。それでも…コニーは危険を犯して試してみた。

 コニーは物陰から大声で叫んだ。

「お前はアンネリを知っているかぁ〜〜っ?」

 声を出せば潜伏位置を特定され、投げナイフが飛んで来るかもしれない。コニーは身構えて、相手の反応を待った。

(…違ったか。)

 すると…

「…黒い髪の小柄な女の人?」

「そ…そうだっ!」

「もしかして…あなたはベロニカ、オリヴィア、ケイトって名前を知っていますか?」

「おおっ、知ってる知ってる、よく知ってる…中の二人は巨乳だなっ‼︎」

 コニーとティモシーはナイフを収めて、お互い物陰から姿を現した。

 ティモシーは言った。

「お姉さんもイェルメイドなんですね。」

「うん、そうだ。君は…?」

「セレスティシア様の配下の者です。」

「おお〜〜。リーンの密偵か。リーンとイェルマは同盟国…友軍じゃないか!」

「…ここじゃ詳しい話ができないので、僕の部屋に来ませんか?」

「行く行く。」

 二人は古びたアパートメントの三階の角部屋…チネッテが遺してくれた部屋に移った。

「ボロくてすみませんね。お茶を持って来るんで、どこかその辺に座っててください。」

「ほぉ〜〜い。」

 ティモシーは一階の共同の厨房でお茶を沸かして持って来た。二人はお茶を啜りながら話をした。

「ティモシーって言うのか。君は凄いなぁ〜〜…十二、三にしか見えないのにもう深度2のスキルを習得してるとは…。」

「いえいえ、僕は今年で二十二歳ですよ。ダークエルフのクォーターなんです。」

「ダーク…エルフ?よく分からんが、あれだね…セレスティシア様も童女に見えるけど六十五歳みたいな、そんな感じか?」

「そんな感じです。」

「ふうぅ〜〜ん…。すると、あの黒いモヤはその…ダークエルフだけが持つ特殊なスキル、そんな感じ?」

「そんな感じです。…クォーターですけど。」

「そかぁ〜〜…ああ、良かった。こんな少年に負けたとあっては師範としての面目丸潰れだったからねぇ〜〜。君がダークエルフで良かったよぉ〜〜。こう見えても私は斥候房ではトップクラスなんだよ。」

「…クォーターですけど。…で、その斥候のトップクラスのお姉さんがエステリック城下町で何をしてるんですか?」

「私の名前はコニーだ。人探しをしている。」

「人探しかぁ。相手の特徴とか判れば、僕も協力しますよ。」

「探している相手も斥候職で…栗色の髪の二十五、六の女だ。見た感じ…根暗だ。」

「栗色の髪、根暗…もしかして、デボラさん?」

 コニーはお茶を吹き出して驚いた。

「あっ、きちゃない…!」

「どぉ〜〜して知ってるっ‼︎」

「…会った瞬間、只者ではないとは思いましたよ。あの撒菱、デボラさんから買ったんですよ。まぁ、斥候職の暗器だと思ったので鍛冶屋には売らずに僕が自分で使ってたんです。最初に城下町で会った時はお金に困っていた風でしたね。次に会った時は、フェリックスって言う旦那さんが一緒にいました。大循環駅馬車が到着した日ですね。」

「ふむ、目撃証言と一致するね。…で、その他に居場所が判りそうな情報は…?」

「いやねぇ…何か、彼女って絶対に友だちになってはいけないような雰囲気を持ってまして…必要以上の接触をしなかったって言うか…したくなかったと言うか…」

「…陰キャだからな。」

 ティモシーは雑巾で床を拭きながら言った。

「コニーさん、今はどこにお泊まりですか?」

「とりあえず宿屋だ。ここには着いたばかりで右も左も分からないし、冬の真っ只中…野宿もできないしなぁ。」

「こんなボロ部屋で良ければ、ここを捜索拠点にしてもいいですよ。寝台も二つあるし。」

「おおっ!それは助かる…凄く助かるっ!持つべきは同盟国友軍だなっ‼︎」

 エステリック城下町は超物価高…コニーは手持ちのお金では宿屋の宿泊料も三日と保たないだろうと思っていた。

 最後に、ティモシーは躊躇ためらいがちにコニーに質問した。

「これはいちゃいけないのかな…」

「…ん?」

「デボラさんって…何かやらかしたんですか?」

「…軍を脱走した。」

「…あちゃ。」

 コニーはすぐに宿屋を引き払って、ティモシーの部屋に引っ越して来た。


 夜、夕食を済ませたデボラは母屋の隣にある黒い大釜の五右衛門風呂にとっぷりかって気持ち良くなっていた。目の前でプリシラとポールが石鹸で洗いっこをしていた。タイミングを見計らって、デボラは柄杓でお湯を掛けて二人の石鹸の泡を洗い流した。

 母屋で待っていたフェリックスは、子供たちがお風呂から戻ってきたので着替えと手拭いを持って、急いでお風呂に向かった。フェリックスは途中でシュミーズ姿のデボラとすれ違った。

(あ…くそっ、見れなかったか…。)

 デボラは母屋に戻ると、すぐにむしろの上に座り、両足を180度に開いて柔軟運動を始めた。相撲で言うところの「股割り」である。

 プリシラとポールはデボラがまたおかしな事を始めたので、興味津々で見ていた。

「プリシラ、ポール…背中に乗って。」

 デボラの言葉に二人は狂喜して、すぐにデボラの背中の上に重なった。デボラの上半身は地面にべたりとくっ付いた。

「痛ででででで…」

 プリシラが心配そうに言った。

「デボラ、大丈夫?」

「…大丈夫、続けて続けて。痛でででで…」

 デボラの悲鳴が可笑しかったのか…プリシラとポールはキャッキャッと奇声を上げて、デボラの上で体を揺すった。

「…痛ででででぇ〜〜っ!」

 お湯で体じゅうが柔らかくなっている間に、デボラは筋や腱を伸ばしているのだ。

 フェリックスがお風呂から戻って来ると、デボラは手拭い一本を背中の後ろで両手で握って、それを肩の位置まで回していた。

「あた…あたたたたた…」

「デボラ、一体何をやってるんだ?」

 デボラは無理をして、手拭いを握ったままの両腕を一気に胸の前まで回した。

ゴキッ…

「痛だあぁ…‼︎」

「おい、デボラ⁉︎」

「か…肩関節が…はずれ掛けたぁ〜〜…」

「えええっ…!」

「あたたた…もう寝る。」

「そ…そうかっ‼︎」

 待ちに待った時間がやって来たので、フェリックスは子供部屋を無言で指差して、プリシラとポールに寝るように指示した。デボラが夫婦の寝室に入って行ったので、素早く暖炉と釜戸の火を落としてその後を追った。

 デボラは自分の寝台の上で寝ていた。フェリックスはゆっくりとデボラの寝台に潜り込んで…

「…デボラ。」

「今日は疲れてるから○ックスはなし。」

「…あうぅ。」

 このいきり立った体、どうしてくれるぅ〜〜っ!…フェリックスはそう思った。


 深夜、コニーはティモシーの部屋の寝台の上で考えをまとめていた。

 コニーは戦災孤児で、両親を失くし物心がつく前にイェルマにやって来た。なので、コニーにとってはイェルマは故郷同然だった。そしてコニーが六歳になった頃、三歳のデボラがやって来た。

 デボラはイェルマに入城した時から心を閉ざしていた。イェルマに来た頃のデボラは一日じゅう泣きじゃくり、口癖のように言っていた。

「…母ちゃんに捨てられたぁ…母ちゃんに捨てられたぁ…」

 それをコニーは鮮明に覚えている。きっと、母に捨てられた事が人間不信に繋がっていったのだろう…。

 コニーが成人して、房主のヒナギクからデボラの事情を聞いた。

 デボラには両親と三人の兄がいたらしい。当時は「第八次人魔大戦」の最中で、父親を失ったデボラの母親はデボラをイェルマへ里子に出したのだった。母親にしてみれば、貧しい中…このままでは三歳のデボラは育たないだろうと思い、断腸の思いでデボラを出したのである。

 しかし、デボラにしてみれば…母との別れの際に、笑って手を振っている母親の姿を見て「捨てられた」と思ったのだ。兄ちゃんたちは捨てられず、私だけ捨てられた…この記憶が三歳のデボラの脳裏に深く刻み込まれてしまったのだ。

 男子であれば、働き手として何とか自分の食い扶持を稼ぐこともできる…そう言う可能性があったので、母親は兄たちを残したのであるが…。

 房主のヒナギクはその事をデボラに教え諭したが、結局デボラの性格は変わらなかった。

 デボラがイェルマにやって来た時、ヒナギクはお手玉でひとり遊びをしているデボラを見た。その手先の器用さに驚いたヒナギクは、天賦の才を感じてデボラの保護責任者…育ての母となった。そして、学舎を卒業したデボラは斥候房へと配属された。

 コニーとデボラは三歳違い。歳が比較的近いこともあって、訓練がない夜は集団寮でデボラとよくお手玉やおはじきをして遊んだ。しかし、コニーが他の仲間とのかくれんぼや鬼ごっこにデボラを誘っても、デボラは頑なに拒んで参加しなかった。一対一はなんとか平気だが…一対多はだめのようだった。

 コニーが今思うに…今までずっと彼女は誰も信用せず、誰にも心を開いていなかったのかもしれない。それは育ての母のヒナギク、そして私も例外ではない…。一緒に遊んだお手玉は「仕方なく付き合った」くらいの気持ちだったのかもしれない。

(明日はティモシーに協力してもらって…デボラが立ち寄りそうな平民向けのお店を回ってみるかぁ…。)

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