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借りた団服から簡素なドレスに着替え、ノワールの書斎に行くとそこは一種の戦場と化していた。


ノワール、ニコラスお兄様、宰相は使用人に指示を出したり、何かを確認したりとせわしなく動くなかアレックス殿下だけが一人書類の山に囲まれて頭を悩ませていた。


周囲の話に耳を傾ければ内容からしてノワールが傷病者関連の確認、医者の手配、そしてそれに伴う在庫の把握、ニコラスお兄様が王都や周辺の町への被害確認だった。


聞こえてくる内容的にはノワールが王宮の門を閉めてくれたため、被害はなさそうだが本当に魔物が城外に出なかったのか、外の被害は人間の魔法なのか魔物によるものなのか確認に追われているらしい。


石聖祭の日ということもあり、魔物関係なく乱闘や事件もおこっておりなかなかに大変そうだ。

宰相もそれ関連で動いているようだった。


そしてアレックス殿下はというと……。


「まずここから……いや、こっちが先か?」


見ている書類を覗けば、それは王宮の修繕に関する簡易の書類だった。

なるほど、王宮の実際の修繕に関われるのは王族のみ。

そのため王宮内部のことはアレックス殿下の担当となったようだった。


チラッとノワールを見て確認すると彼は微妙な面持ちをしながらも軽く頷いた。

つまり、私はアレックス殿下の補佐をしてもいいということだ。


すぐに近くに居る手持無沙汰(てもちぶさた)な使用人を呼び止め、王宮内設計図の複製をもってこさせた。

複製と言っても王宮には王族しか知らない抜け道なども用意されているため、だいたい合っているくらいの設計図だった。


アレックス殿下が悩ませている書類の山を脇にどけ、設計図を広げる。


「おい邪魔だ、どっか行け」

「殿下、城の大規模な修繕に関わるのは初めてですか?」

「うるさい!兄上に気に入られているからっていい気になって‼」


「うるさいのはアレックス殿下です。こういう場が騒然としているときは余計に落ち着いた態度と声音が重要になってきます。でないと不安なものから気をやられてしまいますよ?」


そう、こういう時こそ上に立つ者がパニックを起こせばそれは簡単に広まってしまう。

魔王業で退治してきた野盗の集団も一度パニックを起こさせてしまえば出し抜くのは簡単だった。


逆に、個々の能力が低くとも上の人間が全く動じない着々と問題を解決する強い集団を何度も見てきている。


それに私は魔王城で大規模な修繕に関わっている。

もちろん王宮と比べれば規模は小さいが、あの時はまだノワールに秘密を明かしていないときでしかもドレスの転売などによって動かせるお金に限りがあったためとても頭を悩ませた。


少ない金額でどこの業者を使うか、どこからどう修繕していくかを業者と夜明けまで話合っていたこともあった。


「私は王宮よりも小さいですが、城の修繕に関わった経験があります。設計図も見れます。お力になれると思うのでそう邪険にしないでください」


私が静かに言うとアレックス殿下は俯いて何か呟いた。


「なんですか?」

「…………設計図ってどうやってみるんだ」

「はい??」


思わず真顔で聞いてしまったが、アレックス殿下はバツが悪そうに眼を伏せてしまった。


「……家庭教師からはそんなこと習ったことない」


いや、習わなくても17年生きていれば何となく目にするか分かるものでしょ‼‼


と、いう言葉は言わず私はとりあえず王宮内の広い庭を指さした。

もやっとするものはあるが、そういえばアレックス殿下は優等生タイプだった。

端的に言うと、指示されたことは完璧に出来るが指示外のことがほとんどできない。


「……分かりました。とりあえず殿下、設計図の見方は後でお伝えするとしてこの王宮庭園を騎士や使用人に解放しませんか?」


「なぜだ?」


「多くの者が今回のことで怪我をしているはずです。通常の救護室だけでは狭すぎると思うので解放しましょう。夜とはいえそんなに寒くはありませんから火の番兼警備をさせる騎士を数人見繕えばノワールの方も動きやすくなるはずです。でしょ?ノワール」


近くに来ていたノワールに問いかければ、彼はこの忙しいときだというのに私の額にキスしてきた。


「あぁそうしてもらえると助かる。怪我人を治療が終わったからと言って放り出すのは後で反感を買いやすいからね」


恐らくノワールも庭を利用することは気がついていたが、そこに割り振る人員や、灯り、寒がる者には毛布などの手配までは今手がまわらないため後回しにしていたのだろう。


「…………分かった、兄上、人員の手配などはこちらでやります」


「頼む、それと死者は幸い出ていないが怪我人は多くてね、王宮の備蓄倉庫にある医療品も使わせてもらいたいのだがいいかな、王子殿下?」

「はい」


茶目っ気のあるノワールの言葉にアレックス殿下は何かを思うように真面目に頷いた。

こんなときだからこそ、落ち込むなと暗に心配されているのが伝わっていないらしい。


「では庭の解放が片付いたら、まずは防犯面とすぐに使う部分から仮の修繕と、修繕が間に合わなければ代替案を考えていきましょう。皆、夜通し働くことになりますが調理場の修繕は間に合わないはずです。料理長に日が昇ったら野外で出来る朝食を提案するのはどうですか?


殿下が嫌でなければ、今は王族貴族、使用人関係なく同じものにすれば料理の手間も減るはずです」


「あぁ、分かった」


私の提案にこれでいいのかと思えるほどにアレックス殿下は従順に頷き、朝方、ようやく緊急の事柄は一段落した。






「ふぅ」


ノワールの傍を離れたくないがために、私は基本的にアレックス殿下と頭を使う作業に周っていたのだがかなり疲れた。


ニコラスお兄様と宰相はそもそも二人は完全に城内のことには干渉していないため、そんなに連携する必要も無く基本的には別室で働いていた。


アレックス殿下が見やすいように書類も仕分けをしていく。

もう眠いし、お腹は空いたし、お風呂にも入りたい。


ひどい眠気の中、書き殴られた書類を分けていくと目の前にジューシーな肉と野菜が差し出された。

見ればアレックス殿下が出してくれている。


「その…………助かった、礼を」


殿下が小さな声で話している途中で差し出された皿は横から掻っ攫われ、そして代わりに野菜たっぷりのスープが差し出される。


「美味しそうな肉だね。ありがとうアレックス、こっちも一段落したから順に休んでいこう、まずはアレックスからだ、この場で一番身分が高いからね」


にっこりと笑顔で言ってはいるが、ノワールは相当頭にきているのか後ろに黒いものを背負っている。

その様子をじっとりと見つめるアレックス殿下。


「兄上………いつからオリビア嬢と?」

「お前がビアをいらないと言ったときからだな。確認の手紙も出しただろう?」


「「「…………」」」


しばらく全員沈黙が続いたあと、軽いノックが聞こえニコラスお兄様が入ってきた。

入った瞬間、この異様な雰囲気を訝しむように首を傾げる。


「何かありましたか?」

「……いや何でもない。俺は少し休む」


「ついでに愛しのキャメル嬢にも会ってくるといい。愛し合っていたんだろう?」


出て行こうとした瞬間のノワールの言葉に、一瞬カッと振り向いたアレックス殿下だったが何も言わずにそのまま部屋から出ていってしまった。


「ハワード様……いえ、今はノワール様とお呼びした方がいいのでしょうか?少し城外の様子を見て回ってきます」


「分かった、城のことは任せてくれ。呼び方はどちらでも構わない」


ノワールの言葉に頷き、ニコラスお兄様は次に私を見つめた。


「……馬鹿な妹だとずっとけなしていて悪かった」


それだけ言うと、ノワールに会釈をして私の返答も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。

そもそもキャメルに踊らされて悪役令嬢のフリをしていたのは私の過失なので別にニコラスお兄様は悪く無いのだが、それを言う機会もなかった。


それにしても……。


「ノワール、ちょっとさっきの言い方はひどくない?アレックス殿下もアレックス殿下だけど……」


アレックス殿下はこの数か月ずっとキャメルを愛していたのだ。

それなのにあの雰囲気から察すると急に私に方向転換するのはどうかと思うが、だからといって傷ついているだろうキャメルのことを掘り返すのはちょっとやりすぎな気がする。


私が野菜スープを受け取りながら言うと、ノワールはズイッと体ごと近づいて来た。

思わず下がると腰に手を添えられて逃げられないようにされる。


「へぇ?ビアはアレックスの方が気に入ったのかな??僕が実の弟なら殺さないとでも?」

「そんなんじゃない、ただちょっと言い過ぎっていうだけで」


「じゃあ何でさっきから僕と距離を取ろうとしてるんだ?一緒に居たいと言ったわりにずっと僕を避けているよね?」

「うっ…………」


痛いところをつかれた。

確かに私は数時間前からノワールを避けている。

離れたくないから同じ部屋には居るけれど、ある理由からそれ以上の接触を避けている。


私がどう取り(つくろ)おうか迷っている間にもノワールは私から野菜スープを取り上げて無理やりにでも抱きしめようとしてくる。


「ノワール……待って」

「嫌だね、アレックスの擁護(ようご)をしておいて僕に触れられるのは嫌がるなんてますます怪しい」


「…………………き、昨日お風呂に入ってないから……ノワールのこと避けてたの」

「へ?」


他のどうとも思っていない人達だったらいい。

でもノワールには汗臭いとか思われたくなかった。

しかも昨日あれだけ動いていながらお風呂に入っていない事実など、愛する人には知られたくなかった。


半泣きになり顔中に熱が溜まっていくのを感じながらそっと小声で告げ、おそるおそるノワールを見ると、彼もなんとも言えない表情で赤面していた。


「ご、ごめん……」

「ううん、私があからさまに避けていたから」


「違っ!そうじゃなくて…………ハァ、そんな顔で可愛いこと言われたら襲いたくなるだろ、一瞬危なかった……」


「…………今のは聞かなかったことにするわ」

「あぁ、そうしてくれ」


長い沈黙の後、二人で朝食を食べ、私は唯一完全に無事だった使用人のお風呂にやっと浸かることが出来た。


お湯に浸かっている間もずっとノワールの言葉がリプレイされ続け、赤面し、(ゆだ)ってしまったと勘違いされてかなり周囲に心配をかけてしまった。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>


既にしていただいた方、ありがとうございます‼


次回、2月13日に投降します。

よろしくお願い致します!


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